第3話 ドキドキ★文化祭パニック(1)
俺たちの高校の文化祭は、一学期の中間テストと期末テストの期間のちょうど間辺りで開催される。準備期間があまりないので、活気あるイベントとは正直言い難い。しかも一年生は飲食関係のような人気の出し物はさせてもらえないし、俺は部活動はしていないのでそっちでの参加もない。むしろ部活出店は前年度中に準備をするそうなので、どこかに所属していたとしても店番くらいしかやれることがない。しかし、だからといって楽しみではないというわけではなく、どちらかと言えば希望に胸を膨らませていた。
鏑木のせいで不名誉な称号をいただいてしまっている俺と一緒に文化祭を回ってくれるという心優しい同学年女子は、もちろんいない。しかし、先輩がたや他校の生徒の中にはもしかしたら、俺と仲良くしてくれる人がいるかもしれない。そういう素敵な女子と偶然にも出会って、お友達から少しずつ関係が進展していって、理不尽な毎日から脱却できる日が俺にも訪れるかもしれないのだ。そう思うと、期待せずにはいられないだろう。
理不尽と言えば、中間テストの前後に目も当てられない体験をし、舞菜から何とも突飛な話を聞いた気がするのだが。俺はそれを夢であると処理した。――そう、あれは夢だ。夢なのだ。現実ではないのだ。そうに違いない。だってそんな、あんなひどいこと、あろうはずがないじゃないか!
とにかく、俺は文化祭までの毎日をウキウキそわそわしながら過ごした。中学までは文化発表会というクラスでの合唱を披露するなどの学内向けの小さなイベントはあったが、他校の生徒も遊びに来るような大掛かりなものは初めてだ。なので、なんかよく分からんものを作らされたり、材料調達のために班ごとに分かれて買い出しに行ったりするのですら楽しくて仕方なかった。準備がこれだけ楽しいのだから、新たな出会いが待っているかもしれない当日も絶対楽しいに違いない。
そして、当日。俺のことが大好きでたまらない鏑木君は、当然のごとく俺と展示を見て回りたいと申した。王子と一緒の時を過ごしたい女子たちが一瞬俺に射殺さんばかりの視線を向けたが、俺は余裕の笑みを見せて「お前と俺はもうこれ以上友情を育まなくてもいいだろう?」と鏑木に言い放ち、女子たちに鏑木を譲り渡した。おかげさまで、女子たちの中での俺の株は少しだけ上昇した。
たくさんの女子に揉みくちゃにされて喜んでいるのか悲嘆に暮れているのか分からない悲鳴をあげる鏑木を振り返ることなく、俺は軽やかな足取りで廊下を進んでいった。途中、舞菜のクラスに立ち寄ると、ちょうど店番をしていた彼女が驚き顔で近づいてきた。
「何で鏑木と一緒じゃないのよ!?」
「何で一緒にいなきゃならないんだよ」
俺が呆れ顔を浮かべると、舞菜の後ろで俺たちの様子をうかがっていた女子たちが歓喜の声を上げた。そして「王子様を射止めるなら今よ!」だ何だと言いながら、持ち場を放棄して部屋から出ていった。その光景を、俺と舞菜はげっそりと見守った。王子を求める民衆の大移動が落ち着いてから、舞菜は苦い顔を浮かべて声を潜めた。
「ていうか、ひとりにならないでよ。何かあったら困るんだから」
「そうは言われましてもね。鏑木と一緒にいたほうが、俺的には困ることが起こるんだよ」
「まあ、一理あるけれど……」
俺が不服げに眉根を寄せると、舞菜は渋い顔で同意した。しかし一転して照れくさそうな、ムスッとした表情でほんのりと頬を染めると「じゃあ、仕方がないから私が――」と口ごもった。俺は同伴の申し出らしき言葉に不覚にも一瞬ドキッとしたのだが、直後、舞菜はクラス委員らしき眼鏡女子に「望月さんまでいなくなられると困る!」と泣きつかれた。俺は、どうにか持ち場を放棄しようと眼鏡女子と攻防を繰り広げ始めた舞菜をよそに、そそくさとその場をあとにした。