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Episode.23 悪魔の再来

 それは、クニヒトにとって不可解極まる光景だった。

 知性の無い筈の壊物(かいぶつ)が、己以外は全て餌か敵である筈の壊物(かいぶつ)が、軍勢となって『古の都』の門前まで迫って来ていた。


 どういうことだ……?――クニヒトは困惑しながらも、外壁上からある場所に狙いを定めて弓を引く。


「おおっ……! 出るぞ! 将軍様の、クニヒト様の本気の弓が‼」


 門外では既に槍で刺し貫かれた壊物(かいぶつ)の死体が(まば)らに転がっている。

 外壁の上から巨大な発条(ばね)仕掛けの弓、所謂「(いしゆみ)」が壊物(かいぶつ)の軍勢に向けて槍を放っていた。

 それを掻い潜った壊物(かいぶつ)が外壁を登ろうとしているところへ、今度は焼けた鋳鉄を上から掛ける。

 それをも突破する壊物(かいぶつ)には、今度は槍による滅多刺しが待っている。


 この『古の都』を守る兵達は壊物(かいぶつ)相手によく戦っていた。

 否、良く戦え過ぎていた。


 そんな中、クニヒトの矢がある一点に向けて放たれた。

 兵達がどよめいた「本気の弓」の猛威が壊物(かいぶつ)の軍勢に襲い掛かる。

 それは、(いしゆみ)など比ではない途轍もない破壊の暴を振り撒いて突き進む。

 矢の先端から生じた衝撃波は直径にしてクニヒトが両腕を拡げた二人分ほどの空間を、丁度大型の肉食魚が海中微生物を泳ぎながら口内に飲み込むが如く抉っていく。

 巻き込まれた壊物(かいぶつ)達は粉微塵になったり、反身を失ったり、片腕や頭を持って行かれたりと様々な致命傷を負っていた。


 そして、これ程の威力を誇っていながら彼の矢はただ闇雲に放たれたわけではなかった。

 明確に、的確に、これ以外に考えられない場所を目指して飛んでいた。


「ホッホッホ、恐ろしい破壊力の弓矢だ。我等壊物(かいぶつ)以上に怪物的と言えよう……。」


 胸骨を突き抜けた矢が素通りするのを見送り、その壊物(かいぶつ)髑髏(どくろ)頭の眼窩(がんか)を歪ませて(せせ)ら笑っていた。

 クニヒトの放った矢の威力は確かに凄まじいものだったが、この壊物(かいぶつ)は全く堪えている様子が無い。


「だが残念だったな。(われ)には、この『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』には物理攻撃は一切通らんのだ。」


 遠くその様子を窺っていたクニヒトは自分の攻撃が通じていない現実に目を(みは)った。


「何と……! ()が矢は奴の身体を擦り抜けたのか⁉ ぬうぅ恐るべし、あれが知性ある壊物(かいぶつ)、敵軍勢の将『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』か‼」


 驚いたのも束の間、クニヒトら『古の都』の兵達は更なる絶望の光景を目にすることになる。

 弩から放たれる槍もなんのその、全く意に介さず接近してくる『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』だが、ただ近付いて来るだけでなく先程クニヒトの矢が抉った壊物(かいぶつ)の身体を生きた者から死体まで区別無く取り込んでいる。

 そして、その巨大な骸骨(がいこつ)が通った路に一つ、また一つと青白い火の玉がぽつぽつ落とされる。


「ま、まさかあの髑髏(どくろ)壊物(かいぶつ)は……っっ‼」


 火の玉は見る見るうちに新たな別種の壊物(かいぶつ)の姿となって新たな戦列に加わっていく。


「ウオオオオオオッッ‼ ダーク・リッチ様万歳‼ 聡明ナル大君ニ永遠ノ忠誠ヲ‼」


 新たに生まれた壊物(かいぶつ)達の雄叫びを聞き、兵達に戦慄が(はし)った。

 とりわけ、リヒトから壊物(かいぶつ)の生体について詳細に聞かされていたクニヒトにはその脅威を誰よりもよく理解していた。


「奴は……『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』はっっ! 自らの生み出す壊物(かいぶつ)に『自らへの忠誠を本能に刻まれた遺伝子』を植え付けることが出来るッッ‼ 壊物(かいぶつ)による軍勢が成立するだけの知性と連携を発揮できる理由はこれか‼」


 勿論、兵達目下の脅威は『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』が自軍の死体から新たな兵力を生み出した事である。

 これでは、いくら敵を倒したところで意味が無い。

 しかもそれを可能とする敵将『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』にはこちらの攻撃が一切通らないのだ。


 戦いは防衛側、『古の都』の兵達が優勢である。

 しかし、相手に打撃を与えようと『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』がいる限りすぐに元通りだ。

 これでは兵達はいつか疲弊し、状況がひっくり返される。

 クニヒト達『古の都』の守備兵達は正にジリ貧に陥っていた。


「くくくッ……。脆弱で蒙昧な事だなァ……。所詮貴様(きさま)ら人間は旧時代の遺物に過ぎんのだ。誰が言ったか、生き物とは即ち、『死すべき者達』。己自身が優れた遺伝子を選別して取り込み洗練しつつ、残すべき命の形を決められる、そうして寿命を持たず永遠に生き続けることが出来る(われ)壊物(かいぶつ)こそが新時代に相応しい生命。さあ、全員大人しく()が糧となるが良いわ……!」


 門の目の前に迫った巨大な髑髏(どくろ)が白骨の両腕を振り上げる。

 瞬間、クニヒトは何やら嫌な予感、迫り来る絶大なる死の力を感じた。


 いかん‼――クニヒトは大声を張り上げた。


「総員、伏せろ‼ 何か来るぞ‼」

「ぐはははは‼ そんなに旧文明に縋り付きたいのならば旧文明の力をお見舞いしてやるぞ‼ 知るが良い、()叡智(えいち)の力‼ 『破滅の青白光(デモニアクリティカ)』の威力をォォッッ‼」


 しかし、その瞬間『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』の両腕が何者かの剣線によって斬り落とされた。

 この場に居る二人の将、クニヒトと『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』には乱入者の正体がわかっていた。


莫迦(ばか)な‼ 来るなと言っただろう、ミーナ‼」


 門の上から飛び降りたミーナの妖刀が、一切の物理攻撃を通さない筈の『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』に通用する唯一の武器が間一髪のところで敵の大技の発動を防いだのだ。


「小娘、待っていたぞォッ……! 大層な義手を貰ってご機嫌じゃないか、ええ?」


 即座に両腕を再生させた『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』はミーナの登場に嬉しそうに髑髏(どくろ)を歪ませる。

 ミーナは妖刀を構え、真っ直ぐに自らを付け狙う宿敵を見据えていた。


「『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』は妖刀で(たお)すしかない! (わたし)が戦う‼」


 来るな、と言ったクニヒトだったが、確かに現状を打開できるのはミーナの妖刀だけだと認めざるを得ない。

 彼は静かに頷くと、兵達に指示を出す。


「皆、壊物(かいぶつ)どもを域内に入れるな! ミーナと敵将『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』の戦いに割って入る様な不届き者を見たら迷わず射殺(いころ)せ‼」


 師は弟子を信じ、全てを託すことにしたのだ。


「ミーナ、その髑髏(どくろ)はお前に任せたぞ!」

「はい‼」


 壁の上と、外の真下。

 二人は互いに目を合わせないまま信を置き合う。


 少女と相対するは知性ある壊物(かいぶつ)闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』。

 以前の戦いから、難敵であることは百も承知だ。


 しかし、ミーナは落ち着いている。

 立ち振る舞いは自信に満ち溢れている。


「前の遺跡ではその妙な武器の意外性から不覚を取ったが、最早(われ)に一片の油断も無い。同じように行くと思ったら大間違いだぞ、小娘?」

「こっちの台詞(せりふ)だよ、骸骨(がいこつ)!」


 唯一『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』にダメージを与えられる武器、妖刀もまたミーナの自信を後押しする。


『お前さんは以前の戦いよりも遥かに強くなっておる! クニヒト様の指導がどれだけ身に付いているか、しかと御師匠にお見せするのじゃ‼』

「うん‼」


 ミーナはクニヒトからの教えは勿論のこと、妖刀から言われたこともまた思い出していた。

 気負わず、いつも通りに。

 クニヒトとの手合わせの時を思い出して、平常心で戦いに臨む。


 そんな落ち着いた様子のミーナが気に入らないのか、『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』は不機嫌そうに無い舌を打つ。


「ククク、愚かな人間どもよ……。お前達はこの遺跡が何なのか知っているのか?」


 突然、『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』は戦いとは全く関係無い、奇妙な話を始めた。


「何のこと?」

「ホホホ、(われ)には近づいた時からゾクゾクと感じたぞ。この遺跡が秘めたる恐るべきものをな……。」


 敵の言葉に、壁の上の兵達もどよめく。

 中でもクニヒトは敵の言葉に覚えがあるらしく、冷や汗を掻いていた。


「まさかあの敵将はあの事を……?」


 クニヒトが漏らした言葉に、髑髏(どくろ)眼窩(がんか)が笑みを模るように歪んだ。


「そうだ、知っている。何故ならばそれこそ、(われ)が長年求め続けたものなのだからな……。」


 ミーナには何のことかさっぱりわからないが、これが『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』の作戦なのだという事は理解できた。

 思考にノイズを発生させ、戦いに集中させない策なのだ。

 ミーナは表情一つ変えずに『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』を見据える。


 そんな彼女に相対する『闇の不死賢者(ダーク・リッチ)』は白骨の両腕を拡げて高らかに宣言する。


「小娘、()ずは貴様(きさま)を殺す! その後はこの遺跡に住まう人間どもを皆殺しにする! そして最後に()が悲願を、この遺跡に眠る秘密を暴いて念願を叶えてやろうぞ‼」

「そんなことさせない‼」


 少女と髑髏(どくろ)の戦いは因縁とは別の意味を孕み、今再び幕を開けようとしていた。

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