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Episode.63 心臓争奪戦

 広間に残されたダーク・リッチは全身を蟲の大軍が高速で駆け回る様な凄まじい焦燥を感じていた。

 ソドムに腕を掴まれた彼にとって信じ難いのは主に二つ。

 一つは自分の腕が全く動かないこと、そしてもう一つは(そもそ)もソドムに触れられ掴まれているという状況そのものだ。


「くっ……! 貴様も(われ)の物理無効を貫通出来るのか……!」

「同族としても中々面白い身体の構造だが、理解するのはそう難しくないな。」


 ソドムは更に握力を掛け、ダーク・リッチの腕骨を()し折った。


「うぎゃアアアッッ‼」

「差し詰め一人の人間から純粋抽出された、正の『思念体』ならぬ負の『想念体』といったところか。純度の高さで言えば()やゴモラ、ネメシスすらも凌ぐだろう。だが、所詮は一個の知的生命体から生まれた雑魚眷属の一体に過ぎぬ。」


 黒鷲(くろわし)頭の巨漢壊物(かいぶつ)は仄黒く肉付きの良い剛腕で砕けた骨だけが辛うじて繋がっている細腕を振り回し、髑髏(どくろ)頭の骸骨壊物(かいぶつ)を放り投げた。

 ダーク・リッチは部屋の壁に肋骨の中程から上が埋まった状態で静止した。

 物理的な障壁を破壊することなく透過できるダーク・リッチの身体的特性によって生じた珍事である。


「壁を抜けられる、というのは厄介だな。逃げられたら面倒だ。」


 ソドムは大剣を抜き、大きく振り被る。

 (くろがね)の刃に邪悪な帯電が纏われ、破壊の余波が火花となり周囲へ散らされる。


「少し景観を良くしておくか……。」

『なっ⁉ 待てソドム‼』


 焦りを見せたのはビヒトである。

 何故ならば今この強大な壊物(かいぶつ)によって甚大な衝撃を与えられようとしている施設は元々原子力発電所であり、しかもそれは今尚(いまなお)各遺跡に電力を送るために稼働し続けているからだ。

 その為の制御はビヒトの仕事であり、そして今すぐに安全な停止と廃炉などできはしない。


 もしソドムの影響で核分裂反応が制御を失って暴走したら。――そんな懸念を抱かずにはいられないだろう。

 だが、そんなことはソドムにとって知った事の無い話である。


「『神撃(ダス・ゴトリ)(ッヒ)大電(ェンブリッツ)』‼」


 大剣が壁に埋まったダーク・リッチに向けて振るわれ、凄まじい力の奔流が雷鳴閃光となって壁を地上まで突き抜けていった。

 恐ろしい威力の攻撃であったことが地表までぽっかり空いた大穴が雄弁に物語っていたが、幸いな事に原子炉への影響はどうにか抑え込めた。


『これでも大傷が癒えず本調子ではないというのか……。とんでもない奴だ。とっととダーク・リッチには(くたば)って貰って一刻も早く戦いを終わらせてくれんと、こっちの身が保たんぞ……。』

『まあそう心配しなくても、ビヒト、(きみ)が考えている以上にこの施設は堅牢だよ。』

『兄さんっ……! 毎度貴方(あなた)は人の気も知らずに……!』


 リヒトとビヒトの口論を余所に、ソドムは鋭い目つきを緩めていなかった。

 まだダーク・リッチを(たお)したわけではないと考えているようだ。

 攻撃から逃れ、壁の中に身を潜めるダーク・リッチにとってそれは凶報だった。

 このまま当て推量(ずっぽう)で攻撃を続けられ、穴を更に拡げられては敵わない。


「ククク、しかしこちらも唯隠れているわけではないぞ。確かに両腕は(しばら)く使い物にならん。『破滅の青白光(デモニアクリティカ)』を撃つことは出来ん。だが、今や(われ)の攻撃手段はそれだけではない……!」


 ダーク・リッチは壁の裏に隠れたまま穴と反対方向、即ちソドムの背後へと回り込んだ。


(われ)の体内には先んじて吸収したネメシスの臓腑が十もストックされている! その強大なる『負の想念』の力、直接貴様等に浴びせてくれるわ‼ 完全体ならば(わず)か数日にして四十億もの人口を殺戮したその威力、とくと思い知れ‼」


 髑髏(どくろ)頭が壁から浮き出て大きく口を開いた。


「消し飛べいぃっっ‼」

『危ないっっ‼』


 ダーク・リッチの口から赤黒い熱線が放出された。

 瞬間、リヒトがビヒトを押し倒して自分より背の高い弟に覆い被さった。


 負の想念による攻撃には物理的な破壊力は無く、生身の人間に対しても精神的な影響に留まるが、思念体となった彼らには直接的な殺傷能力を発揮する。

 リヒトの思念はネメシスの影響を全く受けなかったほどの強靭さを誇るが、ビヒトが今ダーク・リッチの攻撃を直接浴びては一溜りも無かった。


 そして『双極の魔王』という『負の想念の純度が高い』壊物(かいぶつ)個体であるソドムにも通常の物理攻撃以上に有効となる。

 だがソドムは大剣を目にも留まらぬ速度で振るい、衝撃波を発生させた。


「『(ダス)(・ゼー)(レン)(ブロッ)(ケン)』‼」


 ダーク・リッチの赤黒い熱線は大剣と衝撃波によって弾かれ、ソドムに掠り傷一つ負わせられなかった。


『成程、あのソドムは壊物(かいぶつ)としては珍しく物的な武器を使用する。つまりああやって大振りすれば、正の思念や負の想念による攻撃〝命電(めいでん)〟を問答無用でシャットアウトしてしまうというわけか……。』


 先にソドムとゴモラが分かれた際、命電弾(めいでんだん)の使用が想定される『古の都』を攻める役割をソドムが担った理由はここにある。

 (もっと)もミーナ達を襲ったゴモラから想定外の救援要請があり、それに応じるべく時空の亀裂を作って潜り込もうとしたのが災いし、ソドムはアリスを犠牲にした『命電砲(めいでんほう)』を喰らってしまう失態を犯した。

 狭くて大剣が振るえなかったのだ。

 これはリヒトにとって、実は絶妙な間によって九死に一生を得ていたこと、そして今後同じ偶然は期待できず、対策が必要な懸案事項が生じたことを意味する。


 しかしこの強大な壊物(かいぶつ)同士の戦いは人類を無視して継続している。

 ダーク・リッチはソドムが大剣を振り終えて衝撃波が収まったと同時に飛び掛かり、長い背骨を蛇の様に敵の肩から脇にかけて絡み付かせた。


「ぬぅッ⁉」

「ファハハハハ‼ 先程の技、大きな動きが取れん状態では使えぬ代物と見た! ならばこうして密着状態で至近距離から再び見舞う迄よ‼」


 それまでの一方的な形勢から一転、ダーク・リッチに番狂わせの風が吹いている。

 まさかのピンチを迎えたソドムの姿にリヒトとビヒトも目を(みは)る。


「邪魔者が、今度こそ死ねぇぇっっ‼」

()むを得んっ……‼」


 ソドム、一巻の終わり、ダーク・リッチ、まさかの大勝利。

 ……かに思われた。

 しかしその時、ソドムの大剣が黒色から金色へと変わり、眩い輝きを放ち始めた。

 そしてダーク・リッチの攻撃はゼロ距離にも拘らずソドムの体表を流れ、全て黄金の大剣へと吸い込まれてしまった。


「な、何だとォッ⁉」

四方(よも)や貴様如きに()の切り札、『(ダス・)(ゴールデ)(ンシュヴ)(ェルト・)(ミット・)(アイヒェ)(ンラウブ)(・ウント)(・ブリラ)(ンテン)』まで使う事になるとはな。この力は使用回数が限られる。しかし、(くろがね)の剣に想念を宿し(あら)ゆる命電(めいでん)を吸い寄せ、取り込むのだ。丁度人間共が使う思念を帯びた刃のようなものだと思えば良い。」


 ソドムはダーク・リッチの身体を腕尽くで引き剥がし、頭蓋骨を文字通りの手で鷲掴みにしている。

 髑髏(どくろ)壊物(かいぶつ)は最早成す術無く、砕けた腕と背骨を見苦しくバタつかせる(ばか)りである。


「お、おのれえええッッ‼」

「ふふふ、光栄に思うが良い。この状態で放つ『神撃(ダス・ゴトリ)(ッヒ)大電(ェンブリッツ)』は一味違うぞ。『古の都』では無作為の広範囲に分散し、先程は直線の限定範囲に集束していた破壊力は、貴様という敵一体に集中することになる。全てを単身で受け切って生きていられるのは完全体のネメシスくらいのものだろうな。」


 ダーク・リッチは尚も体を激しく揺らして悪足掻き続けるも、最初から勝てる筈も無かった約束された結末まで秒読みといった窮地に追い込まれていた。


「や、止めろおおおおっっっ‼」


 訴え虚しく、ソドムは彼の身体を放り投げ、帯電して激しく雷光を散らす黄金の大剣を振るった。


「『神撃(ダス・ゴトリッ)の金(ヒェンゴールデ)剛石(ンブリッツ・デ)柏葉(ス・アイヒェン)黄金(ラウブ・ウント)大電(・ブリランテン)』‼」

(くそ)っ、こうなったら一か八かだアアアッッ‼」


 叫び声を上げながらダーク・リッチは無数の雷霆(らいてい)に貫かれ、大爆発を起こして跡形も無く消えてしまった。

 最期に彼が何をしようと試みたのか、それは誰一人として知る由も無い。

 ただそこには、圧倒的な暴力による当然の結果だけが横たわっていた。


『やはり恐るべきは〝双極の魔王〟か……。』

『その様だな、兄さん。』


 リヒトとビヒトはこれからミーナ達がネメシスを完全に破壊してなお残るであろう脅威に思いを馳せ、互いの懸念を確認し合っていた。



**



 光の道案内に導かれ、ミーナ達はこの遺跡で一番大きな広間に足を踏み入れた。

 その中央には透明な水槽の中に毒々と脈打つ巨大な臓器が浮かんでいる。

 そのサイズは約四メートル、人間の心臓の約五十倍はあるだろう。


「あれが……『ネメシスの心臓』か……!」


 シャチは一歩前へ出て戦斧(ハルバード)を構えた。

 当然、彼には人間として種の存続を脅かす最大級の脅威、ネメシスを生かしておくつもりは無い。


 それはミーナもまた同じだった。

 リヒトとビヒトは互いに考えを違えども、そして双方共に手放しで称賛できる人間ではなくとも、人類を存続させたいという思いは確かなものだと今では理解した。

 その彼らの思い、ネメシスの完全破壊による永久の除去を実現することに迷いは無い。


 妖刀と戦斧(ハルバード)、二人がそれぞれ持つ『思念の刃』が今正に『ネメシスの心臓』目掛けて振るわれようとした、その時だった。

 突如水槽は割れ、『心臓』は自身に纏わり着く無数の血管を足代わりにして這い出して来た。

 その容貌は(まば)らに毛が生えた四つの(ふさ)に分けられ、そして互いに全くかみ合わないリズムで脈動している。

 それぞれ(ふさ)に二つずつの裂け目が現れ、そこから眼球が剥き出しとなりミーナ達四人にそれぞれ視線を向けた。


『みんな気を付けろ! どうやら襲ってくる気じゃ‼』


 妖刀が四人に用心するよう喚起した。

 ミーナとシャチは構えたまま「解体」から「戦闘」へと意識を切り替える。


「見ればわかるよ、妖刀さん‼」

「こっちは最初から殺る気なんだ! 問題など何も有ろう筈が無い‼」


 今、ミーナ達に対して初めて人類文明を滅ぼした存在、『ネメシス』の猛威の一端が振るわれようとしていた。

※お知らせ。

今作品の更新は12/1のChapter.2最終話、Episode.71を以て一旦お休みします。

更新再開は2/2を予定しております。

何卒御容赦の程、宜しく御願い致します。

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