Episode.61 光と闇
突然のリヒトの宣言に、広間のミーナ達に動揺が走った。
「待って……! 何でいきなりそんなことを言うの? 帰ったらちゃんと話し合おうって言ったじゃない‼」
『そのつもりだったけどね、色々と状況が変わった。良くも悪くもね。それらを勘案すれば、今私が言った方法で奴の完全抹殺を済ませてしまうのが最も効率が良いんだよ。』
リヒトはそう言うと弟ビヒトの方を向いた。
『四人を例の装置の許へ案内してあげておくれ。』
『それは吝かではないが……。兄さん、本当にやるつもりか? 旧文明の再興を見届けるのではなかったのか?』
『奴さえいなくなれば最早人類再興は既定路線だから態々私がこの世界に居座る理由は無いよ。脳髄と心臓さえ破壊すれば他の全ての臓腑は死に絶え、そうなると奴から生じた壊物どもも大幅に弱体化する。』
今度はソドムの生み出した黒い狼へとリヒトの視線が向いた。
『私の邪魔立てをする理由はあるかな?』
『無いな。余にとってネメシスは自分が取り込むか、完全に滅びるか、その何方でも構わない。余とゴモラは単なるネメシスの同族であって奴から発生した眷属ではないからな。ならば今ここで人間どもの企みを妨害しても益無き事。』
『つまり、それは私の目論見通りに行けばネメシスは完全に滅びると、そう言質が取れたと解釈しても良いのかな?』
『……食えぬ男よ。我等原初個体の性質についても理解しているようだ。どうせ黙ったところで貴様の弟が漏らすであろう。』
三匹の狼の顔と脚の付け根に備わった十五の目が一斉にビヒトの方へ向いた。
そして口惜しさに本来の口を歯噛みさせながら喉元の口からソドムは答える。
『我等原初個体は負の想念を核とするとき、その主たる知的生命体の特徴を模擬する。それは臓器の形にも表れ、似たような機能を獲得する。即ち想念を蓄えるは主に脳髄! ただし生命活動に最も密接に関わる心臓が代替機能を持つこともある。』
『やはり脳髄と心臓さえ破壊すればいいという訳だ。そして、ソドム、君がゴモラを復活させられるという原理も……。』
『そこまでお見通しか……、まあ良い。こちらもまた知られたところで大した差は生じぬ。我等は互いが互いの脳髄と心臓の機能を共有することで互いのバックアップたり得ている。つまり双極の魔王がその片方さえ残ればもう片方を復活させられるように、ネメシスもまた脳髄と心臓は片方さえ残ればもう片方も何れ復活する。』
リヒトはソドムの答えに満足したように頷くと、ゆっくりと部屋の出口に向けて歩き出した。
しかしそんな彼の前にミーナが立ち塞がる。
更に彼女の許へシャチとフリヒトも集まってきた。
「待ってよ‼ 私、全然納得してないよ‼ いつもいつも勝手な事ばっかり言って! 貴方まで居なくなったらフリヒトはどうなるの⁉」
『フリヒトにはまだ家族がいる。必要な事は周りがサポートしてくれる。私が居なくてもフリヒトの統治に支障は無い。』
「そういう問題じゃありませんよ。確かに貴方にいつまでも頼ってばかりではいられないのでしょう。それはこの数日で何となく覚悟しました。でも、『古の都』にはまだ貴方が必要なんです。」
「俺もフリヒトと同意見だな。リヒト、お前は間違いなく『古の都』の、人類の精神的支柱となっている。悪いがここで失わせるにはその存在が余りに大き過ぎる。」
シャチとフリヒトはミーナよりももっと具体的な理由を持ってリヒトの案に反対していた。
しかし、それでもリヒトの考えは変わらない。
リヒトとはそういう男である。
『ミーナ、シャチ、フリヒト……。』
リヒトは三人へ穏やかに、優しく言い聞かせる。
『元々私はずっと決めていたんだ。私が古の都に居座るのは、奴を殺す時までだと。いや、もっと言えば本来は更にその以前に私はこの世を去っていた筈なんだよ。元々は私が今尚この世に留まっている事の方がおかしい話なんだ。あれだけの人間を死出の旅路へ連れ出しておいて、言い出した自分だけは何故かここにいるなんて変な話じゃないか。そうだろう、ビヒト?』
兄の言葉に、弟のビヒトはゆっくりと、不本意さを滲ませながら頷いた。
『あの時、誰もが命電砲の閃光になろうとする貴方を止めた筈だ。私とて同じだ。だが、貴方は止まらなかった。貴方には一度決めた事を決して曲げずやり通す一種の頑迷さがある。そして貴方の狙い通り、ネメシスは動かなくなった……。』
ビヒトはリヒトの眼をこれまでに無く強い視線で見据えて言葉を続けた。
『思えば貴方はずっとその罪滅ぼしをし続けたのではないか? 貴方が自ら人柱となる道を選べば、後に続く者は必ず現れる。貴方程の人物を犠牲にしてしまったのだから、それを無駄にするわけにはいかない。そして命電砲の閃光となる人間が増えれば、今度は犠牲の数を理由に勝つまで退けなくなる。それを見込んで、未必の故意で大勢犠牲にした貴方は、人類の完全勝利を見届けなくてはならないという妄念に囚われてしまった……。だから、あの日々の続きを求めるんだ。旧文明の続き、あの日の人類は間違っていなかったという証明を……。』
リヒトはビヒトの問いには答えず、ミーナ達の方へ全てを受け容れる様な微笑みを向けた。
『お願いだ。私を行かせてくれないか? 思念体である私には脳髄封印の扉を開く仕掛けは作動できない。それは生身の人間である君達がやらなければならない。だけど、命電砲の閃光となって心臓を破壊することは私にも出来る。ビヒトがここと古の都を繋いでくれたお陰で漸くその芽が、一番確実な方法を取れる芽が出た。無駄にしたくはない。』
「もっといい方法は……本当に無いの?」
『あれば其方を選ぶ。だが、何方にせよ奴を殺せれば私はこの世から身を引く。』
そう言うと、リヒトは目を閉じて両腕を拡げた。
『私は人間を、人類の全てを心から愛している。情を、富を、幸福を共に分かち合い、助け合い、研鑽し、知恵と勇気を振り絞って困難に立ち向かう、そんな光の側面は勿論のこと、それを真っ向から否定するような様々な闇の側面も全て、全てを愛おしく思っている。光在る処に闇が在り、闇在るが故に光が在る。五回目だが今一度言おう。人間とは地球生物史上最も美しく尊い生き物だ。この種には永遠の繁栄を謳歌する権利がある。だから私にはそれを人類の手に取り戻す義務があるのだ。』
嗚呼、無理だ。――リヒトの様子にミーナは悟った。
彼の口振りには永い間秘め続けた積年の思いがある。
その悲願を前にして、彼の心を変える事など出来はしない。
自分達に出来るのは、せめて彼の思いを確実に成就させること。
彼が自分達を見る眼には、己の悲願を成し遂げてくれるという篤い信頼が宿っている。
と、その時エリが素手のまま入口に向かって構えを取った。
ビヒトとソドムもそれを見て何かに気が付いたようだ。
『兄さん、もたもたしている内に招かれざる客が訪れたようだ……。』
『この気配、覚えがあるな……。』
ミーナもまた、背後から突き刺すようなその不気味な気配を思い出した。
死のイメージを直接叩き付けるような、そんな気配の持ち主。
「やはりここでは貴様等『遺跡の主』とやらに気取られずに動くのは不可能の様だな……。」
声の主は部屋の入口からぬっとその姿を顕した。
不気味な巨大な骸骨、誰もがその姿を知っている。
「ダーク・リッチ‼」
ミーナとシャチ、そしてフリヒトはすぐさま各々の武器を構え、臨戦態勢を取った。
リヒトとビヒトは冷ややかな視線をこの場違いな壊物に向けていた。
『いつから気付いていた、ビヒト?』
『ついさっき侵入されたばかりだな。私も忘れていた訳では無いのだが、今の今まで全く気配がしなかった。』
『だろうね。侵入されたらすぐに君が察知できるはずだ。ということは、壁を擦り抜けて一直線にここまで来たみたいだね。』
『その様だ。』
二人の会話を余所に、ダーク・リッチは歪んだ笑みを浮かべてミーナ達を見渡す。
「我は既に脳髄と心臓以外、十の臓腑を手に入れている。その力も馴染み始め、この場で貴様ら全員を焼き払う事など容易い。」
拙い事に、真の意味で全ての役者が一堂に集結してしまった。
※お知らせ。
今作品の更新は12/1のChapter.2最終話、Episode.71を以て一旦お休みします。
更新再開は2/2を予定しております。
何卒御容赦の程、宜しく御願い致します。




