Episode.49 地下鉄道遺跡
ビヒトに案内された先に待っていたのは、前日にミーナ達が寝泊まりした「駅」や、これまで歩いてきた「線路」上に多く放置されていたものと似た「電車」と呼ばれる箱だった。
但し連結はされておらず、一車輛だけがいやに真新しい状態で今にも動き出しそうな趣を醸し出していた。
『まさか、動かせるのか……?』
妖刀が驚いて言葉を溢した。
というのも、これを動かすには莫大な電力が必要となる筈だ。
文明が滅んだ今、用を足せるとは到底思えなかった。
しかし、それ以上に驚かされたことがあった。
『動かせるとも。但し、私は一旦お前達の傍を離れる必要があるがな。』
驚いたのは妖刀だけではない。
ミーナもシャチも、ビヒトが明らかに妖刀の言葉に答えたという事実に驚愕した。
「ビヒト、貴方にも聞こえるの⁉」
『私〝にも〟? 思念体の〝声〟、即ち〝念波〟だろう? 同じ思念体である私が感知できるのは当然の事だ。私に言わせれば、お前の様に寧ろ生身の人間でありながら何の媒介も無く〝聞こえる〟者の方が稀だ。少なくとも私にとっては二度目だ。』
「思念体……だと?」
ビヒトの答えを受け、更に疑問を深めたらしきシャチが問い掛けた。
『私の生きた時代からは既に百年以上経っている。肉体が滅んでいるのは当然の事だろう。だが私は自らの思念、厳密には思考によって生じる化学反応のパターンや量子秩序を別媒体に移したことで現在も存在し続けているのだ。生命体の思念には量子同様極めて微小な一定の質量が存在すると解明されており、場合によっては死後も残る事があるらしい。』
ミーナは腰に佩いた妖刀に手を添え、「彼」を見詰めた。
そう言えば妖刀を拾った時、彼は自分の事を色々と話していた。
彼は大昔、まだ世界がこのような形になる前に生きた人物であり、死後は暫く幽霊の様な存在としてこの世に留まり続けたらしい。
幼い頃、両親や伯父、集落の仲間達から時折聴かされた御伽噺が多くある。
それらは得てして、翌日の探検に思いを馳せるあまり寝付けないミーナを怖がらせるような物語だった。
髑髏頭に黒い装束を纏い、大きな鎌を持った死神の話。
死んだ人間が化けて出て、様々な怨念で不幸を齎す足が無い幽霊の話。
「ねえ、ビヒトさん。」
ミーナは尋ねる。
「その……思念体っていうのは、物と一緒になったりするものなの?」
『そうだ。その原理によって壊物に大打撃を与える力を得た武器こそが〝奴〟との戦いで使用された人類の対壊物最終兵器〝命電砲〟であり、威力を抑えることで生命への負担を軽減したものが改良型〝命電弾〟、そして同じ力を宿した武器がそこの男が持つ戦斧、そしてお前が持つ刀といったところだろう。』
ビヒトはミーナの質問に答えると、電車の車両、その扉の前で腕を大きく広げた。
『そして私もまた、宿っている。このずっと北にある、五大遺跡全ての機能を稼働させる為の大遺跡そのものにな。ここでお前達と会話している私は、謂わば遠隔で操作する端末に過ぎん。その私の端末、思念体の一部を、今からこの電車を動かすために使う。』
次第にビヒトの姿が薄くなっていく。
彼の本体が北の大遺跡にあるというのなら、元々この場所でミーナたちに見せていたのは幻影の様なものなのだろう。
『本来、五大遺跡を直接結ぶ地下鉄道は存在しなかった。だが私が管轄する南北の大遺跡だけは旧文明崩壊前後に長い時間を掛けてこの私自らの意思に由り地下鉄道を開通させたのだ。万が一制御不能に陥った場合、最も困るのが電力の供給源たる北の大遺跡だったからだ。これからこの車輛を使い、直通でそこへ向かう。旧文明の時間で三時間、八半日程度で到着するだろう。この場に侵入していた悪しき者よりも圧倒的に早くな。』
ビヒトの姿が消え、車輛の扉が開いた。
そして中から彼の声だけがミーナ達に呼び掛けてくる。
『さあ、乗車しろ。この電車は北の大遺跡、原子力発電施設まで直通だ。終点まで停車しないが、便所は一応後部に備え付けられている。今からお前達を〝奴〟の〝心臓〟の在り処まで案内しよう。』
ミーナ達はビヒトの促すままに車内へと足を踏み入れた。
四人が乗り込んだところで扉はゆっくりと閉じ、そしてまるで巨大な息吹のような音を立てて車輛は動き出した。
その瞬間、慣性によって四人の体は大きくよろめいた。
「凄い! 本当に動いた‼」
ミーナは近くにあった金属製の棒を掴んで投げ飛ばされそうな体を支えながらも、感動のあまり思わず声を上げた。
体幹の強くないフリヒトはその場に転んでしまっていた。
最後尾に居たエリは扉に凭れて耐え、シャチだけが持ち前の膂力でどうにか態勢を維持していた。
『なんじゃ皆、情けない姿だのう……。』
『刀の翁よ、そうは言っても仕方あるまい。皆初めての体験だろうからな。』
妖刀と車輛、人の姿をしていない二者が会話する様子は何処となく奇妙であった。
「それよりビヒト、イッチの奴も言っていたが、『古の都』以外の大遺跡にも『奴』の体の一部とやらがあるのか?」
シャチは構わずビヒトの声が聞こえてくる天井に向かって問い掛けた。
『そうだ。何れも壊物に奪われては困る代物であったが故、分割して五大遺跡にそれぞれ封印してあった。脳髄と五臓六腑、全部で十二の部位にな。だが、その内十が一体の壊物によって奪われた。敵の知能が遺跡の仕掛けを上回ってしまったのだ。だが、残る二つは特に厳重だ。他の十など問題にならぬほど強力な力を秘める〝心臓〟と〝脳髄〟だけは何としても守り切らねばならぬ。』
「そうだな。イッチの奴は兎も角、ソドムとゴモラに奪われでもしたら目も当てられん。『奴』とやら以外にもあの二体を斃さなければ人類に安泰は無い。」
ソドムとゴモラ、シャチから出たその名前にエリが眉を顰めた。
「人類に安泰なんてあるの……?」
エリは小さく疑問を溢した。
彼女に三人の視線が集まる。
「ダーク・リッチだけでも普通の人間には太刀打ち出来ない。いや、抑も壊物自体が普通の人間より遥かに強い上に、あいつらは食事の度に異常な速度で増え続ける。その上『双極の魔王』なんて化け物までいたんじゃ、どの通人類には滅亡の未来しかないんじゃない……?」
「エリ、貴女何を言っているの?」
ミーナは思わず彼女の弱音に口を挟んだ。
エリは決して弱くはない。
寧ろミーナがこれまで出会った人間の中でも上位にはいる強さである。
そうした強者たちと協力し合えば、原初の壊物たる『奴』の脳髄や心臓を奪われでもしない限りは決して勝てない相手ではないだろう、そう考えていた。
だがそんなエリの様子に、シャチは別の疑問を呈した。
「待て。エリ、貴様『双極の魔王』と言ったな? 俺達は今まで奴らが名乗ったその二つ名を誰も口にしていない。貴様、ダーク・リッチだけでなくソドムとゴモラの事も知っているのか?」
シャチの言葉にエリはしまったとばかりに瞠目し、己の失言に目を伏せた。
そんな彼女に、フリヒトが落ち着いた口調で問い質す。
「エリさん、貴女とダーク・リッチの間に浅からぬ因縁があることはあいつとのやり取りでわかりました。しかし、ソドムとゴモラにまで関わりがあったとは……。貴女、一体何者なんですか? ただの人間じゃない、かと言って遺跡探索者としてはミーナさんやシャチさんと比べてあまりにもお粗末だ。」
シャチとフリヒト、二人の疑問にミーナもまたエリを疑わずにいることは最早できなかった。
そんな三人の様子を察してか、彼女は静かに語り始めた。
「私たち人類の未来、それはダーク・リッチや『双極の魔王』のような高い知能を持った壊物の家畜として生かして貰うしか道は無いと思う……。」
どうやらエリは観念し、己の素性を明かすつもりらしい。
そして同時に、彼女の考えも開示されていく。
それはシャチやフリヒトは勿論、ミーナにも受け容れ難いことだった。
「エリさん、諦めちゃ駄目だよ。」
ミーナはエリの手を取って言い聴かせる。
エリはそんな彼女の眼を見ていられず、視線を逸らす。
構わず、ミーナは続ける。
「確かにみんな強敵だけど、でも『古の都』の人たちはそれでも明日を夢見て懸命に生き、そして戦っている。」
「それは無駄な努力じゃない、と……?」
「私は信じてる。」
ミーナは考える。
確かに、『命電弾』のような酷い戦い方は決して手放しに推奨できるものではないだろう。
皆が皆一致団結して目的のために奮戦できるかと言えば、そういうわけでもないし、強制することも出来ないだろう。
だが彼女は、それでも戦い続けた人々、足掻き続けた人々を見てきた。
他の誰かのために身を呈して、時に命を賭けて戦う人々を見続けてきた。
その中で活路を見出す人々の諦めない心は今、彼女にもまた宿っている。
『兄のやり方は私も気に食わん。だが、私とて人類が滅亡しても壊物共の奴隷と化しても良いとまでは思わん。人類を守る、その一点に於いて私もまた兄に異論は無い。故に今お前達を導くのだ。〝奴〟の〝心臓〟と〝脳髄〟、その両者を破壊し、危機を永遠に取り除く為に……。』
そう告げたビヒトが動かす電車は今、物凄い速度を出して北へと向かっている。
ミーナ達を大きな使命の場へ届けるために。




