Episode.24 ミーナと髑髏
門の遠方より進軍してくる壊物に浴びせられるのは、訳の分からぬ巨大な岩の礫の様な攻撃である。
クニヒトが放つ矢の威力は地面に刺さるに留まらず、ミーナの倍ほどもある壊物の三・四体は巻き込むほどの範囲を抉り取ってクレータを作る。
更に、遠方を狙えば遥か彼方まで衝撃波が奔り抜け壊物の軍勢に多数の死傷者を出す。
部下の兵達も及ばずながら負けじと壊物に弩や焼けた鋳鉄、槍で攻撃し、敵に壁を越えさせない。
しかしこれらの奮戦、努力は全て、ミーナが敵将である『闇の不死賢者』を斃して初めて意味を成す。
ミーナの妖刀以外に傷付ける手段の無い『闇の不死賢者』は死傷した自軍兵を難なく再生させることが出来るからだ。
今、『古の都』の命運はミーナが握っていると言っても過言ではない。
そんな彼女に、『闇の不死賢者』は不気味な嘲笑を向ける。
「ファファファ小娘よ、確かに以前は貴様に興味を覚えた。その摩訶不思議な力を秘めた肉体から生命エネルギーを吸収すれば我の力は嘗て無く増大するであろう。だが、今目の前にある物と比べれば塵屑、塵芥も同然よ! 故に、最早一片の力加減もせぬ‼」
そう言うと『闇の不死賢者』は白骨の両腕を振り上げた。
「即座に焼滅せよ‼ 『破滅の青白光』の閃きと共に‼」
初手から即座に最大技で勝負を決めにかかる『闇の不死賢者』だが、この選択には大きなミスがあった。
これまでにミーナの前で『破滅の青白光』を繰り出そうと試みたのは計三回。
その内、成功したのは巨大な継ぎ接ぎの死体へと逃げ込みながら放った苦し紛れの一発のみである。
それも、ミーナに体を斬り刻まれながら準備して辛うじて放ったに過ぎない。
後の二回は何れも発動前に妨害され不発に終わっている。
つまりどういうことかというと、『破滅の青白光』は何らかの大きな「溜め」を要するのだ。
何も考え無しに撃とうとしても、黙って見過ごすほどミーナの判断力は甘くない。
「ぎゃバッ⁉ おのれ……!」
例によって、ミーナの剣線に大技の発動を阻まれた『闇の不死賢者』は後方に逃れながらなおも一撃必殺技を狙おうとする。
しかし、最早何度も見せられた技の発動モーションはミーナにとって恰好の合図でしかなかった。
加えて、クニヒトとの訓練によってミーナには『闇の不死賢者』の動きの無駄や隙が明瞭に視えるようになっていた。
「くっ……! 小娘、いつの間にこんなっ……!」
妖刀と白骨の裏拳が激しくぶつかり合う。
単純な力の勝負なら『闇の不死賢者』の方に分があるようで、ミーナは大きく体勢を崩した。
これ幸いにと、『闇の不死賢者』は『破滅の青白光』の構えに入る。
だが、ミーナの復帰と反撃までに発動するには全く間に合わなかった。
『無駄じゃ無駄じゃ。大い頭蓋に詰まった賢い脳味噌で考えているにしては莫迦の一つ覚えのようにあの中性子線ビームに固執しとるようじゃが、それでは何時まで経っても今のミーナには勝てんよ。』
妖刀は両者の戦況を冷静に分析する。
そして、彼は敵についてある一つの結論を出した。
『前回と今回の戦いで完全に見えた。闇の不死賢者は戦いに於いては全くの経験不足、ド素人である! クニヒト様の指南を受けて一回りも二回りも強くなったミーナが敗ける道理は無い‼』
ミーナの剣線が舞い、巨大な髑髏の壊物の胸骨、肋骨、肩甲骨をズタズタに切り刻んでいく。
今や『闇の不死賢者』は頭を守るので精一杯という様子だ。
そして、その振る舞いを見てミーナは一つの確信を持った。
強力な再生能力を持ち、殆どの欠損を忽ちの内に回復してしまうこの髑髏の壊物は唯一、頭部への損傷だけは致命傷になり得るのだ。
ミーナは下から『闇の不死賢者』の顎、頭蓋に目掛けて刀を振り上げる。
「舐めるな小娘ェッ‼」
しかし、敵もこのまま唯でやられはしない。
下半身の無い、脊椎から下に骨盤が備わっていない体の構造は、その実もう一つの強力な武器を備えていた。
脊椎の下端には骨盤ではなく尻尾のように推の形をした骨が付いているのだ。
その凶刃がミーナの振り終わりに合わせられ襲い掛かる。
ミーナは咄嗟に体を捩って攻撃を躱したものの、脇腹にこの一撃を受けてしまった。
その隙に更に追撃を心臓に向けて振るわれればミーナは危なかったが、ここへ来てやはり『闇の不死賢者』は大技に固執していた。
『やれやれ、学習能力の無い奴じゃのう……。』
妖刀はまたしても『破滅の青白光』に頼りそして案の定封殺される敵の愚行に呆れ果てていた。
最早、『賢者』の文字を充てるのも烏滸がましく、『死体』と呼ぶのが丁度良い程である。
とは言え、ダーク・リッチが繰り出した尻尾の攻撃によるダメージは決して小さくなく、ミーナの動きを悪くしていた。
だが、ミーナは痛みに乱れる呼吸を必死で整える。
ここで大事な事は変に力まない事だと、そういう意識が既に彼女の中には根付いていた。
間違いなく、ミーナはダーク・リッチを追い詰めている。
彼女に課せられた命題は三つ、両腕と脊椎の攻撃を掻い潜り、『破滅の青白光』の発動は断固阻止し、そして敵の頭部を破壊する事である。
「行ける! 行けるぞ‼」
「頑張れお嬢ちゃん‼」
壁の守備兵達からもミーナに対して熱い声援が飛ぶ。
それだけではない。
彼らは絶えずミーナとダーク・リッチの戦いに横やりが入らないよう彼らに近付く壊物達を弩で狙い射殺し続けているのだ。
大半の壊物はクニヒトの強力無比な弓矢が、一騎討への割り込みは守備兵達の弩が、そして敵将ダーク・リッチはミーナが完全に抑え込んでいる。
最早勝利は目前である。
「こ、こんな筈は無い……!」
ダーク・リッチはその髑髏に剥き出しの歯を噛み締め軋ませる。
「こんな事があってたまるか……! 我は『闇の不死賢者』‼ 古の叡智を極め、真の威力を得た時代の覇者と成るべき者ぞ! 上位種たる『壊物』を統べる、『超越者』たる我が、前時代から進歩できぬ下等な『生物』如きに敗ける筈が無い‼」
白骨の両腕が振り上げられ、『破滅の青白光』の構えに入った。
最早やけくそ、といった趣である。
しかしこう開き直られるのは実はミーナにとってかなり拙い。
『いかんミーナ‼ 奴は強引に仕掛ける気じゃ! 一気に決めにかかれ‼』
「分かってる‼」
ミーナは妖刀の呼びかけに応えるように怒涛の攻勢を仕掛ける。
その表情は前回の戦いでダーク・リッチを追い詰めた羅刹の如き様相を呈していた。
「ヒイィッッ‼」
ダーク・リッチは思わず恐怖の悲鳴を上げる。
どうやら敵にとってこの状態のミーナは完全にトラウマとなっている様だ。
そして妖刀でダーク・リッチを膾切りにする様は味方の兵までも唖然とさせていた。
ミーナはダーク・リッチが細切れになろうとも容赦無く攻撃を続ける。
前回の戦いでは割れた頭蓋から『破滅の青白光』の発動を許してしまっている。
同じ轍を踏まない為には当然の行動だった。
「ぐはあああああっっ‼ バアアアアアアアッッッ‼」
無様な断末魔の叫びを上げるダーク・リッチはミーナの猛攻に跡形もなく消えてしまった。
「やったああっ‼」
敵将撃破に壁の上の守備兵達から歓声が挙がる。
ミーナは精も根も尽き果てたといった様子でその場に膝を突いた。
鬼神の如き本領を発揮した反動だろうか。
ミーナは壊物達の残党の中で唯一人動けなくなっていた。
「いかんっ‼」
一人壁から飛び降りたのは彼女の師、クニヒトだった。
彼は腰の真剣を抜き、弟子に襲い掛かる壊物を一刀の下に斬り伏せた。
否、斬り伏せてしまった。
『かかったな莫迦め‼』
聞き覚えのあるおどろおどろしい声にクニヒトの動きが一瞬止まる。
そう、ダーク・リッチに秘められたもう一つの恐るべき能力をミーナはすっかり失念してしまっていたのだ。
というより、そこまで考える余裕が無かったと言った方が良いかも知れない。
そして次の瞬間、クニヒトが斬り伏せた壊物の死体から恐るべき青白い光が放たれたのだった。