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Episode.69 蘇る絶望と繋がれる希望

 遺跡探索におけるエリの悪癖とは単純な不注意も去ることながら、その足りない注意力ですぐ軽率な行動を起こすところにある。

 だからあの時、彼女でなければあのような行動にはまず出なかったであろう。


 それは丁度『原子力遺跡』に於ける『ネメシスの心臓』との戦いででミーナとシャチが二人にとって致命的だった赤い毒霧を浴びている頃合だった。

 二人が相手取っていた心臓に有効打を与えられる武器を持っていなかったフリヒトとエリは戦線から離脱し、かといってソドムとダーク・リッチという別の強大な壊物(かいぶつ)同士が絶賛戦闘中であるビヒトの広間には戻らず、『古の都』の扉の仕掛けを作動させる装置の付近で待機していたのだ。


 その時、ふと彼女はビヒトが示していた光の筋とは別に、道が分かれていることに気が付いた。

 余計な回り道をしないようにとのビヒトの配慮でその道は照らされていなかったが、エリはその奥に何があるのかと気にかけてしまった。


「ちょっとエリさん、何処(どこ)へ行こうとしてるんですか! 駄目ですよ!」


 フリヒトがそう言って止めようとした時には、もう彼女は光無き先へと足を踏み入れてしまっていた。

 フリヒトは慌てて彼女を追い掛ける。

 彼女を一人にしては何をやらかされるか分かったものではないと、最早子供のフリヒトですら保護者的な発想になるほどエリの信用は地に墜ちていた。


 幸いな事に、『原子力遺跡』の全ての罠は管理者ビヒトにより切られ、発動しない状態になっていた。

 彼女がすぐそばにあったその部屋に無事足を踏み入れることが出来たのには、極例外的に幸運な必然があった。


「ここは……一体……。」


 小部屋に入ったエリの眼前には硝子(ガラス)の戸棚が壁一面に設けられており、中には大量の小瓶が収納されていた。


「これは……薬品庫ですね……。」


 後から追い付いてきたフリヒトが自身の聞かされていた話を基に推察する。


「リヒト様や父上から聞いたことがあります。遺跡の中には人間に万が一のことがあった時に服用する為の治療薬が保管された一室が設けられている場合があると……。おそらくこれは全部何らかの、旧文明の医学が生み出した妙薬です。」

「わかるの?」

「はい。以前『古の都』で外敵の襲来があって父が亡くなった際、リヒト様が防衛に参加した警邏(けいら)達に配っているところを見た事があります。」


 フリヒトは小瓶の一つを指差して答えた。

 するとエリは、戸棚を開けてそれを手に取った。


「あの二人……心臓との戦いで何か怪我をするかもしれない。一応貰っておきましょう。」


 エリは戦闘に関してはプロである。

 そこで発生し得るトラブルは概ね経験や知識として頭に入っている。

 彼女がミーナとシャチの戦闘に何らかの懸念を抱いたのは自然な事だった。

 フリヒトもまた、彼女の意見に異論は無かった。


 そしてこの時、彼女の行動はミーナとシャチを死の淵から救う事になる。




***




 ミーナとシャチが意識を取り戻したのは見覚えのある一室、『原子力遺跡』の立体映像の間だった。


「うぅ……。」

『気が付いたか、二人とも……。』


 目を開けてビヒトの顔を見たミーナは慌てて跳び起きた。

 そこには彼女たちの他にも大勢の人たちが一時的に避難していた。

 しかし、誰も彼も皆暗い表情をしている。

 ミーナは突然の状況の変化に戸惑う。


「え⁉ どういうこと⁉ ダーク・リッチは⁉」

「行かせてしまったよ。すまない、(わたし)のせいだ……。」


 エリは床に額を擦り付けて自身のミスを悔恨する。


「でもミーナとシャチが助かったのもエリさんのお陰だよ。彼女があの『遺跡の秘薬』を持ち出していて、二人に飲ませていなかったら今頃二人とも『心臓』の毒で死んでいた。」


 ルカはシャチが上体を起こす背中を補助しながらエリをフォローした。

 無言で目を覚ましたシャチはルカに支えられながら自分の手を見詰めている。

 そして彼はビヒトの方へ目を向けて尋ねる。


「ネメシスは……復活してしまったのか……?」

『いや、それはまだだ。ダーク・リッチも満身創痍だった。脳髄と対面する前に壊物(かいぶつ)の死体に潜り込んでエネルギーを回復する必要があるのだろう。』

「じゃあ早く追い掛けないと‼」


 ミーナは居ても立ってもいられずビヒトに要求する。


「ねえ、もう一度『古の都』と繋いでよ‼ 貴方(あなた)が助けてくれたんでしょ? 貴方(あなた)がまた此処(ここ)と都を繋いで、ルカやエリが(わたし)達を担ぎ込む逃げ場所にしてくれた!」

(きみ)の推察通りだが、すぐには無理だ。時空間移動を二度使ってしまい、この遺跡には現在残存エネルギーが無い。もう一度繋ぐには少なくとも一日、エネルギー回復に時間を要する。』


 ビヒトの返答を聴き、ミーナはがっくりと項垂(うなだ)れる。

 そして彼女たちが急がねばならない理由、そのタイムリミットを尋ねたのはフリヒトだった。


「ダーク・リッチはいつ頃『ネメシスの脳髄』と接触するでしょうか……。」

「そう先の話じゃないだろうな。」


 シャチがフリヒトの、彼だけでなくミーナたち全員の疑問に答える。


「あの男が……イッチが死体に潜みエネルギーを回復する速度は元の死体が生前持っていた生命エネルギーの強度に相関する。あの遺跡の奥に(うごめ)いていたのはリヒトの話によるとそれなりに強力な壊物(かいぶつ)なのだろう。ならば此処(ここ)のエネルギー回復よりも遥かに速いと考えられる。」

「そんな……。」


 ミーナは心の中が絶望で埋め尽くされて行くのを感じていた。

 もうどうにもならない。

 ネメシスは復活し、(かつ)て旧文明を滅ぼした時のように大量の死者を出す。

 まず間違いなく、良き仲間となった『古の都』の人々を大量に犠牲にする。


『残念ながら最早復活は止められんだろうな。(わたし)もそして兄も、何としてでも止めたかった事態だが……。』


 兄、ビヒトから彼を指す言葉が出て、ミーナは初めてこの場にリヒトが居ないことに気が付いた。


「リヒトは……何処(どこ)……?」

「ミーナ、あの方はもう……。」


 ルカはそう言うとミーナに数枚の紙を差し出した。

 今の彼女にはそこに書かれている内容が理解できる。

 つい先日までリヒトの付き人だったアリスから読み書きを初め様々な事を教わっていたのだが、まるでそれが遠い昔の様だ。

 そのアリスももう居ない。


「リヒトが……死んだ……?」

『正確には消えたと言った方が良いだろう。元々(わたし)も兄も死人なのだから。』


 ミーナは手紙を持つ手の震えを止められなかった。

 確かにリヒトについては、色々と黒い面を知ってしまった。

 だがそれでも、彼が人類を想う心は紛れも無く本物だとより確信を深められたし、何だかんだで彼女に良くしてくれた恩人であるという事実に変わりはない。

 そのリヒトが居なくなってしまった事は、彼女にとってだけでなくこの場に避難した『古の都』の人々全てにとって同じだろう。


 しかし、そんな彼女の気持ちとは別に後ろから手紙を覗き込んでいたシャチはある事に気が付いた。


「待て、おかしいぞ。」

「何が?」

「何って、リヒトはこの手紙で、(おれ)達に『危険なら逃げてもいい』と言っているんだ。これは変だろう。逃げたらネメシスは復活してしまうのに。」

「確かに、まるで何か対策があるかのような書き口ね。」


 エリもまたシャチの意見に同意していた。

 ミーナも確かに言われてみると奇妙な引っ掛かりを覚えた。

 そして、彼女はビヒトの顔を覗き込んだ。

 もしかすると弟の彼なら、この文面の真意を知っているのではないか、そう思ったからだ。


『……(わたし)とて、出来る事なら都の人間全員を逃がしてやりたかった。だが、全員を避難させるには到底時間が無く、道の接続をそれだけの長時間保ち続けることも不可能だった。故に、偶々目を覚ましていて開門の傍に居合わせた、今此処(ここ)に居るだけの人間を受け容れるので精一杯だった。』

「何の話をしているの?」


 ミーナはビヒトの言葉の意図を量りかねていた。

 彼女だけでなくシャチも、フリヒトも、エリも怪訝そうな表情を浮かべ互いの顔を見合わせる。


 何を申し訳なさそうな顔をしているのか。

 精一杯、可能なだけの人数を受け容れただけでも立派なものではないか。


 だがただ一人、ルカだけはビヒトの態度の理由を知っているようだった。

 何故なら彼だけはビヒトと同じように沈痛な面持ちを浮かべているからだ。


「リヒト様も……本心ではなかったと思う……。」

『だが、本心ではなかったとしてもそれが出来てしまう非情さが兄にはあるのだ。』


 そう、ルカとビヒトは知っている。

 何故ならこれは、丁度ミーナ達がゴモラを打ち破った時に話していた「段階ごとの防衛策」の内、最終段階のものだからだ。


『ミーナ、シャチ、フリヒト、エリ、心して聴け。お前達の旅は決して無駄なものではない。何より、心臓の破壊に成功しているからだ。それにより、これから起きることをありのまま受け容れ、そしてまだ希望が繋がっていることを知って欲しい。』


 ビヒトはミーナ達に残された希望を語ろうとしている。

 それは彼が「非情」と評した兄の最終最大の方策だった。

※お知らせ。

今作品の更新は12/1のChapter.2最終話、Episode.71を以て一旦お休みします。

更新再開は2/2を予定しております。

何卒御容赦の程、宜しく御願い致します。

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