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Episode.16 新たなる旅路

 翌朝、遺跡から外へ出たミーナとシャチはリヒトの言っていた『古の都』を目指し、さらに西へと進むことになった。

 一応、遺跡を出る前に中を一通り探索したのだが、やはり秘薬は何処(どこ)にも無かった。

 来るとき散々苦しめられた罠は二体の『ゴーレム』を(たお)した時点で停止していたらしく、その点は二人の探索の助けとなった。


「満足したか?」

「まあねー。」


 そう言いながら、ミーナの表情は浮かないものだった。

 理由は秘薬の不在ではない。

 それは、リヒトの言う『古の都』に辿り着けば手に入ると判っているので、寧ろ新たな冒険の予感に心を躍らせる材料だった。

 それよりもこの遺跡の探索で満足できなかったのは、罠が停止した後では魅力が半減したように思えたからだ。


『安全に探索できるならそれに越したことは無いではないか?』

「それはそうなんだけど……。」


 妖刀の意見もミーナに判らないではない。

 危険を承知で好奇心の(おもむ)くままに飛び込むのと、危険を顧みないのとでは意味が違う。

 彼女にとって冒険は危険がつきものであるが、これをなるべく除きながら楽しむものであるという心得も身に着けてはいる。


「でも何だかがっかりしちゃったんだよね……。」


 ミーナは自分でも自分の失望の理由が良く解っていなかった。

 そんな彼女の様子を見て、シャチは小さく呟いた。


「未知への興味……。」

「え?」


 ミーナはシャチの言葉によって自分の中で散らばっていた欠片が一つ合わさったような感覚を持った。

 シャチは言葉を続ける。


「ミーナ、お前の冒険心の動機は好奇心だ。未知のものを知ろうとする興味こそがお前を突き動かしている。危険はあくまでその際の副産物であって、お前にとっての冒険の本質ではない。」

「あ、それ解る! 何かそんな感じ!」


 シャチはミーナの答えを聞き、小さく頷いてこう結論付ける。


「今の遺跡は昨日、最大の秘密であるリヒトの待つ部屋を暴いてしまった。故に遺跡そのものが本質的に『既知』のものとなってしまい、残った場所を隈なく探すというのは既に味わい終えたものを消化する意味しかなくなっていた。お前の興味ある、未知の遺跡はここにはもう無かった。故に、探索し終わっても思った程の満足感は得られなかった。」


 ミーナはシャチの言葉にある種の感動を覚えていた。

 自分ですら分からなかったもどかしさを、シャチは完璧に言語化して見せたのだ。

 所々、それだけでは解らない単語もあるが、全体として言いたいことは良く解る。


 シャチは遺跡探索者を自称し、真実を求めるだけあって、ミーナの事をミーナ自身よりも理解したのかもしれない。


「シャチ、(わたし)貴方(あなた)に出会えて良かったと思う。」


 ミーナは本心からそう言った。

 いけ好かない男だと思っていたが、どうやらその感性は今まで出会った誰よりもミーナに近い。

 彼女の言葉を聞き、シャチは大きな声で笑った。


「ならばミーナ、お前には(おれ)の偉大さを誰よりも傍で見る権利をやろう!」

「『古の都』までの冒険、一緒に行きましょう!」


 シャチは微妙に噛み合わないミーナに肩透かしを食らったのか微妙な表情をしていたが、ミーナは両目を輝かせていた。

 兎に角二人は昨日リヒトから受け取った地図を拡げ、彼の居る最終目的地『古の都』の場所を確認する。


「今の遺跡がこの場所……ということは、『古の都』とやらはかなりでかい遺跡らしいな。」

「でもリヒトが言った通り、二・三日で着きそうだね。」

「だが探索にそれ以上の時間を要しそうだ。お前の友達に秘薬を持って行くのは間に合うか?」

「行ってみるしかないね。どの道この遺跡には本当に無かったんだし……。」


 二人は目的地までの道筋を互いに確認し合う。

 その際、もう一つ大事な情報がこの地図には載っていた。


「ねえ、妖刀のお爺さん。」

『うん? 何じゃ、ミーナ?』


 ミーナは地図上に描かれた二つの場所を指差していた。


『これは……踏切じゃな。』

「うん。あの時妖刀さん、場所をよく覚えておけって言ったから……。」

『つまり、この近くにあるもう一つの踏切から線路を辿って行けば……。』

「ルカの居る建物の近くまで迷わず行けるってことだよね?」


 当時、仲間を皆殺しにされたばかりで知り合いも居なかったミーナに踏切の場所を覚えておくように言ったのは、線路に出て辿り歩けば自ずと建物の集合にまで行けるという意図があった。

 そして今回もそれは役に立つ。


「反対方向に行けば『古の都』まで迷わず辿り着けるようだな。良い情報だぞ、褒めてやろう。」


 シャチのこの言葉で、まずはこの踏切を目指すことに決まった。



**



 ミーナとシャチは昼頃には踏切へと辿り着き、そしてそこからは線路沿いに歩き始めた。


『おそらく途中で駅もあるじゃろう。適当な時間で寝泊まりするにはうってつけじゃ。』

「エキ?」

「旧文明の施設の様なものか……。」


 ミーナよりもシャチの理解は早かった。

 この辺りは、文明滅亡の真実を求めて遺跡を巡っている経験の差が物を言ったのだろう。


「そう言えば、ミーナ……。」


 シャチは思い出したようにミーナに尋ねる。


「まだその刀について話を聞いていなかったな。一体何なのだ、それは?」

「うーん……。」


 ()かれて困る質問だった。

 ミーナ自身、妖刀については良く解らない。

 ともすれば「刀」という武器に関してさえ、シャチの方が詳しい可能性が高い。


「ある日川辺で、空間の裂け目から零れ落ちてきたのを拾った、としか……。」

「空間の裂け目だと? 奴等が湧いてくるあの?」


 ミーナはシャチのギョッとするような反応に失敗を予感した。

 カイブツを異様な程敵視するシャチに明かすべき情報ではなかったかも知れない。

 シャチは目を細め、ミーナの腰に括り付けられた妖刀に視線を向ける。


『シャチよ、(わし)が信用できんか?』

(じじい)(おれ)は貴様が何者なのか知りたい、それだけだ。」


 どうやら彼は妖刀自体を敵と認識したわけではなさそうだ。


「貴様は奴等とは違う。奴等は決して人間の味方などしない。貴様がミーナの為に自分を預けていて、危害を加えていないというそれだけで取り敢えずの信用には値する。」

有難(ありがた)いの……。』


 妖刀は染み入っているような声でシャチの答えに感謝を述べた。


『しかしじゃ、ミーナにもシャチにも申し訳ないが、実のところ(わし)が何なのか、何故こんな事になっとるのかは(わし)自身にも分からんのじゃ。一つ、ハッキリしていることは(わし)が元々人間であったこと。そして、人間としてはとうの昔に死んでおるという事だけでの。』


 シャチは妖刀から視線を逸らし、前を見ながら何かを考えるように顎に手を添える。


「ミーナが戦ったという知性を持った敵……。そいつような存在が行っていた実験の類による産物かも知れんな……。」

「妖刀さんはカイブツに作られたかもしれないってこと?」

「まあどの道、今はミーナの手にあり、本人にその自覚が無く、人間に危害を加えないなら何の関係も無い話だがな。」


 シャチの答えを聞き、ミーナは胸を撫で下ろした。

 (いたずら)に妖刀を敵視するわけでもない分別は持ち合わせているようだ。



**



 その後、二人は線路沿いに三日間歩いた。

 と言っても、途中で休憩は(しっか)りと挟んでいる。

 妖刀が言った通り、「駅」と呼ばれる中継点は休憩場所にもってこいだった。


 加えて、この線路は何処(どこ)までも続いているような気がするほど途方も無く伸びており、途中で横切る河に立ち寄って水分を補給することも出来た。

 食事は途中で襲ってくるカイブツで確保した。

 動物性のカイブツの他に植物に擬態しているカイブツもおり、二人が採った栄養のバランスはこの時代にしては十分な水準だろう。


 シャチの荷物が身軽なのは、食事も水分も道中で確保しているかららしい。

 腹が減ってもカイブツを殺せばそれで済む、という発想にはミーナも呆れ、妖刀も「紛れも無い強者の発想」と無い舌を巻いていた。


 途中でカイブツを(たお)せるという事は、灯りに必要な(あぶら)も確保できるという事だ。

 こういった要素が重なり、二人は日が沈んでも暫くは歩き続けることが出来た。


 そして、三日目の灯が西に傾きかけた頃だった。


「シャチ、あれ‼」

「おおぉっ……‼」


 二人は眼下に建物の並びが拡がっている光景を目にした。

 丁度そこは、リヒトから手渡された地図に記された『古の都』がある場所だ。


「遂に辿り着いたんだね!」

「ああ、そうらしいな!」


 ミーナは勿論のこと、シャチの声も何処(どこ)と無く弾んでいる。

 彼にしてみれば、長い間求め続けた場所にようやくたどり着けた感動も一入(ひとしお)だろう。


 二人は線路から離れ、そして『古の都』と呼ばれる遺跡の入り口へと坂を駆け下りて行った。

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