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Episode.72 ミーナの忘れ物

 原子力遺跡、立体映像の間。

 ソドムによって開けられた天井の穴から夜空の星明りが差し込んでいる。

 この場に居るのは一人の男の思念体と一人の青年、ビヒトとルカであった。

 ミーナやシャチ、フリヒト、エリも含め、『古の都』の避難民達は皆屋根を失い無防備となったこの部屋から心臓封印の間へと移動していた。

 そして二人だけになったこの場所で、ルカとビヒトは深刻な表情で話し込んでいた。


『まだ、罪悪感があるのか?』


 ビヒトの問いに、ルカは黙って頷いた。

 そんな彼に、ビヒトもそれ以上か何も訊かなかった。


 ミーナ達がゴモラを(たお)した後、今は亡きリヒトと彼の弟ビヒト、そしてルカは壊物(かいぶつ)、特にネメシスとの戦いに備えて細かく互いの役割を話し合っていた。

 その中で、リヒトは自身の最後の手段について二人に打ち明けた。


 もし『ネメシスの脳髄』が復活し、その養分にされてしまうくらいなら、一層の事こちらで強制的に命を先制攻撃の為に使ってしまう、という最終手段。

 それが明確にネメシスの標的になった住民に限定され、人類への絶望や憎悪に取り憑かれてしまった者を自壊の前に介錯する様なものだとしても、命を弄び本人の意思を無視して自分達の為に使おうという非道に変わりは無い。


 ビヒトは当然、当初反対した。

 それ故に思念体にもコントロール可能で強力である代わりに命を確実に消費し尽くす原種兵器『命電砲(めいでんほう)』は使用できなかった。

 最大の遺跡『古の都』の管轄がリヒトであるとはいえ、より強い権限はシステムを構築したビヒトの方にあるからだ。


 だがそれはリヒトも織り込み済みだった。

 だからこそ彼は低威力だが寿命の消費量を制御できる改良版の『命電弾(めいでんだん)』を発掘させ、其方(そちら)で代用することにした。

 こちらは思念体では無く生きている人間の意思が使用に必要な為、リヒト自身には同じく使用出来ないが、彼の意を汲んで動く者が居れば話は別だ。

 そしてそうなった時に、兄と同じ思念体であるが故にそれを防ぐ手段もまたビヒトにすら無い。


 つまり、(あらかじ)めネメシスに獲物として狙われた住民を『命電弾(めいでんだん)』として使うようにしたのはリヒトではなくルカであった。


「でも決めたんです。汚れ役は(ぼく)がやるって。最初は覚悟が足りませんでしたけど、もう戻れないって気が付いたから……。」

『兄を恨んでいるか?』

「いいえ。そりゃ(ぼく)の運命を決定的にしたのはあの人ですけど、今思えばこの道を選んだのはあの人に出会うもっと前の事だったんです。」


 ルカは一人思い起こす。

 彼は妖刀を除き、ミーナとの付き合いが最も長い人物である。

 共にダーク・リッチを討伐に出掛けた際、二人はそれぞれ左腕と右足を失った。

 しかし協力し合って撃退したとは彼には思えなかった。


(ぼく)はシャチやフリヒト君、エリさんとは違う。ミーナと肩を並べて戦える強さは無い。だからせめて、彼女を守る為ならどんなことでもしようと密かに思ったんです。(ぼく)を守る為に左腕を失い命まで失いかけただけじゃなく、嘘を吐かせてしまったから。その嘘で、彼女は旅を続けなくてはならなくなったから。その上(ぼく)を助ける為に尚も戦ってくれたから……。だから彼女と再会するチャンスをシャチから持ち掛けられた時に……。」


 どうやら彼はミーナに対して他の者とは格別の思いを抱いている様だ。

 それを聞いて、ビヒトはただ『そうか。』と彼の吐露を吞み込む他無かった。


 誰よりもミーナと長く関わってきたルカ。

 しかし、そんな彼も彼女の過去を全く知らない。

 妖刀ですら大差はない。


 ミーナには彼女が旅を始める前、集落から周囲の探検を始める前、彼女自身も忘れていた重大な過去が隠されている事を、知る者は誰もいないのだ。



**



 同じく原子力遺跡、此方(こちら)は避難民達が詰めている心臓封印の間。

 ミーナは最後の戦いに備え、深い眠りに就いていた。


 そして少しずつ眠りは浅い周期に入り、彼女は何やら寝言を呟き始める。


『ミーナ……。』


 睡眠を必要としない妖刀は、そんな彼女の様子をずっと傍らで見守っている。


「お父さん……お母さん……。」


 不意に、ミーナの口から今は亡き親を呼ぶ明瞭な言葉が漏れた。

 彼女が妖刀を拾い、集落の大人達に裏切られ、そして仲間を全て喪ったあの日よりも遥か以前。

 両親が健在だった頃ならもしかするとまだ他の大人達も邪な想いを抱いておらず、本当の仲間として接してくれていたかもしれない。


『ミーナ、考えてみれば(わし)はお前さんの事を何も知らん。(わし)の子孫らしいという事はリヒト様から聞かされたが、歳月が経ち過ぎて何世代も跨いだからだろうか、まるで実感が沸かん……。』


 妖刀はおそらく昔の夢を見ているミーナの寝顔を眺めている。

 それは彼女だけが抱え、彼女が死ねば跡形も無く消えてしまう、彼女だけの物語。


『ミーナ、まだ死ぬな。何度も何度も辛うじて拾った命だが、屹度(きっと)まだ死ぬべき時ではないんじゃ。お前さんの事をもっと知るべき者がまだこの世界にはいるんじゃ。』


 妖刀は、少し間を置いた。

 次の言葉を紡ぐ事に、何か多大な思い入れがあるかの様に。


『世界を守れ。そして、生き延びろ。両方成してこそ、お前さんは(わし)の子孫じゃ。でなくては、(わし)の様な男が肯定されてしまう……。』


 妖刀の独白した願いを知ることも無いミーナは、一人懐かしい両親の夢を見ていた。




***




 荒廃した世界、かつて人類が建築したと思しき廃墟の群の中、彼らが棲み処とする建物は気を森の中に隠す様に紛れていた。

 その小さな集落では若い男が十人、女が三人、年老いた男が二人、女が一人の計十六人で共同生活を送っていた。

 元々は離れた場所で別々に暮らしていた二つの集落が壊物(かいぶつ)の脅威から逃れ住居を転々とする中で出会い、一つとなって力を合わせて暮らすようになったのだ。


 その中で、元々夫婦だった年寄りの男女の他にもう一つ、若い男女の夫婦が出来た。

 そして今、棲み処の部屋で集落に新しい命が産声を上げたのだ。


「ミオ、こんな環境でよく頑張ったな!」


 出産を終えてぐったりとしている母親、ミオの傍で歓喜の声を上げたのは父親のミハルである。

 しかし彼と共に出産に立ち会っていた兄のゲンは怪訝そうな目で新生児を見詰めている。


「随分肌の色が薄くないか?」


 赤子への違和感を口にした彼だが、弟や義妹は変わらず喜ぶ許りで気に留める様子も無い。

 そんな新たな親の様子に苛立ちを覚えたのか、ゲンは黙ってその場を立ち去った。



**



 その後、吉報を聞いた集落の仲間達が次々に様子を見にやって来た。

 最後に、ゲンに連れられた集落の指導的立場の老人、ジョーは赤子の姿を見るや青褪め、妻と顔を見合わせた。


「アルビノ形質……。」

「知っているのですか?」


 ゲンの問い掛けに、ジョーは小さく首を振った。


「詳しくは知らんが聞いたことはある、というだけだ。だが、光に弱く視力が低いらしい。」

「それ以外は……それ以外に何か、体に悪い影響はあるのですか?」

「さあ……何分実物を見たのは初めてなのでな……。」


 祝福ムードだった大人達は一転して不安気な表情を一様に浮かべる。

 何も知らぬ赤ん坊当の本人、その両親、そして一人の老人を除いて。


「関係無い。そんな事は些末な問題だ。」

「ギンさん……?」

「その子は、今は亡き(おれ)の妻の孫だ。そして妻は、偉大なる血を引く強い女だった。娘のミオもそうだ。その子も屹度(きっと)、逞しい子に育つに違いない。」


 (いささ)か血統主義を思わせる彼の発言だが、ミオが人より強い身体に恵まれている事は皆知っていた。

 何よりどんな根拠であれ、集落は安心できる材料があれば飛び付いた。


「確かにミオの子なら……何の問題も無いかも知れないな。」

「ああ。」


 ギンは産まれた許りの赤子に近付くと、何かを思い出す様にその頬に触れた。


「妻の母もアルビノだったと聞いた。だが健やかに天寿を全うした。この時代では余りに稀な事だ。ならばそんな義母に(あやか)り息災の願いを込めて名を貰い、ミーナと名付けたい。ミハル、ミオ、構わないか?」

「良い名前です。」

「ええ、本当に……。」


 こうして少女ミーナはこの世に生を受けた。

 当時紛れもない純粋な祝福を受けて。

 だが程無くして残酷な運命が彼女に襲い掛かる。




***




 それからミーナは大人達から大切に育てられ、懸念された肌と目の弱さも無いまますくすくと大きくなった。


 しかし、その間に彼女の集落は三つの命を失っていた。

 二人は年寄りで、妻と友に先立たれ残されたジョーがその後破滅の時まで集落の指揮を採る事になる。

 ミーナの祖父に当たるギンも壊物(かいぶつ)の餌食となった。

 この時、彼女は初めて壊物(かいぶつ)の脅威を知った。


 更にもう一人、若い女も一人亡くなった。

 原因は出産の負荷に耐えきれなかった事。

 この時代、栄養状態も悪く命を脅かされる多大なストレスに(さいな)まれながら子を身籠るのはやはり並大抵の事ではなかったらしい。

 産まれた子もすぐに死んだ。


 そして隠れ処を移した集落に更なる悲劇が襲い掛かる。

 その頃、ミーナはまだ外の世界がどういうものかよく知らなかった。

 また、現在の様な憧れや冒険心も抱いていなかった。


 だが両親が率先して隠れ処から外の世界を探索し、様々な物資を持ち帰っている事に引っ掛かりを抱いてはいた。


「ねえ、ゲン伯父さん。」

「何だい、ミーナちゃん?」


 冷たいコンクリートに腰掛けるミーナは、隣に(すわ)る伯父のゲンに問い掛けた。


「お父さんとお母さんは毎日何をしているの? 怖いカイブツがいる外にどうして態々出掛けるの?」

「別にあの二人だけじゃないさ。大人はみんな交代で外に出て生活に必要なものを集めてる。」

「でも、お父さんとお母さんは毎日行ってるよ?」

「ああ、(きみ)の御両親は強いからね。元々特別なのはミオだけだった。だが、(おれ)の弟ミハルも彼女に着いて行こうと必死に努力した。」


 ゲンは窓から差し込む光の向こうを遠い目で見詰めていた。


「今や二人はすっかり(おれ)達一番の働き手だ。(おれ)は兄貴なのに、そこは情けなく思う。」

「お父さんとお母さんって、そんなに凄いの?」

「凄いさ。カイブツだってやっつけちまう。」


 拳を握り締めて太鼓判を押すゲンの姿に、ミーナは何処か誇らしい気分になった。

 だがそれは一瞬にして崩れ去る。

 その父、ミハルの緊迫した叫び声が入口の方から響いてきた。


「みんな! 早く此処(ここ)から離れるんだ‼」


 何事か、と驚いた様子のゲン。

 ミーナにもその緊張が伝わってくる。


「まさか、あいつらカイブツに……!」


 隠れ処の大人達が慌しく動き始める。

 ゲンはミーナに「ここで待っていろ。」と告げ、状況を確認しようと弟の(もと)へと向かった。

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