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Episode.26 青年の帰還

 それから数日、ミーナはクニヒトが(のこ)した道場で彼から教わった基礎を反復し続けた。

 一つ意外だったのは、毎日訪れるようになったのが彼女だけではなかったことだ。


「ミーナさん、今日も早いですね!」


 少年の名はフリヒト、クニヒトの遺児の一人である。

 ミーナよりも歳は下だがその顔立ちには父親の面影がある。

 彼はミーナと違い、剣は扱わない。

 フリヒトが向かうのはいつも、父が矢を射ていた屋外の弓道場である。


 しかし、現在の彼にはお世辞にも父ほどの弓術があるとは言えない。

 彼は悩み抜いた末、一つの道具を考案し、リヒトの付き人であるアリスに作らせていた。


(ぼく)にも的に()てられるようになってきた!」


 フリヒトが手に持っているのは小型の弓に引き金を取り付けた武器だ。

 引き金を引くことで弓弦(ゆづる)が弾かれ矢を放ち、戻すと自動的に矢が(つが)われるその機構を妖刀は自動装填式の「クロスボウ」と呼んでいた。

 弦の張力の関係で使用できる矢は非常に小さく威力には乏しいものの、逆にそれが携帯性と矢数の量において有利に働いていた。


「何かちょっと(ずる)い気がするけど……。」

『ミーナよ、力の不足を補う創意工夫は何も悪い事ではないぞよ。あれはあれで、中々技術の要る代物じゃ。』


 言われて見れば、槍投げを(いしゆみ)で代用するようなものかとミーナは思い直した。

 前々から用意させていたという事はリヒトもクニヒトもそれを許していたという事だ。


「フリヒト、貴方(あなた)もお父さんの思いを継ぎたいの?」

「勿論ですよ! それに、伯父様からは将来的に後継者として指名されていまして、今から色々出来る様になっておいた方が良いと思いまして!」


 父の剛力、武の才は受け継ぐことが出来なかったのだろうが、フリヒトのこの明朗快活さは正しく父譲りのものだった。


 それにしても、リヒトがフリヒトを後継者に指名しているという事は、彼自身には子がいないし、今後も望めないという事なのだろうか。

 確かに彼はクニヒトの兄とは思えないほど儚い雰囲気を纏っており、悪い言い方をすれば虚弱、病弱に見える。


 ふと、ミーナは思った。

 フリヒトは確かに、元々明朗快活な少年である。

 しかし、父の生前に数日だけとはいえ接していた彼女には何処(どこ)か今の彼の振る舞いに違和感を覚えずにはいられない。


「フリヒト、余り気負い過ぎちゃ駄目だよ。無理しないで、(わたし)に出来る事があったらいつでも頼ってね。」


 おそらく、フリヒトは父の死で立ち止まりそうな心を無理矢理奮い立たせて前に進もうとしているのだ。

 悲しみを押し殺し、行く行くはリヒトの後継者となるに相応しい強さ、気丈さを見せようとしているのだ。


 ミーナの言葉に、フリヒトは太陽を背に振り向いて小さく微笑んだ。

 朝露に乱反射した光を帯びたそれは普段の明るさとは全く違う寂しそうな笑顔だった。


「ありがとうございます、ミーナさん……。」


 ミーナはフリヒトを支えたいと思った。

 彼女はフリヒトの姉でありたかった。

 それは彼女にとってクニヒトが父のように思えたことの恩返しのように。


『ミーナよ、少し大人になったの……。』


 妖刀は感慨深げに呟いた。

 彼のいつもの老翁の様な(しゃが)れ声もまた、一抹の寂しさを含んでいた。

 少女が大人になるという事、誰かの庇護を離れ、自分の道を歩き始めるという事。


 元々、ミーナは我が道を行く少女だった。

 ならば成長と巣立ちが早いのは当然の事なのかもしれない。


 その後、二人は各々の鍛錬を積んだ。

 ミーナはいつも通り、クニヒトが遺した教えを反芻(はんすう)しながら刀の感触を確かめる。

 左腕の代わりとなった義手もかなり思い通りに動かせるようになった。

 フリヒトはクロスボウによる射的を練習していたが、やはり父の様な弓術にも未練があるようで時折クニヒトが使っていた弓を射ては、全く的まで届かない飛距離に落胆していた。


 そんなことを続けて丁度日が南中しようかという頃だった。

 道場に珍しい来客がやってきた。

 彼はミーナに声をかける。


「励んでいるようだな。」

「あ!」


 その男はクニヒトほどでは無いものの筋骨隆々とした長身を道場に踏み入れ、一瞬にしてその場の空気を自分のものに変えた。


「シャチ、お帰り‼」

(つと)めは一通り果たして来たぞ。」


 彼にしては控えめな笑みと共に告げた言葉は、ミーナにもう一つの再会が訪れる事を意味していた。

 彼の後ろにはもう一人、ミーナの知己(ちき)である青年、ルカが立っていた。

 シャチと並ぶと彼の痩せた体形が際立ち、現代の人類が通常立たされている苦境を思わせると共に、この『古の都』の環境が如何(いか)に恵まれているか久しく思い出させる。


「ルカ‼」

「ミーナ、また逢えて嬉しいよ。」

(わたし)も! それに、無事でよかった、本当に……!」


 ミーナにとって、ルカに迫る命の危機から救う事がこの『古の都』までやって来た理由だった。

 随分色々な出来事を挟んだが、当初の目的が(ようや)く果たされたのである。

 何より、クニヒトとの死別を経た彼女にとってルカと生きて再会できたことは格別の僥倖(ぎょうこう)だった。


「リヒトの傍仕えの女から全て聞いた。大変だったようだな。(おれ)としたことが上手い言葉が見つからん。」


 シャチは普段の傲岸不遜な態度が嘘のように神妙な面持ちでミーナにそう告げた。


『シャチもそこそこ成長したようじゃの……。』

「黙れ(じじい)。」

「シャチ、お前何を言っているんだ? (じじい)?」


 事態が呑み込めないルカの戸惑う言葉に、シャチはしまったとばかりに手で口を抑えた。

 因みにフリヒトも父親のクニヒト同様妖刀の声は聞こえないが、伯父であるリヒトから妖刀が特定の人間にだけ認識できる言葉を話すことは聞かされている。

 つまり、この場でルカだけが妖刀に関して全く蚊帳の外という状態になっていたのだ。


『ミーナ、シャチ、もうこの青年にも(わし)の事を話して良いのではないか?』


 確かに、最早妖刀の事を隠す理由は何も無いだろう。

 人間に与する存在が壊物(かいぶつ)の類でないことはリヒトのお墨付きである。

 ミーナはルカにこれまでの妖刀との出会い、そしてそこから始まった旅の事を一通り話した。


「じ、じゃあミーナとシャチと、それからこの『古の都』のリーダーを務めるリヒトにだけこの刀の声が聞こえるって事か?」

「うん……。聞こえる理由や基準は全くわからないんだけど……。」


 ミーナは少し、ルカを仲間外れにするような後ろめたさを感じていた。

 しかし、シャチとルカにはそんな事よりももっと大事な要件がミーナにあるようだった。


「そうだ、ミーナ。そのもう一人の男、リヒトが(おれ)達を呼んでいる。」

「あ、そうか!」


 ミーナはリヒトに「シャチが戻ったら話をしよう。」と言われていたことを思い出した。

 そしてシャチ曰く、その席にはルカとフリヒトも同席するようにとの事だった。

 ミーナにとってルカを仲間外れにせずに済む事は少し有り難く思えた。


「じゃ、行こう。フリヒトも。」

「はい‼」


 フリヒトはクロスボウを置いてミーナ達の下へ駆け寄ってきた。


「やっとだ……! やっとこの時が来た……‼」


 道中、シャチは歓喜に震えていた。

 彼にしてみれば、ミーナがルカを救いたい一心で歩いたのとは比較にならないほど長い道のりを旅して来た目的が(ようや)く叶うのだ。

 その感慨も一入(ひとしお)だろう。


「リヒトはどんな話をするんだろう?」


 ミーナも内心期待していた。

 彼女にとっても、人類が何故旧文明を失ったのかは今や大きな興味の対象となっていた。

 妖刀から教わった知識も、クニヒトから教わった武術も、この『古の都』の営みも全ては旧文明によって培われたものだとすると、興味を持たずにはいられない。


 今、ミーナとシャチはルカ、フリヒトと共にあの神秘的な『遺跡の青年』リヒトから知り得る限りの真実を()き出そうとしていた。

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