俺の日常がまさかのSFアクション映画だった件について (2)
家に帰り、部屋着に着替えることもせずぼんやりと過ごしていると、ドアをノックする音が部屋に響いた。返事をすると舞菜が入ってきて、俺と向かい合うようにクッションの上に座り込んで壁にもたれかかった。あーだの、えーっとだのと呻いたかと思うと、観念したとでも言わんばかりに首を垂れてぽつりと言った。
「今回も、何ていうか、ご愁傷様でした……」
「今回も!? 今、今回もって言った!?」
ベッドに腰掛けて上半身だけ倒していたのを、俺は思わず起き上がらせた。すると舞菜は不憫そうにちらりとこちらを一瞥して再び顔を俯かせると、「はい、言いました」とぼそぼそ答えた。半ばパニックを起こした俺が口を開こうとすると、それよりも先に舞菜がはっきりとした声で言った。
「まず初めに、私は未来から来た護衛官であって、あんたの従姉妹じゃない」
「あ、そうだよ! 従姉妹じゃないって、じゃあ――」
俺は学校での衝撃的な告白を思い出し、矢継ぎ早に質問をぶつけようとした。しかし最後まで言い切ることをさせてもらえず、俺の言葉を遮るように舞菜が続けて言った。
「二つ目に、あんたが今日みたいな不幸に見舞われるのは、ある意味でバカブキのせい」
俺は彼女がまだしゃべるんだろうと思い、あれこれと言いたいのを我慢した。じっと舞菜を見つめていると、彼女は少しくたびれた顔をして重たげに口を開いた。
「これから言うことは絶対に誰にも言わないこと。まあ、もし言ったとしても、それが分かった時点でさっきあげたバンドをあんたから取り上げて、後処理するだけだけど」
「後処理って」
「記憶を改変するのよ。今回で言えば、そのバンドを身につけている者以外の〈藤村に関する記憶〉がまるっと書き換えられるわ。――家族都合かなんかで急きょこの街から離れなくちゃならなくなったとか、そんな適当な理由をつけて『藤村はもう会うことのない、過去の人である』という風に処理されるわ」
よくは分からないが、そんな映画をどこかで見たことがあるなと漠然と思った。それにしても、俺はどうしてこんな物騒なことに巻き込まれているんだろうか。鏑木がどうやら元凶らしいのだが……。
俺が静かにしていると、舞菜がしかめっ面で小さめのクッションを抱え込んだ。体育座りした膝の上にあごを乗せると、もったりとしゃべり出した。
「本当はね、あんたにもしゃべっちゃいけないことなの。だからあんたの記憶をいじって従姉妹になりすまして、こっそり気づかれないように護衛していたんだけど。でも、もう、パニクるあんたを宥めすかして記憶を改ざんしての繰り返しに疲れたし。あんな露骨なの、書き換えても矛盾生じそうだし」
これは一体どういうことなんだと尋ねるべく、俺は口を開いた。しかし舞菜は応えようという素振りを見せることなく、持ってきていた小型のノートパソコンのようなものを準備し始めた。
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時は20XX年。ある男の覚醒がきっかけとなり、人類の一部は超能力に目覚めた。そこから数年後、人々は三つの勢力に分かれて激しく争っていた。
目覚めのきっかけとなった男・ドクターKが主導する〈超能力者と非超能力者が手と手を取り合って幸せに暮らすことを目指している集団(仮称:A)〉は平和のために尽力していたが、非超能力者を支配して人類のトップに立とうと企む〈超能力者至上主義集団(仮称:B)〉がたびたび暴動を起こしていた。そして、超能力者は間違った進化を遂げてしまったものだから粛清すべきであると主張する〈非超能力者至上主義集団(仮称:C)〉による超能力者狩りも年々激化し、世界は混迷の一途を辿っていった。
BとCは考えた。世界が激変したきっかけでありAのトップでもあるドクターKをどうにかしてやれば、この世は我が手中に収まるのではないかと。しかしながら、殺してしまっては極端な歴史改変がなされてしまい、自分たちにも大きな影響が出てしまうことは必至である。……だったら、ドクターKの人生をちょっとだけ変更してやろう。それで上手く行かなかったら、そのときは仕方がないから殺せばよい。――こうして、BとCは刺客を過去に送り込むことにした。Aに属する我々は、そんなBとCの企みを阻止するべく、過去でも現在でも戦い続けるのだった。
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「なあ、さっきお前の話聞いてたときも思ったんだけどさ、こういう映画、あったよな? 今のこの映像も、すっごく見覚えがあるんだけど。何ていう映画だっけ。ほら、えっと――」
淡々と機材を片付ける舞菜に、俺はしかめっ面でそう言った。すると彼女は疲れ切った半笑い顔で「映画ではなく、事実です」とポツリこぼした。思わず、冗談だろという意味合いの半笑いを俺も浮かべた。彼女は表情を変えることなく、俺の目をじっと見つめてゆっくりと口を開いた。
「残念ながら、事実です。ちなみにこれ、私たち護衛官が研修の一番最初に見せられる教材のプロローグね」
「えっ、じゃあ、あのKってのは未来の俺――」
俺は不謹慎にも心がときめいた。Kは俺のイニシャルなのだ。まさか、いつかは俺も超能力に目覚める日が来るだなんて! しかし、舞菜はそれを否定するかのようにぴしゃりと「鏑木です」と返してきた。
未来では、敵が多く命を狙われることも多かろうということで、鏑木は表立っての活動はしていないそうだ。しかし、それだと支援者の心が動かしづらいということで、鏑木に近しいメンバーの数名が仮面をつけて〈ドクターKの使者〉を演じているらしい。そのうちのひとりが、なんと俺なのだという。
BとCの人たちは〈本物のドクターKは誰なのか。使者の中にもしかしたら本物が混ざっているのではないか〉と疑ったそうで、過去の事象を解析したそうだ。そしてドクターKと思しき人物のプロフィールや評判なども含め研究した結果、彼らは俺が本人であるという結果を出したらしい。
「ドクターKが『覚醒して〈人々を導く清き賢者〉となるまでは、エロ方向にしか超能力を使っていない』というのもバレてまして。――で、バカブラが超能力で起こした事象の一番近くにいたの、常にあんたなのよね。本人ではなくて。あんた、あいつのせいでエロキングの名をほしいままにしているでしょ? それでもって、イニシャルも同じKでしょ? だから、勘違いされちゃったみたいで」
「はっ!? めっちゃ理不尽!!」
「もちろん、エロがドクターKの超能力開発に繋がっていたというのも敵方にバレてるから、だから〈魔法使いになる前に、普通の人にしてやれ〉ってことで、襲撃方法が〈貞操を狙う〉というなんとも下品なことになっているという、ね……」
「もしくは〈男としての死を狙う〉わけだろ? すげええげつないし、迷惑極まりない!」
俺が声をひっくり返して憤ると、舞菜は苦笑いを浮かべて小さく「だよねー」と呟いた。そして、気まずそうに再び口を開いた。
「これ、バカブラには絶対に内緒にしてよね。あいつ、あんたのこと大好きすぎるから、この事実を知ってムッツリ卒業のために彼女作りに躍起になられても困るし。――バカブラがムッツリを卒業したらどうなるかシュミレートしてみたらさ、人口大爆発が起きて食糧難っていう結果が出たのよ。このままあいつに聖人となっていただくのと、あいつを快楽に目覚めさせてクズの種馬にするの、あんたならどっちがいい?」
「うわ、それ最低だな。ていうか、それも漫画か何かで見たことある未来図だわ。何なんだよ、あいつ。どうあがいても〈主人公〉かよ」
俺が顔をしかめると、舞菜は疲れ果てたと言わんばかりの苦笑いを浮かべて言った。
「まあ、そんなわけで、最悪命の危機だから、くれぐれもハニートラップにわざと引っかかってやれば回避できるとは思わないでね。理不尽なことが満載の毎日でしょうけど、危険なことが起こりそうなときは、私と仲間があんたのことを何が何でも守るから。だからその……、めげることなく、気を強く持って生き抜いて」
あまりの理不尽さに、俺は思わず眉根を寄せたまま目をひん剥いて口をあんぐりとさせた。しかし脳裏にひと筋の光が差し、一転して明るい表情を浮かべた。のっそりと立ち上がって自室へと戻っていこうとする舞菜に笑顔を向けると、俺は彼女に尋ねた。
「あ、でもさ、鏑木の代役を務めるくらいなんだから、俺もいつかは超能力でかっこよく敵をなぎ倒せる日が来るんじゃ――」
「ない」
「えっ?」
「ない」
「えっ、いや……。えっ……?」
「ない」
同じテンポで繰り返される「ない」に、俺は少し物悲しい気持ちになった。俺が押し黙って肩を落とすと、彼女は念を押すかのように追撃してきた。
「全くもって、欠片も、ない」
彼女はそう言い終えると、うなだれるように背中を丸めて静かに自室へと戻っていった。俺はドアが閉まるのを見届けると、枕の位置を丁寧に直し、哀しみとともにひっそりと布団へと潜り込んだのだった。