Episode.31 五大遺跡
翌日、ミーナとシャチはリヒトに会いに行った。
二人が地下遺跡内で発見した扉と宝玉の話をすると、リヒトは渋い表情を浮かべた。
「どうしたの、リヒト?」
「まさか何も心当たりが無いのか?」
心配して声をかけると、リヒトは小さく首を振った。
「いや、少々面倒な事になったと思っただけだよ。君達の言う通り、逆に扉の向こうで蠢く壊物も出て来られない、というのは朗報でもあるし、悪い事ばかりではない。」
彼の口振りは、やはり心当たりがあるという頃だろう。
実際、答えはすぐに得られた。
「この『古の都』の他に、此処ほどではないけれど大きな遺跡が後四つある。私達はそれら全てを一纏めに『五大遺跡』と呼んでいる。」
「後四つも⁉」
ミーナは目を輝かせた。
やはり冒険は更なる外の世界へ広がっていくのだ。
まだまだ未知の世界を旅できる、そう思うだけで彼女はわくわくした。
一方で、シャチはリヒトと同じように難しい表情を浮かべる。
「面倒には変わりないが、俺にここまで来させたお前がそう言うというのはよっぽどだな。」
「そうだね。実は各地に点在する遺跡には管轄があって、君達が巡ってきた遺跡はみんな私が担当していたんだよ。シャチの場合、私が意図的にそうしたんだけれども。」
『と、いうことはここ以外の四つの遺跡は管轄外だと……?』
妖刀の問いに、リヒトは一瞬憂いの表情を浮かべ、そして溜息を吐くと微笑みを浮かべて答えた。
「五大遺跡の内三つまでは私の管轄だ。だが、残りの二つは別の人間が受け持っていてね。そいつが少々面倒な奴なんだよ……。」
「面倒……?」
「ま、私が個人的に色々とあってね……。これはフリヒトを遣いに送るしかないかなあ……。」
リヒトは再び深い溜息を吐いた。
彼にとって、フリヒトはこの『古の都』の統治を任せる事になる後継者として指名した少年である。
そのフリヒトを危険な目に遭わせることも已む無しというほど、彼は今回の報告を厄介事だと考えている様だ。
「まあ、取り敢えず昼食の後はフリヒトとルカに昨日に引き続いて知識を授ける事になっている。フリヒトに話して、どうするかはその後で決めよう。」
「私達だけでは駄目なの?」
「おそらく、かなりの知識を要すると思う。今までの遺跡では私がある程度シャチを助けてあげられたけどね。」
リヒトの言葉に、シャチは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
聞き捨てならない言葉を聞いた、そんな感じだった。
「リヒト、貴様今まで俺が遺跡を探索できたのは貴様の助けがあっての事だと言いたいのか?」
「いや、ちょっと語弊があったかな。今までの遺跡にも、実は絶対に攻略不可能になっている箇所があったんだよ。でもシャチを導く為に、そこだけは予め解除しておいた。残りの、攻略可能性が少しでもある部分は全部シャチと、それからミーナが解いてくれたよ。でなければ君達の可能性を測れないからね。ただ、これからの遺跡はそういう訳にもいかない。フリヒトに可能な限り遺跡の仕掛けを解除する方法を教えておかないといけない。」
「俺では何が悪い?」
「私の一族の者でなければ仕掛けは解除できない。だから、フリヒトの協力が必要不可欠なんだ。」
シャチは今一つ腑に落ちない様子で、リヒトに疑いの眼を向ける。
そんな彼に向けるリヒトの表情も心なしかいつもの余裕が弱まっているように思えた。
「まあ、まさかこういうことになっているとは私も想定外だった。合理的な措置だとは思うけどね。最悪『彼』とは私が話さねばならないだろう。少々気が重いが、仕方ないね。」
どうやらリヒトは自分が管轄している遺跡以外を受け持っている存在とはあまり仲が良くないらしい。
ミーナはそんなことに気分を落としている彼の様子が何だか可笑しく、そして安堵を覚えていた。
「リヒトも人の子なんだね。」
「ふふふ、そんなに私は特別な者ではないよ。シャチの様に重量級の武器を軽々振り回し、壊物を一蹴するような天稟にも恵まれていない。そんな、何処にでもいる普通の男さ。」
リヒトが笑う顔は如何にも照れ臭そうで、彼の言うように何処にでもいる普通の青年にしか見えないものだった。
「まあ俺程の人間が他に居る筈も無いがな。」
「実際、君を見た時確信したからね。『君こそが人類を再興に導く救世主に違いない。』と。君は私の、人類の希望だよ。勿論、ミーナもね。」
また、シャチと冗談を言い合う姿は友人と談笑する青年にしか見えない。
だが、この青年には計り知れない何かがある事もまた事実である。
でなければ、抑も多くの遺跡を通じてシャチに語り掛けたり、『古の都』のような大規模な集落を統治したりできる筈が無い。
ふと、ミーナは考える。
リヒトの歳は一体幾つくらいなのだろう。
見た目は非常に若く、シャチやルカと大して変わらないように見える。
だが一方で、彼の弟であるクニヒトは所帯持ちで、一番上の子をミーナよりも少し年下まで育て上げている。
そんな、良い大人だった亡きクニヒトよりもリヒトは寧ろ若く見える。
その上、シャチ以上の偉丈夫だったクニヒトと比較し、リヒトは如何にも貧弱で儚く見える。
しかし一方で、二人並んだ時にリヒトの方が兄だと言われれば一発で納得してしまうような、そんな不思議な貫禄がある。
ミーナは元来、好奇心の強い少女である。
道への探求心に突き動かされる、筋金入りの冒険者である。
だが彼女はリヒトにこの胸に沸いた疑問をぶつけるのは止そうと思った。
何か、どういうわけか彼女はそれを躊躇った。
ミーナが立ち止まる時、それは危機を察知した時である。
リヒトの年齢、何気なく訊いても問題無さそうなそれだけの事が、ミーナには何か途轍もなく大きなタブーの様な気がした。
「ミーナ、シャチ、取り敢えず今日は帰りなさい。私が管轄する遺跡へ先に向かうのも良いが、其方も此処ほどではないけれど結構な規模がある。それなりの準備を整えて行く必要があるだろう。私の方でも色々と用意しておいてあげよう。」
一先ず、今回の探索は現状で打ち止め、再開は時間を置いてという運びになりそうだ。
ミーナとシャチはその後昼食を共にし、午後は各々に割り当てられた仕事を熟して過ごした。
***
その日の夜、ミーナは今日感じた事を妖刀に相談する。
「ねえ、妖刀さんはどう思う?」
『ふーむ……。儂がどうこう言える事ではないが、確かに奇妙ではあるな。実は儂も考える事がある。儂は一体何者なのだろう、と。今の儂はどのようにして生まれ、どのような理屈でこのような形となったのか、とな……。』
確かに、改めて考えてみれば妖刀の存在の方がリヒトなどより余程奇妙である。
リヒト曰く、この妖刀は壊物の類では無いらしい。
ならば益々意味不明な存在をミーナは普段から腰に据え、旅や戦いの供とし、そして話し相手としていることになる。
「この世界、解らないことが多過ぎるよ……。」
『そういうもんじゃ。だからこそ、人類はそれを解き明かそうとする。その試みこそが旧文明を築き上げたのじゃよ。』
存在はよく解らない妖刀だが、この言葉はミーナにも理解できる。
未知のものを知っていくことは楽しい。
そう思った時、ミーナは一つの事を閃いた。
「そうだ! ねえ、妖刀さん。私もルカやフリヒトと一緒に勉強したいな!」
『ほう……。』
明日、リヒトに相談してみよう。――そう考えてミーナはその日の床に就いた。
しかし彼女を取り巻く状況は彼女も、妖刀も、シャチも、ルカやフリヒトも、そして普段様々な事を見通している風なリヒトでさえも予想できない程に急激に変化していた。
ただ、まだそれがこの『古の都』までは到達していないに過ぎない。
だが、それは外の世界で着実に爪を研ぎ、人類に魔の手を向ける時を見計らっていた




