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Episode.60 兄弟の過去

 時は文明崩壊後、所は原子力遺跡の広間。

 リヒトとネメシスの壮絶極まりない最期のやり取りを聞いたミーナ達四人は絶句していた。

 そしてその内容から、彼がソドムに答える言葉も容易に想像がついた。


『成程、()に対する答えも同じという訳か……。』


 狼の壊物(かいぶつ)からソドムの声が発せらた。

 ソドムもまた察しているようだった。

 そしてその通りだと言わんばかりに、念を押すようにリヒトは答える。


『人間とは地球生物史上最も尊く美しい生き物だ。この種には永遠の繁栄を謳歌する権利がある。』

『だから(そもそ)も、終焉を迎えさせはしない、と……。ふふふ、やはり貴様は()にとって脅威以外の何物でもない。』


 しかしソドムとは違い、ミーナ達には納得できないことがある。

 それを最初に指摘したのはフリヒトだった。


「ちょっと待ってください! 今の話だと兄……いやリヒト様はネメシスと対峙した時に『命電砲(めいでんほう)』となって死んでいる‼ でも実際、彼は今でも『古の都』に君臨し、今もこの場で(ぼく)達と会話している。ご先祖様、ビヒト様はあの後更に同じことをお兄さんから言われたと……。おかしいじゃないですか⁉」


 子孫の問い掛けに、ビヒトは溜息を吐いた。

 そう、この話にはまだまだ続きがある。

 リヒト一人が犠牲になったところで、ネメシスを止められはしなかったのだ。


『兄さんは全てを承知の上で自ら犠牲になる道を選んだ。自らが先を行くことで、殉死を選ぶであろう者達や相応の立場として高貴なる義務(ノブレスオブリージュ)を果たそうとするであろう者達が大勢いる事を計算していた。』


 ビヒトは険しい表情でその後起こった事のあらましを語り始めた。


『だが兄自身がどこまでの規模を考えていたかは(わたし)にも測りかねる……。もしかすると流石にそこまでやるつもりは無かった、とでも言いたいかもしれない。だが兄の行動は余りにも多くの人間を感化させてしまったのだ。』


 険しい顔のリヒトとビヒトが互いに見つめ合っている。

 そこには絆なのか溝なのか、二人にしか解らない奇妙な関係性がある様に見える。

 ビヒトは兄を責めるような口調で話を続けた。


『兄の自爆特攻を受けて迷いが晴れた人間は国を問わず現れ、次々に命電砲(めいでんほう)の閃光となって消えて行った。当時、最早世界人口は一億人を切っていた段階で、決して極一部とは言えない人数だった。』


 ミーナにはビヒトの肩がほんの僅かに震えたような気がした。

 今でも当時の恐ろしさを思い出すと思わず戦慄してしまうのだろうか。

 現に、続きは震えた声で語られる。


『ネメシスの完全沈黙まで命電砲(めいでんほう)の自爆特攻によって散った命は実に二千万人を数えた。それだけの尊い命の代償として人類は生き延びたのだ。』

『彼らのお陰で辛くも人類の勝利に終わった、という訳だね。』


 リヒトの表情にも笑みは無かった。

 流石にその犠牲の大きさは手放しで喜べないのだろうが、ミーナ達にとっては「いくらなんでもここまで。」という思いが強かった。

 確かに、ミーナはリヒトに場合によっては非情な手段を取る一面がある事は感じており、そこに信用を置けないものを見出してはいた。

 だが、これほどのスケールになると唯々唖然とする他無かった。


「待て、リヒトにビヒト。」


 シャチが堪らず声を出した。

 彼も多かれ少なかれミーナと同じ感想を抱いているだろうが、彼には旧文明滅亡の真実を知りたい思いに一日の長があった。


「まだリヒトが今尚(いまなお)存在し続けていることは説明されていない。どういうことだ? 兄弟の間にその後何があり、この状況は作り出されたのだ?」

『ふむ、シャチに対して長年の疑問に対する回答をする時が来たようだね。』


 リヒトはふわりと筒の上から床へと着地し、この部屋にいる者達の注目を集めた。


『結論から言うと、確かに命電砲(めいでんほう)の光となったことで(わたし)の肉体は滅んだ。だが思念体はその場に留まり続けたのさ。そして数多の命が光と消えるその一部始終を見届けた。彼らを奴の(もと)へと導き、確実にその攻撃を中てさせる手助けすらし続けた。しかし、二千万人か……。そんな数になっていたんだね……。』

『兄さん、その中で(わたし)がどれだけ圧力を受け続けたかわかるか? 貴方が病床に伏してから貴方の職務を肩代わりし続けた(わたし)は、自分もまた兄に続かなければならないのではないかと思い悩み続けた。(わたし)には兄の様な強靭さは無い。死を強いられるならばこんな文明など、人類など一層、と何度思った事か……。』


 ビヒトは苦渋に満ちた表情で兄に恨み言を述べた。


『初期に命電砲(めいでんほう)で犠牲になった者達の中にはほんの僅かだけだが思念体としてこの世に留まり続けている者達が居る。――そんな科学者の推論が出たのは自爆特攻を仕掛けた人数が一千万人を数えた頃だった。(わたし)()しや、と思い世界中の生き残った科学者たちと共に残留思念体の容れ物を開発し始めた。』

『そのお陰で(わたし)やビヒト、そしてアリスはこの時代まで地球上に留まり、意思を伝え続けることが出来たという訳さ。』


 二人の説明を聴き、ソドムが再び笑い声を挙げた。


『ふはははは‼ つまりそれは、命電砲(めいでんほう)という兵器も運用中に改良が施され、思念残留の余地が無い程人間の命を使い切る構造に変化したという事‼ それを(もたら)したのは弟の方、つまり貴様も兄に負けず劣らずの危険因子という事だな‼』


 ソドムの指摘にビヒトは俯いて拳を握り締めた。

 その様子から、ソドムの推論は正しいのだろう。


(わたし)はただ……。兄の犠牲を無駄にしたくなかった……。兄が死んだにも(かかわ)らず自分だけおめおめと生き延びるからには、何らかの貢献をしなければならなかった……。』

『だがビヒト、ネメシスを(たお)し、その後人類文明復興の目途が立ったのは(きみ)のお陰だよ。(きみ)がこの五大遺跡というシステムを遺してくれた。』


 兄の言葉を聞いたビヒトは彼をキッと睨み上げた。


『白々しい! (わたし)はただネメシスの沈黙を保つ機構を組み上げただけだ‼ 過ちに満ちた、ネメシスに付け込まれた文明を再興するなど真っ平だった! 残留思念体の容れ物も、貴方の為に用意したものじゃない‼ 貴方はまんまと(わたし)が作った五大遺跡を自分の目的の為に乗っ取っただけじゃないか‼ そしてあの忌々しい言葉と共に貴方は再び人類を指導し始めた‼』


 ビヒトの詰め寄りに対してもリヒトは動じる様子を見せない。

 そんな兄の調子に、弟の方が逆に眼を逸らして自嘲的に語る。


『兄さん、結局(わたし)は貴方に敵わなかった……。若い内から病に伏せ、血筋を次代に繋ぐ役目は(わたし)に委ねられ、そして民の期待に応えて子孫を残しても尚本質的に貴方こそが帝だった。だからなし崩し的に、(わたし)は貴方の要求を呑んだ。五大遺跡の南北を除く三つ、そして残る各地に点在した遺跡も二人で管轄を二分することになった……。更には(わたし)の子孫までも、貴方に差し出して(わたし)は一人この原子力遺跡の番人となったのだ……。』


 ミーナはリヒトとビヒト、兄弟の話に少し混乱し始めていた。

 彼女は一度整理する必要を感じていた。


「ねえ、今までの話を纏めると、旧文明で人類の大部分を殺したのはネメシス、それに対して『命電砲(めいでんほう)』という武器で攻撃することだけが戦う手段だったけど、それは命を捨てる行為だった。それを最初にやったのがリヒト。後から大勢の人々が続いて、ネメシスはとりあえず大人しくなった。それを封印する遺跡を作ったのはビヒト。リヒトは体が死んだけど思念だけは残り続けて、ビヒトが作った容れ物に入り込んだ。今の体制は兄弟で相談して決めた。こういう事で良い?」

『うん、大体そうだね。』

『うむ、客観的に追えばそういう話だろう。』


 リヒトもビヒトもミーナの総括に異論は無いようだ。

 そして二人の視線はミーナが腰に下げている妖刀に向けられた。


『な、何でしょう?』

『妖刀の御老人、(わたし)達は貴方に大変な苦労を掛けた。その内容も今の話の中に含まれている。』

『兄さんも考えは同じか。(わたし)もあの刀が生まれた理屈はそういう事だと思う。』

『むぅ……。』


 妖刀に心当たりは無さそうだ。

 二人の考えを推察したのは同じく妖刀の声が聞こえるシャチだった。


「つまりこの(じじい)も、その『命電砲(めいでんほう)』による攻撃に参加したという事か? しかしそれにしても謎が残るぞ?」


 シャチの言う通り、今までの情報では何故彼が刀という形を取っているのか、その声を何故ミーナとシャチだけが認識できるのか、その答え合わせが出来ていない。


『その事については、少しだけ(わたし)がヒントを持っている。』


 リヒトがシャチの疑問に答える。


『実は(わたし)がビヒトと会話したのは、まだ(わたし)が器に入れられていない思念体そのものだった時だ。このことから察するに、思念体の声、即ち念波はある程度の縁ある者に届く。恐らく脳細胞の遺伝子から生まれる思考、感受性の波長が合うのだろう。』


 リヒトの言葉にミーナは今までで一番驚いた。


「と、言う事は⁉」

『ミーナと(わし)は血縁関係じゃと……⁉』

『そういうことになる。ただ、シャチとの関係はまだ良く解らない。』


 ミーナと妖刀の関係が少しだけ解き明かされた瞬間だった。

 だが今はそれよりも大事な用事がある。


『さて、余り長話をしていても難だ。伝えることは伝えたし、(きみ)達にはお別れを言っておこう。』

「どういうこと⁉」


 リヒトからの突然の宣告にミーナは戸惑う。

 それは旅の中で何度も話してきたシャチ、血縁者のフリヒトも同じだった。


「何をする気だ?」

『簡単な事だよ。この原子力遺跡を命電砲(めいでんほう)の閃光で満たし、奴の心臓を破壊する。』

『何だと⁉』


 ビヒトが兄に食って掛かった。


『彼らを犠牲にするつもりか⁉』

『それは違う。ミーナ、シャチ、フリヒト、それともう一人のお嬢さんには中央地下遺跡の奥の扉を開ける為の装置を作動させ、その後でこの広間から直接古の都へ帰って来てもらう。その方が態々心臓を破壊するよりも早い。』


 リヒトの両眼が鋭い光を帯びている。


『ビヒトも思念体を此方(こちら)に移動させるがいい。それを見届けた後、(わたし)が再び命電砲(めいでんほう)の閃光となって心臓を破壊する。その後間髪を入れず、(きみ)達は古の都で脳髄を破壊してくれ。』


 リヒトの提案はミーナ達に衝撃を持って迎えられた。

※お知らせ。

今作品の更新は12/1のChapter.2最終話、Episode.71を以て一旦お休みします。

更新再開は2/2を予定しております。

何卒御容赦の程、宜しく御願い致します。

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