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Episode.57 原子力遺跡

 翌朝、一足先に目を覚ましたミーナは車輌(しゃりょう)の外で付け直した左腕の感触を確かめる。

 ゴモラ戦で蛇に肘から先を噛まれたので咄嗟の判断で切り離したのだが、夜に久々の幻肢痛に襲われて眠れなかったので再度嵌め直したのだ。


『どうじゃ、調子は?』

「うーん、ちょっと動きが感覚について来ないかも……。」


 妖刀に問われ、ミーナは義手の指を握ったり開いたりしながら答えた。

 どうやら手首をゴモラの蛇に噛まれて破損した影響は確実にあるらしい。


「時間が経てばその内自動的に直りますよ。その義手、元々使う人に合わせて形を変える性質があったでしょ? それの応用で修復する性能もあるんです。」


 ミーナの義手はリヒトに貰ったもので、『古の都』に保管されていたものである。

 フリヒトがその性質に詳しくても不思議ではない。

 ミーナは彼の説明を聴きながら噛まれた後を眺める。

 見た目の穴と(ひび)割れは痛々しいが、彼女の脳はそれを傷痕と認識していないようで苦痛は皆無である。


「まあ多少支障はあっても快復を待っている時間は無い。さっさと昨日ビヒトが言っていた道筋で目的を達してしまわないと、いつイッチ、いやダーク・リッチが追い付いて来ないとも限らん。」


 シャチの言うことも(もっと)もだ。

 左手の事はほどほどに、ミーナは立ち上がって朝日に照らされよく見えるようになった遺跡の建物を仰ぎ見た。

 途中横槍はあったが、どうにか目的地へ辿り着けそうだ。


「あそこにあるんだね……。その、『ネメシスの心臓』が……。」

「『ネメシス』……。それこそが旧文明を亡ぼした存在の名前か……。」


 シャチはミーナが出した名前を反芻(はんすう)するように呟いた。

 ビヒトは昨日、ミーナ達にもルカへリヒトが告げた時と同様に「その名前で呼びたくない。」という事情も話していた。


「そういえばさ、ソドムとゴモラも何か自分達の名前には由来があるって言ったたよね? 自分達は知らないとも言っていたけど。その『ネメシス』もそうなのかな?」


 ミーナはちょっとした興味本位で言ってみたのだが、シャチもフリヒトもエリも心当たりは無さそうだ。

 唯一知っているとすれば、旧文明の知識を経験として持っている妖刀くらいのものか。

 しかしその彼も、これに関しては歯切れが良くない。


『ソドムとゴモラは……神の怒りに触れて亡ぼされた都市という言い伝えがあるらしい。ネメシスは……正直よく知らんのだが、復讐や義憤、神に対する不遜への怒りを象徴する女神だとか……。』


 神と女神については、確かフリヒトがそんな存在について語っていた。

 壊物(かいぶつ)は別時空の存在だが、侵略相手の時空に存在する知的生命体の負の想念を核にするという。

 ならばその負の想念が、神の存在に何らかの紐づいたものなのか、それとも神が象徴するという概念が主体となっているのか。


(わたし)は余り興味ないわね……。」


 エリは四人で一番先に進み、誰よりも早く遺跡に近付いていた。

 そんな様子に、他の三人はまた不安になってくる。

 この女は自覚しているのだろうか。――そうミーナ、シャチ、フリヒトの心証は一致していた。


 一方、四人の行き先に妖刀は何か思う処があるらしい。


『それにしても、〝原子力遺跡〟か……。いやはや……。』

「どうした、(じじい)?」

「何か知っているの?」

『いや、(わし)の意見では無いのだが、原子力、そういえば人間には過ぎた力として言及されることが偶にあったことを思うてな……。ま、(わし)も正直良い思い出が無く余り好きではないのじゃが……。』


 そう言う妖刀の声は何処(どこ)か遠い思い出に浸っているような、しみじみと想いに耽る様な響きをしていた。

 そんな彼を腰に携え、ミーナはエリを一人で行かせまいと駆ける。

 シャチとフリヒトもそれに続き、四人で「原子力遺跡」の入口を目指した。



**



 数ある建屋を素通りしてビヒトに指定された入口まで真直(まっす)ぐやって来ると、その扉は自動的に開いた。


「珍しく素直な遺跡だな。」


 怪力を披露する機を逸したシャチだったが、その理由はすぐに判明する。

 開いた扉の向こうでは、ビヒトがその姿を(あらわ)して待っていたのだ。


『早い到着、感心したぞ。』

「まさか入口で待っているとは……。リヒトとは大違いだな。」

『当たり前だろう。事態は一刻を争うのだから、迷わせている時間は無い。ならば(わたし)自身が出向いて案内するのが最も確実だ。』


 ビヒトはそう真意を告げると、ミーナの方を向いて彼女の落胆した様子に首を傾げた。


『どうした?』

「いや、別に……。貴方(あなた)の言う通りなんだけれどもさ……。」


 シャチとフリヒトにはもう解っている。

 ミーナは冒険の期待が完全に失われたことに酷く失望しているのだ。

 一方で、そんな事など知ったことではないビヒトの立場は当然だ。


『まあ良い。とにかく行くぞ。まずはここの仕掛けを作動させ、中央の大遺跡である〝古の都〟の扉を解放する準備を整える。それが済んだら(わたし)が〝奴の心臓〟を弱らせるから、その間に(わたし)の言う場所まで移動して心臓を破壊してくれ。』

「心臓を弱らせる? どういうことですか?」


 フリヒトが先を行く先祖に尋ねた。


『簡単な事だ。我々兄弟が管理する大遺跡は最奥に眠る〝奴の臓腑(ぞうふ)〟に対しては普段はある程度活性化を維持している。でなければ、その周囲に沸いた別の壊物(かいぶつ)に取り込まれ、厄介な事になるからな。〝臓腑(ぞうふ)〟自身の力で他の壊物(かいぶつ)を排除させ、かといって逆に取り込んで復活することは出来ない程度に力を抑え込んでいる。』


 四人を先導しつつ、ビヒトは封印の在り方を話して聴かせる。


(もっと)も、他の臓腑(ぞうふ)はそれでも壁を擦り抜けて来た別の壊物(かいぶつ)に盗られてしまったがな。あの髑髏(どくろ)頭の壊物(かいぶつ)の力は想定外だった。だが、あの壊物(かいぶつ)臓腑(ぞうふ)の吸収にはかなり骨を折ったらしい。恐らくここへ辿り着けば必死に弱体化の装置を探すだろうよ。奴の臓腑(ぞうふ)の中でも〝心臓〟と〝脳髄〟が持つ力だけは別格だからな。』

「随分詳しいな。リヒトの奴は自分が管理している『古の都』の奥の扉の事も把握していなかった風なのに……。」

『それも当然だ。何故ならば〝奴〟封印の機構を考えたのは全てこの(わたし)だからな。兄は詳しくなくて当然。それだけは兄自身にも把握できないようにしておいた。(わたし)は兄を信用していない。〝奴〟を殺したがっている事だけは確かだがな。』


 ミーナは思った。

 ビヒトのリヒトに対する考えが今一良く解らない。

 確かに、手放しに信用できないというのはそうだろう。

 だがそれとは別に、ビヒトは兄の一面、ネメシスへの憎悪に関しては異様なほど確信している。


 ネメシスを殺したい、人類の未来の為には復活させるわけにはいかない。その思いは一致している。――そう彼は兄を疑い無く信じ切っていた。


「ねえ、ビヒト……。」


 ミーナはそう疑問に思い、彼に問い掛けた。


貴方(あなた)とリヒトの間に何があったの?」


 彼女の問いに、ビヒトは(しば)しの間を置いて溜息交じりに答える。


『……そうだな。この遺跡に着いたら話すと言っていたな……。』


 そう言いつつも彼は歩みを止めない。

 一刻も早く問題を解決させたい、その思いを何よりも優先している様だ。

 だが、それはいつものように一つの部屋に留まって大仰な仕掛けで話をしなければいいだけの事だ。


『分かった。道すがら洗い(ざら)い話してしまおう。確かに、どうせ心臓が破壊されれば(わたし)の管理している大遺跡からは全ての臓腑(ぞうふ)が消え、この世界に於ける(わたし)の役割は(おおよ)そ終わる。ならば今の内に話しておかねばならないだろう。』


 遺跡内部の灯りは思念体であるビヒトの姿には何ら影響しない。

 その筈だが、何処(どこ)か彼の後ろ姿に影が差して見えた。

 また一つ、小さな間を置いてからビヒトはミーナ達の先を行きながら、背を向けたまま語り始めた。

※お知らせ。

今作品の更新は12/1のChapter.2最終話、Episode.71を以て一旦お休みします。

更新再開は2/2を予定しております。

何卒御容赦の程、宜しく御願い致します。

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