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Episode.79 再合流の時

 ミーナと二手に分かれ、『古の都』の屋根伝いに地下遺跡の入口を目指していたシャチ、フリヒト、エリの三人は二つの異変に気が付いた。

 一つは突如として市街地の壊物(かいぶつ)が一か所に吸い寄せられて消えてしまった事。

 もう一つはそれから(しばら)くしてシャチとフリヒトにとって馴染み深いミーナがいつも稽古していた道場の方から物凄い雷光の(ほとばし)りが上空に向けて放出された事である。


 この二つの異変によって、三人は何が起きたのか容易に想像できた。

 この様な現象を起こすとしたら考えられるのは唯一体の壊物(かいぶつ)である。


「ソドム……。状況が変わって静観するのをやめたのか……。」


 シャチの言葉に表情一つ変えないことから、彼だけでなく他の二人もソドムの出現を察していたらしい。

 そしてもう一つの推測も自ずと導かれる。


「あいつがあんな力を使ったという事は、あの辺りでミーナとソドムが戦ったという事ね。」

「確かあそこは父上の道場がある筈です。ミーナさんは自分に有利な戦場を選んだという事でしょうか……。」


 余り使っていないシャチや、『古の都』に殆ど来た(ばか)りのエリは兎も角、フリヒトにとっては父親の大切にしていた道場がどうなったか気に掛かる様子だ。


「一旦加勢に行った方が良いかも知れないわね。」


 ソドムの脅威を最もよく知るエリは相手に怯えてはいないもののミーナの心配をしていた。

 立ち止まった彼女の言葉にシャチとフリヒトも一旦足を止める。

 フリヒトもエリと同じく道場の方を眺め、加勢に行くことを考えている様だ。

 対してシャチは振り返らない。


「いや、恐らく大丈夫だろう。」


 そう思うだけの根拠が彼にはあった。


「まず、ソドムは今尚万全の状態ではなかった筈だ。最初に街中の壊物(かいぶつ)を喰らったのはその為。奴は最初にミーナから受けた妖刀の傷やアリスから受けた『命電砲(めいでんほう)』の傷を癒し、体力を回復する必要があったのだ。」


 加えて、ソドムは当初彼等がネメシスの脳髄を首尾良く斃すのを待ち、充分潜伏して完全恢復(かいふく)を図るつもりだった筈だ。

 そしてゴモラの事も復活させて改めて二体でミーナやシャチといった厄介な相手を葬る、というのが得策だと判断していた。


「そうまでして単独で賭けの様な強襲を仕掛けてきたのは、(おれ)達がネメシスの討伐に一度失敗して復活は目前という状況になってしまったからだ。脳髄だけならば十中八九敗けなかったものを、心臓以外の臓腑がダーク・リッチによって揃えられた。この上(おれ)達が敗北して人類に勝機が無くなり、更にネメシスが心臓を埋め合わせてしまったら目も当てられない。ソドムは単独では勿論ゴモラと一緒でも完全復活したネメシス相手は厳しいと考えていた。だからそれまでに自分で不完全なネメシスを(たお)そうとした。」


 シャチの推理は概ね当たっている。

 更に、彼はもう一つの出来事から戦いの決着まで予想していた。


「ソドムはネメシスとの戦いを想定している。だからネメシスに奪われない様にミーナを襲った。それも確実に各個撃破する為に、独りあいつが離れたところを狙ったのだ。ならばソドムにとって、ミーナの事は喰らわなければならない筈だ。恐らく良質な肉を期待していたのだろう。しかしそれにしてはおかしい。あの激しい雷光、恐らくは『原子力遺跡』で天井に地表まで穴を開けたものかそれ以上の攻撃だ。そんなものをミーナに中てては消し飛ばしてしまう。つまりあの光はソドムにとって想定外の事態に追い込まれたと考えられる。」


 実際、最後の光はミーナに致命傷を与えられたソドムが断末魔の中で放った最後っ屁の様な物だった。

 唯一つシャチが推理を外しているのは、この悪足掻きが完全にミーナに炸裂してしまった事である。

 彼は最後っ屁で放った『神撃(ダス・ゴトリ)(ッヒ)大電(ェンブリッツ)』、正確には切り札の『神撃(ダス・ゴトリッ)の金(ヒェンゴールデ)剛石(ンブリッツ・デ)柏葉(ス・アイヒェン)黄金(ラウブ・ウント)大電(・ブリランテン)』はミーナに届かなかったと考えて彼女の勝利を確信していたが、逆に言えばもし食らってしまっていれば相討ちに持ち込まれただろうと予想していた事になる。


 幸運だったのは、シャチが二重の意味で予想を外していた事だ。

 何故かは今の所判らないが、『神撃(ダス・ゴトリッ)の金(ヒェンゴールデ)剛石(ンブリッツ・デ)柏葉(ス・アイヒェン)黄金(ラウブ・ウント)大電(・ブリランテン)』を真面に食らったミーナは無傷のままソドムに止めを刺した。


「あ、シャチさん見てください!」


 フリヒトは嬉しそうにシャチを振り向かせようと声を上げる。

 シャチはフリヒトの言いたいことを理解したらしく、彼が指差す道場の方角に眼を遣った。

 そこには彼等と同じく屋根伝いに走ってくるミーナの無事な姿があった。

 エリも表情を緩め、一安心した様だ。


「みんな、お待たせ!」


 道を挟んで屋根から屋根へと跳び移って来たミーナが溌溂(はつらつ)とした声で合流の挨拶を掛けた。


「ソドムは(たお)した様だな。」

『流石じゃの、解るか。』


 妖刀はシャチの推理力に感心していた。

 そして幸いにもそのソドムが市街地の壊物(かいぶつ)も片付けてくれた。

 ならば住民達の避難も問題は無いだろう。

 残すところは後一つ、地下遺跡の奥で最後の雌伏から完全復活の時を待っているネメシスとダーク・リッチの討伐だけだ。


「心配かけてごめん! みんな、行こう‼ 決着を付けに‼」


 ミーナの言葉に誰も異論は無い。

 改めて合流した四人は屋根伝いに地下遺跡の入口へと急いだ。




***




 地下遺跡の奥底、暗い闇の中で着々と『古の都』の制御兼奪取を進めていたネメシスとダーク・リッチの意識が地上で起きた戦いの顛末を確認し合っている。


「『双極の魔王』が亡びたか。良い流れだ。後は人類最後の希望、あの特異点共、忌々しい小娘と不肖の息子さえ(たお)せば我等に敵は居なくなる。」

『うむ。その通りだ。しかし、確実に今直ぐ消さねばならん。特異点の個体は今の所まだ脅威ではない。しかし、時が経ち過ぎると(わたくし)達にとって最悪の絶望を生み出しかねない。』


 ダーク・リッチとは違い、ネメシスは何かを恐れていた。

 ネメシスもまた、『双極の魔王』と同じく人類の負の想念を取り込んだ、壊物(かいぶつ)の原初個体に極めて近い存在である。

 この世界に最初に現れた壊物(かいぶつ)であり、世界そのものの怨念を取り込んだ存在であり、雑多な知性の無い壊物(かいぶつ)達の根源であるとすれば、『双極の魔王』よりも遥かに格上だという事になる。

 ()しかするとネメシスはソドムですら今際に至って思い出す事しか出来なかった何かをはっきりと覚えているのかもしれない。


(われ)にも朧気な記憶が流れ込んできておる。しかし、今一つ貴様の脅威に思っている事が腑に落ちんな。」

『それはそうだろうな。』


 ダーク・リッチもまた、人間の負の想念によって生まれた壊物(かいぶつ)である。

 しかし、彼にはネメシスや『双極の魔王』、ネメシスが生み出した雑多な眷属達とは一つ大きく異なる所がある。


『ダーク・リッチ、お前は造られた同族だ。正確には自らの意思で同族に己の存在を変えた元知的生命体。故に、(わたくし)達の様に存在の根幹に刻まれた敗北感がお前には無い。』


 そう、数々の壊物(かいぶつ)達の中で、ダーク・リッチという個体は極めて異質な存在だ。

 彼は壊物(かいぶつ)という生命体の在り方に心酔し自らの身体を壊物(かいぶつ)に変えた元人間である。

 それ故に、壊物(かいぶつ)の原初個体が嘗て経験したという「決定的な敗北」の影響が彼にだけは無い。


(わたくし)はお前のそういう所を最初から評価していた。だからこそ、お前と一つになりたいと考えた。ただ取り込むのではなく、対等に同化する所で(わたくし)にすら無い強さを生かしたかったのだ。』

「そうか、それで(われ)の事を導いたのか。しかし、強さで言えば(われ)など貴様と比べるべくも無いぞ?」

『単純なスペックの話をしているのではない。(わたくし)の記憶の中にある〝あの存在〟に触れてなお(わたくし)の恐れが腑に落ちない、その精神性こそが欲しかったのだ。二つの個体が一つとなれば、最早(わたくし)とお前はこの時空に於いて無敵‼』

「だが、それを脅かす者が居ないわけではない、と。だから排除せねばならぬ、と。」

『そういう事だ。』

「そうか、だがそういう事ならば今手は打った。」


 ダーク・リッチは今、ネメシスの力を自らの意思で使うことが出来、そしてネメシスは『古の都』の地下遺跡領域と徐々に同化を進行させている。

 つまりダーク・リッチはネメシスに可能な限り遺跡の権限を行使し、ミーナ達を妨害できるのだ。


『……成程、面白い事を考えたな。』

(われ)等は今や一心同体! そして脳髄は今この場に有り、喪った心臓の機能は(われ)による代替が完成しつつある! つまりこの最奥こそが要‼」


 果たしてダーク・リッチは何を企み、策を講じたのか。

 その答えは直ぐにミーナ達に降り掛かる事となる。

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