ねえ、ヤるの? それとも… (3)
勝てると思ったんだ。勝てると思ったんだよ。だって、あのゲームは初期シリーズから全部持っていて、アホかってくらいやりこんでて裏技だって熟知してたんだから。だから今回こそはあいつに痛い目を見させてやれるなと思ったんだ。それなのに、イケメンはこんなところまで神に祝福されてるのかよ。それとも、何か新しい超能力が発動して、それがあいつを勝利に導いたのか。紐パン絡みなんだ、それもないとは言い切れない。
そんなことよりも。今はこの事態をどう切り抜けるかだ。
「ねえ、どうするの? ヤるの? 殺られるの?」
「えっと、あの、そうは言ってもですね……」
そうは言っても。全男子生徒ならびに全男性教師の女神がお誘いしてくださってるのはありがたいことなのだろうけど。実はこっそり、藤村先生いいななんて俺も思ってはいたけど。残念なことに、こんなデッド・オア・アライブな状況下で下半身が元気になれるほど、俺はMな性格ではなかった。
俺が答えに窮して口をつぐむと、先生は妖艶な笑みを崩すことなく言った。
「ああ。そういうことね。大丈夫よ。先生、対処法知ってるから」
「えっ。ちょっ。対処法って何ですか!」
その〈対処法〉とやらが何やら良からぬもののような気がして、身をかがめて顔を寄せてくる先生から逃げるように、俺はずるずると戸棚のほうへと移動した。
タイミングよくドアをノックする音があった。しかし、先生はそんなのも気にすることなく、俺の動きをトレースする。すると、急に開いたドアが先生を突き飛ばした。
「あ、な~んだ。やっぱりいたんじゃないですか。……って、あれ? 先生?」
ドアのほうを見上げると、そこには俺の従姉妹様が立っていた。従姉妹様――舞菜は、床に倒れ伏した担任を不思議そうに見つめて首を傾げたあと、俺の存在に気づいて顔をしかめた。まるで、こぼれた牛乳を拭いた後の濡れ雑巾でも見るかのような目をして。
「何であんたがここにいんのよ」
「いやあの……。お前こそ何しに来たんだよ」
ここで本当のことを言うのは憚れるから、とりあえず彼女の用件を聞いてみる。すると、舞菜は思い出したかのように「ああ、そうそう」と声を上げると、つかつかと室内に入ってきた。
「日誌書けたから提出しようと思って職員室に行ったら、準備室にいるって聞いたから」
不意にも突き飛ばしてしまったことを謝罪しながら、舞菜は先生に手を差し伸べた。そして先生は彼女の手をとり立ち上がると、何事もなかったかのように日誌に目を通してニコリと微笑んだ。
「問題無いわ。戸締まりはもう終わってる?」
「はい。もう教室の鍵も職員室に返してあります」
「ありがと。じゃ、もう帰っていいわよ」
舞菜は元気よくさよならを言ってドアのほうへと振り向くと、不機嫌そうに俺を睨んだ。そして俺の手首を掴むと、いまだ戸棚とお友達状態の俺を無理矢理に立たせた。
「ほら、和馬も。用事ないなら帰るよ!」
俺はたどたどしく返事をすると、舞菜に続いて部屋を出ていこうとした。すると先生が俺を呼び止めた。恐る恐る振り返ってみると、先生はまたあの妖艶な笑みを浮かべていて、音にはせずに口の動きだけで「ま た ね」と言った。俺は恐怖のあまりに立ち止まって唾をゴクリと飲み込むと、そそくさと部屋から出て行った。
**********
「で、あんた、うちの担任と一体何してたのよ」
帰り道。舞菜の質問を無視し、彼女から視線もそらしていると、彼女は眉間のしわをさらに深めて通学カバンで俺をぶん殴ってきた。黙っていると何度も何度もカバンをぶん回してくるので、俺は観念して、とりあえず鏑木との賭けの話だけをした。――舞菜は、俺以外で鏑木の能力について知っている唯一の人間だった。
舞菜は深くため息をつくと、呆れ眼で俺をじっと見つめた。
「本当にそれだけ?」
たまにだが、舞菜はこうやって人の目をじっと見つめてくる。きっと彼女のクセなのだろう。こうじっと見つめられていると心がざわざわとしてきて、一瞬邪な思いが浮かびそうになるから困りものである。しかし、彼女にそれを感じるのは何だかいけない気もするのだ。そうしてもやもやとしていると、それを見透かしたかのようにまたひと殴りされるのだが、本当に痛いからやめて欲しい。
俺が必死に頷くと、舞菜は「ふ~ん」と言ってそっぽを向いた。まるで、別のことに興味が向いたとでもいうかのようだった。
舞菜は父方の従姉妹で同い年だ。中三の頃に両親が不慮の事故で亡くなり、我が家で一緒に生活することとなった。
はっきり言って、舞菜は可愛い。成績もそこそこに良いし、運動神経も抜群。一緒に住むまでは薙刀だか棒術だかを習っていたみたいで、今でも朝早くに庭の軒先で朝練よろしく棒を振り回している。――なお、彼女は毎朝、棒を振りかざすたびにトレードマークの明るい茶髪のポニーテールを揺らしているのだが、揺れるお宝のほうは拝むことが叶わなかった。俺には凶暴という難点の他に、彼女はちっぱいという悲しみを背負っていたのだ。
そんな難点はさしおいても、真剣な表情で汗を流す彼女のその姿は見惚れてしまう何かがあった。だから、ある日突然年頃の女の子と生活することとなった俺にとって、本来であればとても刺激的な存在のはずなのだ。――しかし、どうもなあ。何というか、我ながらもったいないものである。