Episode.44 魔王の手先
エリを名乗る女から「遺跡探索者」という言葉が出てミーナとシャチは驚いた。
特にシャチは目を凝らし、更に注意深く彼女を観察する。
「何の為に遺跡を探索する?」
ミーナはシャチの問い掛けに思い出した。
シャチは元々、旧文明滅亡の真実を求めてリヒトと会う為に各地の遺跡を巡っていた。
では、抑も何故彼は旧文明の滅亡について知りたがったのだろう。
よく考えてみれば、ミーナはシャチ努出会う前に彼が何をしていたのか全く知らなかった。
そんな彼女の疑問を余所に、エリは解り易い答えを出した。
「壊物どもの弱点を探しているの。旧文明は滅びたとはいえ、人類は生き残っている。つまり、嘗ての文明は何らかの弱点を捜し出し、ある程度は壊物と戦えたという事だと私は考えている。その弱点の手掛かりが無いか、遺跡を巡りながら探しているのよ。」
壊物の弱点、という言葉を聞き、ミーナは忌まわしい兵器『命電弾』を思い出した。
エリにそれを教えたとして、彼女は何を思うだろう。
一方でシャチは一通り彼女に視線を巡らせると、何かを考え始めた。
「どうしたの、シャチ?」
「いや、別に大したことではない。」
「ふーん……。」
彼にとっても、同業者と出会うのは初めての事なのだろうか。
抑も、元から『古の都』で生まれ育った数少ない例外を除いて、遺跡の存在自体を知っている人間がこの時代に何人いるのだろう。
そんな珍しい人物であるエリはある提案をミーナ達に持ち掛けてきた。
「目的地が同じなら、同行しない? そっちも色々経験豊富そうだし、私にとってはここまでの規模の遺跡を巡るのって初めての事だし、逆に私自身も貴方達の役に立つ自信はあるわ。お互いにとって利益になると思うんだけど……。」
エリはミーナ達三人の中で一番年上であるシャチに上目遣いで訴える。
「私は良いと思うけどな。」
「僕達にとって邪魔になるわけではないですし、良い話しじゃないですか?」
ミーナとフリヒトは彼女の提案を受けても良いと考えている。
そんな二人の訴えに敗け、シャチは何処か釈然としない様子ながらも渋々了承する。
「解ったよ。」
「やった! エリ、これからよろしくね!」
ミーナはエリの手を取って飛び跳ねた。
そんな彼女に、エリは何処か心に痞えを感じているような微妙な笑みを小さく返している。
まるで無邪気な子供を利用しようとしている大人が何処か罪悪感を抱えているような、そんな表情だった。
『ミーナ、それにシャチよ、あのエリという女からは目を離さんようにしておいた方がええぞ。』
「ああ……。」
妖刀とシャチはそんなエリを信じ切れない様子だ。
そんな歪な信頼関係だが、ミーナ達はエリという新たな仲間を一時的に得て目的とする大遺跡へと向かった。
***
狭い亜空間、二体の壊物が何かを察知したようだった。
「どうやら接触した様だな。」
「良い感じだぜ、人間にしちゃ中々優秀な個体だなあ、エリの奴。」
黒鷲と白鷲の意匠を備えし『双極の魔王』ことソドムとゴモラである。
エリはこの二体が放った刺客だった。
但し、彼女は紛れも無く一人の人間であった。
「宣言通り役に立って何よりだ。人間という種を飼っておく選択は正しかった。」
「あいつも運が良いんだか悪いんだか! 我等の眷属に集落を襲われ鏖にされ、一人命辛々逃げだしたところを我等に見つかったんだからなァ!」
「いや、悪いだろう。」
ソドムはミーナに斬られた脇腹に手を添え、冷たく断言する。
「用が済んだらどの道我等の糧となるだけだからな。」
「それもそうか! 命乞いしたところで、寿命が少し延びただけだよなあ!」
結局のところ、エリはこの二体の都合で生かされているに過ぎない。
彼女はそれを理解しているのだろうか。
彼女自身の意思は何を選択するのだろう。
ミーナ達の運命はその一点に左右されることになる。
間も無く四人は遺跡へと入る。
***
そこは人間が住居にしていない遺跡の中ではこれまでにない規模のものだった。
流石は『古の都』と並び『五大遺跡』と称されるだけの事はある。
四人は『古の都』の奥地にある扉を開ける為の仕掛けを作動すべく、装置を探して奥へと進んでいく。
勿論、シャチが予め罠と思しき不審物の在処を調べた上で、引っ掛からないように細心の注意を払って、いる筈だった。
しかし、どうも上手くいかない。
「エリさん、危ない‼」
「え⁉」
間一髪、ミーナがエリを引っ張った事で彼女は奔り抜ける光線を免れた。
シャチから注意喚起があったにも拘らず、うっかり彼女は「罠」を踏んでしまったらしい。
光線が通った床には何重もの切れ目が入っており、ミーナがエリを回避させなければ彼女の身体がバラバラになっていたことは一目瞭然だった。
「一人で勝手に先々進もうとするな。このフロアはまだ調べられていない。」
「す、すまない……。」
シャチは戦斧で床を鳴らし、その反響で不審物の在処を具に調べることが出来る。
しかし当然、一回の調査で可能な範囲は限られる。
それにこの人数となると、足音が大きなノイズとなるので歩きながら調べ続けることは出来ない。
にも拘らず、エリは勝手な判断で先へ進もうとして案の定罠に掛かったというわけである。
それでも、彼女自身の経験から罠の場所をある程度想定しているのならまだ良い。
だが、実際に彼女が罠に掛かるのはこれが初めてではなく、既に遺跡探索者としての力量に疑問符が付き始めていた。
「この人、本当に大丈夫なんでしょうか……?」
フリヒトが苦言を呈する。
彼はミーナやシャチと比べて経験が乏しく、それ故にここまで彼女の自称に疑いを挟んでいなかった。
だが、とうとう彼女を信用していた最後の一人にまでポンコツ認定されてしまった。
「シャチ、どう思う?」
「正直、このレベルの注意力で今までどうやって遺跡を巡って来たのか全く解らんな……。」
当然、ミーナとシャチには既に当てにされていない。
自信満々だった出会った当初の態度がまるで滑稽に思えてくる。
『やはり、かなり怪しいのう……。』
初めから、妖刀はエリの素性を訝しんでいた。
しかし、彼女が遺跡探索者を騙る動機はまだ誰も見出せていない。
それが彼女の事を却って異様な人間に見せている、という面もあるのだが。
とは言え、彼女も全くの役立たずというわけではない。
フロアの罠を調べたシャチの助言に従って注意深く奥へと進んでいく四人だったが、行く手に何者かの動く気配がある事にミーナは気付いた。
「皆気を付けて! 何か来るよ‼」
この遺跡にも今までの例に漏れず、機械人形の番兵が侵入者に対して容赦なく襲い掛かってくる。
こんな時、数本の短剣を武器に壊物を斃すエリの戦闘能力は輝きを放った。
「はっ‼」
短剣の投擲により、人型の機械人形は激しく損傷して放電し、倒れて動かなくなった。
エリは敵を戦闘不能にした己の武器を拾い上げる。
装着している手袋に絶縁効果があるらしく、放電する機械に刺さった短剣に触れても彼女は感電していない。
「護謨製の手袋……。機械を相手にする対策なのか? 一応、遺跡探索の危険には備えているという事なのか? 解らん。あの女、遺跡探索者として不注意なのか確りしているのか全く解らん……。」
シャチはエリの不可解さに困惑を極めている様だ。
戦闘と短剣の扱いに関しては確かにかなり心得がある。
機械人形との遭遇も想定しているらしい。
しかし、それにしては罠に対してはあまりに注意力に欠ける。
「変な人だね。」
「ああ、全くだ……。」
「頼りになるシチュエーションが期待と全然違うんですけど……。」
三人の不信感に満ちた視線がエリに集まっている。
そこに居た堪れなさを感じているのか、三人を見返すエリの表情も強張っている。
「さ、さあ襲ってきた敵も斃した事だし、どんどん先に進んでこの遺跡の謎を解き明かしましょう。」
「あ、待て‼ そこは‼」
強気な態度で三人を先導しようとしたエリだったが、シャチから警告されていた罠の場所を失念していたのか、思いっきり「踏んではいけない床」を踏んでしまった。
シャチが声を掛けたから落とし穴自体は寸でのところで跳び退いて回避したものの、その勢いで彼女は三人の中で一人歩き出していたフリヒトを押してしまった。
そして間の悪い事に、この時フリヒトはよろけて罠の位置に足を引いてしまっていた。
「ああっ‼」
ミーナとシャチの目の前で、遺跡の床が大きく動いた。
幸いフリヒトが作動させた罠は掛かった者を死に至らしめるタイプではなかったものの、遺跡の道がミーナとシャチを置き去りにして移動し、その構造を変えていく。
先に進んでいたフリヒトとエリ、慎重に動かなかったミーナとシャチが立っていた場所はそれぞれ断崖を挟んで異なる通路へと繋がってしまった。
どうやら侵入者を分断し、迷わせるタイプの罠だったらしい。
「二人とも、大丈夫⁉」
ミーナが大声でフリヒトとエリに呼び掛ける。
「こっちは無事でーす‼ そちらはどうですかー?」
呼びかけに応えるフリヒトの様子から、どうやら最悪の事態は免れたらしい。
そしてシャチが戦斧で床を鳴らし、変化した遺跡の構造を調べる。
「どうやらお前たちの居る場所に行くまでに少々回り道をする必要がありそうだ! 俺達がそっちに行くまで、決して動くんじゃないぞ! 解ったな!」
「はーい‼」
元気良く答えるフリヒトの返事を聞き、ミーナとシャチは床の移動で自分達の居場所に繋がった横穴へと入って行った。
二人も、そしてフリヒトも、この時エリの両眼が鋭く光ったことに気付いてはいなかった。