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Episode.42 少年の試練

 フリヒトはミーナよりも更に幼い少年である。

 彼はミーナと違い、探索や冒険の類がそれほど好きという訳ではない。

 また、(いず)れは『古の都』をリヒトやクニヒトから継ぐという立場上、危険な事からもなるべく遠ざけられて生きてきた。


 故に、彼は今まで一歩たりとも『古の都』から出た事は無い。

 と言っても、『古の都』で生まれたものは壁外巡回担当の警邏(けいら)に配属されなければ(ほとん)ど皆そうだ。

 というわけで、経験豊富な頼もしいお供と遥かな旅路を行くというある種の「特権」を初めて味わっているというのがフリヒトの現状である。


 三人は今、線路を辿って南西へと進んでいる。

 五大遺跡と呼ばれる遺跡群を巡る旅は流石に歩く距離が長い。

 それぞれの遺跡近辺の駅と周辺地図を頼りにする他無く、駅に辿り着くまでは只管(ひたすら)線路沿いに歩くしかない。


「あの、すみません。ちょっと休憩しませんか? 申し訳ありませんが(ぼく)、疲れちゃって……。」


 基より『古の都』に辿り着くまで長い道のりを旅してきたミーナやシャチとは違い、フリヒトは(そもそ)も歩き慣れていない。

 彼が疲労を訴えるのは無理のない事だった。


「次の駅でちょっと休もうか。」


 ミーナはそうシャチに提案した。

 まだフリヒトが小さいことも考慮しての事だろう。

 この辺りは『古の都』から近いためか駅と駅の間隔はそれほど長くない。

 フリヒトももうひと頑張りすれば、屋根の下で休むことが出来る。


「まだまだ先は長いが、仕方ないな……。」


 元々シャチも他人に自分の基準を求めないところがある。

 自らを特別視する傲慢さから来る考えだが、彼は他人の弱さには寛容なのだ。

 故に、ミーナの提案をすんなりと受け入れた。



**



 (しばら)く歩き駅に辿り着いたところで、フリヒトは二人の目も(はばか)らずにぐったりとホームで(うつぶ)せに寝そべった。

 生前のクニヒトから人前での振る舞いを厳しく躾けられていた彼だが、最早取り繕う余裕すらないほど草臥(くたび)れ果てていた。


「師匠が見てたら何て言ったかな……。」


 ミーナの言葉がフリヒトの胸に突き刺さる。

 実際、叶わない事だがクニヒトは息子の振る舞いをどう見るだろう。

 だらしが無いと叱るだろうか、それとも過酷な旅ゆえに仕方が無いと笑うだろうか。

 フリヒトは父の豪快な笑い声が少し懐かしくなってしまった。


「父上……。」


 フリヒトは気力でどうにかベンチまで動き、辛うじてそこに腰掛けた。

 流石にあまりに見苦しい姿は晒せない、亡き父に申し訳ないと思った。


「おいおい、あまり無理はするなよ。さっきも言ったが、先は長いんだ。体を壊したら目も当てられんぞ。」

「いえ……。大丈夫……です……。これは屹度(きっと)……神様が(ぼく)に与えた……試練だから……。」

「カミサマ……?」


 唐突にフリヒトの口から零れた聞き覚えの無い単語にミーナは首を傾げる。

 ある意味当然の事であるが、小規模の集落で生きてきたミーナは信仰と全く縁の無いままこれまで生きてきた。

 クニヒトとの短い団欒の中でも、そのような概念を学ぶ事は出来なかった。


「リヒトの奴が遺跡でそんな話をしていたな。(かつ)て人類は己の理解を超えた敬うべき存在を信じていたのだと。それは様々な生活習慣の中に意識されないまま根付いていたのだと……。」


 どうやらシャチもミーナと同様、信仰に対する実感は薄いらしい。

 三人の中で唯一フリヒトだけがそういう概念を身近に生きてきた。


「何て言ったら良いんでしょう……? 正直(ぼく)も漠然としか解らないんです。ただ、そういうものに感謝し、恥じないように生きなさいと教わったことをよく覚えています。そういうものを信じるからこそ、例えば人は自分が死んだ後のことを考え、身内の事をちゃんと葬ったりするのだ、と……。」


 フリヒトの話を聞いたミーナは自らの武器、妖刀を硬く握りしめていた。

 おそらく、老翁の声が聞こえるというそれに対し「神様」に繋がる似た何かを感じたのだろう。


 一方、そんな彼女の仕草を見たフリヒトは腰に下げた自らの武器である連射式のクロスボウに意識を向けた。

 安全地帯である『古の都』から外へ出て、場合によっては壊物(かいぶつ)と遭遇する危険を冒す以上、自分の身を守る手段は絶対に必要だ。

 そういう意味で、これまで少しでも的に中てる練習を積んできたことは正解だった。

 だが、彼にはまだ自信が無い。

 まだ実戦経験がゴモラに不意打ちをした一回きりなのだから当然である。


 (ぼく)にもミーナさんやシャチさんの様に戦えるだろうか……。――フリヒトは底知れぬ不安の影がぴったりと後ろに付けているような、そんな嫌な感覚に苛まれていた。


 ふと、フリヒトはミーナとシャチの顔へと目を遣った。

 二人とも何処か、先程までのゆったりとした雰囲気から緊張した面持ちに変わっている。

 何か良からぬものの接近を感じている様だった。


 そして、二人とも流石は歴戦の強者である。

 突然、フリヒトの背後から素早い動きで上半身が犬で下半身が猫、その繋ぎ目が二つ目の口を形成しているという異形の壊物(かいぶつ)が彼に飛び掛かって来た。


「危ないっ‼」


 ミーナは抜刀からの突きで壊物(かいぶつ)を攻撃するが、今回の敵は体が小さい分回避に優れており、掠り傷を負っただけで一旦三人の傍から跳び退いた。


「ぬぅッ……この角度は……!」


 シャチは戦斧(ハルバード)を構えるも、得意の旋風攻撃を繰り出すことが出来ない。

 壊物(かいぶつ)との位置関係上、どうしてもフリヒトを巻き込んでしまうからだ。

 そして怪物はそんな心中を知ってか知らずか、遠巻きに三人の様子を窺っている。


 そう、この状況で遠距離攻撃が出来るのはただ一人、フリヒトだけなのだ。

 彼もそう考え、クロスボウを構えて壊物(かいぶつ)に狙いを定める。


(あた)れ‼」


 木製の矢が勢い良く放たれる。

 壊物(かいぶつ)は持ち前の素早い動きでこれを回避するが、連射できるのが彼の武器の強みである。


「うぅっ、動いている敵は狙いが……!」


 全く攻撃を中てられないフリヒトだが、ここで彼は発想を変えた。

 元々、通常サイズの壊物(かいぶつ)相手には彼のクロスボウでは決定打を与えられないのだ。

 ならば、この敵に対しても当初の想定通り戦おう。――そう考えると、フリヒトは少しずつ落ち着いてきた。


「食らえ‼」


 凄まじい連射速度で、フリヒトは壊物(かいぶつ)を狙い撃つ。

 相変わらず矢は掠りもしないが、壊物(かいぶつ)の回避行動は次第に大きくなっていった。

 ということは、三人と壊物(かいぶつ)の位置関係も変わるという事だ。


「この角度なら(おれ)も狙いが付けやすい! (くたば)るが良い‼」


 シャチの剛腕が唸り、戦斧(ハルバード)の風圧が壊物(かいぶつ)に襲い掛かる。

 それはフリヒトの矢とは違い、範囲攻撃である。

 壊物(かいぶつ)は躱し切れずに、旋風によって体をバラバラに引き裂かれた。


「ふむ、悪くない働きだった。ソドムとゴモラの時といい援護としては充分役に立つようだな、安心したぞ。」


 珍しく自画自賛無しにフリヒトへの賛辞を贈るシャチだったが、フリヒトの胸中はやはり複雑だった。


(ぼく)もミーナさんやシャチさんみたいに一人で敵を(たお)せたら……。」

「うーん、皆で(たお)せれば別に良いんじゃない? (わたし)なんて今回、(ほとん)ど何も出来なかったし。気楽に考えれば良いと思うけどな。」


 ミーナはそんな彼に楽天的な言葉を掛けた。

 フリヒトの働きが今回の戦いで大きな役割を果たした事は一つの事実である。

 とは言え、一つ明確な課題も見つかった。


(ぼく)の武器って、ミーナさんやシャチさんと違って使える回数に限りがあるんですよね……。」


 そう、当然のことながら、クロスボウは矢が無くなれば射れない。


「材料なら線路にいくらでもある。枕木を(おれ)やミーナが切り刻んで都度矢を補充すればいいだろう。」

「あ、そっか! シャチやっぱり頭良いね!」

「当然だ。」


 シャチのアイデアを褒めたミーナだったが、案の定図に乗った彼に対してすぐに冷ややかな薄目を向けた。


「二人とも、ありがとうございます。」


 フリヒトは自分なりの戦い方を受け容れてくれたミーナと、その為に必要な案を出してくれたシャチに対して心からの謝意を告げた。

 少年にとって、試練はまだ始まったばかりである。

 彼が本当の働きを求められるのはもっと先、『五大遺跡』の一つに立ち入ってその仕掛けを解く時である。


 今はまだ、彼にとっては雌伏の時。

 しかし、その裏で一つの陰が三人の行く手に迫っていた。

 それは三人にとって、また一つ運命を大きく変える出会いとなるのである。

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