Episode.56 然れど人間
ゴモラを斃した四人は潰れた電車の車輛に集まっていた。
ミーナとシャチは一度死に掛けた上に普段以上の力を出したせいか撃破後すぐに失神してしまい、フリヒトとエリでなんとか二人の身体をシャチが破壊した入口から車輛の中へと運び込んだ。
二人が目を覚ました頃には既に日が落ちていた為、北の大遺跡の探索は翌日に回すことになった。
彼らは用意していた保存食を分け合い、明日に備えて空腹を満たしていた。
『とはいえ四人とも、余り休んでいる時間は無いぞ。』
車輛の放送機器がなんとか生きていたようで、ビヒトの声がノイズ交じりに語り掛けてくる。
『私の見込みでは、地下鉄道で移動することによってあの骸骨の壊物よりかなり早い段階で遺跡に辿り着き、充分な余裕を持って奴の心臓を破壊できる筈だった。しかしあの強大な白鷲頭の壊物、ゴモラによって電車が破壊された上に大幅な時間を食ってしまった。恐らく、明日早朝に出発してどちらが早いか、と言ったところだろう。場合によってはあの髑髏との遭遇、再戦もあり得る。』
もう一人の因縁の相手、ダーク・リッチの話が出て、四人全員の表情がそれぞれの思いによって張り詰める。
そんな中、語り始めたのはエリだった。
「私の話……してもいいかな……?」
ゴモラの明かした経緯が事実なら、エリの素性は全て騙りだったことになる。
彼女の態度や考え方、遺跡での慣れない振る舞いなどから、ミーナ達三人は既にそれこそが事実なのだと信憑性を持って受け止めていた。
「聴かせてくれる?」
ミーナはエリの告白を受けようと男二人に目線を送った。
シャチもフリヒトも、特に止める様子は無い。
エリは全てを話した。
ダーク・リッチに敗北し、身を置いていた集落によって生贄にされかけた事。
一人で命辛々逃げる途中、ソドムとゴモラに出会ってしまった事。
それによって人類の運命に絶望し、ソドムとゴモラに忠誠を誓う事で生き永らえさせて貰った事。
何もかもがエリにとって恥の記憶だったが、彼女自身それに向き合いたかったのだろう。
そんな意思を察してか、シャチは口を開いた。
「エリ、俺はお前がフリヒトを護る為にゴモラと戦う決意をした事、最後に逃げようとしたゴモラの行く手を己の身体を張って阻んだ事、その二つが全ての答えだと思っている。」
ミーナとフリヒトは表情を緩め、彼の言葉を首肯した。
結論もまた彼と同じだろう。
「過去に壊物の下に居た事を以て現在何をしようとも人類に仇為す者に括られるべきだとは思わん。それならばこの俺とて同じだからな。だから俺は、お前の事を味方だと信じる。」
シャチの言葉に涙を溢して礼を言うエリだったが、その様子を見てミーナはふと考えた。
最終的にはダーク・リッチに反旗を翻し、根城を破壊して脱出した彼だったが、それまでは一体何を考えて生きていたのだろう。
今回彼がエリに対して温情の様なものを掛けるのは、ひょっとするとそういったところに関係があるのではないか。
シャチもそんなミーナの視線を感じたようだ。
「そう、この俺とて同じだ。俺もまたイッチの目的の為に協力していた時期があった。奴の研究を随分後押しし、進歩させたのは事実だ。偶々奴の正体が俺のオリジナルとなる元人間の壊物だと知ったから、俺に乗り換えようとしたところを返り討ちに出来たから、今ここにいるだけなのだ。俺は……偶々特別だっただけだ。特別なものに色々と恵まれただけなのだ。」
ミーナのシャチを見る目はこの一日で随分変わった。
シャチが度々口にしていた「自分は特別だ」というある種の傲慢な自負が、別の自戒を含んだ意味を持っていたのは意外だった。
「シャチ、貴方も勿論私達の仲間だよ。」
「……その言葉が欲しくてエリを信じた訳ではない、と言ったら嘘になるな。俺もまた、イッチの思想に追従していたのはエリと同じようなものだ。ただ違うのは、『自分をも壊物化しようとしていた、自分を壊物側だと思っていた。』という弁解一点だけだった。それは寧ろより性質が悪いかも知れんな。俺はイッチがその為に俺を生み出し、共に研究をしていると思っていた。己が身を壊物と変える為に……。それが人類を救うと愚かにも信じた。」
「人類全てが壊物に変われば良いと?」
「そうだ、ミーナ。実際のところ奴は既に己の身を壊物に変えた後で、本音も自分だけが人類の叡智を引き継いだ上位種となればばいいという考えだった。それが判ったから俺はあの男と対立した。」
ミーナが背筋の凍る様な寒気に襲われたのは、ダーク・リッチが元々人間であるにも拘らずこのような考えに傾倒したからだった。
彼女はこれまで人間の様々な利己性に触れてきたが、ダーク・リッチのそれは群を抜いているように思えた。
「ふと、思う事がある。」
シャチは言葉を続け、自分の見解を述べる。
「恐らくはイッチもまた長い年月を掛けて壊物としての自分を強化し続けたのだろう。その過程で、どんどん考えが凝り固まり異常な偏執性を帯びていったように思う。建前で唱えていた歪んだ理想も最初は真実の言葉だったのかも知れない。事実、あの男が過去に残した書物には段々と思考が歪んでいく様が見て取れた。」
『それは妥当な解釈だと私も思う。』
ノイズ交じりの音声でビヒトがシャチの見解を首肯した。
『壊物が己の存在の核と出来るのはあくまで負の想念、悪の理念といった人間の暗黒面だ。イッチという男がダーク・リッチとなる過程で人間だった頃に持っていた清濁斑で複雑な思考から正の側面が削ぎ落とされ、壊物として永く生きる内に消えてしまったとしても何らおかしくはない。』
「やはりそうか……。ならば俺は……。」
シャチは強い意志を秘めた目で己に言い聞かせるように断言する。
「俺はあくまで人間だ。どれだけ特別な力を持とうが、出自が奇怪なものであろうが、それだけは決して譲れない。だから俺は人間の為に戦う。誰かではなく人間の為に、だ。」
ミーナはシャチの言葉で自分の中で僅かに引っ掛かっていた針が取れたような気がした。
今回の依頼はリヒトによるものである。
そしてこれまでの言動やビヒトの話を聴く限りでは、どうもリヒトの事を手放しで信じて良い様な気はしない。
しかし、シャチの言うように彼女の行動は人類の未来の為だ。
戦いも、探索も、後者には自分の興味という面も多分にあるが、誰か個人の為に己を危険に曝す訳ではない、命を懸ける訳ではない。
そう考えると、ミーナの中に大きな力が湧いてくるような、そんな気がした。
「明日、頑張らなくちゃね。」
「うむ。」
「勿論です。」
「私も微力ながら手伝わせて貰う。」
四人は北の大遺跡の探索に向け、気持ちを新たにした。
「ところで明日はどうやって大遺跡に向かうの? 地下の線路を辿る?」
『いや、その必要は無い。』
ミーナは僅かな期待を込めて四人に問い掛けたが、ビヒトの声に即座に否定されて少し機嫌を悪くした。
「必要無いんだ……。」
「それはどうしてですか?」
フリヒトが先祖に問い掛ける。
『何故この場所でゴモラが襲ってきたと思う? それはここが既に北の大遺跡から目と鼻の先だからだ。』
「何?」
シャチはリヒトから渡された地図の内、北の大遺跡周辺のものを拡げた。
「ビヒト、見えているなら答えろ。この地図の中に俺達の現在地はあるか?」
『ある。遺跡として書かれている地点から少し右斜め下に位置する道が現在地だ。』
「だとすると、本当に目と鼻の先ですね。」
『うむ、だがこの遺跡の構造は少しややこしい。結論から言うと、お前達の目的から選ぶべき入口はいくつかある内の一つだけだ。』
「成程、間違った入口を選んで探索しても無駄骨だと……。」
地図と睨めっこをする三人を余所に、ミーナはふと或る良からぬことが頭に過った。
それを見透かすように、シャチは彼女に釘を刺す。
「ミーナよ、必要な場所以外は探索せんからな。」
「わ、解ってるよ……!」
正直、数ある入り口の全てを探索し尽くしたいのが本音だったが、流石にそれを押し通せる状況ではないというのは彼女にも解っていた。
「しかし、どうしてこんな奇妙な構造をしているのかしら? まるで別々の施設を一つに無理矢理纏めたような……。」
『エリよ、お前の言う通りだ。』
ビヒトはエリの疑問に答える。
『これらは元々、それぞれの施設として旧文明のエネルギー供給源の役割を担っていた。北の大遺跡はそれらを奴の封印と遺跡への電力供給の為に一本化したものだ。そのエネルギー原理を用いて別の呼び方をすれば、〝原子力遺跡〟! そこに奴、ネメシスの心臓の封印と脳髄への扉を開く最後の装置が眠っている!』
ビヒトから自身の管理する目的地の情報の一端が開示された。
四人は明日を見据えて眠りに就いた。
※お知らせ。
今作品の更新は12/1のChapter.2最終話、Episode.71を以て一旦お休みします。
更新再開は2/2を予定しております。
何卒御容赦の程、宜しく御願い致します。




