Episode.39 命電弾
ソドムとゴモラに会心の一撃を浴びせ、どうにか撃退に成功したミーナとシャチ、そしてフリヒトだが、『古の都』に降り掛かった脅威はまだ続いている。
ゴモラが壁外に放った巨大な蛇が突如分裂し、何体もの大蛇の壊物になって壁を攀じ登り始めたのだ。
防衛担当の守備隊は槍で突き、懸命に通すまいと壊物の侵入を防ぎ続けている。
だが、これらの壊物は槍の一突きや二突きでは絶命しない。
所詮は『双極の魔王』の『使い魔』程度の壊物だが、それでも一匹一匹が今まで警邏が戦ってきたどの壊物よりもタフで、厄介な相手だった。
「うわああああっっ‼」
壁上の至る所で、警邏隊の兵が壊物の餌食となっていた。
基より、ただでさえこの大蛇の壊物のサイズは人間を丸呑みにできるほどもあるのだ。
それが数で襲い掛かって来ては、防衛線が決壊するのも時間の問題だった。
***
ミーナとシャチは壁の方へと走っていた。
だが、二人は既にソドム及びゴモラとの戦いで全力以上を振るっており、消耗が限界を超えている。
特にミーナの足取りは重く、荒い息を切らしながら必死に前を走るシャチに食らい付いていた。
そして、先を行くシャチも決して万全ではない。
ソドムとゴモラと刃を交えること、それそのものが異常な程二人の体力を摺り減らした。
「あっさり引き下がってくれて助かった……としか言いようが無いな。」
二人が『双極の魔王』を退けられたのは、運や相手の慢心に助けられた部分がかなり大きい。
ソドムがミーナに付けられた傷を顧みずに戦闘を続行していたら、ゴモラがフリヒトの矢を意に介さずシャチを攻撃していたら、二人は間違いなく敗北していた。
最後の決め手になったフリヒトは、ミーナ達に同行しようとしたが周りの警邏や共に駆け付けたアリスから止められた。
「はぁ……はぁ……。駄目だ……。もう全然走れない……!」
そしてとうとう、ミーナの脚が止まってしまった。
まだ壁までは距離があり、シャチにもミーナを抱えて走るほどの余裕は無い。
「お前はもう休んでいろ。奴等の置き土産は俺が何とかする。」
「そんなわけには……行かないよ……。」
「今のお前が行っても足手纏いになるだけだ。」
シャチの制止も振り切ろうと気を張るミーナだが、体が言うことを聞かない。
歩き出そうとすると眩暈を覚え、その場で膝を突いてしまった。
「ご、ごめん……。」
「謝るな。この俺ですらかなりの力を使ってしまった。お前が限界を超えるのも当然の事だ。」
シャチはミーナの身体を抱え、一先ず休むことが出来る屋内へと連れて行こうとした。
誰か、出来れば警邏に彼女の身柄を預け、自分一人で加勢に行こうと、そう思っていた。
だがそんな彼の許に、一人の警邏が何やら慌てた様子で走ってきた。
「シャチ殿、御無事で何よりです!」
「ああ。ミーナを頼めるか? 俺も外壁防衛に加勢する。」
「いいえ、その必要は御座いません。たった今リヒト様から御決断と御命令がありました。警邏も含め、全ての住民は壁から五百米以上離れよ、とのことです。」
警邏の言葉にシャチは怪訝そうに眉を顰める。
「随分逃げるんだな。離れてどうする? 壊物の侵入を止めなければ何の意味も無いだろう。」
「それは心配御座いません。予てよりこの『古の都』でリヒト様が直々に発掘と復旧を命じられていた『新兵器』が使用されるとのことです。」
ミーナはシャチに抱えられながら警邏の話を聴いていたが、その「新兵器」という言葉に例えようの無い寒気を覚えた。
何か人類が自らの領域を守る為に禁忌を犯そうとしているような、そんな嫌な予感がしていた。
***
リヒトが控える塔の一室で何やら端末と睨めっこをしているのはルカである。
彼はリヒトから今回初めて運用される「新兵器」の操作を任されていた。
「出来るね?」
「はい……。でも……。」
ルカは不安を隠せない眼でリヒトの方を見た。
そんな彼に、リヒトはぞっとするほど優しく、怖いほどに安心感を与える微笑みを向けている。
「大丈夫、力を貸してくれた皆はちゃんと納得してくれているよ。この『古の都』を守る為に志願してきた、警邏の中でも特に意識の高い者達だからね。後は君が、彼らの気持ちに応えてあげればいい。」
ああ、そんなにうっとりする様な声で諭されると、この人の言う事ならば何でも従いたくなってしまう……。――ルカは淀み無く端末を操作し、「新兵器」がその力を披露する行程を進めていく。
「照準良し、行きます!」
「うん、お願いするよ。」
ルカは腹を括り、人差し指を立てて腕を振り上げた。
「『命電弾』、発射‼」
振り下ろされたルカの指が新兵器、『命電弾』の猛威を解き放った。
「心配する事は無い。今回、『命電弾』に装填されるのは彼等の余命全てではない。皆若いから、今直ぐに死にはしないだろう。それでこの『古の都』は確実に守られる。その効果がこの『命電弾』にはある。」
リヒトは暗がりの中、ルカに言い聞かせるように相変わらず陶酔感のある声で囁いていた。
***
それはリヒトの住まう中央の塔から四方八方に発射され、噴水の様な放物線を描いた。
そして凄まじい炸裂音を伴い、『古の都』内外の壁際をその爆炎で隙間無く埋め尽くしていた。
大蛇の壊物達は断末魔の悲鳴を上げながら煙の中でのた打ち回っている。
中には死に掛けの状態で壁内に飛び出して来るものも居たが、警邏の槍によって止めを刺されていた。
「これが新兵器……。何という威力だ……。リヒトめ、こんな隠し玉を持っていたのか……。」
流石のシャチも驚愕を隠せないといった様子だった。
ミーナはその光景に、下手をすればソドムとゴモラが襲撃して来た時以上の恐怖を覚えていた。
「あれも……旧文明が作ったものなの……? あんなもの、壊物が居ない時代に、何の為に求められたの……?」
身震いするミーナだったが、そんな彼女に妖刀は声をかける。
『ミーナ、旧文明も決して明るい側面ばかりでは無かったのじゃ。寧ろ、そういった負の側面を克服する為に頭を悩ませ、発展してきた歴史こそが人類の歩みじゃった……。』
ミーナは既に聞いていた。
旧文明の時代も、決して極楽浄土であった訳ではないと聞かされていた。
そして、彼女自身、人間の身勝手な側面を目の当たりにしている。
そんな彼女にとって、この「新兵器」のような破壊力の武器がどのように使用されていたのか、それは決して分からない事ではない筈だ。
「ソドムとゴモラも……そんな旧文明時代の悪い心に影響されて生まれたの……?」
『恐らくはな。嘗ての旧文明に於ける共同体の規模、それはこの古の都とは比較にならなう巨大なものじゃった。嘗てそれは国家と呼ばれたが、その国家は時に何らかの理念に牽引され、そして破滅へと突き進んだ。その怨念が奴等を呼び寄せたという事じゃろう。』
ミーナと妖刀が会話を交わしている内に爆発は止んだ。
そして大蛇の壊物は残らず死滅していた。
『しかし、とはいえあのような兵器は儂とて知らん物じゃ。あれほど派手な爆発を起こしておきながら、遺跡の建物自体には全く損害を与えておらん。まるで爆発に巻き込まれた壊物だけを狙って死滅させる為に作られたような、そんな印象を受ける。ミーナは壊物の居ない時代に生まれた兵器と考えた様じゃが、儂は寧ろ、壊物を想定して開発された兵器のように思えるの……。』
妖刀の予想だが、結論を言うと正にその通りである。
だからこそリヒトは、この兵器の発掘と復旧を指示し、そしてルカにその操作方法を教えたのだ。
この『命電弾』使用の事実はすぐに死滅の憂き目に遭った大蛇たちの親玉、ソドムとゴモラにも知られることになる。
***
何処かの遺跡の中、ソドムは腹部に受けた刀傷を抑えていた。
そんな相方に、ゴモラが悲報を伝える。
「ソドム、俺様の大蛇どもが全滅した! 人間どもめ、とんでもない事をしてきやがったぜ!」
「ふむ、どうやら奴等も奴等で、我等の生体構造に対して有効な攻撃手段を持っている様だな。」
「壁中を『思念の爆弾』で絨毯爆撃してきやがった! あんなこと、人間数十人くらいの寿命を大幅に削らなきゃ出来やしねえ! 下手すりゃ何人かは生命力を全部使い切って死んじまっただろうぜ! まったく、イカレてやがる‼」
「ゴモラよ、余の傷もどうやら『思念の刃』で斬られたものの様だ。人間どもも中々どうして、我等が核とする『負の想念』に対して有効な『思念』を理解しているらしい。」
ソドムの言葉に、ゴモラは不機嫌に舌打ちする。
「で、どうするよ?」
「我等も学ばねばなるまい。人間どもが如何にして我等の同族たる『奴』の攻撃から滅亡を免れ得たのか、その経緯を詳しく……。」
「仕方ねえなあ……。」
「ふむ、当面はこの世界に在る『遺跡』とやらを頼りに紐解くとしよう。その為に……。」
ソドムは冷徹な眼をギラリと光らせた。
「飼っておいたアレに一働きさせよう。」
「成程、そりゃいい考えだな。」
ゴモラは口角を上げ、歪んだ残酷な笑みを浮かべる。
斯くして、『古の都』に対する『双極の魔王』の侵入劇は一先ず幕を下ろした。
人類と壊物の双方に決して小さくない禍根を残して……。