Episode.74 再接続の時
翌朝、原子力遺跡・立体映像の間。
そこにはそれぞれ愛用の武器、妖刀と戦斧を携えたミーナとシャチ、新たな武器を受け取ることになっているフリヒトとエリは勿論の事、『古の都』とこの部屋を繋ぐ為にビヒトが、武器の受け渡しの為にルカが、そして取り残された住民を迅速に避難させる為に警邏隊の所属者が待機していた。
「フリヒト君、エリさん、数に限りはありますが、受け取ってください。」
ルカが二人に新たな武器、思念による攻撃を可能にした矢と短剣を手渡した。
「ありがとうございます、ルカさん。」
「見た所何処も変わったとは思えないけど……。」
頭を下げて矢筒に仕舞うフリヒトと、握りを確かめつつ刃を何度も裏返して隅々まで見渡すエリ。
そんな二人からルカは何処か申し訳無さそうに背を向け、そのままミーナとシャチの許へ歩み寄って来た。
「ルカ、行ってくるね。」
「ああ。いつも面倒事ばかり押し付けて、済まない。」
浮かない表情のルカに、ミーナは「気にしないで。」とでも言いた気に笑顔を見せる。
その表情は多くを経て尚、あどけなさの中に芯の強さを見せていた出会ったころと何一つ変わっていなかった。
「シャチ、ミーナを頼む。」
「言われる迄も無い。基より力有る俺には俺にしか出来ん事を成す使命がある。」
相変わらず己に対する自信を誇示するように胸を張るこの男の態度も初めて会った頃から変わらない。
『間も無くエネルギーが百パーセントになる。その瞬間に二つの遺跡を繋ぎ、限界一杯まで接続を維持する。』
ビヒトがこれからの行動を説明し始めた。
とは言っても、凡その内容は前もって打ち合わせしていた通りだ。
『二つの遺跡を繋ぐ目的は大きく二つ。奴を討伐する四名を再び彼の地へ送り込むこと。そして彼の地に取り残された生き残りに避難場所を確保することだ。その為、地下遺跡の入口にダイレクトに繋ぐ事はしない。接続地点は都の門だ。接続したらミーナ達が先行、そのすぐ後に警邏隊が続き、二手に分かれて現地に残った警邏達と連携して住民を速やかに退避させてくれ。』
警邏達の表情は接続の時を今か今かと待ち侘びていると一目でわかる緊張感を湛えている。
あの時、彼らは咄嗟に原子力遺跡内の避難誘導を行った。
そこに安全を確保する打算があった者も中にはいるだろうが、狭い通路を避難民が円滑に通れるように誘導する役割はどうあっても必要なものだった。
仲間達は今、最悪の事態に陥った『古の都』で住み慣れた土地の治安を守る為にこれまでに無い過酷な、終わりの無い戦いを続けているのだろう。
そこに一遍の罪悪感も抱かない者は警邏の中にはその職責上存在し難く、大部分は一刻も早く仲間の戦いに出口を見せてやりたいと考えているだろう。
「シャチ、フリヒト、エリ、必ず勝とうね。」
「当然だ。」
「少しでもお役に立ちますよ。」
「戦いなら任せて。」
ネメシスの討伐を任された四人もそれぞれ気合十分である。
ミーナ達は『古の都』の門から、中央付近に位置する地下遺跡の入口まで大移動しなくてはならない。
その際、避難民の邪魔にならないようなルートを取る必要がある。
『ミーナ達は打合せ通りに地下遺跡へ向かってくれ。そろそろ接続するぞ、準備と覚悟は万端だな? 十……九……。』
その瞬間に向け、ビヒトがカウントダウンを開始する。
皆一様に固唾を飲んでその時に向け精神を統一していた。
『三……二……一……。百パーセント! 接続する!』
合図と共に、ミーナ達の前に『古の都』の街並みの光景が開けた。
『さあ行け‼ 人類の現在と明日を守れ‼』
ミーナはビヒトに言われる迄も無く真っ先に駆け出した。
彼女のすぐ後をフリヒトの両脇にぴったり着くようにシャチとエリ、といった格好で三人が追い掛ける。
対して『古の都』側からは再び逃げ場所への道が開いた事に気が付いた住民が我先にとなだれ込んで来る。
警邏達は先ずこの人波を誘導しなければならなかった。
軈て比較的近辺で何者かと戦っていた警邏達が異変に気が付き、後衛の一部が避難誘導を開始する。
入り口近くに居た警邏と先んじて誘導していた内部の警邏が接触する。
「済まん、待たせた‼」
「いや。それより、今回は急に閉じたりしないだろうな?」
「数時間は保つという話を聞いたが、維持の限界が来ればまた同じ結果だろう。それまでに残された住民を避難させなければならない!」
「解った! 此処は我々が受け持つからお前達は状況を内部の者達に伝えてくれ! 壊物も湧いてきているから、くれぐれも注意してくれよ!」
彼等はまるで示し合わせていたかの如くスムーズに連携し、『古の都』の住民達を原子力遺跡へと招き入れる。
そしてやはり、ネメシスが復活した『古の都』の市街地では何処からともなく湧いてきた壊物が跋扈しており、ミーナとシャチにとって顔馴染みの壁外探索メンバーが歴戦の経験を活かし奮戦していた。
「こいつら……今まで壁外で戦ってきた壊物よりずっと歯ごたえがあるぞ……。」
「恐らく遺跡の奥に眠っているという『奴』が送り込んで来た壊物だろう。絶対に負けるわけにはいかない!」
警邏と壊物が戦う周囲には人間の死体が一つとして転がっていない。
これは警邏が壊物に完勝しているという事ではなく、寧ろ厄介な事実を物語っていた。
「きゃああああっ‼」
傍に警邏の居ない道の隅で女性の悲鳴が上がった。
我が子を抱えた母親が壊物と遭遇したのだ。
警邏は慌てて彼女を助けようと現場に駆け寄る。
「くっ‼ 間に合え‼ これ以上死なせる訳にはいかん‼ これ以上……‼」
今、この『古の都』で壊物に殺されるという事、それは即ち、更なる悲劇の連鎖に繋がる。
「これ以上『奴』に餌を与える訳には……‼」
そう、これまで壊物の犠牲になった人間は皆壊物に食われるより先に遥か地下奥に潜むネメシスに餌として吸収されていた。
その悪夢の兇刃、刀の様な刃の付いた腕が母子に振るわれようとしている。
その時、壊物の腕に矢が三本突き刺さった。
ほぼ同時に、投擲された短剣が腕の刃を穿ち破壊する。
壊物は絶叫し、腕を抑えているが、更に近付く二つの陰に気付いていない。
「思っていたより危機的な状況らしいな。」
「そうだね。でも……‼」
ミーナの妖刀とシャチの戦斧が同時に振るわれ、壊物を細切れにしてしまった。
そしてシャチが壊物の身体に刺さった矢と短剣を回収する。
「ミーナ、シャチ、来てくれたのか! 助かったぞ‼」
壁外探索担当の警邏はミーナとシャチにとって同じ職場の仲間であり、手戦力として戦っている彼等は殆どが顔馴染みだ。
一時期はミーナの力に疑いを持たれていたが、今ではもう彼女の実力は皆に認められている。
シャチは男の一人に尋ねる。
「さっき『〝奴〟に餌を与えるな。』という様な事を言っていたな。つまり、今壊物に殺されるとネメシスに吸収されるという事か?」
「ああ、そうだ。『命電弾』として攻撃できるのは、あくまで負の想念によって影響を受けてしまった場合、即ちネメシスに直接殺されそうになった場合だ。つまり、ただ壊物に殺された者は、そのまま餌にされる。」
「成程。当然、壊物どもはネメシスの命令に従うような遺伝子を組み込まれているだろうな。嘗てダーク・リッチがやった様に……。」
シャチが同僚に状況を確認する傍ら、ミーナは目に入った他の壊物を次々に切り刻んでいた。
そんな様子を見て、シャチはミーナに告げる。
「ミーナ、一旦二手に分かれるぞ! お前はそのまま『古の都』の壊物どもを警邏達と協力して全滅させてくれ! 俺はフリヒト、エリと共に一足先に地下への入口に向かう! エリは兎も角フリヒトを失うのは拙いから、その護衛も兼ねてな!」
シャチはそう言うとミーナが頷くのを見て建物を駆け上がる。
その先、屋根の上にはフリヒトとエリが壊物に遠距離から射撃、投擲を見舞っていた。
「それくらいにしておけ。後はミーナに任せるぞ。」
フリヒトとエリが牽制した壊物をミーナの刃が両断する。
シャチ達は屋根の上を跳び移って避難民たちの行く手を遮らない様に地下の入口へと向かう。
「受け取って‼」
ミーナは壊物から引き抜いた矢と短剣をシャチに向かって放り投げた。
シャチはそれをキャッチすると、彼女に合図を送る。
「一足先に待っているぞ‼」
ミーナは一人、地表の壊物と戦うべく市街地に残った。
フリヒトは屋根を跳び移って移動できない為、シャチが抱えて行く必要がある。
また、エリは『古の都』に来て日が浅いため土地勘が無く、逸れやすい戦闘を行うよりも屋根伝いに真直ぐ着いて来た方が良い、という判断だった。
「はああああっっ‼」
ミーナの剣線が一太刀、二太刀と壊物に見舞われ、次々と敵を沈めていく。
これには同僚の警邏達も負けじと戦意を鼓舞され、彼等もまた壊物達を斃していく。
「ここの他に壊物は?」
「まだまだいるぞ! あっちの通りとかにもな!」
ミーナは警邏の指し示す方向に従い、通りから外れる。
そしてそこでも別の警邏と共に戦い、壊物を斃していく。
「ミーナ、ある程度手伝ってくれるだけで良い! 数が減ったら後は俺達に任せて君も地下へと向かってくれ!」
「解ってるよ‼ でも、まだまだ全然大丈夫‼」
人類と壊物、ミーナ達とネメシスの命運を賭けた最後の戦いが幕を開けた。