Episode.41 それぞれの思惑
ミーナとシャチ、そしてフリヒトが心中に靄を抱えたまま翌日の旅立ちに備えている間、遠く離れた遺跡の屋上では二体の壊物が一つの結論を出していた。
「この遺跡……どうやら先日攻めた『古の都』と呼ばれるものと主は同じの様だな……。」
「ああ、それにしてもよぉ……。」
黒と白で対照的な色違いの外見を持った『双極の魔王』ことソドムとゴモラは液状の何かを手から自身に取り込んだ。
「この時空の知的生命体である『人類』が如何にして『奴』の攻撃から滅亡を免れたのかは大体把握した。」
「これが事実だとすると、油断は全く出来ねえぜ。」
「そうだ。余が受けた刀傷も未だに完治しない。当分は慎重に動く必要があるだろう。」
「『正の思念』を武力に変換する技術か……。突貫にしては厄介なものを作りやがったもんだぜ。この俺様も危なかったかもな。」
二体は背中の翼を拡げ、空へと飛び立った。
「まずはあの遺跡の主、リヒトという個体を我等としては何としても排除したいところだ。」
「河岸を変えなきゃなあ。リヒトとかいう奴は自分が管轄している遺跡で起こっていることを大方把握しているらしい。」
「人類存続の理由を識り一層はっきりした。あの個体を生かしておいては危険だ。」
「逆に殺せれば、人類の統率は一気に乱れるだろうぜ。」
ソドムは剣を、ゴモラは投げ縄の様な蛇をそれぞれ振るい、空間に裂け目を作った。
そしてその内部へと自らの肉体を変形させつつ納めていく。
「この狭っ苦しい巣ともいい加減オサラバしてえぜ。」
「『奴』が眠り続けている限りはあまり無茶も出来ん、仕方あるまい。」
どうやら時空の狭間にはごく小さなスペースしかないらしく、二体は隙間の中で小ぢんまりと膝を抱えた。
ゴモラは大蛇の縄を取り出し、ソドムがそれを剣で細切れにし、更には電撃で肉を焼いていく。
不可解な行為だが、その目的はこの二体の食事ではない。
この空間にはもう一つの生命体が二体の陰に怯えつつ膝を抱えていた。
「貴様を生かしておいたことが役立つ時が来た。今日は鱈腹恵んでやろう。」
「人間の分際で一足早く我等の『慈悲深き隷属』の恩恵に与れた僥倖、感謝するんだなあ!」
嘗てのミーナ以上にボロボロの格好をした、シャチやルカと同じ年頃の女が「はい。」とだけ答え、火の通った大蛇の肉を頬張った。
「エリ、といったな。貴様には今から我等が顔を造形する四人の人間を抹殺して貰う。」
「我等の言う通りの口実で近付き、確実に一人一人殺していくんだぁ!」
ソドムとゴモラの両手がそれぞれ変形し、人の顔を模っていく。
それは二体と直接戦闘したミーナとシャチ、最後の決め手となる大きな隙を作り、貢献したフリヒト、そして二体が危険視する遺跡の主ことリヒトの顔だった。
エリと呼ばれた女はその四人御顔をぼんやりとした虚ろな目で眺める。
「私と同じくらいの男の人が二人……ちょっと年下くらいの女の子が一人……小さな男の子が一人……。」
「オトコとオンナ、トシ……我等にはよく判らん区別だが、中でも最も重要なのはこの痩せて綺麗な顔をした個体、貴様がオトコと称した者だ。名をリヒトという。」
「何なら他の連中は殺せなくても、こいつだけは確実に殺せ。そうすれば、人間どもは慌てふためくだろう。その後は……『内戦』だなぁッ‼ 『内戦』が起これば良いなァッ‼ 『内戦』! 『内戦』‼ うはははは‼」
一人大笑いするゴモラに、エリは怯えた様に震えた。
そんな様子を冷淡に見降ろしながらソドムは彼女に告げる。
「武器は用意してやる。引き続き我等に生かされたいならば相応の働きをしろ。『労働だけが生きる道』なのだ。」
「はい……。」
エリにはソドムとゴモラに逆らえる道理など無い。
蛇を食らう女が、まるで蛇に睨まれた蛙の様に縮こまっていた。
***
翌朝、ミーナはシャチ、フリヒトと共に旅立とうとしていた。
門の前までルカとアリスが見送りに来ている。
「みんな、昨日は取り乱して済まない。僕はもう大丈夫だ。本当は僕も一緒に行きたいけれど、この足ではついて行けそうにない。」
ルカは気恥ずかしそうに自らの右脚の義足へ目を遣った。
「気にすること無いよ。私だってルカの立場だったら嫌だもん。」
「うむ。俺もミーナと同意見だ。寧ろ初めて、己の不甲斐なさを感じてしまったな。」
ミーナとシャチがルカに労りの言葉を掛けた。
そんな二人に、ルカは言いづらそうに切り出す。
「あと、出来ればリヒトさんの事もあまり悪く思わないで欲しいんだよね。僕も短い間だったけど集団を取り纏め、生き死にを左右するような立場に立っていたから解るんだよ。綺麗事だけじゃやっていけない、時には非情な選択を採る必要も出てきてしまうってさ……。」
ミーナは嘗てルカの集落で起きた、リーダーの交代劇の事を思い出す。
あの時、前のリーダーだったレナはダーク・リッチに集落を売ったと批難され、構成員の一人であったガイに問答無用で殺された。
ミーナは今でも、あの時のガイの処置は過激だったと思っている。
ただ殺すまではいかなくても、何らかの手段でレナを切り捨てなければならなかった一面も確かにあっただろう。
『儂もそう思う。』
妖刀がルカの意見に賛意を述べた。
『勿論、自分の為に平気で他者を踏み躙り、犠牲にするような輩も大勢おる。ルカの集落にいたレナなどは、正にそのような不届きな指導者の代表だと言えるじゃろう。しかし、リヒト様は何方かというと個と共同体を天秤に掛けた上で、苦渋の選択をしたのだと儂は思う。抑も、共同体の存続の為にはある程度個が犠牲になるのは必然の事であってな……。』
ミーナは固く瞼を閉じ、眉間に皺を寄せて妖刀の長話を聞き流した。
基本的にミーナは妖刀の言葉を含蓄あるものだと思っているが、時々その過激な考え方に着いて行けないことがある。
やはり彼女の中にあるモヤモヤとした思いは依然晴れる事はなかった。
そんな彼女の心中を察してか、アリスが徐に口を開いた。
「ミーナ様、シャチ様、貴女方に対してリヒト様から言伝を預かっております。」
妖刀の長話は続いていたが、ミーナとシャチ以外には聞こえない為、アリスは構わず話始める。
聞こえている二人も、妖刀の話よりもアリスの言葉に耳を傾けていた。
「『今回の件、私としても物事の準備が行き届いておらず、急を要してから乱暴に進め過ぎ、結果として多くの犠牲を出した上ルカを始めとした多くの者を深く傷つけてしまった。ミーナの怒りも当然だと思う。シャチの苦言も甘んじて受けねばならないだろう。今後同じことを繰り返さずに済むよう、この古の都の守りを一層万全なものとし、不可逆の傷を負った全ての者達に報いたいと考えている。又、二人と仲違いしたままでいる事も本意ではない。だから必ず生きて全てを果たして帰って来て欲しい。その時また、心行くまで話がしたい。』だ、そうです。」
リヒトを代弁するアリスの言葉を聞き、ミーナは一先ず今回はこれで収めようと漸く区切りを付けられた。
リヒトの言う事を信じるならば、遺跡の全ての仕掛けを作動させて『古の都』の奥地の扉を開き、その最奥に眠る存在を破壊すれば人類文明復興の大きな一歩となり、壊物の脅威も大きく減る。
ソドムとゴモラはそれでも残るが、逆に言えば後はこの二体さえどうにかすれば良いのだ。
「ミーナさん、シャチさん、行きましょう。」
フリヒトに促され、ミーナとシャチは彼の方を向いて頷いた。
「じゃあ、行ってきます。アリスさん、リヒトに『必ず帰って来るから、またお話ししましょう。』と伝えてください。」
「当然、俺も同席する。奴にはまだまだ訊かねばならんことが山ほどあるからな。」
「承知いたしました。では、くれぐれもお気を付けて行ってらっしゃいませ。皆様の帰りを心よりお待ちしております。」
アリスは旅立つ三人に深々と頭を下げた。
ミーナ、シャチ、そしてフリヒトは人類の未来へと向けて旅に出る。
その道程は、決して生半可なものではないだろう。
三人の行く先には多くの苦難が待ち受けているだろう。
それでも、ミーナ達は新たなる冒険の旅へと一歩一歩踏み出していった。