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Episode.53 最強の二人

 薄雲に遮られた空の下、短剣を構え、敵を迎え撃とうとするエリをゴモラが嘲笑する。


「ぎゃはははは‼ 今更逆らおうってか⁉ 手前(てめえ)如きがこの俺様(おれさま)に勝てるとでも思ってんのか、ああん⁉」


 エリは黙って短剣を構える。

 この際、危機を呼び込んだ自分の身などどうでも良い。

 せめて子供のフリヒトだけは逃がさなければ。――そんな覚悟を垣間見せる悲愴感漂う厳しい表情だった。


(わたし)は元々、壊物(かいぶつ)どもから仲間を守ってきた筈だった。死ぬなら手に負えない強大な壊物(かいぶつ)と戦って、仲間が逃げる隙を作って死ぬ筈だったのよ。」


 しかし、守る筈だった仲間に売られてから全てがおかしくなってしまった。

 挙句の果てに、今度は自分が人間の同胞を売ろうとしていたなど、何と滑稽な話だろう。


「今更は重々承知‼ だがそれでも! (わたし)は最期に昔の(わたし)に戻らせて貰う‼」


 エリは両手の短剣を回転させて握り直すと、ゴモラに飛び掛かった。

 ゴモラは巨体に鞭や縄、そして火炎放射器として使用できる蛇を武器として持っている。

 つまり相手の攻撃範囲は遠距離に真価があり、攻撃を掻い潜って懐に入れば接近戦で戦い易いのはエリの方だ。


 しかし、掻い潜ることが出来ればの話だ。


「ガハハハハ‼」

「くっ、これではっ……‼」


 ゴモラが振り回す蛇には全く隙が無かった。

 短剣で弾いて往なそうにも、パワーが違い過ぎて不可能。

 しかし、エリは諦めずに突破口を探す。


 ただ滅多矢鱈(めったやたら)に振り回すだけでは(わたし)には当てられない。

 必ず(わたし)に狙いを定めた攻撃が来る筈、そこには否が応にも隙が生じる。

 その一瞬を見逃さず、奴の懐に入れば……‼――そして彼女の考え通り、その時は訪れた。


「ぬぅッ‼」

「入った! これは(わたし)の間合い‼」


 エリはゴモラの腹部を狙って短剣を突き立てようとする。

 しかし、ゴモラは不気味に歪んだ笑みを浮かべていた。

 そう、エリは一つ重要な事を見落としていた。


「なっ⁉ これは……! そうかしまった‼」


 エリの刃はゴモラの肉に突き刺さるのではなく、融け合うように埋まってしまった。

 その理由は簡単に察することが出来る。


「どんだけ頑張ったところで、その刃は元々我等の骨から造られたものだろォ? 大本の俺様(おれさま)に通ると思ったかァ? 莫迦(ばか)な奴だぜ‼」

「くっ……!」


 万事休す、エリにはゴモラに対して有効な攻撃手段が無い。

 そして如何に懐に入ったと言っても、ゴモラの側は全く迎撃できないという訳でもない。

 猛禽類の足の様な左手がエリの細腕を掴みそして彼女の身体を振り上げる。


「ああああああアァッッ‼」

「エリさん‼」


 ゴモラがエリに仕掛けようとしている攻撃は明らかだった。

 フリヒトはがら空きになったゴモラの胸を射撃し、行動を止めようとする。

 しかし、やはりゴモラの強靭な肉体には全く歯が立たなかった。


「血肉と臓腑をぶちまけなぁッ‼ (むし)螻蛄(けら)みてえになぁッ‼」


 ゴモラはエリの身体を振り下ろし、地面に叩きつけようとする。

 しかし、その腕にエリの身体は付いて来なかった。

 突如としてエリは何処かへ消えてしまったのだ。


 ゴモラは一瞬何が起きたか理解できず、降り下ろした自分の腕を見る。

 その時初めて、ゴモラは自らの左手首から先が無くなっていること、切り口から鮮血が飛び散っていることに気が付いた。


「なッ⁉ 莫迦(ばか)なぁッ⁉ 俺様(おれさま)の腕がッ‼ 一体誰が……⁉」


 周囲を見回すゴモラの眼に最初に映ったのはエリの身体を抱えて降ろす長身の青年、シャチの姿だった。

 そして反対側に振り向くと、そこには刀を振り終えたミーナの姿があった。

 二人とも、先程ゴモラの攻撃によって(たお)れた筈だ。


「どういう事だァ⁉ 何故手前(てめえ)等が生きてんだよおォッっ‼」


 ゴモラは自分の手を斬ったのがミーナだということ、エリを救出したのがシャチであることを認めざるを得ず、混乱していた。


「『特異点』……。」


 フリヒトは奇跡の復活を遂げた二人を見て呟いた。

 間一髪のところで救われたエリもまた、今起きていることが今一つ理解できない。


 しかし、彼女は復活した二人に途轍もない頼もしさを感じていた。

 熟練した戦士である彼女は、二人が以前の二人ではないという事を肌で感じていた。


「ミーナ……。」


 エリを降ろしたシャチは戦斧(ハルバード)を握り締め、向かい側のミーナに目線を送る。


「シャチ……。」


 ミーナもまたシャチから何か感じたらしく、妖刀を構えて小さく頷いた。


「糞っ垂れがあぁ……‼ 下等生物の分際でよくもこの俺様(おれさま)の身体をぉぉっ……‼」


 ゴモラの左腕は既に切り口が塞がり、出血は止まっていた。

 本来それは、普通の生物から見れば考えられない修復能力である。

 しかし、それでもゴモラは強烈な焦燥と憤怒を薄笑いの消えたその表情に浮かべていた。


「『思念の刃』で斬りやがって、再生できねえじゃねえかよォッ! ふざけやがってえええ‼」


 ゴモラは右手で蛇の縄を握り締め、そして振り上げて大きく回転させ始めた。


「もう遊びはこれまでだァッ‼ 『狂へる亡者(ミレニマニアック)二千の焔(インフェルノ)』で何もかも焼き払ってくれる‼」


 振り回される大蛇の口から紅蓮の炎が吐き出され、ゴモラを中心に凄まじい劫火(ごうか)が渦を巻いて燃え上がる。

 その渦はフリヒトもエリも、ミーナもシャチも、周囲の全てを巻き込んで消し炭にしようとしていた。


 だが、そんな破壊の暴威に対しシャチは空かさず戦斧(ハルバード)を渾身の力で振るい、今までに無い圧倒的な規模の旋風を巻き起こし、火焔の渦にぶつけた。

 風と炎がまるでまるで巨大な金属の衝突の様な轟音を鳴らし、激しくぶつかり合う。


「ハン、莫迦(ばか)な下等生物め‼ 忘れたか‼ この『狂へる亡者(ミレニマニアック)二千の焔(インフェルノ)』は連射可能だという事をォッ‼」


 ゴモラの雄叫びと共に、周囲に渦巻く劫火(ごうか)の勢いが増した。

 しかし、シャチは不敵な笑みを浮かべている。


「フン、莫迦(ばか)は貴様だ。何故自分だけ連発出来ると思った?」


 シャチは雄叫びをあげると、ゴモラに負けじと再び戦斧(ハルバード)の旋風を巻き起こす。

 二重掛けされた旋風は再び火焔と互角のぶつかり合いを演じる。

 ゴモラは更に『狂へる亡者(ミレニマニアック)二千の焔(インフェルノ)』を放出したらしく、焔の勢いを増してシャチの旋風を悪魔で圧し潰そうとする。

 だがシャチもそれに合わせ、三度戦斧(ハルバード)を振るう。


 いや、シャチは旋風を二連撃で放った。

 このまま相手に合わせて威力を重ねても埒が明かず、ならばここぞとばかりに力のリソースを注ぎ切り逆に押し切ることにしたのだ。


 この判断が功を奏し、シャチの旋風はゴモラの劫火(ごうか)を完全に掻き消した。

 焔の中からゴモラの巨体が大きな隙を晒した状態で露わとなる。

 そこに攻勢を掛けたのはシャチと同じく復活したミーナだ。


「ウガアアアアッッ‼」


 ミーナは乙女のものとは思えない物凄い怒号を上げてゴモラに斬りかかる。

 その刀の一撃がゴモラの胴を斜めに斬り裂き、大傷を負わせた。


「ぐおアアアアッッ‼」


 流石のゴモラもこれには堪らず苦痛の雄叫びを上げた。

 しかし、仮にも『双極の魔王』の一角を名乗り、別格の壊物(かいぶつ)を自負するゴモラはここで終わるほど甘くはなかった。


「ドチビが‼ 調子に乗ってんじゃあねえぞおォッッ‼」


 ミーナの剣とゴモラの蛇が目にも止まらぬ速さで激しく打ち合わされ、何度も凄まじい衝突音を鳴らす。

 覚醒したミーナに、大きなダメージを負ったゴモラ。

 ここまで条件が有利に働いて尚、ミーナは一対一でゴモラを捻じ伏せることが出来ずにいた。


 だが、それはあくまで一対一ならばの話だ。

 人類最強の、覚醒した『特異点』はもう一人いる。


「ゴモラぁっ‼ (おれ)が居ることも忘れるなよ‼」


 シャチが戦斧(ハルバード)をゴモラに振るう。

 ミーナの猛攻で手いっぱいだったゴモラはシャチの攻撃を真面に食らい、胸に大傷を負って鮮血を撒き散らしながら弾き飛ばされた。

 駄目押しとばかりに、ミーナの剣の嵐がゴモラを何度も斬り裂く。


「ぐあああアアッッ‼」


 戦いの流れは完全にミーナ達の側に傾いた。


「凄い! 人類最強の二人が大復活‼ パワーアップして帰って来たんだ‼」


 フリヒトが興奮の余りに声を上げた。

 あと一押し、あと一押しでゴモラを(たお)せる。――その場の誰もがそう思った。


「ソドム‼ おいソドムゥゥッッ‼」


 堪らず相方の名を呼ぶゴモラの声に、彼らは戦慄した。

 この場がゴモラ一体だから大きな優勢を取れているものの、相手側に戦力が加勢すれば流れが変わりかねない。


「ミーナ、一気に決めるぞ‼」

「勿論‼ シャチも強烈なのを頼むよ‼」


 ソドムの応援が来る前にゴモラを仕留めようと、ミーナとシャチはそれぞれの武器を大きく振り被った。

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