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Episode.21 ミーナと剣術

 翌朝、ミーナは起きてすぐに左腕に着いた義手の感触を確かめた。

 痛みはない、そして思い通りに動かせる。

 しかし、力の加減には少し難があるような気がする。


『どうじゃ、ミーナ?』


 自身を両手に握るミーナに、妖刀は具合を尋ねる。

 思い通りに振るえそうか、今日から始まるというクニヒトの指導に耐えられそうか。


「多分大丈夫だと思う。自分の腕としてはちょっと変な感じがするけど、無いよりは全然しっくりくるよ。」


 ミーナはそう言うと用意して貰った清潔な山吹色の服に着替え、妖刀を手に部屋を飛び出した。

 昨日、寝る前にこの地の食事についても話を聞いており、彼女は朝食を取る為に一目散に食堂へと向かったのだ。

 クニヒトの指導を受ける約束の時間まではまだ二時間ほどある。



**



 それは、今までに食べたものと同じ「食事」とは思えないものだった。

 彼女はこの時、生まれて初めて「料理」と言うものの存在を知った。

 同時に、壊物(かいぶつ)以外の動物性蛋白質を初めて摂取した。


「何この肉……すっごく美味しい……!」

「この『古の都』で飼っている、元々この世界にいた動物の肉だよ、お嬢ちゃん。つまり、(かつ)(おれ)達人類の食べていた肉なんだ。」


 向かいで彼女と同じメニューを食べていた男が親切に教えてくれた。


『どうやらリヒト様は本気で文明を再興するつもりらしいの……。』


 妖刀はその食事内容を見て感心したように呟いた。

 肉だけではなく、炊かれた米や炒められた野菜などは(まさ)しく彼の知る「料理」そのものだったということらしい。


 ミーナはそれらを食べ終わった後も(しばら)くこの世のものとは思えない料理の味の余韻に浸っていた。

 シャチと一緒に『古の都』へやってきて良かったと心の底から思うと同時に、早くシャチやルカにも同じものを食べさせてあげたいと考えていた。



**



 (しばら)くして、約束の時間の少し前にミーナはクニヒトに言われた「道場」へ足を運んだ。

 日時計の読み方を教わったのは初めてだったので、約束に間に合ったかどうか自信は無かった。


 道場に着くと既にクニヒトが自身の稽古を行っていた。

 ミーナは遅れたのかと焦ったが、クニヒトは彼女に気付くと感心したように声を掛ける。


「早いな。」

「うん。良かった間に合ってて……。日時計というアレの読み方、間違ったらどうしようかと……。」


 どうやら間に合っていたらしいと判ってミーナはほっとした。

 彼女の答えを聞いたクニヒトは豪快に笑い、稽古を続ける。


 クニヒトは道場の外、日の当たる場所で何やら木の(しな)りと弦の張力を利用して先の尖った棒状の物を飛ばし、的に命中させるという動作を繰り返していた。


『弓術か……。』


 妖刀はその所作に何やら思う処があるらしく、彼の一挙手一投足に見惚(みと)れている様子だった。

 (しばら)く待つように言われたミーナも、彼の一連の動作を美しいと感じていた。

 同時に、彼が全く本来の力を発揮していないような、そんな印象も持った。


 そして手持ちの棒を全て撃ち尽くすと、クニヒトは(ようや)くミーナに声を掛けてきた。

 開けた上半身に鍛え抜かれた筋肉が汗で光っている。


「来たという事は、左腕の痛みは大丈夫なのだな?」

「うん、もう全然平気!」


 ミーナは早く剣の教えを受けたくてうずうずしていた。

 いつの間にか彼女は冒険と同じくらい剣の事も好きになっていた。

 片腕を失い、その状態で敵を上手く切る方法を模索する中で、力の入れ方によって切れ方も変わる剣の奥深さに興味をそそられていた。


 そんな彼女に、履物を脱いで道場に足を踏み入れたクニヒトは道場の壁にかかっていた木刀をミーナに手渡した。


「取り敢えずこれを使って、(わたし)と一勝負と行こうか。(わたし)に十本入れられるまでに、一本でも入れられればお前の勝ちだ。ああ、と言っても本気で打ちはしないから安心するがいい。」


 ミーナは木刀を受け取り、早速クニヒトに打ち込んだ。

 (ほとん)ど不意打ちに近かったが、クニヒトはいとも容易くこれを同じ木刀で受け止める。

 何の負けじと、ミーナはその後もクニヒトに木刀を振るう。

 しかし、クニヒトに軽く往なされては彼女の脇にクニヒトの木刀がぴたりと(あて)がわれた。


「まずは一本だな。」

「凄い……!」


 ミーナはクニヒトの見事な剣捌きに唯々感銘を受けた。

 それまで相手にした、知性の無い壊物(かいぶつ)や機械人形には無かった得体の知れない強さだった。

 まるで、こちらの行動を(あらかじ)め読まれているような、そんな感触だった。


 ミーナは考える。

 もしかしたら、自分の動きに何か問題があって相手に狙いがバレてしまうのではないか。

 そう思い、目線や動きから相手に狙いを気取られないように注意しながら再びクニヒトから一本を取ろうとする。


「むっ……?」


 クニヒトはミーナの出方に多少驚いたようだが、それでも難無く彼女の攻撃を往なした。

 そして今度は彼女の首元に木刀を(あて)がう。


「二本目だ。」

「まだまだ……!」


 ミーナは今、クニヒトとの勝負を楽しんでいた。

 普段の戦い、生き死にを懸けた勝負では決して感じられないことだった。

 この時、ミーナにとって剣術は冒険に並ぶもう一つの遊びとなった。

 そしてその遊び相手として、クニヒトという強敵は最高の存在だった。


「どうした、もう半分だぞ? あと五本入れたら(わたし)の勝ちだ。」

「まだ半分の間違いでしょ!」


 ミーナは結局、この勝負でクニヒトに一本も入れられなかった。

 しかし、勝負の最中でも彼女は自分が上達していることを実感していた。

 その事はクニヒトも驚きつつも認めるところで、彼女の事を称賛する。


「いやはや、十本にしておいて良かったな。二十本だと(わたし)が敗けていたかも知れん。ミーナ、お前は本当に筋が良い。予想以上だ、大したものだよ。」


 褒められたミーナだったが、勝負に負けた事には悔しさを感じていた。

 しかし、それ以上にクニヒトの強さへの尊敬の念とそんな彼に剣を教わることが出来る喜びの方が勝っていた。


「しかし今の勝負で確信した。やはり、お前の剣には我流の悪い所が多々ある。それを直す意味でも基礎から叩き込まなくてはな。逆に、素直に(わたし)の教えを吸収出来ればお前は飛躍的に強くなれるだろう。」


 クニヒトの言葉に、ミーナは目を輝かせる。

 早速、彼から教えを受けようとするが、その時に彼女の腹が鳴った。

 クニヒトはまた豪快に笑い、先に昼食にしようと誘ってきた。

 本格的な剣術指南は昼過ぎからになりそうだ。



**



 食事の席にはクニヒトの他に彼と同じ年頃の女性と、ミーナより少し年下の少年が一人、更に年下の少女が二人同席していた。


「紹介しておこう。妻のトワ、息子のフリヒト、娘のチャコとメーコだ。」

「初めまして、(わたし)はミーナ。」


 ミーナは彼の家族と挨拶を交わした。

 自分より年下の少年少女を相手にするのは初めての彼女だったが、一番年上のフリヒトなどは寧ろ彼女よりもしっかりしていそうだ。


「宜しくお願いします、ミーナさん。」

「あっ、ハイ。」


 言葉遣いもさることながら、食事の作法にしてもクニヒトの子女の方がきちんとしている。

 ミーナは少し恥じらいを覚えた。


「少しずつ覚えたらいいですよ。知らないことはこれから知っていけば良いんです、何事も。」


 そうトワにフォローされたが、ミーナは昨日妖刀に言われた通り色々と身に着けなければならないと痛感した。


「まあ、そういうところも(わたし)の下で学べばいい。」


 クニヒトは大らかに笑っていた。

 しかし息子や娘がしっかりとしているのは彼がそういったところを厳しく指導しているからなのだろう。


 ミーナは久しく忘れていた「家族の温もり」をこの団欒に感じていた。

 まるで新しく兄弟姉妹に迎えられたかのように。

 まるでクニヒトが新しい父親となったかのように。


 そんな様子に、壁に立てかけられた妖刀は一人述懐する。


『ミーナにとって良き師、良き親となってくれそうじゃの……。(わし)などよりよっぽど……。』


 その後、彼女はクニヒトから基本的な剣の型、所作を教わった。

 そして、翌日もまた勝負してくれるよう約束を取り付けたミーナは上機嫌でその日の指導を終え、帰路に就いた。




***




 夕食後、クニヒトはリヒトに呼ばれていた。

 昼食も別にとっていたリヒトはクニヒトが来た頃に丁度夕食を終えたらしく、片付けられていない食器が傍らに置いてあった。


「どうだい、クニヒト? ミーナは上達しそうかい?」

「元々、自分で考えてより理に適った剣の扱いを探求するところがある。その上で、教わったことは素直に吸収していく。上達が余りにも目に見えるので教え甲斐がある。」

「それは良かった。」


 リヒトは小さく微笑んだ。


「シャチも早く帰って来れば良いね。」

「シャチ……? あの男が、か……?」


 クニヒトは兄の言葉を量りかねていた。


「彼にも指導をしろと?」

「いやいや、彼はミーナの様に素直な男じゃないだろう。」

(わたし)もそう思う。ではどういうことだ、兄者?」


 クニヒトの問いに、リヒトの目から笑みが消えた。


「昨日言った通りさ。予感がするんだ。近く大きな戦いが始まる予感が……。」

「その時、シャチが不在では困る、という事か……。」


 クニヒトは知っていた。

 リヒトのこういう予感は奇妙な程よく当たるのである。

 つまりそれは、この『古の都』に危機が迫っているという事。


 そして実際、彼らの領域の外では何やら不穏な影が(うごめ)いていた。

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