Episode.54 最期に来る一陣の風
ミーナ達とゴモラの交戦地点より南、『古の都』を一望できる大きな「駅」の上空に生じた亀裂から這い出てきた一つの大きな影が目下に拡がる最大級の遺跡を見下ろしていた。
その黒鷲の意匠を備えた強大な壊物、ソドムは髑髏の意匠が拵えられた剣の切っ先を『古の都』に向けた。
何故今回はこれ程遠い場所に顕現したのかというと、大遺跡の内部では自身の力がかなり抑えられてしまうという事が判ったからだ。
ソドムはやや離れた位置から全力の『神撃の大電』を放ち、『古の都』を丸ごと焼き尽くしてしまおうと考えていた。
だが、その瞬間に相方から脳裏へと通信が入った。
『ソドム‼ おいソドムゥゥッッ‼』
「どうした、ゴモラ? 余は今正に『古の都』を攻め滅ぼし、『奴』の脳髄を回収しようとしていた所なのだがな。其方もさっさと心臓を回収しろ。」
『それが駄目だァッ‼ 人間どもの力が予想以上でよォ‼ このままではやられてしまう‼ 早く加勢に来てくれぇッ‼』
「何だと……?」
ソドムはゴモラの救援要請を訝しみながらも、一旦剣を納めようとする。
「我等の目算では、奴らの最高戦力と思われる巨躯の個体と華奢な個体、あの二人が相手だろうと全力の余と貴様ならば単体にて一方的に斃せる筈ではなかったのか?」
『ああそうだ‼ 確かに俺様は奴等を真っ先に戦闘不能に追い込んだ筈だった‼ だが奴ら、パワーアップして復活しやがったァッッ‼』
「そうか……成程、計算違いがあったという事だな。あいわかった。」
ソドムは自らが作り出した時空の亀裂へと舞い戻っていく。
「貴様をむざむざ死なせるのは余にとっても得策ではない。『古の都』攻略は一旦中止し、即刻そちらへ向かう。」
『ありがとよ! 我等〝双極の魔王〟が二体揃えば怖い者無しだぜ‼』
このままではミーナとシャチの許にゴモラと同等の強敵が現れ、形勢が逆転してしまう。
しかしその時、時空の狭間へ引っ込もうとしていたソドムを一筋の光が貫き、そして大爆発を起こした。
「ぐおおああぁァッ⁉」
『どうしたソドム⁉』
「……済まぬゴモラよ。どうやらこちらの人間どもは余の再来を察知し、予め手を打っていたらしい。今のは『命電砲』という兵器……。それも思念濃度が極めて濃い一発だった……‼」
『ハァ⁉ 何で迎撃しねえんだよ⁉』
「丁度貴様の許へ向かうべく時空の狭間に入ろうとした矢先だった。迎撃に十分な間合いが無かったのだ。許せ。」
そう、『古の都』ではリヒトがソドムに対して先制攻撃を仕掛けていたのだ。
ソドムにはゴモラと違い『命電弾』のような「正の思念による攻撃」を迎撃する能力を持っていたが、退却を図った隙に叩き込まれたため思わず真面に食らってしまった。
爆煙の中で体に受けた火傷の痕を確かめたソドムは自身を貫いた閃光を時空の亀裂越しに睨みつける。
そして苦虫を噛み潰したような表情で断腸の念を吐露した。
「……ダメージが大きい。この状態では加勢しても共倒れの危険がある。エネルギー消耗も著しく、暫くは亀裂を作り貴様をその場から逃がすことも出来ん。済まないが元々の盟約に従い、『バックアップ』として『再構築』の為の休養に専念する。」
『おいソドム‼ 嘘だろ⁉ おい、嘘だと言ってくれェ‼』
「もう一度言う。余は盟約に従い貴様の救援ではなくバックアップの維持に移る。ゴモラ、貴様もこの状況は想定していた筈だ。逆の立場なら余と同じ事をした筈だ。」
『待て! ソドム‼ 頼む来てくれ‼』
「ゴモラ、必ず貴様の『核』は引き継ぐ……。」
ソドムは時空の狭間へ逃げ込み、亀裂を完全に塞いで目を閉じてしまった。
色々言っていたが、要するにゴモラはソドムに見棄てられたのである。
その様子を、先程ソドムを貫いた光の中に浮かび上がった一人の女の影が見届けて安堵したように笑みを浮かべた。
『リヒト様、私は、アリスは無事務めを果たせたようです。一度お別れの言葉はお伝えしましたが、この場で今一度申し上げさせてください。』
光の中に模られたアリスの顔は穏やかに目蓋を閉じる。
『私は……信じております……。生命の神秘、その総てを科学的に解明することは不可能であると……。思念体なるものを科学的に説明し、構成できるまでに発展した旧文明に於いて尚、私たち人間の霊魂はその様な科学的概念とは別箇に存在していると……。ですから私は貴方様に今一度申し上げます。リヒト様、黄泉の国で貴方様の大願成就を見届けさせて頂き、そして再び御逢いする時をお待ち申し上げております……。』
光はアリスの陰影と共にすっと空へ消えて行った。
ミーナ達は自分達の戦いの裏でまた一つ、大いなる犠牲があったことをこの時はまだ知らなかった。
***
ミーナとシャチの攻勢に防戦一方となるゴモラは、ソドムの加勢という最後の望みを絶たれた。
生き延びるためにはこの絶体絶命の状況を単体でどうにかしなくてはならない。
「糞アァァッッ‼」
半ばやけくそに、ゴモラは右手で蛇の縄を振るった。
予想だにしなかった反撃にミーナは左手首を蛇に噛まれてしまった。
「ははははは‼ 俺様の大蛇の毒牙は動物の脈を伝い一気に全身へと駆け巡り、忽ちの内に死に至らしめる! 油断したが最期、手前は終わりだ‼」
しかしミーナは冷静だった。
ゴモラは歓喜の余り、彼女の手首から一滴の血も流れ出ていないことに気付いていなかった。
そのまま、彼女はまるで知っていたかのように左肘のから先を脱落させた。
彼女の左腕を模っていた義手は元の球体関節によって繋がった樹脂の複合体へと戻った。
「なっ⁉ 義手だとぉ⁉」
左肘から先に噛み付いた蛇は勢い余ってゴモラの手を離れ、義手に絡み付いてのた打ち回っている。
間髪を入れずフリヒトのクロスボウが蛇を矢で地面に縫い留めた。
ゴモラは逆に武器をも失い、更なる窮地に追い込まれた。
「糞ったれぇェッッ‼」
ゴモラは考える。
ソドムの態度を鑑みるに、最早救援は期待できない。
余りにダメージを受け過ぎており、武器も失ったこの有様ではこれ以上戦えば敗死は必至である。
ならば、逃げるしかない。
僅かに残されたエネルギーを全て振り絞り、時空の亀裂を発生させて異空間へと逃げ込むのだ。
「癪だが……仕方ねえ……! 糞下等生物どもが……大人しく媚び諂って我等に飼われていれば慈悲深く絶滅だけは免れさせてやったものを……。最早家畜としての価値もねえ……。今回は退くが、次はソドムと共に必ず皆殺しにしてやる……! この時空から一匹残らず駆逐してやる……‼」
ゴモラは背後に右腕を伸ばした。
大気が震え、掌から空間に裂け目が生じる。
逃亡しようとするゴモラに対し、ミーナとシャチが追い打ちを掛けようとするが、フリヒトの矢に縫い留められていた大蛇が無数の小さな蛇となって二人の足に絡み付く。
だがゴモラが時空の亀裂に入り込もうとした瞬間、もう一人の女が亀裂に挟まって逃亡経路を塞いだ。
「なっ⁉ エリ‼ 邪魔だ退けぇッ‼」
ゴモラは捨て身で逃げ道を奪わんとするエリを右腕の鉤爪で殺そうとする。
しかしその攻撃は間に合わなかった。
右腕を振り上げた瞬間、シャチの戦斧が放った旋風によってゴモラの身体が包み込まれたのだ。
「ガッ⁉ グガアアアアアッッ‼」
自身の最大技を打ち消した超威力の疾風が渦を巻き、ゴモラの身体をズタズタに切り裂いていく。
「があああああっっ‼ おのれええええッッ‼」
巻き上がる旋風は天に轟き、ゴモラの肉体は最早継ぎ接ぎで辛うじて形だけを保っている有様に成り果てた。
この一撃は恐らく止めとなるだろう。
ゴモラは今際に覚えの無い長閑な風景を見ていた。
それは自らが存在の『核』として取り込んだ負の想念、悪の理念が夢見ていた幻影である。
込み上げてくる謎の感情に急かされるまま、ゴモラは怒声を上げた。
「手前等……何の権限があってッッ……‼ 俺様に……口出しするな……‼ 俺様の生き方をっっ……変えようとするなあああアアァァッッッ‼」
その叫びと共にゴモラの身体はバラバラに千切れ飛んで行った。
シャチが放った旋風は人類が嘗ての国家の滅びに残した一つの怨念の塊を執拗に粉々に破砕していく。
逆巻きが已む頃、ゴモラが体に備えていた白鷲の羽毛が丁度綿毛の様に辺りへと降り注いでいた。
そしてそれすらも、自然界に来る一陣の風が跡形も無く何処か手の届かない遥かなる遠い遠い場所へと連れ去っていった。
いつもお読みいただき誠にありがとうございます。
さて、今年の7月から連載して参りました本作品は今話にて丁度折り返し地点を過ぎました。
このままChapter.2としてEpisode.71まで収録し、Chapter.3にて丁度今話の倍のナンバリングとなるEpisode.108で本編を終了し、その後エピローグを一話掲載して完結という運びとなります。
予定ではChapter.2の最終話更新が12/1となりますが、最終章を前に一旦2カ月程度の休載を設けさせていただきたく存じます。
理由と致しましては主に三点。
・当初プロットを作成して各エピソード毎のあらすじを大まかに決めていたものの、執筆が進むにつれてそこからずれ始め、話の流れが変わった部分もあるため、最終章のプロットを練り直したい。
・長らく内容修正を行って来なかったため、一度最初から誤字脱字等を修正する期間を設けたい。
・本作に向き合い続けることそのものに少し疲れを感じており、執筆のペースが落ちているので、作品から離れる時間と書き溜めの時間が欲しい。
上記の理由により、誠に勝手ながら12/1でのEpisode.71更新を持ちまして暫く更新をお休みさせて頂きます。
Chapter.2が終了するまでは今までどおり週二回、日曜日と木曜日に更新を続けます。
更新再開は2/2木曜日とさせていただき、以降はChapter.2同様に日曜日と木曜日の更新で完結まで連載を続けたいと考えております。
以上、手前勝手では御座いますが何卒御理解の程宜しく御願い致します。
願わくは更新再開まで、作者の過去作にも触れて頂ければ誠に僥倖では御座いますが、流石にそれは贅沢が過ぎる様な気がして恐縮でございます。
では、今後とも何卒宜しく御願い致します。




