Episode.43 二人目の探索者
情報によれば、『五大遺跡』の内『古の都』から最も近い場所は大人が歩けば一日程度の場所にあるという。
そこにたどり着くまでには二つの大きな「駅」を通過する必要があり、そして近辺には旧文明の遥か以前に生きた古代人の陵墓とされる堀に囲まれた巨大な丘があるらしい。
その近辺に、嘗て存在した研究施設を中心として大増築されたのが今回目的とする大遺跡である。
ミーナ達は大きな駅で一晩越すことにした。
というのも、子供のフリヒト、少女のミーナを含んだ三人行動だと実際には先程述べたよりも大幅な時間が掛かるからだ。
「凄く大きな駅……。」
ミーナは寝泊まりの場所に選んだ駅の規模に嘆息した。
これまで線路沿いに歩いて来て、大小さまざまな駅を見てきたミーナだが、場所によってこうも違うのかと驚いていた。
道中で何度か見かけた「電車」と呼ばれる移動する為の箱も随分と沢山壊された傷ましい姿を残している。
中に人骨の欠片も見当たらないのは、単純に死んでから時間が経ち過ぎている以上に死体を壊物に食い尽くされたからだろう。
『儂の知る限りに於いても一大ターミナルの一つじゃの……。』
勝手知ったる妖刀も、何やら感慨深げである。
ミーナは独りでホームの椅子に腰かけ、考える。
「妖刀さん、知っているなら教えて。旧文明の時代には、人間ってこんなに凄いものを動かしていたの?」
『そうじゃの。お前さんも見たとおり、まず人間の数が桁違いじゃった。今の時代からは想像を絶する規模の人間が齷齪働き、想像を絶する大きなものを動かして営みを築いていた。』
「リヒトは……その時代に戻りたいんだね……。どうしても、今の人類をそこまで導きたいんだ……。」
『儂もそうだろうと思う。それに、気になることもある……。』
妖刀は珍しくリヒトの思惑に一つの疑問を挟んだ。
『どうもあの御方は、旧文明を話に聞いただけでなく、その身で知っておるような気がするんじゃ。あの御方は、自分の生きた時代に還りたいのではないか……?』
「それって、どうなんだろう……?」
良い事なのかな、とミーナは訝しむ。
仮に妖刀の想像通りだったとして、それは彼の独り善がりな願望ではないのか。
しかし、その願望によって『古の都』の住民は少なくともこの時代にしては圧倒的に高水準な生活を送ることが出来ている、というのもまた事実である。
『あの御方は計り知れんところがある。全てを捧げたくなるような不思議な魅力のある御方じゃが、それは危険な妖しさでもある。』
「そうだね……。」
そう頷いたところで、二人の仲間の陰がミーナのいるホームに降りて来た。
フリヒトが駆け寄り、その後ろでシャチが呆れたように溜息を吐いている。
「こんな所に居たんですか。もう、ミーナさんったらいきなり一人で居なくなっちゃうんだから……。」
「ごめんごめん……。」
フリヒトはここへ来て初めて、ミーナの好奇心に振り回されることになった。
シャチはどうやらこの駅に辿り着いた時点で、ミーナが独り歩きしたがらない訳が無いと解っていたようだった。
「とりあえず、ここまで来ちゃったら後もう少しなんでしょ?」
「そうだな。明日の早い時間には遺跡まで辿り着けるだろう。」
ミーナの質問に、シャチは数枚ある地図の内一枚を拡げて答える。
何枚かは平たく言えば「路線図」であり、駅と駅の位置関係を大雑把に表したものだ。
「ここからは地下の線路を地上から辿っていくのが良さそうだ。」
「道に迷ってしまいそうですね。」
「ほぼ大通りの下を通っている様だから、その心配は薄いだろう。」
「地面の下もそれはそれで面白そうなんだけどなあ……。」
「却下だ。闇の中を行くのはいくらなんでも危険すぎる。」
「ですね。」
三人は明日の予定を打ち合わせ、そして荷物から寝具を取り出して眠りに就いた。
慣れない堅い床に、フリヒトはかなり寝苦しそうにしていた。
***
翌日、ミーナ達は予定していた通りボロボロになったアスファルトの大通りを南へと下って行った。
途中何度か壊物と遭遇したが、ミーナとシャチは勿論の事フリヒトも大いに奮戦し、ほぼ無傷で悉くを撃退した。
ミーナは腕に傷を負い、旅の為にリヒトから用意して貰った傷薬をフリヒトに塗ってもらっている。
「奴の爪に毒の類が無くて良かったな。傷を負ったのが治癒力を持つ右腕だったのも幸運だった。義手が壊れては代わりを用意できん。」
シャチは戦いで不覚を取ったミーナに苦言を呈した。
未熟さ故のミスなので、ミーナは言い返すことも出来ずに悔しさを呑み込むしかなかった。
なお、次の戦闘で今度はシャチが胸に掠り傷を負い、フリヒトに傷薬を載って貰う羽目になった。
「さっきの言葉、そのまま返そうか?」
「チッ……。」
そんなミーナとシャチのやりとりを、フリヒトは何処か微笑まし気に見詰めていた。
『ミーナよ、それにしても、思い出すのう……。』
「何が?」
しみじみと語る妖刀の言葉に、ミーナは問い返す。
『お前さんが儂と旅に出た初日じゃよ。お前さん、この道で至る所に見える様な、地下へ潜る階段の下で初めての夜を明かしたじゃろ?』
「あ、そう言えばそうだったね。あれは正直、心細かったな……。」
あの時、ミーナは生まれて初めて帰る場所を失った不安を感じた。
今では、『古の都』という掛け替えの無い場所がある。
彼女だけでなくフリヒトも、恐らくはシャチも、そしてあの場所に住まう全ての人々にとっても同じだろう。
「ちょっとリヒトの気持ちも分かったかも。形振り構わず守りたいって、多分私も同じ立場ならそう思う……。」
「そうだな……。」
シャチもミーナの言葉に頷いた。
彼にも妖刀の声は聞こえており、話の流れは見えている。
フリヒトは付いていけないものの、「兄」に対する悪い印象がある程度拭われてほっとした様子だ。
妖刀はそんな彼らに、静かに語る。
『共同体、それは何時如何なる時代でも、人類にとって掛け替えの無いもんじゃ……。どうやらミーナもシャチも、それが解ってきたようじゃの……。』
妖刀の言葉に、ミーナは少しぞっとする想像を思い起こす。
もしあのまま、自分がルカにもシャチにも誰にも出会えなければどうなっていただろう。
いつか自分で食料も手に入れられなくなり、空腹に体が思う様に動かなくなったところを壊物に襲われて殺されただろうか。
そして食われた残骸を全く違うグロテスクな壊物に造り替えられていただろうか。
もしかしたら、ルカの姉の様に悪しき壊物にその存在を利用されただろうか。
その時、彼女には怒ってくれる人達も居なかっただろうか。
シャチ、フリヒトと共に南へ歩を進めながら、そんなことをミーナは考え続けていた。
**
壊物の骨から作られた矢を放ち、フリヒトが初めて敵に止めを刺した。
「やった……!」
「フリヒト、凄い!」
「見違える程成長したな。もう充分な戦力だろう。」
三人の南下は愈々大詰め、後少しで目当ての遺跡が見えてくるところまでやって来た。
ここへ来て、フリヒトが遺跡の仕掛けの解除役だけでなく戦闘員としても役立てるようになったのは僥倖である。
と、そんな時に別の場所から突然壊物の者と思しき野太い断末魔の叫びが聞こえてきた。
「何だ?」
「壊物同士の争いかな?」
殆どの壊物にとっては、自分以外の全てが餌であり敵である。
故に、壊物の共食いなど何も珍しい事ではない。
しかし、今回は少し様子が違うようだ。
「いや、どうやらやっつけたのは人間ですよ! しかも女の人だ!」
フリヒトが指摘したとおり、ボロボロの服を着たシャチと同じ年頃の女が壊物の死体に刺さった数本の短剣を抜いていた。
『あんな武器で壊物と渡り合ったのか。中々の手練れの様じゃの……。』
妖刀も一目見て女が只者でないことを悟ったようだ。
彼女もまた、この時代の女性にしては肉付きが良く、百戦錬磨の風格を感じさせた。
そんな彼女は三人に気が付き、瞠目して一瞬硬直してから思い直したように近寄ってきた。
「まさか貴方達……人間……?」
「俺達が壊物に見えるのか?」
女の問いに、シャチは不服そうに答え、そしてミーナに小突かれた。
「あの、貴女一人ですか?」
「ええ、そうよ。」
女はフリヒトの問いに答えた。
「一人? こんなところで何をしている?」
シャチは女の素性を訝しんで問い質した。
彼女はそれに対し、まるで用意していたかのようにすらすらと答える。
「この近くに『遺跡』と呼ばれる建物があるのよ。私はそこを巡って旅をしているの。」
「ほう……。」
シャチは彼女の答えに興味を持ったのか、全身に隈なく視線を巡らせた。
そう、彼女は嘗てのシャチと同類だと告げたのだ。
そして、どうやら三人と目的地を同じくしているらしい。
「私はミーナ、こっちの大きいのはシャチ、それからこの子はフリヒト。私達もその遺跡に向かっていた所なの。貴女、名前は?」
ミーナは女に問い掛けた。
女はそれを予見していたかのように彼女の疑問に答える。
「私の名はエリ、遺跡探索者よ。」
嘗てシャチが名乗っていた素性、遺跡探索者を自称する人物がまたしてもミーナの前に現れた。
しかし、その裏に隠された秘密の事など、三人は知る由も無い。
早くも彼らの旅に暗雲が立ち込めていた。




