Episode.29 地下の探索
リヒトは言っていた。
この先に眠る『全ての元凶の一部』はもしかすると遺跡をある程度掌握しているかもしれないと。
だから、自身を破壊する為に奥へ潜る者に対する罠は通常の遺跡よりも厳しいかも知れないと。
もしかすると、強力な壊物が蠢いているかもしれないと。
そういった『奴』の支配が表層に届く前に決着を付けなくてはいけないと。
それ故、ミーナとシャチは手痛い歓迎をかなり覚悟して慎重に地下道を歩く。
路を照らす為に貰った白い灯りを手に、罠や敵襲に備えながら進む。
行く道を照らすのは背が高く広範囲に灯りを行き渡らせられるシャチの役目、来た道に迷わぬよう灯りを置いて行くのは背が低く屈む動作が少なくて済むミーナの役目である。
「今の所は平気だね。」
「だが、用心しろ。先へ進めば進むほど『奴』とやらの眠る場所に近付き、危険度が増すという話だからな。」
『加えて、地下へ潜ると酸素が薄くなったり有毒ガスが発生したりしている懸念がある。そうなると生身での探索は不可能となり、何かしらの対策を講じに戻らねばならん。』
ミーナとシャチだけでなく妖刀もまた警戒に参加する。
その妖刀が闇の中で刃を閃かせ、剣線を模った。
ミーナが右の片手で刀を振るい、襲い掛かってきた機械人形を斬り伏せたのだ。
「ほう、更に出来る様になったな。以前とは太刀筋がまるで違う。確かな指導を受けたと見える。」
「うん……。そうだね……。」
シャチが看破したとおり、クニヒトの指導はミーナを剣士として格段に強くしていた。
更に、師と死別した後もミーナはこれまで一日たりとも教えの反復を怠ったことは無い。
ミーナは一抹の寂しさを覚えると共に、自分の中でクニヒトが確かに生きているような温もりを感じていた。
「ふむ、その上この俺もいる! 最強の二人、向かうところ敵無しとは正にこのことだな!」
シャチは巨大な戦斧で床を鳴らす。
その振動で彼は何かを感知している様だ。
「ミーナ、用心しておけ。お前の歩幅で五歩、九歩の位置に落とし穴、十六歩、二十三歩、三十歩の位置に地雷があるようだぞ。」
「凄い、そんな事判るんだ……!」
「うむ、その通り俺は凄い! 凄凄凄い‼」
少し褒めればこの調子、この男のこういうところは今後も変わる見込みが無さそうだ。
ミーナはそう思って呆れながらも、シャチが得た情報そのものは有難く、指摘された場所を踏まないように注意して先を行く。
「他に何か罠はある?」
「いや、特には無さそうだ。ただ……。」
「うん……。」
『そうじゃの……。』
ミーナもシャチも、勿論妖刀も一つの巨大な敵影に気が付いていた。
隠そうともしない足音がガチャガチャと喧しく鳴り響く。
その音を鳴らす敵の姿も凡その想像がつく。
『不審者確認。スコーピオンゴーレム、排除行動を開始する。』
その機械音声とともに姿を現したのは、巨大な節足動物型の戦闘機械だった。
おそらくは今までミーナが遭遇した中でも最大サイズの敵だろう。
ダーク・リッチやバフォメットゴーレムすらも上回っている。
だが、先程シャチも言っていた通り今の二人ではこの程度の敵の相手など役不足である。
まず、シャチの振るう戦斧が旋風を巻き起こし、無駄に多い敵の脚をいとも容易く切り裂く。
落下してきた胴部もミーナの妖刀が一刀両断、二人の連係プレイによるあっという間の処断でこの機械人形の「排除行動」は終了してしまった。
「並の壊物を想定しているのならこの程度の仕掛けで十分なのだろうが、俺とミーナは物が違うのだ。」
シャチは高笑いを挙げ、ミーナはそれに唯々呆れて溜息を吐くが、ここで一つの不安を覚えたのが妖刀だった。
『この遺跡の奥には強力な壊物が蠢いておる可能性があると、リヒト様は仰っていたな……。』
「それがどうしたの?」
『解らんか?』
妖刀の低く脅すような声にシャチが瞠目して眉を顰め、彼の懸念に理解を示す。
「さっきの機械、『侵入者』ではなく『不審者』を排除しようとした。これは遺跡の内部で不審な動きをする者ならば出所を問わず排除するという事。つまり、遺跡の奥側から外側へ出て行こうとする者に対しても同じように反応するよう設定されていた筈。」
「それって、遺跡の奥にいるかも知れない壊物のこと? 私達、外の人達を守ってくれる機械を壊しちゃったの……?」
「それだけじゃない。さっき言っただろう? あの程度の機械では『並の壊物』を相手にするのが精々だと。だが、奥で蠢いているかも知れないのは『強力な壊物』だ。ならば、逆に到底守り切れる戦力じゃなかったということになる。」
シャチは渋い顔をしながら再び戦斧の柄で床を鳴らした。
「念の為、もう一度罠を確認しておいた。もしかすると戦闘機械が動き出すスイッチの類があるかもしれないからな。リヒトが言っていたことはあくまで可能性の話、懸念だが、あの男の言う事には妙な信憑性がある。機械との戦闘は避けるのが賢明だろう。今後は同じ轍を踏まんようにしよう。」
シャチの言葉にミーナは頷く。
そういえば亡きクニヒトも兄の予感はよく当たると言っていた。
だとすると、本当に奥には強力な壊物が蠢いていると考えた方が良い。
実際、彼の懸念通りにダーク・リッチの襲撃があったのだから。
「うん、シャチ。行こう。」
「ああ。」
二人は更に奥を目指し進んでいった。
**
その後、二人に一体の機械が襲い掛かってきたが、彼らは逃げの一手で振り切ろうとした。
すると、機械はミーナが目印に置いて行った灯りを潰し始めた。
道を見失っては戻れないと、二人は已む無くこの戦闘機械も破壊した。
「ミーナ、灯りはあとどれくらい残っている?」
「荷袋に一杯詰めてきたけど、もう半分の半分のその半分も残っていないよ。」
「成程、八分の一か……。」
二人は互いの顔を見合わせ、考えを読み合う。
行けるところまで奥へ進むべきか、それともこの辺りで引き返すべきか。
「シャチ、罠はある?」
「落とし穴が一つあるくらいだな。だが、それとは別に少し妙な反響がある。」
シャチの表情を見るに、罠でないことは確かだが妙なものがこの先にあると見える。
ミーナは少し考えて、こう提案した。
「じゃあ、取り敢えずその場所まで行ってみない?」
「そうだな。今回の探索の切りとしては良い塩梅だろう。」
シャチはミーナの提案に乗り、妙な反響があった方向へと歩を進める。
ミーナはシャチにも正体の判らないものがこの先に待ち受けていることに胸を高鳴らせていた。
二人に託されたのは人類の命運だが、それとは別にこの探索そのものを楽しむ、それがミーナという少女である。
だが一方で、危険への警戒も忘れない。
彼女にとって冒険はいつも死と隣り合わせのものだった。
未知への好奇心、探求心と危機への備えが両立する姿勢が、今までの人生で彼女には自然に身に付いていた。
「シャチ、妙って何がどう妙だったの?」
「説明しにくいが、途轍もなく重厚な『壁』を感じた。中からも外からも破られぬようにこさえられた、そんな頑強な壁を……。」
壁、つまり行き止まりだろうか。
一日で終わる探索ではないとリヒトは語っていたが、もう最奥まで辿り着いてしまうのだろうか。
しかし、そうでは無い事が次第に判ってきた。
シャチの前を照らす灯りにぼんやりとその正体が照らし出される。
「やはり……何らかの扉の様だな……。」
シャチは自身の頭上を照らし、彼曰く「扉」に備え付けられた奇妙なオブジェを明るみに出した。
そこには上下左右に並んだ半球のような水晶体が五つ埋め込まれている。
上下に並んだ三つの水晶体を渡す様に裂け目がある事から、出入りが許されればそこから開くのだろう。
試しに、いつもしている様にシャチはその「扉」を押してみる。
しかし、彼の怪力を以てしても全く動く気配が無い。
「無理矢理突破するのは不可能の様だな。成程、この扉がある限りは大抵の壊物も外へは出て来られまい。」
ミーナは自身の残り少ない灯りを頼りに周囲を見渡す。
何か開ける為の手掛かりは無いかと考えたのだ。
「何か見付けたか?」
「ううん、特に無さそう……。」
シャチも同じように周囲を観察するが、どうにも手詰まりの様だ。
と、その時妖刀が何かを閃いたように言葉を発した。
『そういえばシャチ、お前さん確か、落とし穴があると言っておったの。』
「ああ。丁度この近く……待てよ……?」
シャチは少し考え、そして歩き始めた。
そして、数歩後退したところで足を止めた。
ミーナにはシャチが何を考えているのか量りかねていた。
彼や妖刀の思い付き、それは冒険心を持ちながら確実な危険は回避するミーナにとって想像の外側の事だった。
シャチは次の一歩を、極めてわざとらしく踏み込んだ。
すると、彼の足場が崩れて「落とし穴」の罠が発動した。
「シャチ⁉」
『大丈夫じゃ。落とし穴という罠の仕掛けは主に二つ。一つは深みに落とし生きたまま捕らえるか落下死させる。もう一つは剣山や毒溜まりのようなものを仕掛けておき、串刺しや毒液塗れにして殺す。だが、何れも相手をきちんと落下させねば意味を成さぬ者じゃ。』
妖刀の言うように、シャチには考えがあった。
落とし穴が発動した瞬間、彼は崩れた足場の淵を楽々と掴み、さらには長い両脚を両側の壁に這わせてその場に留まっていた。
落とし穴も、落ちなければ問題無いという訳だ。
そして、下を見下ろしたシャチは小さく笑った。
「思った通りだ……。」
シャチはどうやら落とし穴の下に何かを見付けたらしい。
手と両足を放し、穴の下へと飛び降りる。
穴は大して深くはなく、彼の着地する音がミーナの耳に聞こえた。
「シャチ、大丈夫なの?」
「ああ。それに、妖刀の爺がよく閃いてくれた。そしてそれに気づいた俺もやはり非凡な才知の持ち主だったという訳だ。」
自画自賛するシャチは、それ程の物を穴の下で発見したらしい。
ミーナが上から覗き込むと、シャチは何かのスイッチのような物を押した。
すると、先程の扉に備え付けられていた水晶の一つ、真ん中のものに黄色い光が点った。
『これは……。』
妖刀が何やら知っているらしい。
見れば他の球も光に照らされており、そしてそれらには薄っすらと何か描かれているのがわかる。
『これは……! 四聖獣か!』
「シセイジュウ……?」
『うむ。中央の球に照らされて薄っすらと獣の絵が見えるじゃろう。これは昔とある大国で信仰されていた霊獣なのじゃ。それぞれ東西南北を守護するとされる、青龍、白虎、朱雀、玄武。』
「ほう、面白いな……。」
シャチが穴から這い出てきた。
「だが、これが意味することは……。」
『うむ、つまりこの扉の向こうへ行くには、此処だけでは駄目だという事じゃ……。』
何の事だか解らないミーナだったが、二人が今回の探索はここまでであり、そして今の所これ以上先へは進めないと考えていることだけは解った。
どうやらそう簡単にリヒトの課した使命は果たせそうにない。
まだまだ二人には冒険が足りないようだ。