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Episode.36 第二の襲撃

 最初に暮らしていた集落を様々な要因で失い、新天地を求めて旅立ったミーナ。

 その中で様々な人々や、打倒すべき敵と出会い、そしてこの『古の都』と呼ばれる巨大遺跡に辿り着いた。

 この遺跡で今までに無い規模の人数と共同体を形成し生活する中で育んだ人間関係はミーナにとって居心地が良く、彼女は求めていた安住の地を手に入れたと言えるだろう。


 同時に、彼女はこの地を治める『帝』リヒトから(かつ)ての人類文明が滅びた理由と壊物(かいぶつ)の本質について話を聴かされた。

 人類が末永く繁栄する為には、全ての元凶であるこの遺跡の奥地に眠る『奴』と呼ばれるものを破壊しなくてはならない。


 その為に、ミーナはこの地へ彼女と共にやって来たシャチと共に再び旅に出る。

 その時は刻一刻と迫っていた。



 前夜、ミーナはリヒトの居住する宮で自身に勉強を教えるアリスから、リヒトが旅の準備を完了したとの報を聞き、喜びに舞い上がった。

 愈々(いよいよ)、彼女は残り四つの五大遺跡を巡る旅に出られるのだ。


「でも随分時間が掛かりましたね……。」


 この『古の都』へやって来た当初に比べ、達者になった敬語でミーナはアリスに問い掛ける。

 確かに、ただ旅に必要なものを取り揃える為だけに何日も要したというのは解せない。

 そんな彼女の疑問を予想していたように、アリスは簡潔に応える。


「フリヒト様に対する必要な教育が完了いたしましたので。」

「あ、そういうことか。」


 ミーナは五大遺跡の話をリヒトから切り出された際、攻略にはフリヒトの力が必要になると聞かされていた。

 その彼がミーナ達を導く上で必要な知識を全て教え終えたという事らしい。

 つまり、旅にはミーナとシャチ、そしてフリヒトの三人で出発する。


「フリヒト様はリヒト様の大切な御世継ぎです。くれぐれも万が一の事無き用何卒宜しく願います。」

「それって……(わたし)とシャチにフリヒトの事を守れってこと?」


 ミーナは少し釈然としない思いを抱いた。

 無論、彼は亡き師の忘れ形見であり、彼女としても可能な限り守るつもりではいる。

 本来危険を冒してまで旅に出したくないというリヒトの本音もあるのだろう。


 だがそれでも、冒険に出る以上はある程度自分の身は自分で守るべきではないか。

 如何(いか)にミーナやシャチが熟達した冒険者だとは言っても、限界はある。

 はっきりと言ってしまえば、完全に守って貰えるなどという期待は甘えに他ならないのではないか。


『まあミーナよ、フリヒト様も全くの足手纏いにはなるまいよ。』


 妖刀がミーナの懸念に対してフリヒトをフォローする。


『お前さんも知っておるじゃろう。彼も彼で、亡き父君の道場にて連射式のクロスボウを使って訓練を積んでおる。遺跡の機械兵相手にはいざ知らず、壊物(かいぶつ)相手ならば本人の心構え次第で己の身くらい守れると思うがの。』


 妖刀の言う事も一理ある。

 確かに、ミーナはフリヒトが自ら戦う為の訓練を積んでいることを誰よりもよく知っている。

 しかし、彼女にはそれだけで彼が戦いに参加できるかどうか、今一つ信用できなかった。

 少し前まで、壁外巡回担当の警邏(けいら)仲間に信用されていなかった彼女は、皮肉にも同じような疑念をフリヒトに抱いていた。


 そんな彼女に、一人の男が近寄って声をかける。


「妖刀の御老人の言う通りだよ、ミーナ。」


 妖刀の声が聞こえる人物は現在のところミーナを含めて三人しかいない。

 その内の一人、リヒトが二人の様子を観に来たらしい。


「リヒト……!」

「勉強は進んでいるかい?」


 突然自らの部屋から降りて来たリヒトに、驚いたのはミーナだけではなかった。


「リヒト様、フリヒト様とルカ殿の勉強は(よろ)しいのですか?」

「うん、こちらは今し方終わったよ。疲れたろうから水でも飲んで貰っているところさ。少しミーナの顔を見ておきたくなってね。」

「お水ですか……。お持て成しでしたら(わたくし)に仰って下されば……。何も貴方(あなた)様御自らその様な事を……。」


 ミーナはアリスが不機嫌になっていると察した。

 最初こそまるで人形のような印象の彼女だったが、勉強を教わりつつ長く接している内に彼女にも彼女なりの感情豊かな部分がある事が判ってきた。

 今、アリスはリヒトに尽くすという自らの役割を取り上げられて少し気分を害しているのだ。

 そんな彼女の不満を察したのか、リヒトは彼女に微笑(ほほえ)むと謝罪の言葉を口にした。


「すまないね。何分、まだこの状況に慣れていなくて……。今度からはそうするよ。」

「恐縮です。」


 アリスも小さく頭を下げ、それ以上何か言うつもりは無いらしい。

 主であるリヒトが何かミーナに用件があるという事を察し、本題に入れるようにという配慮もしたのだろう。

 そしてリヒトはミーナに切り出した。


「さてミーナ、アリスから聞いたと思うけど、明日愈々(いよいよ)出発して貰う事になると思う。その時はフリヒトを(よろ)しく頼む。(きみ)の懸念については大丈夫。ちゃんと旅の心得も教育しておいたから、自分の身はなるべく自分で守らせるよ。」


 リヒトからそう言われると、奇妙な信頼感がある。

 ミーナはフリヒトに対する懸念をある程度払拭し、同時にそれが少し前まで自分が警邏(けいら)隊で受けていたものと同じだと思い至り、少し彼に申し訳ない気にすらなった。


 一方で、妖刀の方は何やら別の所に引っ掛かりを覚えたようだ。


『お待ちください、リヒト様。先程貴方(あなた)様は、出発して貰う事になる〝と思う〟と仰いました。つまり、何か不確定要素がおありなので……。』

「うん、流石(さすが)妖刀殿。よく気付いたね……。」


 リヒトは神妙な面持ちで窓から夜の星空を見上げた。


「ここのところ、以前より感じていた『大きな戦い』の予感が日に日に強くなっている。以前は『ダーク・リッチ事案』の事かとも思ったが、どうやら事はあの一件とも比較にならない厄災になるような、そんな気がするんだ……。」


 リヒトの言葉を聞き、ミーナは背筋に冷たいものがじんわり拡がっていく感覚に襲われた。

 悪い予感を話す彼の言葉には異様な迫力がある。


「それが……旅立ちと関係あるんですか?」


 ミーナは問い掛けるが、答えは聞かなくとも解っている。

 もしかすると、二人が不在の間に『古の都』をダーク・リッチ以上の脅威が襲うかもしれないのだ。

 冒険を楽しみに浮ついた表情から一転、不安を滲ませるミーナに優しく言い聞かせるように、リヒトは自身の言葉を訂正する。


「まあ、いくら他の人に買い被られようが、予感は所詮予感だ。何か根拠がある訳でもない。明日の朝まで何事も無ければ、予定通り出発して貰う。ミーナの旅は人類の為に必要なものだからね。」


 それに、とリヒトは付け加えた。

 どうやら警邏(けいら)隊は近い内に新兵器を導入する予定らしい。

 ダーク・リッチ事案を受けて開発を進めたもので、上手く稼働すれば大幅な防衛力の増強に繋がるという。


 リヒトは自身を見せ、ミーナを安心させようとする。

 一先ず、彼女は明日の旅立ちに備えて早くに勉強を切り上げ、眠りに就くこととなった。




***




 翌朝、旅に出る三人はクニヒトが遺した道場に集合していた。

 ミーナとフリヒトが午前中訓練している事情から、最も集まり易いのがここだった。


「相変わらず励んでいるようだな。」


 シャチがミーナとフリヒトに声をかける。

 自慢の戦斧(ハルバード)も良く磨かれており、準備万端といった趣だ。


「ミーナさん、シャチさん。未熟者では御座いますが、足を引っ張らないように精一杯頑張ります! どうぞよろしくお願いします!」


 フリヒトは不安を振り払うように元気よく挨拶した。

 クロスボウの腕も日に日に上達している。

 後は戦闘で本来の力が出せれることを祈るだけだ。


「旅に必要なものはそれぞれで分担するぞ。(おれ)が三、フリヒトが二、そしてミーナが一の割合で持ち歩く。ミーナが少ないのは本来隻腕であることを考慮しての事だ。」

「ありがとう。」


 シャチはそう言うとアリス伝手でリヒトから預かった荷物を纏めていく。

 これが終われば、愈々(いよいよ)旅立ちだ。


 しかし、その時巨大な地響きが道場を大きく揺らした。

 余りの揺れにフリヒトはよろけて倒れ、ミーナもバランスを崩した。

 シャチだけが縁側に飛び出し、この地鳴りが道場だけでなく『古の都』全域を襲っていることを察知した。


「何だ……? この揺れは一体何だ⁉」


 そんなシャチの怒鳴り声に応えるように、『古の都』上空に二つの巨大な罅割れが生じた。

 そしてそこから、巨大な人間の体にそれぞれ目から上が黒鷲(くろわし)白鷲(しろわし)の特徴を備えた頭と翼の生えた背中、鋭い鉤爪が付いた猛禽(もうきん)の足のような手、そしてこれまでの壊物(かいぶつ)とは全く次元の違う「格」を纏った二体の壊物(かいぶつ)が姿を(あらわ)した。

今回より週二回(日、木)更新となります。

何卒ご承知置きの程宜しく御願い致します。

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