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Episode.76 交錯する剣線

 原子力遺跡、立体映像の間。

 続々と押し寄せる『古の都』からの避難民の列を捌く警邏(けいら)達が慌ただしく動く傍ら、ビヒトとルカは深刻な表情を突き合わせていた。


『やはり現れたか、ソドム……。』


 ビヒトはまだ辛うじて『古の都』の管理者権限を手元に残しており、朧気ながらミーナ達に起きていることを把握していた。

 彼が険しい顔をしているのはミーナが単身でソドムを迎え撃つ形になった事、地下への入口に向かったシャチやフリヒト、エリとは一言に『古の都』の中央付近と言っても距離がある事、そしてもう一つの深刻な事態という三つの理由が有った。


「ここの他に通路を繋ぐことはできませんか? 例えばシャチ達とミーナを合流させられるような……。」


 ルカもまた、愁いを帯びた表情でビヒトに尋ねる。

 しかし、ビヒトは申し訳なさそうに首を振った。


『口惜しいが接続は一つが限界だ。今この通路を閉じる訳にはいかん、以上は出口をミーナの戦闘現場や地下遺跡の入口付近に移動する事も出来ん。』


 ビヒトの答えに、ルカは目を閉じて眉間に皺を寄せて考え込む。


「それよりも、問題はあっちですよね……。」

『ああ。奴に遺跡の支配権を奪われることは想定していたが、ここまで早く事態が悪化するとは思わなかった。相手が相手だけに、我々の想定を超えてくるのは当然の事だった。』


 ルカはまだ考え込んでいる。

 というより、何か一つの覚悟を決め兼ねているといった様子だった。


『おい、何を考えている?』


 不穏な気配を感じ取ったビヒトが釘を刺そうとする。

 しかし、その時ルカは何やら悲壮な覚悟を光に宿した両眼を徐に開いた。


「ミーナとソドムの戦いは、彼女を信じるしかない……。でも……‼」


 ルカはそう言い残すと、避難民の列を逆走して『古の都』へと飛び出していった。


『おい、何処へ行く‼ 戻れ‼』


 ルカはビヒトの呼びかけにも、警邏(けいら)達の生死にも振り向かず、一心不乱に或る場所へと走っていった。




***




 壊物(かいぶつ)の気配もすっかり消えた『古の都』表層部。

 道場の中庭でミーナは妖刀を構えて巨体の壊物(かいぶつ)剣士ソドムと相見えていた。

 幸か不幸か、警邏(けいら)達が壊物(かいぶつ)と戦っていた場所からも地下遺跡の入口からも遠い地理的条件により、ミーナに加勢は望めない。

 一方で、ソドムも又当然の如く単独で戦うしかない。


 状況は完全に横槍無しの一対一という様相を呈していた。


 ミーナは思い出す。

 ソドムよりも遥かに小さいながら、巨漢の剣士と対峙したのは初めての事ではない。

 数日の事とは言え、クニヒトに指示した日々の事をミーナは克明に思い出していた。


「何やらこの場所に思う所がある様だな。」


 ソドムはミーナの様子から彼女とこの場所の所縁を察したらしく、不敵な笑みを浮かべて大剣を帯電させる。


「しかし、()には何の関係も無い話だ。それにこの狭さは()にとって不利。跡形も無く消し飛ばしてくれよう。」


 その瞬間、ソドムが体験を振り上げると同時にミーナは懐へと飛び込み、電光石火の速さでソドムに妖刀を振るった。

 ソドムは辛うじて防御が間に合ったものの、ミーナは矢継ぎ早に二の太刀、三の太刀を繰り出す。

 戦いの流れは完全にミーナに傾いていた。


 だが、このまま押し切れるほどソドムは甘くない。

 間髪を入れないミーナの連撃の中に生まれた僅かな隙を見逃さなかった魔王はミーナの剣を上手く捌いて胸元へ切っ先を突き付ける。

 ミーナは慌てて渾身の力でソドムの剣線を逸らし、頬から耳にかけて傷を負ったもののどうにか致命傷は免れた。


 切れた銀色の髪の毛がはらはらと舞い散る中、ミーナは一旦間合いを取って体勢を立て直す。


「はぁ……はぁ……!」

『攻め急ぎ過ぎじゃ、ミーナ。どうやら剣の腕自体は互角。体格は圧倒的に彼方(あちら)が勝っておる。更には此方(こちら)には無い飛行能力や帯電技の飛び道具まで備えておるとなると……。』

「格はソドムの方が圧倒的に上、でしょ? そんな事解ってるよ!」


 言葉とは裏腹に、ミーナは迷う事無く再びソドムへと向かって行った。

 それはまるで、彼女が忘れていた思い出の中に耽溺している様な、そんな躍動だった。


莫迦(ばか)者が……。』


 苦言を呈する妖刀だったが、彼とてミーナの気持ちは充分に理解できた。

 彼女はこの道場で久々に格上相手に県と県の戦いが出来る事に歓喜しているのだ。

 お(あつら)え向きに、その格上の敵は(かつ)ての師を思わせる大柄の相手だ。

 ミーナは意識してか知らずか、この戦いに不本意な形で終わった師との約束を重ねていた。


「はああああッッ‼」


 凄まじい速度の剣捌きが再びソドムを追い込む。

 おそらくこれは、ミーナにとって最初で最後となる剣の実戦だ。

 彼女は今、この場所に師の気配を感じていた。

 クニヒトがこの戦いを奥の道場に腰掛けて見守っているような、そんな気がした。


 もう二度と、クニヒトから剣を教わる事は出来ない。

 その期間は余りにも短過ぎた。

 免許皆伝等と語るのは(はなは)烏滸(おこ)がましい事だろう。


 だがそれでも、この戦いを超えられれば無き師にとって誇れる弟子になれるのではないか。

 師を安心させることが出来るのではないか。

 ミーナは今の自分をクニヒトに見て貰いたかった。


「ハッ‼」


 妖刀と大剣が激突する。

 と、ここでミーナはある違和感に気が付いた。

 彼女の攻撃はこれまで、不自然なほどソドムの大剣に受け止められている。

 ソドムは回避する素振りを全く見せず、ミーナの攻撃を(ことごと)く剣に当てている。


 変だ、まるで吸い寄せられているみたい……!――ミーナの脳内で違和感が言語化されたのと同時に、ソドムは人型の口に牙を剥き出しにして笑う。


『ミーナよ、お前さんも薄々気が付いとると様じゃが、思っとる以上に(まず)い状況だぞ!』


 膂力(りょりょく)の差で刀を押し返される中で妖刀の忠告を聞いたミーナはソドムの大剣が少しずつ黄金に色付き始めていることに気が付いた。


「な、何……⁉」

「それは此方(こちら)の台詞だ。どうやら貴様の刀は思念体を破壊力とする武器の中でも異質の物らしい。」


 鍔迫り合いに敗けたミーナの身体が弾き飛ばされ、大きく仰け反った。


「隙ありッ‼」


 ソドムの大剣から雷光の奔流が放出される。

 ミーナは後ろ髪を焼かれながらどうにか前転で攻撃を回避したが、道場には雷光が奔り抜けた痕、大穴が開いていた。

 思い出の場所を破壊されたミーナは静かな怒りを覚えた。


『ミーナよ、冷静になれ。』

「解ってる。でも、絶対に許さない。」

『本当に解っておるのか? お前さん、このままではソドムに一太刀とて浴びせる事は出来んぞ?』


 妖刀の言葉にミーナはそれ以上の言葉を紡げなかった。

 彼女自身、薄々気が付いている嫌な予感だった。


『どういう原理か知らんが、あ奴の剣はお前さんの攻撃、というよりは(わし)の事を吸い寄せておる。それだけではない。どうやらあ奴の剣に触れれば触れる程、(わし)の力は弱くなるようじゃ。』


 ミーナの額から冷や汗が零れる。

 妖刀の力が弱くなる、それが意味する所は、つまりソドムやダーク・リッチ、ネメシスの様な「負の想念の純度が高い」壊物(かいぶつ)に対する妖刀の有効性が薄まるという事だろう。

 また、もう一つ、それどころではない大きな不安が彼女を覆う。


「まさか、このままソドムの剣を受け続けると妖刀さんは……。」

『意識が薄れていくのを感じる。お前さんの懸念通り、ひょっとすると(わし)は消えてしまうかも知れん。』


 襲い掛かって来るソドムの突撃をミーナは躱した。

 それは回避というより、背を向けた逃避だった。


「気付いたようだな‼ ()の剣は貴様の刀から正の思念を吸い寄せを奪い取る力が有ると‼ これこそ()の『(ダス・)(ゴールデ)(ンシュヴ)(ェルト・)(ミット・)(アイヒェ)(ンラウブ)(・ウント)(・ブリラ)(ンテン)』が真価よ‼」


 ソドムはミーナの頭上から黄金色に染まった大剣を振り下ろす。

 ミーナはこれも地面を転がって回避し、更に立ち上がり様バックステップで間合いを拡げた。


『ミーナよ、あ奴の剣は脅威に違いないが、逃げて(ばか)りでは(らち)が明かんぞ。』

「解ってるよ! ここは師匠と修業した道場の庭だもん! 情けない姿ばっかり晒せないよ! 何か打開策を考えないと!」


 不敵な笑みを浮かべ首を回すソドムを遠めに見ながら、ミーナは渾身の一太刀を敵に浴びせる方策を練るべく思考を巡らせていた。

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