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Episode.18 求めていたもの

 ミーナとシャチはクニヒトに先導され長い廊下を歩いている。


「おい。そう言えばミーナ、お前(おれ)の事殴ったよな?」


 ミーナの胸中には次第に緊張感が込み上げて来ていた。

 クニヒトに案内された先に、リヒト本人が待っている。

 彼は本当にミーナの事を助けてくれるのだろうか。


「おいミーナ、言っておくがこの(おれ)だから無事に済んだものの、凡人があんな凶器であんな一撃を後頭部に不意打ちで叩き込まれたら死んでも何もおかしくないからな?」


 ここに来るまで、本当に紆余曲折があった。

 ルカを助ける為にはまたここから彼の居る三階建ての隠れ処に戻らなければならないが、リヒトの話通りであればこの後で秘薬さえ貰えれば十分間に合うだろう。

 その為にも、ミーナは是が非でも彼に会わなければならない。


「おい、お前殴ったよな? (おれ)の事殴ったよな?」


 ミーナはリヒトやクニヒトの寛大な厚意に心底感謝していた。


「おいミーナ!」

「あ、ごめんなさい。三回も無視しちゃった。」


 二人の後ろを塞ぐ番人は堪らず吹き出した。

 この男、二人が『古の都』に来た時の門番を務めていたので、二人のやり取りの一部始終を見ていた。

 それで、彼女の返答が皮肉だという事も当然承知していたのだ。


 更に、前を行くクニヒトは取り繕うでもなく大きな声で笑った。

 彼は彼で、兄から聞いていたことがある。


「シャチとやら、兄からは随分『悪い癖』の多い男だとは聞いているが、いやはや話以上の問題児の様だな。」


 あくまで暴行を受けた被害者だというのに、この場にシャチの味方はいなかった。

 彼はそれを悟り、不服そうに押し黙った。



**



 (しばら)く進み、人一人分程度の幅という狭い階段の前でクニヒトは立ち止まった。


「ここから先へは普段、兄と(わたし)、それから我が子女や傍仕えの限られた者しか立ち入ること許されぬ。誰かを入れる時も兄の承認が必要な、それほどに特別な階と心得て欲しい。」


 彼の言葉が事実なら、この先でリヒトは待っている。

 ミーナとシャチは息を呑むと、先程までの(わだかま)りは何処へやら、互いの真剣な顔を見合わせて頷いた。

 そして、二人してクニヒトに申し出る。


「お願いします。」

「会わせろ。」


 クニヒトは静かに頷くと、黙って階段を昇り始めた。

 狭いスペースに、大柄なクニヒトが辛うじて収まっている。

 ミーナとシャチが二人並んで昇れるような幅は無い。


「シャチ、先に行って良いよ。」

「……お前が先に行けよ。」

「あ……うん……。」


 この時、ミーナは(ようや)くシャチに対して後ろめたさを覚えた。

 ただ、ここでシャチに根負けして先に謝ってしまうとこれから先彼はずっと同じような事を繰り返すような気もしていた。

 取り敢えず、今はシャチの言う通り自分が先に進むしか無いだろう。


 一段、また一段と木星の階段を昇る度にぎしぎしと底が抜けそうな音が鳴る。

 そして階段の先、二人が案内されたのは自然の木や川の絵が描かれた白い引き戸の前だった。


「兄者、二人を連れて参った!」


 クニヒトは良く通る声で引き戸の向こうへ呼び掛けた。

 すると、聞き覚えのある穏やかな声が返って来る。


「うん、お通しして。」


 クニヒトの手で引き戸が開かれると、意外なほど小さな部屋が二人を迎え入れた。

 床は青々とした植物が織られた長方形の板材が十二枚ほど敷き詰められている。

 そこには何も置かれていない艶めいた横長の机と、書物が詰まれ使い込まれている様子の机が手前から二つ配置されている。

 向かいの壁では木の格子に白く薄い壁材が糊付けられ、微かな光を部屋へと招き入れている。


 そして壁際、書物の積まれた小さな机の後ろに正座をして、数日前に遺跡で出会った青年は想像以上に小ぢんまりと佇んでいた。


「やあ、待っていたよ。二人とも、(すわ)りなさい。」


 この『古の都』へ訪れるよう言った青年リヒトが立ち上がり、二人を艶めいた机の奥側に(すわ)るよう促した。

 対してリヒトはクニヒトと共に並んで部屋の入り口側に二人と向かい合って(すわ)る。

 兄弟二人が並ぶと、小柄なリヒトと大柄なクニヒトが如何にも凸凹で双方の体格差が強調されてしまう。


「さて、と。初めまして、と言っておこうかな。改めて自己紹介させて貰おう。(わたし)はこの『古の都』を拠点として人類の為の大規模な集落を治めている『帝』、リヒトだ。こちらは弟で、警邏(けいら)隊を統括する『将軍』の地位に就いている。以後(よろ)しくね。」


 遺跡で対話した時もそうだったが、直に声を聴くとこのリヒトからは何処か気持ちが安らぐような、心地良さがそこはかとなく漂ってくる。


「成程、考えてみれば最大規模の遺跡は正に旧文明最大の遺産だ。現代の人間の手で利用し、住み着かない手は無いという訳か。そして、此処(ここ)まで来る間に擦れ違った人数から、集落としての規模も窺い知れる。この(おれ)が言おう、これだけのものを築き上げ、纏め上げるとは、全く大した器だ。」


 シャチの言葉に、リヒトはさも愉快そうに小さく笑みを溢した。


(きみ)が他人を手放しに褒めるなんて珍しいね。光栄に思っておくよ。」


 こうして見るとシャチとリヒトは親しい友人のようにも見える。

 だが、そこには緩やかな上下関係が存在してもいるようだ。

 リヒトは口元では笑みを浮かべながら、厳しい眼差しをシャチに向ける。


「しかしだ、(きみ)が起こした一悶着も聞き及んでいる。思い通りに行かないと強硬手段に出るのは(きみ)の悪い癖だよ。ミーナが止めなかったら、(きみ)(わたし)の大切な兵達に一体何をするつもりだったのかな?」

「むぅ……。」


 リヒトの指摘に、シャチは苦い顔をせざるを得ない様子だった。

 そしてとうとう、彼の口から反省の弁が出る。


「確かに……もう少し穏便に済ませる方法はいくらでもあったかも知れん……。」


 シャチはミーナの方にも申し訳なさそうな目を向けた。

 彼の性格を考えると、それだけ貰えれば十分だろう。


(わたし)も、流石に乱暴な止め方だったかな……。」

「悪かったな。」

「こちらこそごめんなさい。」


 二人のやり取りを見て、リヒトは再び優しい眼で微笑(ほほえ)んだ。


「分かればいいんだよ。ではクニヒト、二人の持ち物を返してあげなさい。」

「承知した。」


 クニヒトはリヒトの指示を受け、立ち上がって部屋から出て行った。


「すぐに(きみ)達の大切なものを持って来るだろうから、少しだけ待っていてね。その間に、一番の優先事項を済ませてしまおう。」


 リヒトはそう言うと、彼も立ち上がって部屋の中、彼にとって少し高い所に備わった引き戸を開けた。

 そして、小瓶とやや大きな包みを取り出した。


「実はあと二つあるんだけど、(わたし)一人では骨が折れるからクニヒトが戻って来てからそちらは渡そうね。先ずは(きみ)達にとって、一番大事なものから……。」


 そう言って再び席に着いたリヒトが机に置いた小瓶の正体は、ミーナにもすぐに察せられた。


「それ、ルカを助けるための『遺跡の秘薬』?」

「その通り。まだ備蓄はあるから、瓶ごと持って行ってあげなさい。すぐに症状は出ないと言っても、後二・三日経ったら苦しみだすだろうからね。」


 ミーナの表情に花が咲いた。

 やっと、やっとルカを助けられると思うと、胸の(つか)えが取れた気分だった。

 シャチは特に興味なさげにしているが、そんな彼にリヒトは意外な事を言い出した。


「シャチ、(きみ)が届けてあげなさい。」

「この(おれ)が? 何故(なぜ)態々(わざわざ)見ず知らずの男の為に?」

「簡単な事さ、(きみ)の方が適任だからだよ。ミーナは大敵に因縁を付けられていて、道中で攻撃される可能性がある。そろそろその敵の傷も癒える頃だろうしね。その点、(きみ)ならば心配は要らないだろう?」


 ミーナはリヒトのこの言葉を「上手い」と感じた。

 この男、シャチの自尊心を(くすぐ)る壺を心得ている。


「確かにな。(おれ)ならば如何(いか)に強力な敵に襲われようが関係無い。確実性は高いだろうな。良いだろう、受けてやる。」


 シャチのこの単純さは手玉に取り易い。

 ミーナはリヒトの接し方を今後の参考にしようと密かに誓った。


「後一つ、(きみ)にはそのルカ君に届けて欲しいものがある。そして、同時にお願いしたいこともあるんだけど、良いかな? 中々人に頼めない事だけど、今後を考えると重要な仕事なんだ。」

「良かろう良かろう。何でも言ってみろ。」


 シャチはすっかり上機嫌になっている。

 ミーナは「ひょっとするとこの男、実は扱いやすいのでは?」「少し(おだ)てれば木に登る滅茶苦茶チョロい男なのでは?」と少し思い始めた。


 丁度そんな時、クニヒトが妖刀と戦斧(ハルバード)を持って部屋へ帰ってきた。


「ありがとう、クニヒト。(ついで)にもう一つお願いしたいんだけど、()()()をそこの(ふすま)から降ろしてくれないか?」

「引き受けた。」


 ミーナとシャチはクニヒトから各々の武器を渡された。


『ミーナ、無事対面を果たせたようじゃの。何よりじゃ。』

「うん、ルカも助かりそうだよ。」


 妖刀を手にし、会話を交わしたミーナはまた一つ安堵した。

 彼を拾って以来、どうも手に無いと落ち着かない。

 初めて手に入れ、そして取り上げられた時に経験したことが影響しているのかもしれない。


「ほら。」


 クニヒトが二つ、大きな袋をミーナとシャチにそれぞれ手渡した。


「あの、これは?」

「開けてみると良い。」


 ミーナは袋の中から、おそらくは艶めいた象牙色の樹脂で金属の骨格を覆ったであろうそれを取り出して目を(みは)った。


『義手……か‼』


 妖刀も驚いて声を上げた。

 それが少女の左手と同じ大きさをしているのはミーナにも何となく分かった。


「でもこれ、部品が分かれてるよ?」

「大丈夫。その一番太くて短い部品を失くした左腕の付け根に当てて御覧?」


 ミーナはリヒトに言われるままに、義手の手首を肩口に添えた。

 すると、手首の断面から何やら針が飛び出してミーナの腕を刺す。


「痛っ……‼」

「ごめんね。でも局所麻酔をするから少しの辛抱だよ。」


 リヒトがそう言い終わらない内に、今度は無数の樹脂が義手から伸びてきてミーナの腕の付け根に突き刺さり、がっちりと接合された。

 この時、ミーナは不思議と痛みを感じなかった。

 そしてそれは複雑に変形を繰り返し、見事にミーナの二の腕のサイズに仕上がった。


「後は肘と手首にも同じように当てるだけさ。流石に切断前と全く同じ外観とはいかないけれど、麻酔が切れたらすぐに思い通りに動かせるようにもなるよ。」


 ミーナは無くした左腕が戻ってきたような気がして、例えようの無い喜びを感じていた。

 リヒトの言う通りに残りの部品も組み合わせ、自分の左腕ががっちりと接合し、関節が動くことを右手で確認する。


「あ、もしかしてシャチに渡した方の袋って……。」

「御明察。そっちは右の義足が入っているから、ルカ君にプレゼントしよう。シャチ、届けてあげておくれ。」

「成程、良いだろう。」


 シャチは相変わらず気前よく了承した。

 今の彼ならどんな我が儘でも聞かせられそうだ。


「それと、もう一つ。今この『古の都』には人手が一人でも多く必要なんだ。」

「つまり、そのルカとやらの集落の仲間や、途中で他の人間が居れば連れて来いってことだな? 引き受けてやろうとも。」


 (しま)いには自分からリヒトの要望を察して答える始末だ。

 リヒトは朗らかな笑顔でシャチに謝意を述べる。


(きみ)が来てくれて本当に助かるよ。大人数を守りながら何日も歩くような仕事なんて、(きみ)くらいにしか頼めないからね。」

「そうだろうそうだろう。」


 シャチは得意気に相槌を打つと、義足の袋の中に小瓶を入れて背負い、戦斧(ハルバード)を握り締めて立ち上がった。


「では、善は急げだ。早速届けて来てやろう。その後でたっぷりと、リヒト、お前の知っている限りの事を約束通り話して貰うからな。」

「勿論。その為に此処(ここ)まで遠い所を態々(わざわざ)御足労願ったんだからね。」


 シャチはここへ来た時の不機嫌が嘘のように意気揚々と部屋を出て行った。


『いや、流石(さすが)じゃ……。人の上に立つ者として、類稀(たぐいまれ)なる天稟(てんぴん)をお持ちの様じゃの……。』


 妖刀もほとほとリヒトの手腕に感心しきっていた。


「さて、ミーナ。シャチが戻るまでの数日の間に、これまで彼とした話を(きみ)にも教えておこうか……。」


 クニヒトもリヒトの隣に(すわ)り、二人と対面する形になったミーナはこれからの話の重要性を予感して改まった。

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