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Episode.37 双極の魔王

 それは「ダーク・リッチ事案」など問題にならない最悪の事態だった。

 二つの大きな亀裂は『古の都』の内部に生じ、(かつ)て無い強大な二体の壊物(かいぶつ)が生活圏内に直接侵入してきたのだ。


 黒鷲(くろわし)頭の壊物(かいぶつ)が、上空から遺跡に築かれた街の風景を見下ろしている。

 目下では、パニックになった住民を治安維持担当の警邏(けいら)が避難誘導していた。


「どう見るよ、ソドム?」


 そんな彼に、白鷲(しろわし)頭の壊物(かいぶつ)が見解を問う。

 彼らの容姿は一見すると黒と白の対になっているようだが、よく見ると細部に違いがある。

 ソドムと呼ばれる、背中の翼と鉤爪に黒鷲(くろわし)の特徴を備えた壊物(かいぶつ)髑髏(どくろ)の意匠が(こしら)えられた剣を『古の都』の大地に向けた。


「『神撃(ダス・ゴトリ)(ッヒ)大電(ェンブリッツ)』、彼の地を血に染めよ……。」


 剣の切っ先から無数の電撃が大地に降り注ぎ、多数の住民や警邏(けいら)を黒焦げにした。

 悪い事に、住居は木製であったので、建物に起きた火災はあっという間に燃え広がった。


「ははは、血には染まりそうにねえなあっ! だがまあ、そりゃそうなるだろうなあぁっ‼」

「ゴモラよ、人間どもに大した戦力は無さそうだ。問題は吸収した眷属共の記憶にあった『小さき者』だけと見る。このまま()(いかづち)にて(いぶ)り出すが良かろう。」


 黒鷲(くろわし)と人間が融合した様な姿の壊物(かいぶつ)ソドムは髑髏(どくろ)の剣を別の方へと向けた。

 どうやらこのまま『古の都』の表層部に築かれた人類の居住区域を大火で包むつもりらしい。

 白鷲(しろわし)の特徴を備えた壊物(かいぶつ)ゴモラはその様子を笑いながら見ているが、自身も星形の意匠が並べられた青い大蛇の様な鞭を振り回している。


「あんな『ドチビ』がそう強いとは思えねぇがなぁ。まぁ、出て来た時は俺様(おれさま)がぶち殺すぜェッ! 『神よ(ゴッド)彼の(ルイン)地を(ザファー)亡ぼし(ファイア)給え(サイズ)』‼」


 そう叫ぶと、ゴモラは天に向かって青い蛇を放り投げた。

 するとそれはソドムの電撃で焼かれた人々の焼死体を吸収し始め、サイズを拡大していく。

 そしてそれは、星形の意匠から無数の口を開き、牙を覗かせつつ『古の都』の外壁を取り囲んだ。


「ははははは、『封鎖』してやった! もう逃げられはしねぇ‼ 俺様(おれさま)の『海神の大蛇』は人間如きにゃ絶対殺せねぇ‼ 最早ここの人間どもに『自治権』は存在しねぇ! 残らず遺伝子を取り込み、俺様(おれさま)の手で『再構築』してやるぜ‼」


 昨日まで平和だった『古の都』は嘘のように阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 治安部隊だけでなく外壁防衛の警邏(けいら)も壁外巡回の警邏(けいら)も一斉にこの二体の壊物(かいぶつ)の下へと集まって来ていた。

 しかし、逃げ惑う住民たちの中には煙を吸って倒れてしまう者が少なくなく、彼らの介護に廻らなければならない警邏(けいら)は中々攻撃に転じられない。


 その様子を、ソドムは冷酷な眼で見降ろす。


(じき)にこの都市空間全体が巨大な『瓦斯(ガス)室』となろう。基より『優秀な遺伝子』以外に興味は無し、『生存圏』を確保できぬ弱者は死ぬるが良い。(われ)等はその後でゆるりと『アレ』を探すのみ……。」


 その剣先が次の目標へ向けられた、その時だった。

 一つの小さな影がソドム目掛けて飛び掛かって来た。

 様式は異なるが、その者も刀を持っている。


「ほう、貴様(きさま)か……‼」


 ミーナの妖刀とソドムの雷剣が激しくぶつかり合った。


「どうやってここまで跳んで来たかは知らんが、このまま叩き墜としてくれる‼」


 ソドムは巨体の膂力(りょりょく)で強引にミーナを押し飛ばした。

 しかし、彼女が飛んで行く軌道の先にはもう一人別の大男がいた。


「ハッハッハァーッ‼ ソドムよ、どうやらあの『チビ』が跳んで来られたのはあっちの『猿』の仕業らしいぜ‼」


 ゴモラはミーナを受け止めたシャチ目掛けて猛スピードで飛んで行く。


「フン、物好きな奴だ。まあいい、()も気になっていたところだ……。」


 ソドムは反対に、ゆっくりとゴモラの後を追いかける。

 丁度その頃、ゴモラの持つ縄の様な星柄の青蛇による猛攻をシャチの戦斧(ハルバード)が受け続けていた。


「ぐっ……‼ この壊物(かいぶつ)め、今までの同類が赤子に思えるほど強い……‼」

手前(てめえ)も見た目は好みじゃねえが中々優秀な遺伝子を持ってるみてえだな‼ ぶちのめしたら後で俺様(おれさま)が食ってやる! 光栄に思え‼」


 防戦一方のシャチに対し、ミーナは加勢しようと体勢を立て直す。

 しかし、助太刀は後から追ってきたソドムが許さない。


「『小さき者』よ、貴様(きさま)の相手は()だ。」


 ミーナは振り向きざまに刀を振るい、ソドムを斬り捨てようとする。

 しかし、ソドムはミーナの洗練された瞬速の剣線をあっさりと受け止めた。


「ふむ、矢張(やは)り不可解だ。」


 ソドムは冷徹な眼でミーナの姿を値踏みするように全身に視線を巡らせる。


貴様(きさま)はどう見ても小さい。まず骨格が運動に不向きだ。それに、筋肉量も少なく反面脂肪量が多い。次に、全体的に人間にしては体中の色素が薄弱だ。こういう個体は通常、視力が低く紫外線にも弱い。つまり貴様(きさま)は、総じて戦闘向きの個体ではないと言える。それが何故(なぜ)何故(なぜ)戦いの場に出てくる。ゴモラの相手をしている『大柄な個体』なら話は分かる。アレは類稀(たぐいまれ)なる戦闘向きの個体だからな。」


 ソドムの言い草に少しムッとしたミーナだが、同時に奇妙な物言いに思えた。

 しかし気後れしている場合ではなく、彼女はソドムの剣を打ち払い刀を構える。


「子供だからって……女だからって甘く見てたら痛い目見るよ!」

「コドモ……? オンナ……?」


 ソドムの反応は、まるで自分達にとって意味の解らない言葉をぶつけられたという趣だった。

 彼は(そもそ)も、ミーナを低く見る理由を十分説明している。

 しかしそれが「子供」「女」なる単語と上手く結びついていない様子だった。

 まるで刀という概念を全く知らなかったミーナが初めてその名を知った時の様に……。


「『小さき者』よ、『コドモ』とは、『オンナ』とは一体何だ? 貴様(きさま)の如き、力が弱い()()()()を持って産まれた者を人間はそう呼ぶのか? 基準は何だ? 何か定量的な選別手段があって、その結果の優劣で分類するのか?」


 ソドムの疑問、実はそれは当然のものである。

 (そもそ)も、壊物(かいぶつ)は生体上「年齢」や「性別」という概念が全く理解できない。

 各々が好き勝手に他者の遺伝子を取り込み、要らないものを卵として吐き出して増える壊物(かいぶつ)という存在にとって、彼らが持たない「寿命」や「生殖」という概念に紐づけられた生物学的な年齢差、性差など、単なる個体差としてしか認識できないのだ。


 よって、壊物(かいぶつ)にとって人間に年齢や性別など存在しない。

 ただ個体の性能の優劣としてそれらを認識するのみである。


 ソドムとゴモラにとって、ミーナは「少女」や「女」ではなく「著しく体格に劣り、筋肉量も少なく、骨格が運動に向かず、それでいて脂肪を蓄えている『小さき者』」である。

 シャチもまた「青年」や「男」ではなく「恵まれた体格を持ち、筋肉の量も質も優れ、骨格が強く、そして贅肉の少ない『大型の個体』」である。


 また、壊物(かいぶつ)は性質上成長も老化もしないため、「大人と子供」「老人と若者」の区別も付かない。

 即ち、ソドムとゴモラにとっては何人たりとも弱者属性として情けや慈悲の対象になどならないのだ。


「これが……壊物(かいぶつ)……!」


 ミーナは初めて、壊物(かいぶつ)が人間をどう見ているのか、その一端を知った気がした。

 シャチは壊物(かいぶつ)を「相容れない存在」と言った。

 リヒトはそう考える理由を語った。


 今、ミーナは壊物(かいぶつ)の本当の脅威を知る。


「カイブツ、か。貴様(きさま)ら人間は(われ)等をそう呼ぶのだな。まあ良い。(つい)でだから我々(われわれ)の最古の記憶に刻まれた憎悪の名前を告げておこう。」

「おいおい、マジか? ま、いいけどよ。」


 ゴモラはシャチへの攻撃を止め、ソドムの(もと)へと飛んで行った。


「はぁ……はぁ……! この(おれ)が全く攻勢に出られないとは……!」


 シャチは生まれて初めて体験するであろう苦戦に焦燥の表情を浮かべている。

 そんな彼や、壊物(かいぶつ)の思考に初めて触れて固まるミーナを尻目に、二人はそれぞれ己の名を高らかに宣言した。


()の名はソドム‼ (かつ)てこの世界線から時空に穴を開けし者達から発せられた強力な『負の想念』の塊、恐らくは一つの国家規模のものを浴びて生まれた『双極の魔王』が一角! 象徴する意匠には髑髏(どくろ)鉄十字を纏う者である‼」

俺様(おれさま)の名はゴモラ‼ 同じく国家規模の『負の想念』を授かりし『双極の魔王』が一角! 象徴する意匠には星空南十字を纏う者だぜぇ‼」

(われ)等の名はその『負の想念』が今際に怨嗟と共に叫びし名!」

「由来を()かれても知らねえけどなぁッ‼」


 今、ミーナとシャチの前に新たな、これまでとは全く別次元の敵が現れた。

 果たして『古の都』はどうなってしまうのか。

 二人は無事旅に出られるのだろうか。

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