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Episode.40 募る不信感

 ソドムとゴモラを撃退してから、ミーナは丸一日眠り続けた。

 単純にソドムに一太刀入れる為に体力を使い果たしてしまったことと、その後目の当たりにした「新兵器」の凄まじさに戦慄したことにより精神力も尽きてしまったのだ。


 翌々日に(ようや)く目を覚ました彼女は、シャチから「新兵器」の名前を『命電弾(めいでんだん)』だと教わった。

 リヒト曰く、この『古の都』の奥地に眠る存在、原初の壊物(かいぶつ)に対抗する為に生み出されたらしい。

 それは恐るべき原理の最終兵器だった。


(おれ)達は何人もの『壊物(かいぶつ)死体横流し犯』を捕らえた。そいつらだけではなく、治安維持部隊の御用になって軟禁の刑に服していた者達。更には自分から志願してきた、『古の都』を守るという覚悟の決まった警邏(けいら)。合わせて五十人ほどの者達の寿命を半分前後使って一昨日(おととい)の攻撃は行われたらしい。」


 シャチは目を覚ましたミーナに渋い顔でそう説明していた。

 使われた当初は破壊力に衝撃を受けた彼女だが、蓋を開けた中身を知ると今度は使用の代償に身震いする思いがした。


 この日、予定ではミーナもシャチも既に旅に出ていた筈なので、警邏(けいら)としての仕事は無い。

 ミーナは一日、道場で剣を振るった。

 そう、剣によって雑念を振り払おうとしたのだ。


 しかし、悪い事に彼女は夕食時にリヒトから呼び出された。

 考えてみれば、元々予定していた旅立ちも含め、ソドムとゴモラの襲撃を受けての身の振り方を話し合わなければならないのは当然だろう。

 ミーナは今までに無く重い気分でシャチと共にリヒトの部屋へと訪れた。

 そこには既に、勉強を教わっているフリヒトとルカが先着していた。


一昨日(おととい)はどうもありがとう。四人の頑張りのお陰で何とかこの『古の都』は守られたよ。」


 リヒトはミーナとシャチが席に着くと、早速『双極の魔王』襲撃の件について話し始めた。


「とは言え、(わたし)としてもあの兵器、『命電弾(めいでんだん)』を使わなければならなかったことは心が痛む。人数で消耗する寿命を分散できたものの、出来る事なら二度と使う事にならないように願う(ばか)りだ。最悪、使うだけで死者を出すことになる兵器だからね。」


 リヒトの表情、そして声色は()むに()まれぬ痛恨の念を十分過ぎる程宿していた。

 しかしそれでも、ミーナにはリヒトに底知れぬ闇を感じてしまっていた。

 初めてこの『古の都』に来た時、彼の事は余りにも気前が良く、良い人過ぎる、クニヒトの言葉を借りれば「聖人」にすら見えていたのに。

 今ミーナの眼の前に(すわ)っているリヒトとの余りのギャップに戸惑いを覚えずにはいられない。


「リヒト、出来れば使いたくないとは言うけど、もしまた使う必要が出て来たら?」

「使うよ。」


 問い掛けに対する即答に、ミーナは思わずたじろいだ。

 そんな彼女の心境など意に介さず、リヒトは更に臆面も無く続ける。


「使う必要があるとすれば、今回の様な『古の都』そのものの存続が危うい時だ。そこで迷ってこの地を奪われ、『奴』が壊物(かいぶつ)の手に渡ってしまったら、人類は今度こそ滅ぼされてしまう。折角生き残ったのだから、築き上げた文明まで含めて蘇らせなければ。もし『古の都』を守り切れなかったら、何の為にクニヒトや、壊物(かいぶつ)との戦いで死んでいった者達が犠牲になったのか分からないじゃないか。」


 ミーナはふと、彼の話を聴く他の男たちの顔を窺った。

 シャチは眉間に皺を寄せ、渋い顔をしている。

 概ねミーナと感じるところは同じなのだろう。

 フリヒトは蒼い顔をしているばかりで無表情のままただ話を聴いている。


 そして、一番深刻だったのはルカの表情だ。

 彼はフリヒトの比ではないほど顔色が悪く、今にも嗚咽(おえつ)を漏らしそうなほど顔をくしゃくしゃにしていた。

 そして彼は、()ぜた。


「リヒトさん、貴方(あなた)は……貴方(あなた)はこの為に(ぼく)に……(ぼく)に色々なことを教え込んだんですか……? 正直、(ぼく)は昨日一日ずっと震えが止まらなかった……! 怖かった……! いつか(ぼく)が『命電弾(めいでんだん)』で仲間の命を犠牲にする時が来るかもしれないと思うと……!」


 彼の述懐に、ミーナは衝撃を受けて目を(みは)った。


「ま、待って……? ルカだったの? 『命電弾(めいでんだん)』を使ったのはリヒトじゃなくて?」

「ああ、ミーナはまだ聞いていなかったんだね。勿論、本来は(わたし)自身が責任を持って使うべきだと思うけれど、残念ながらそれが出来ない理由があってね。来るべき時に備え、使用できる人材を求めていたことは確かだ。」


 一向に悪びれる様子の無いリヒトに対し、とうとうミーナは堪忍袋の緒が切れて立ち上がった。

 皮肉な事に、多くを捧げた赤の他人多数よりも、傷付いた馴染(なじ)みの一人が彼女に『命電弾(めいでんだん)』の代償を身近なものとして理解させたのだ。


「信じられない! リヒト、貴方(あなた)何を考えているの⁉ 貴方(あなた)にとってルカは、シャチや『古の都』の人達は何なの⁉」

(わたし)の考えていることは常に一つだ。」


 ミーナの態度にも全くブレることなく、リヒトは即答する。


「人類の存続と文明の復興、それだけだよ。そしてもう一つの質問にはこう答えておこう。この『古の都』だけではなく、人類(あまね)く全ての者は(わたし)にとって掛け替えの無い宝だ。」


 ミーナの睨む目に一切怯むことなく、リヒトは穏やかな眼で彼女を見詰め返している。

 相変わらず目を合わせているだけで吸い込まれそうになるほど、魔性の魅力に満ち満ちた視線だ。

 今抱いているリヒトに対する不信感も、いつの間にか吸い取られてしまうのではないか。――ミーナはそう懸念して彼から眼を逸らし、再び席に着いた。


「しかし、どうやらルカには辛い思いをさせてしまったようだね。」


 リヒトは小さく溜息を吐くと、ルカの方を向いて彼に心の傷を労わる言葉をかけた。

 ルカの涙は止まらず、ずっとすすり泣いている。


「もうこれ以上ルカに無理を言うのも酷なようだ。明日から彼には別の仕事を与えよう。次に使う機会が来たら、その時はシャチ、お願いできるかな?」


 リヒトの指名だが、シャチは珍しくむすっとした表情を崩さない。

 流石(さすが)に今までリヒトの頼み事を快く引き受けてきた彼にも思う処があるのだろう。

 それを裏付けるが如く、彼は腕を組んで(おもむろ)に口を開いた。


「もう少し納得の行く説明があればな。今や警邏(けいら)(おれ)の仲間でもあり、自ら志願したとはいえ警邏(けいら)の中にも己の寿命を縮めた者もいた。それだけではなく、最悪の場合(おれ)は仲間をこの手で殺すことになる。見た所ルカも全てを承知の上で引き受けたのではなく、得意の話術で言い包めたとしか思えん。そのような現状で二つ返事は出来んな。」


 シャチがリヒトを窘める、普段とは全く逆の構図となっていた。

 リヒトもシャチに対して言い返す事は無かった。


「どうやらもう一度使うのは当分無理かもしれないね……。」

「だろうな。まさかフリヒトの様な餓鬼(がき)にその重責を負わすわけにもいくまい?」

「いや、その選択肢は充分あり得るね。ただ、もう少し知識が必要になる。少なくとも、フリヒトはまだルカの水準には達していない。」


 フリヒトは一瞬びくりと震えた。

 そんなリヒトの言い草に、ミーナは再び彼を睨みつける。

 (もっと)も、そんな批難など彼には柳に風の様だが。


「ならば再び『命電弾(めいでんだん)』を使う機会が来ないようにミーナ、シャチ、そしてフリヒトに改めて頼みたい。五大遺跡の内この『古の都』以外にあると思われる四つの仕掛けを作動させ、ここの奥地に眠る『奴』の脳髄を完全に破壊して欲しい。それともう一つ、新たに表れた脅威である『双極の魔王』の事も(たお)してはくれまいか。」


 ミーナはリヒトの態度に釈然としないものを感じていた。

 しかし、『命電弾(めいでんだん)』が使われる機会など二度と来させたくないという想いはある。

 そこには彼女だけでなくシャチも、フリヒトもルカも異論はない筈だ。


「その頼みを断る理由は無いけれど、リヒト、覚えておいてね。(わたし)、どんなに裏切られても他人の事を信じ続けて尽くすような、そんな都合の良い人間じゃないから。」

(おれ)も同意見だな。一先(ひとま)ずお前の頼みに理が認められる限りは引き受けてやる。だが、逆に言えば……解るよな?」

(わたし)としては決して(きみ)達を軽く見ているわけではないが、肝に銘じておこう。では、三日遅れになるが明日の朝、出発しておくれ。」


 トラブルによる遅れ、新たな任務、そして信頼関係の綻びは生じたものの、ミーナとシャチ、そしてフリヒトは翌日(ようや)く遺跡を巡る旅に出ることとなった。

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