Episode.51 明かされる真価
灰色の空の下、北の大遺跡を目前に突如襲来した『双極の魔王』の一角、ゴモラを相手にミーナとシャチは臨戦態勢を取る。
フリヒトも役に立てるようクロスボウで援護の構えを取っている。
そんな三人に対し、エリは悲痛な声で訴える。
「やめて‼ 勝てるわけがない‼ 魔王を前にして人間に出来ることは逃げるか服従を誓うしか無いのよ‼」
エリの完全に心が折れた弱音を聴き、ゴモラはさも愉快そうにゲラゲラと笑い始めた。
「良ーいアイデアだなぁ! ただ一つ惜しむらくは、俺様が手前の期待に添うとは限らねえって事だァ‼ 結局手前は我等の気紛れで生かされ、胸先三寸で死ぬってこった! 無駄な命乞い御苦労様ぁ‼」
この両者のやり取りにより、他の三人は否が応にもエリの素性を察してしまった。
「成程な。エリ、貴様もまた壊物に飼われる人間だったという事か……。それも相手がこいつらではな……。」
「そんな……奴等の言う通り、自分以外を餌か敵かとしか見ない壊物に生殺与奪権を握らせるなんて……。エリさん、そんなのやっぱり駄目ですよ。」
「エリ……。」
自らが破壊した電車の車両から飛び降りたゴモラはその巨体を支える猛禽類のような足でゆっくりと大地に降り立った。
嗜虐的な笑みを浮かべる主の様子に、命乞いも通用しないと悟ったエリは絶望に震えている。
しかしそんな彼女を余所に、シャチは戦斧を握り締めて力強く言い放った。
「確かに貴様が愚かな選択をした気持ちは解る。こいつらと戦える俺達のような者などそうは居ないからな。だが、安心するが良いエリ! こいつは一つ、重大なミスを犯した‼」
「ミス……? 俺様が……?」
ゴモラは嘲笑を浮かべたまま首を傾げる。
そんな敵に対し、シャチは戦斧を突き付けた。
「察するに貴様の相方、ソドムが受けた傷はまだ癒え切っておらず、本調子ではないのだろう。だからゴモラ、貴様は単独で来た! だが‼ 其方が戦力を分散してくれたお陰で此方には各個撃破の好機が巡って来たと言える! 抑も、人類の存亡の為には『奴』とやらだけでなく『双極の魔王』を名乗る貴様等も邪魔なのだ‼ この場でまずは貴様から葬ってくれる‼」
シャチの強気な態度に鼓舞され、ミーナも気合を入れて妖刀を構える。
そう、先の襲撃でミーナとシャチはソドムに攻撃を集中することで敵に一太刀を浴びせることが出来た。
フリヒトの矢が無ければ危なかったが、それは抑ももう一体のゴモラが邪魔に入った為であり、敵が一体ならば問題にならない。
勝機は充分過ぎる程にある、ミーナとシャチはそう考えていた。
だが、そんな二人の思惑を見透かしたかのようにゴモラは大声で笑い始めた。
「ガハハハハ‼ どうやらこの前『古の都』とやらを襲撃した時の我等の力を当て込んで強気に出ているようだなァ! だが‼ それならばはっきり言って大いなる見当違いだぜぇ! 手前等、まさかあの時我等が真の力を発揮していたとでも思っているのかァ⁉」
「何? どういうことだ?」
「ククク、何も知らねえようだなあ……! 俺様とソドムは此処に来るまでに他の遺跡に残されていた記録を通じて把握しているぜ? 手前等は気にならなかったのか? |抑々
《そもそ》も、何故手前等があの遺跡で安全に暮らせるのか、我等がやった様に、人間どもの居住区域に時空の亀裂が発生しないのか……。」
ゴモラが一歩、力強くミーナ達の下へと近づく。
その、たったそれだけの動きに彼女たちは嘗て無い脅威を覚えた。
そう、嘗て『古の都』で戦った時とは全く次元の違う脅威だ。
ゴモラの全身から、彼が秘める強大な怨念が溢れ出しているかのようである。
「あの遺跡は……そしてどうやら『奴』の『臓腑』が眠っている大遺跡はみな同じの様だが、封印の為に強力な『正の思念』による結界が張られているゥ……。それは『奴』の目覚めを妨げるだけではなく、我等の様に強大な『負の想念』を秘めた原初の個体の力を大幅に弱体化させてしまうらしいぜぇ……。つまり、どういうことかと言うとォッ‼」
瞬間、ゴモラの姿が消えた。
ミーナが気付いた時には、その鋭い手の鉤爪がシャチの胸を斬り裂き、に大傷を負わせていた。
「ぐおォッっ⁉」
「今、その制約が無い俺様の力はあの時とは比べもんにならねえってこった‼」
いきなり大ダメージを負ったシャチは呼吸を荒げて膝を突いた。
どうやら咄嗟に回避行動を取ったらしく、致命傷は免れていたが、この傷はかなりの痛手だろう。
先の『古の都』襲撃時にゴモラと互角の戦いを繰り広げたシャチが今回は一瞬にして不覚を取ったという事実、それは即ち、今のゴモラがあの時とは全く違うと豪語するその言葉が真実であると何よりも明確に表していた。
「許さないっ……!」
ミーナは妖刀を振り被り、ゴモラに斬りかかろうとする。
「ソドムの野郎に傷を負わせた『思念の刃』か! 確かに脅威、だがしかァしッ‼」
薙ぎ払うミーナの剣線はゴモラの両手に引き伸ばされた蛇の縄で止められた。
その信じられない硬度に驚きを隠せないミーナだったが、その思考の隙をゴモラは容赦なく突いてくる。
「大遺跡のデバフが無けりゃソドムにも、勿論今の俺様にも通用しねえよっ! そして死ね、華奢なドチビがァッ‼」
ゴモラが両手に持っていた蛇の口がそのままミーナに向けられた。
そして何やら巨大なエネルギーが無理矢理握り開けられた喉の奥から込み上がってきている。
「消し飛べ‼ 『狂へる亡者二千の焔』ォッ‼」
蛇の口が砲口となり、全てを焼き尽くさんが如き火焔が凄まじい勢いで放出された。
紅蓮の炎が一瞬にしてミーナを消し炭にしてしまった、かに思われた。
「ぐうぅゥッッ……‼」
「し、シャチ……‼」
だが間一髪、シャチがミーナを庇ってゴモラが放出した地獄の劫火を身体で受け止めていた。
当然、そんなことをしてただで済む筈が無く、肉の焦げる嫌な臭いが周囲に充満していた。
「ガハハハハハ‼ 莫迦な奴だ‼ それとも思い上がりが過ぎたのかぁ⁉ 俺様の『狂へる亡者二千の焔』を受けて生きていられるわけがねえだろうがよ‼ 原形を留めているだけで奇跡だなぁッ‼」
勝ち誇るゴモラだったが、煙を吐くシャチの戦斧が振り上げられたことに全く気が付いていない。
彼は最期の力を振り絞り、どうにかこの敵だけはこの場で仕留めようとしていた。
「ぬおおおおっっ‼」
シャチの渾身の戦斧が降り下ろされる。
しかし、その攻撃が届く前にゴモラの『狂へる亡者二千の焔』は一切の溜めも無く二発目が放たれた。
「ぐあああああっっ‼」
「手前等の今までの戦いは調べさせて貰ったぜぇ! あんな糞雑魚骸骨の中性子線ビームと俺様の最強兵器を一緒にされちゃ困るなぁ‼ 俺様の『狂へる亡者二千の焔』はこのようにィッ‼」
膝から崩れ落ちたシャチを駄目押しの三発目の劫火が包み込んだ。
「シャチぃぃぃっっ‼」
ミーナはその瞬間、伯父のゲンや師のフリヒトが自分を庇って死んでいった光景を走馬灯のように思い起こしていた。
そう、即ち確実なる死はすぐにミーナにもその猛威を振るうのだ。
「じゃあな、糞チビ! 手前もすぐに地獄へ送ってやるよォッ‼」
ゴモラの鉤爪がミーナに襲い掛かる。
シャチに襲い掛かった余りの事態を前に、ミーナはすっかり反応できなくなっていた。
ゴモラの一撃はいともあっさりとミーナの身体を引き裂き、鮮血と共に宙空へと放り出した。
『み、ミーナぁぁァッッ‼』
妖刀はミーナの手に握られたまま、持ち主の致命傷を無理矢理呑まされて絶叫した。
ミーナは嫌な音と共に地面に叩きつけられ、そのままぴくりとも動かない。
「そ、そんな……。ミーナさん、シャチさん……。」
フリヒトは突き付けられた現実、突如襲い掛かった余りにも理不尽な絶望に膝から崩れ落ちた。
あの二人が成す術無くやられた相手に、ダーク・リッチとすら満足に戦えない自分とエリで勝てる筈が無い。
そのエリは手で顔を覆い項垂れている。
「だから言ったでしょう……。勝てる筈が無いと……!」
エリに至っては最初から戦意を喪失している。
彼女はゴモラの圧倒的な力を誰よりも理解していたのだ。
それが凡そ人間の手に負えるレベルではない厄災であると、心底から思い知らされていたのだ。
だが、二人は知らなかった。
ゴモラもまた及びも付かなかった。
ミーナとシャチは普通ではない。
常人ならば、常識的な医学、生物学に照らし合わせれば生きていられる筈が無い大傷を負って倒れている二人だが、普通に考えれば間違いなく死んでいるのだが、しかし、である。
そう、まだ希望の灯は消えていない。
フリヒトはすぐに知ることになるだろう。
彼が「兄」と呼ぶ『古の都』の『帝』、リヒトがミーナとシャチに何を見出し、人類の未来を託すに値する思ったのか、その真価を今この時より彼らは目撃する。




