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Episode.30 奇妙な血縁

 帰る直前、妖刀の提案で一度扉の玉に点った光を消すことになった。

 仮にどこか別の場所で他の玉の光に灯が点り、それがすべてそろった時に扉が開くとして、最後の仕掛けを作動させた時に遠くに居たら扉が開く現場に立ち会えない。

 そして、もしすぐ奥に壊物(かいぶつ)跋扈(ばっこ)していたとしたら、それらはあっというまに遺跡の表層面まで辿り着き、生活している人々に大きな被害が出ると考えられる。

 よって、一度真ん中の光は消しておき、最後にこれを点す事で扉を開くのが賢明だろうという判断である。


 この時、ミーナが駄々を捏ねた。


(わたし)がやりたい!」


 彼女にとって、未知の仕掛けの作動をシャチだけで行ったことは(ずる)い出し抜き行為に思えたのだ。

 ミーナにシャチが呆れるという珍しい構図となったが、それで特に不都合があるわけではないので、シャチの戦斧(ハルバード)に掴まったま下に降りる。

 そして、シャチが押したと思われる凸状の仕掛けを発見しては、目を輝かせて押してみた。

 一度押すと扉の玉の灯が消え、再度押すとまた点灯、そして三度押して再び消灯という仕掛けを確認して喜ぶ彼女は無邪気そのものである。


 ただ、以前と同じで点灯と消灯を一通り体験すると彼女の興味は失せていた。

 彼女を突き動かすのは未知への興味であり、既知となったものにはもうそれ程心動かされないのだ。


「気が済んだら帰るぞ。」


 シャチも既にそのようなミーナの性格を熟知しており、再び戦斧(ハルバード)の柄を穴に差し入れる。

 彼女はそれを掴み、シャチに引き上げられた。


「ありがとう。」

「うむ、では戻るか。」


 二人はミーナが残して来た灯りを頼りに地上へと帰っていった。




***




 ミーナとシャチが地下へ潜っている頃、ルカとフリヒトはリヒトから薫陶(くんとう)を受けていた。

 特にフリヒトには自身の後継者として身を入れているようだ。

 年が若い分吸収力で勝るフリヒトと、少し年上の分経験で勝るルカは学問の分野では良いライバルになりそうだった。


 と、ルカがリヒトに対して尿意を訴えた。

 リヒトはこれを快諾し、口頭で(かわや)の場所を告げた。

 ルカが席を立ち、リヒトの部屋には彼とフリヒトの二人だけになった。


「フリヒト、寂しくはないかい?」


 リヒトは熱心に自身から与えられた課題を(こな)(おい)に優しく声をかけた。


「正直、全く大丈夫と言えば嘘になります。でも、皆さんが良くしてくれるので(ぼく)は果報者だと思うのです!」

「そうか、とても良い心掛けだね。」


 リヒトは(おい)の朗らかな答えに柔和な微笑みを返した。


「しかし、(わたし)にとっては(きみ)の父、クニヒトの死は非常に痛手だった。彼はこの『古の都』で最強の守護神であり、人類文明再建にも必ずや大きな力となってくれると信じていた。」


 細められた(まぶた)の奥でリヒトの双眸(そうぼう)が何やら不思議な光を放っている。

 フリヒトは伯父(おじ)がこんな雰囲気を纏っているところは初めて見る。

 生前の父が、自らの兄について語っていた言葉を思い出す。


『兄は捉え処の無い御方だ。(わたし)にも時折、あの方が解らなくなる。まるで実の兄とは信じられぬほど、途方もなく貴く遠い御方に思える時があるのだ。』


 今、フリヒトは父の兄に対し、何か得体の知れない威容を感じていた。

 血縁はそう遠くない筈なのに、何か全く棲む世界が違う者のような、そんな直感を覚えていた。

 そして戸惑いの中、フリヒトは伯父(おじ)から信じられない言葉を聞かされた。


「だからね、フリヒト。これからは(きみ)(わたし)の弟になっておくれ。見掛けの年齢は少し離れているが、異母兄弟だと思えばそうあり得ない話でも無いだろう?」

「え? どういうことですか、伯父(おじ)様……?」


 突然の(ことづ)けに、フリヒトは愈々(いよいよ)困惑を極める。

 しかし、そんな彼の心をまるで意に介さず、リヒトの眼光と言葉がまるで当然の事の様にフリヒトの中へと沁み込んでいく。


(わたし)のことはこれから兄と呼びなさい、フリヒト、良いね?」


 傍から見れば明らかに異常な要求だが、フリヒトはリヒトの言葉に何の疑問も挟めなかった。

 まるで最初からそうであったように、初めからリヒトが自らの歳の離れた上の兄弟であったかのように、(おそ)ろしい程自然に彼はそれを受け容れていた。


「はい、お兄様……。」

「偉いね、フリヒト……。素直なのは良い事だよ……。学ぶ上でその性格は大きな助けとなる……。(きみ)は必ず、(わたし)にとって父親に勝るとも劣らぬ力となるだろう……。」


 フリヒトは余りに奇妙な体験に(しばら)くの間茫然(ぼうぜん)とする他無かった。

 その間に、彼の中に作り上げられた新たな虚構の事実が強固なものとなっていく。


「後でお母さんも連れて来なさい。」

「はい……。」


 フリヒトは考える。

 兄には人を従える不可思議な力があるようだ。

 少なくとも自分にはこの人に逆らう気が起きない。

 父がそうしたように、自分も兄を信じて彼の為に尽くそう。


 そんな思いに耽っていると、用を足し終えたルカが戻ってきた。


「すみません、失礼いたしました。」

「いいや、生理現象なんだ、気にする必要は無いよ。これからも(もよお)したら好きな時に言ってくれて良いからね。」


 ルカに語り掛けるリヒトの口調はいつも通り優しく穏やかなものだった。

 ルカもそこは何も気にする様子は無い。

 ただ、彼は別の所で違和感を覚えたようだった。


「フリヒト君、随分と緊張が解れた様子だね。まるで伯父(おじ)さんの前というよりは、歳の離れた中の良いお兄さんと一緒に居るみたいだ。」


 フリヒトにはルカの言葉がよく解らない。

 彼は何を言っているのだろう。

 みたいも何も、リヒトは歳の離れた兄だ。

 それを伯父(おじ)さんだの、随分とおかしなことを言う。


「何を言っているんだい、ルカ?」


 兄・リヒトも可笑しそうに小さく噴き出した。

 ルカは何を勘違いしているんだろう。


(わたし)とフリヒトは兄弟だよ。ねえ、フリヒト。」

「はい。」


 ルカは首を傾げる。

 何かまだ腑に落ちない様子だ。


「ルカ、(きみ)は少し思い違いをしているんだよ。」


 リヒトとルカの目が合った。

 そして(しばら)くすると、ルカは瞠目(どうもく)して自らの言葉に驚いた。


「ああ、そうだった。(ぼく)は何を言っていたんだろう? 二人は(そもそ)も兄弟じゃないか。」

「まあ、歳が離れているからね。勘違いされても無理はないよ。」

「はい、そうですね、お兄様。」


 何とも奇妙なやり取りだったが、二人の勉強自体はその後も恙無(つつがな)く進められた。

 そして日が落ちようかという頃になって、リヒトの側近の女性であるアリスが彼らの(もと)へやって来た。


「失礼します。リヒト様、お二人がお戻りになりました。」

「そうか。探索は進んだのかな。」

「その件について、リヒト様にお話を伺いたいそうです。」


 リヒトは少し考え込む仕草をし、そしてアリスに伝える。


「わかったよ。けど、今日はもう遅い。明日の昼前にでもお話しよう。二人にはそう伝えておくれ。」

(かしこ)まりました。」


 アリスは一礼すると、その場を下がった。

 リヒトは彼女の方からルカとフリヒトの方へ向き直ると、二人に対してもお開きを告げる。


(きみ)達も、今日はこのくらいにしておこう。明日の午前はミーナとシャチにお話を聞かなければならないから、お昼の後にまたおいで。」


 こうして、二人ずつに分かれた四人はそれぞれ不思議な体験をした濃厚な一日が終わろうとしていた。




***




 リヒトから明日にしたいとの要望を受けたミーナとシャチは二人一緒に道場の方まで歩いていた。

 そこまでは二人の寝室まで道が同じなのだ。


「ねえシャチ、他に道は無かったの?」

「無いな。この(おれ)が断言するんだ、他の誰が行っても結果は同じだろう。」


 傲慢で自信過剰な性格はともかく、シャチの遺跡探索者としての勘と探知能力は信用できる。

 ミーナもシャチを別に疑ってはいないが、確認の為に()いてみただけだ。


『つまり、考えられるのは二つ。この古の都の中に他の作動スイッチがあるか、それともこの遺跡一つでは完結しておらず、他の離れた場所にある遺跡を巡らなければいないのか……。』

(いず)れにせよ、リヒトが何か知っていると良いのだがな……。」


 リヒトは妙に多くの事を知っている。

 遺跡自体は未踏の場所、彼の与り知らぬ領域であっても、四聖獣の仕掛けに何か心当たりがあるかもしれない。


 ミーナは密かに考える。

 先程妖刀に二つ挙げられた可能性は、何方(どちら)かと言うと後者であった方が嬉しい。

 まだまだ彼女は広大な外の世界を冒険してみたかった。


『ミーナ、手詰まりになった割には嬉しそうじゃの。』


 妖刀はミーナの足取りが軽い理由を何となく察していた。

 もう付き合いも随分になる。

 この少女がまだ見ぬ大冒険に思いを馳せていることは誰よりも良く解る。


 そしてその好奇心、冒険心にこそ、人類の未来は預けられているのだ。

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