Episode.17 古の都
間違いなくこれまでで最大規模の遺跡『古の都』に侵入するにあたり、ミーナとシャチはこれまでで最強の難易度を覚悟していた。
と言ってもミーナが訪れた遺跡の内の一つは『闇の不死賢者』が根城にしていたものであり、シャチが歴訪していた文明滅亡の真実には特に関係無いものであるため、彼女にとって比較対象は前回の遺跡しか存在しないが。
シャチは入り口に近付く前に、今回はまず門を開けること自体に一難待っている可能性が高いと言っていた。
それでも最終的にはこれまで通り無理矢理抉じ開けるといういつもの「不正規の侵入方法」をとる気でいた。
従って、そこで二人を待ち構えていた困難は全く予想外のものだった。
「ちょっと、シャチ……。」
「ああ、驚いた……。」
入口に近付くにつれ、それは二人の目に明確な存在として認識されていく。
門の大きさは、前回の遺跡とさして変わりは無い。
だが今回は、その両脇に大人の男らしき人間が立っているのだ。
両者は共に衣服の上から金属を纏い、手にはそれぞれ長さが人二人分以上にもなる竿らしきものに包丁が括りつけられた長槍の様なものが握られている。
ミーナとシャチが近づくのに気が付いた二人の人間はその長槍を交差させ、彼等の行く手を阻もうとする。
「何者だ?」
「あ? 何だ貴様等?」
どうやら二人の男は門番を務めているらしい。
シャチは早速喧嘩腰になっている。
「シャチ、待ちなよ。」
「俺達が何者であろうと、貴様等に何の関係がある? 旧文明の遺跡の価値など、この時代に生きる殆どの人間には解らない筈だ。」
ミーナを退け、シャチは二人の門番に戦斧の切っ先を向けた。
流石に拙いと感じ、ミーナは再びシャチを止めようとする。
「ちょっと、シャチ!」
「貴様等に何の権があって俺達の行く手を阻む? 俺達はその遺跡の中で待つ男に用がある。さっさと路を開けろ。人間を攻撃するのは気が退けるが、どうしてもと言うなら力尽くで圧し通っても良いんだぞ?」
しかし改まる気配は無い。
シャチの態度に、男二人は眉間に皺を寄せて互いに頷く。
そして、一方の男が手を挙げると、門の情報で金属を打ち鳴らすような音が数回響いた。
どうやら上の方にも人間がいたらしい。
「怪しい奴らめ。仮令命に代えても此処を通しはせんぞ!」
「上等だ……!」
「ちょっと、シャチ‼」
怒鳴り声ですら効果が無い。
門番とシャチは正に一触即発の様相を呈していた。
しかし、最初に痺れを切らしたのは三人の誰でもなかった。
シャチの後頭部、髪の毛に妖刀の鞘がめり込む。
「ぐっ……! ミーナお前……‼」
ミーナは自分からどんどん状況を悪くするシャチに業を煮やし、鞘に納めたまま妖刀でシャチの頭を殴ったのだ。
普通の人間なら後頭部を鈍器で殴られれば死んでもおかしくはない。
しかし、シャチの頑丈さならばまあ大丈夫だろう、という目算が彼女にはあった。
とは言え、シャチにとって思わぬ不意打ちは相当効いたらしい。
彼はその場に倒れ、気を失ってしまった。
「全くもう……。」
『人間同士の交渉はてんで駄目じゃな、この男は……。』
妖刀もミーナの乱暴な使い方よりも寧ろ無用な対立を招くシャチの態度に呆れ果てていた。
ミーナの対応もそれはそれで問題は大いにあるが、彼女は一刻も早くシャチの暴走を止めたかったのだ。
「ごめんなさい。この人が失礼な事ばかり言って……。」
「お、おお……。」
門番の二人も何やら困惑気味だ。
しかし邪魔者が一時退場し、改めて話を聞いて貰えるようにはなったらしい。
「それで、結局君達は何者なんだね?」
「私達、喪われた文明の遺跡を巡って旅をしているの。遺跡の中で話をした『リヒト』って人からここへ来るように言われたんだけど……。」
門番たちは再び互いの顔を見合わせた。
どうやらミーナの口から出た名前に驚いている様だった。
「リヒト様のことを?」
「まさかこの二人……。」
「いや、まだ判らんぞ。リヒト様の名を出せば効くと考えた敵どもかも知れん。」
「しかし、それならば最初からそう言えばいい話ではないか。彼女はともかく、男の態度が不可解だ。」
「それは敵意の無い訪問者でも同じ事だろう。もしかすると男は知性が低く、女の方はそういう謀略の機転が利くという事なのかも知れん。」
「兎に角、判断は保留した方が良さそうだな。」
門番たちの疑いはまだ晴れない。
最初に取ったシャチの態度が話をややこしくしてしまっているらしい。
そうこうしていると、門の脇から大勢の男達が集まってきた。
彼らもまた門番と同じ様な恰好や武装をしている。
おそらく、門の上で打ち鳴らされた音によって集まってきたのだろう。
「敵襲……か?」
「いや、それがよくわからんのだ。」
集まってきた男達も、状況を上手く掴めていない。
門番も説明に窮している様だった。
だが彼らもまた、リヒトの名前が出たことに驚いている様子だった。
ミーナは、ここまでの経緯を見てこの遺跡の特殊性を大体把握した。
ここは現代を生きる人間達の大きな棲み処、集落なのだ。
ミーナやルカが身を寄せていた場所よりも遥かに大規模な人数でこの遺跡に生活基盤を築いているのだ。
そして、ルカの仲間達がそうだったように、彼らにもまた外から来た人間を信用できない事情があるらしい。
「とりあえず……。」
「そうだな。」
どうやら彼らの中で結論が出たようだ。
門が開かれ、ミーナは男達に四方を囲まれて連れられるままに入って行った。
シャチについては、後続の男が体を担いでいる。
「こいつ、武器も体も矢鱈重いぞ……。」
「これ程の大男は『将軍様』以外で初めて見たな……。」
ミーナは最初、彼らに話が通じて門を通されたのだと、そう思っていた。
だが、暫くしてどうやら勝手が違う事を薄々察し始めた。
彼らは薄暗い地下へとミーナとシャチを連行していた。
「しばらくここで大人しくしていろ!」
ミーナとシャチは二人、それぞれの武器も取り上げられて鉄製の格子に鎖された部屋に幽閉されてしまった。
「シャチのせいだ……!」
ミーナは暢気に伸びている男を少し恨めしく思い、胡坐を掻いてぶつくさと文句を呟いていた。
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暫くして、シャチは目を覚まして飛び起きた。
「何だこれは‼ どういう事だミーナ‼」
「私達、『古の都』の人達に敵だと思われて閉じ込められちゃったんだよ。誰かさんのせいで。武器も取り上げられちゃったし。」
「ふん、愚かだな。戦斧が無いとて、この程度の牢屋如きにこの俺を閉じ込めておけるとでも思っているのか……?」
「シャチ、これ以上余計な事したら私もう貴方と口聞かないから!」
シャチはどうやら自分に対するミーナの怒りが今までに無く本気だと見て、不貞腐れたように腕を組んで胡坐を掻いた。
と、丁度なにやら牢屋の前が騒がしくなってきた。
番の男が姿勢を正していることから察するに、地位のある人間がやって来たらしい。
「態々御足労頂き恐縮です、将軍様。」
番の男に迎えられ、牢屋の前に現れたのはシャチ以上の体格を誇る大男だった。
その顔立ちは何処かリヒトに似ているが、儚さと底知れなさが同居する彼とは異なり精悍で瑞々しい。
「如何なさいますか、将軍様?」
将軍と呼ばれる男は格子越しにミーナとシャチの顔をじっと覗き込む。
眉間に皺を寄せ、二人の事をよく吟味しようとしている様だ。
シャチもまた眉を顰め、男を睨み返していたが、ミーナに小突かれて目を背けた。
暫くして、男は結論を出した。
「謁見を許可しよう。」
「え? 宜しいのですか、将軍様?」
「他ならぬ兄がそう望んでいる。」
「しかし……。」
番の男は大男に不安を訴えるが、大男は豪快に笑った。
「若しもの時は私が成敗すれば済む事だ。」
「ほう、貴様が俺を……?」
「シャチ‼」
とうとうミーナは大声でシャチの態度を咎めた。
その様子に大男はまた愉快そうに笑い声を挙げる。
「ははは、シャチと言ったな。兄の言う通りの為人の様だ。」
「兄……? もしかして貴方、リヒトの弟さん?」
男はミーナの問いにはっきりと頷いて答える。
「その通り。我が兄、リヒトはこの『古の都』の『帝』として君臨し、他に類を見ない数の領民を統治している。そして私は兄の下、『古の都』の武力を統括する『将軍』。ミーナ、そしてシャチよ、兄が心待ちにしていた『未来への導き手』となり得る者達よ。この私、将軍クニヒトの名に於いてお前達を幽閉から解放し、我が兄、『帝』のリヒトに会わせよう。」
番の男によって牢が開け放たれ、ミーナとシャチは外へ出るように促された。
そしてリヒトの弟、将軍を名乗る大男・クニヒトに先導され、二人は長い廊下を歩いて行った。