Episode.45 最悪の運命
ミーナとシャチは逸れたフリヒトとエリに追い付くべく、罠によって出来た新たな道を急いでいた。
幸いな事に、道が変化してからはミーナとシャチの行く手に罠は見当たらない。
二人は駆け足で奥へ奥へと進んでいた。
『ミーナ、シャチ、急ぐんじゃ! 嫌な予感がする! フリヒト様の身に危険が迫っておる‼』
妖刀が二人を急かす。
「ああ、分かってるよ爺‼」
「え⁉ どういうこと⁉」
ミーナ一人が会話について行けていない。
シャチと妖刀は出会った時から今フリヒトと共に分断された女、エリの事を疑っていた。
「あいつは間違いなく遺跡探索者ではない。だが、恐らく戦闘の訓練は受けている。そして最初に出会った時の反応から見て、どうやら俺達の事を知っていた!」
シャチはエリが初めて自分達を見かけた時に瞠目したことを見逃していなかった。
そして、まるで用意していたかの如く淀み無く質問に答えた事も訝しんでいたのだ。
「じゃあ、一体何の為にエリは私達を騙すような真似を?」
「それは分からん。だが、何か良からぬことを企んでいると思った方が良さそうだ。」
『よりにもよって三人で一番力の無いフリヒト様と二人きりにしてしまったのは最悪かも知れん。何事も無ければよいのじゃが……。』
二人の言葉に、ミーナは不安を駆り立てられた。
エリに対しては、疑いたくないと言えるほどの義理は無い。
人間が手放しに信用できないことも、場合によっては敵に回り得ることも既に知っている。
彼女がフリヒトに危害を加えるところも、想像できない訳ではない。
「お願い……! 勘違いであって……‼」
ミーナとシャチは更にスピードを上げ、合流を急いだ。
***
エリは生まれついて高い身体能力を持つ女だった。
その力を買われ、まだ幼い少女だった頃から集落の守りを一手に担わされてきた。
だが、彼女の力にも限界があった。
故に、どうしても対処しきれないと判断した壊物が現れた場合に備え、彼女は集落にいつでも逃げられるよう準備させていた。
しかし、集落は完全にエリの力に依存し切っており、当てにし切っており、何処か危機感を持たないまま日々を過ごしていた。
エリの集落を潰した壊物は狡猾だった。
彼女の知らないところで仲間がその壊物に襲われて犠牲になっていたことも災いした。
その壊物は人語を解し、彼女の集落と共存を持ち掛けてきた。
彼女を含む半数を差し出せば、人間という名の餌を生み出す「家畜」として飼い続け、生存を保証すると言ってきたのだ。
エリはその壊物に敵わなかった。
その様子を観た集落は、壊物の要求を呑む決定を下した。
ずっと守ってきたにも拘らず、エリは仲間に売られたのだ。
エリは逃げるしかなかった。
行く宛てなど有ろう筈も無かったが、兎に角壊物の餌食にされない為にも出奔するしかなかった。
悪い事は重なるようで、逃げた先で彼女を待っていたのは彼女の集落に取引を持ち掛けた壊物よりも遥かに「格上」だと見ただけで理解できる強力な二体の壊物だった。
「『人間』といったか……。この時空の知的生命体が一人で居るとは珍しい……。」
「しかもこの個体、どうやら他の奴等とは出来が違うらしいぜぇっ!」
鳥のような頭、背中の巨大な翼、それらを備えた、それぞれ黒と白を基調とした色彩の壊物だった。
ああ、私は死ぬんだ。
必死で守ろうとした仲間に裏切られ、たった一人で壊物の餌食となって……。――エリは心臓を鷲掴みにされるような感覚に襲われ、己の命を諦めかけた。
しかし、この二体の壊物は彼女に思いも寄らない取引を持ち掛けてきた。
「余はソドム。」
「俺様はゴモラ!」
「我等の同族、その総ての頂点に立つことを欲する『双極の魔王』なり。」
「手前が有益な情報を持っているなら、吐いたら見逃してやらねえこともねえぜ?」
勿論、このソドムとゴモラを名乗る壊物達が求めるものなどエリには想像もつかない。
だが、この二体は会話が通じ、そして何か目的があるらしい。
ならば出方次第では助かるのではないか。――彼女は命乞いの言葉を全ての知恵を総動員して必死に考えた。
そして、エリは二体の前に手を突いて頭を下げた。
最早彼女の頭には生き残る事しか考えられない。
「御二方の望まれる物は分かりません。しかし、その求めるものを恙無く手に入れる為の汎ゆる言に従いましょう。人間の身であるが故に役立てる事もあろうかと思われます。何なりとお申し付けくださいませ。ただ只管に御二方に尽くします。ですのでどうか、どうか命は今暫くの猶予を……。」
エリの頼みを聞き入れたのはソドムの方だった。
彼女の身体には今、ソドムとゴモラの体の一部が与えられている。
武器としている短剣は、『双極の魔王』の骨より造られたものだ。
故に、彼女が今何をしているのか二体には遠く離れていても手に取るようにわかるのだという。
エリにはソドムとゴモラの命令に逆らうという選択肢は与えられていなかった。
最悪の運命が彼女をここまで導いていた。
それは、孰れ選択の余地なく彼女に終焉を告げるだろう。
***
フリヒトと二人きりになったエリは考える。
この場でこの少年を殺してしまうのは容易い。
しかし、この遺跡という建物は自分一人で攻略するには些か難解だ。
生きて出るにはミーナやシャチの助力が不可欠だろう。
そして、ソドムとゴモラが最重要の抹殺対象に指定したリヒトはどうやらこの場に居ない。
ならば、今は三人の信頼を勝ち取る方が先決である。
「フリヒト、すまない。私の不注意で迷惑ばかり掛けている……。」
「え、ええまあ……。」
フリヒトはエリの言葉を否定できずに苦笑いを返すばかりだった。
「大丈夫、二人が追い付いて来るまでの間貴方の事は私が守り抜くわ。戦いに関してだけは、私も捨てたもんじゃないでしょ?」
「はい。その点に関して言えばエリさんはミーナさんやシャチさんと同じくらい頼もしいです。」
フリヒトは朗らかに答える。
そんなやり取りをしていると、早速エリとフリヒトの前に機械人形の兵隊が現れた。
エリは短剣で一瞬にしてこの敵を斬り刻む。
壊物の中でも最強格である『双極の魔王』の骨で作られたこの武器は凄まじい強度を誇り、鋼鉄の機械をバラバラにしても刃こぼれ一つ起こさない。
しかし、エリは失念していた。
敵を斃した彼女が着地した地点は、先程フリヒトが仕掛けを作動させた床だった。
「あ……。」
案の定、何かが作動して遺跡の床が動き始めた。
「もう! 何をやっているんですかエリさん‼」
「ご、ごめんなさい‼」
床の構造は元の状態に戻るのかと思いきや、更に違った形に変わっていき、二人の居場所は別の通路へと繋がってしまった。
こうなると、ミーナとシャチが二人に合流できるかどうかも最早わからない。
「うぅ……これはまずい……。もう一度押してみようか?」
「やめてくださいそれだけは。」
エリの提案は即刻フリヒトに却下された。
やらかしに萎れる彼女だったが、すぐに何やら悍ましい気配を察知する。
床が繋がった通路の奥に、何か恐ろしい存在が潜んでいる。
「フリヒト、下がっていて。」
自分達に気付いて近付いて来るらしいその存在からフリヒトを庇うようにエリは彼の前に立つ。
それは巨大な影を曲がり角の奥から先に出し、エリとフリヒトの心臓に早鐘を打たせる。
まるで人間の上半身の様な陰である。
「我の隠れ処にのこのこ入り込むは何者ぞ? 忌まわしい気配がする……。しかし、我の記憶している姿とは様子が違うようだ……。」
曲がり角からぬらりと現れたそれは、人間の者よりも遥かに大きな上半身の骸骨の姿をした壊物だった。
エリにはその壊物に覚えがあった。
それこそ、正に彼女の元居た集落に取引を持ち掛け、彼女を餌食として要求した人語を解する壊物だった。
「だ、ダーク・リッチ‼」
エリの口にした名前に、フリヒトも目を見開く。
それこそは彼にとって、父の仇の名だったからだ。
髑髏の壊物、ダーク・リッチは眼窩を歪ませて笑い、二人の姿を窺う。
「餓鬼の方には面影がある……。あの凄まじい矢の攻撃を放った『クニヒト』とかいう人間の親族か? そして女の方は……確か何処ぞの集落で生意気にも我に楯突き、無様な敗北を喫した女。しかし我にとってその強さは中々興味深かった故に虜としようと考えたが逃げられた女だ……。」
フリヒトとエリは各々の武器を構えた。
思いも掛けず遺跡の奥地で遭遇したダーク・リッチという強敵を前に、二人は絶体絶命のピンチに陥った。
ミーナとシャチはまだ追い付いて来ない。