Episode.35 新たなる脅威
ミーナ達が『古の都』で寝静まる夜更け、遠く離れた大規模な遺跡の地で壊物の群が蠢いていた。
通常、壊物にとっては己以外全て餌か敵であるため、この様に集団で屯していることはまず無いと言って良い。
それが実現できる理由は、この壊物たちが一つの遺伝情報を刷り込まれ、ある程度の知能を獲得しているからだ。
「ケンキュウ、ケンキュウ……。」
「カイゾウ、カイゾウ……。」
「イケニエ、ゲット……。」
「ダーク・リッチ様バンザイ、バンザイ……。」
そう、これらは皆、ミーナの宿敵であるダーク・リッチの改造を受け配下とされた壊物達だ。
その中央で、すっかり傷の癒えた巨大な髑髏の知性ある壊物、ダーク・リッチがにやけ顔を浮かべつつ鎮座していた。
「我に次の敗北は無い。前回の失敗、それは偏に『破滅の青白光』に頼り過ぎた事。だが、今我は戦いに向いた遺伝子を吸収し、戦術的な欠点を補った。更に、生命エネルギーも多量に吸収し、以前よりも遥かに強大な力を手に入れた。最早あんな小娘に敗ける要素は無い。」
ダーク・リッチは今度こそ『古の都』に眠るものを強奪しようと考えている。
その為の軍勢を整えているのだ。
「我が壊物の軍団も以前よりも強力な軍勢に仕上がりつつある。これなら動もすれば我が出ずとも人間どもの守備隊を打ち破れるかもしれん。その時は悠々と、我は壁を擦り抜けて『奴』を奪い取ることが出来る。この遺跡で手に入れた『臓腑』の様に……。」
そう、ダーク・リッチにとっては『古の都』の地下遺跡にあるような巨大な壁など問題ではないのだ。
ミーナ達にとって、最悪の危機が迫っていた。
しかし、実を言うと真の最悪とはこの骸骨ではない。
壊物の中にはダーク・リッチなど問題にならない真の脅威が存在するのだ。
『奴を手に入れる……? それは困るな……。』
何処からともなく聞こえてきた声に、ダーク・リッチは驚いて周囲を見渡す。
怪しい影は何処にも見えない。
しかし、暫くすると地響きのような音と共に周囲が揺れ始める。
それは地震というよりは空間そのものが揺れているかの様だった。
「な、何だ⁉ 一体何事か⁉」
狼狽えるダーク・リッチを余所に、遺跡の上空では空間に二つの巨大な亀裂が生じた。
そしてそこから、それぞれ黒鷲と白鷲の上頭と青白い人間の下顎、背中に翼を持った二体の壊物が猛禽の足のような手で裂け目を掴み湧き出して来た。
人間の様な肢体を持つその二体は一見して通常の壊物とは「格が違う」と瞭然に理解できる威容を備えていた。
ダーク・リッチの周囲では彼への忠誠を植え付けられた筈の壊物達が一斉に逃げ出している。
しかし、それらは二体の巻き起こす吸引の風に巻きあげられ、彼らに吸い寄せられていく。
そして、ダーク・リッチの軍勢はあっという間に二体の餌となってしまい、その場から姿を消した。
「不味い……!」
「碌な遺伝子が残ってねえな、こりゃあ……!」
二体の壊物は人間の唇から不平を溢しながら、その姿を完全にこの世界に曝した。
「な、何者だ貴様等! 我の配下たちを‼」
独り取り残されたダーク・リッチは突如現れたそれに激昂する。
折角作り上げた自らの軍勢を一瞬で亡き者にされたのだから、その怒りは当然である。
だがそんな彼も、二体のうち一体、黒鷲の頭を持った壊物に人睨みされただけで射竦められてしまった。
勝てない。
一体が相手でも、成す術無くやられる。
この二体は今までこの世界にいた壊物とは全く次元が違う……!――ダーク・リッチは髑髏の歯を噛み締めて軋ませながら自身の完全敗北を予感した。
「まともに言葉を話せる同族が我等以外にも居たとはなあっ……‼」
白鷲頭の壊物もまたダーク・リッチの方へ目を向け、凶暴な顔つきで人間の様な口元を歪ませて笑う。
「恐らくはこの時空の知的生命体、『人間』に由来する知性だろう。その点は我等と同類かもしれん。」
「この時空の人間の邪念は凄まじい力だからなあ……。で、こいつどうするよ、ソドム?」
ソドムと呼ばれた壊物がその巨大な黒い翼を拡げた。
「食ってしまうのも悪くないかもしれん。ゴモラ、余が貰っても?」
「おいおい、そいつは狡いぜ。俺様が貰う!」
二体の壊物がダーク・リッチに迫る。
最早ダーク・リッチには一つしか手は残されていなかった。
「ひ、ヒイィッ‼」
捕食者に狙われた獲物の様に、ただ逃亡を図る許り。
ダーク・リッチが戦う事を全く考えられないほど、二体の力は隔絶していた。
その二体は、一目散に逃げだした骸骨を追おうとしない。
「どうやらアレも大した同族ではなさそうだ。」
「そうだな。アレなら人間どもを襲った方が数居る分マシだ。」
二体はダーク・リッチから得られるものが大したものではないと考え、彼を完全に見限ったようだ。
「ゴモラよ、やはり『奴』はこの時空に眠っているらしいぞ。」
「ああ。さっき食った眷属どもの記憶から場所も判った。さっさと手に入れちまおうぜ、ソドムよ。」
そして、新たに表れた二体の脅威はその猛威を向ける先にミーナたちの住まう『古の都』を選んだようだ。
そう、正に真の脅威がミーナ達に、人類に迫っていた。
今話でChapter.1は終了となります。
明日からはChapter.2となりますが、書き溜め分の消費と執筆予定を鑑みて週二回(日、木)の更新となります。
ここまで御読みいただき誠にありがとうございます。
宜しければいいね、ブックマーク、評価、感想、レビュー等頂けますと大変励みになります。
また誤字脱字の報告も気兼ねなくお寄せください。
今後とも宜しくお願い致します。