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ねえ、ヤるの? それとも… (2)

事の発端は、鏑木の「ゲームをしよう」という提案だった。

 鏑木とは幼稚園の頃からの幼馴染で、小・中・高と長いことつるんでいる。こいつがまあ、いわゆる〈主人公級スペック〉で、顔良し・頭良し・運動神経良しの三拍子が揃っている。もちろん、主人公にはお約束の〈特殊能力〉なんてのも備わっているから憎らしい。


 あれは中学二年の頃だったか。鏑木がある日突然、俺は超能力に目覚めたなどと言いだしたのだ。あのときは、中二だけに厨二を発症したのかと本気で心配したものだ。で、どんな能力かと尋ねてみると、あいつはドヤ顔で言い放った。



「女子の穿いているおパンティーが、紐パンか否かが解る」



 正直、熱でもあるのかと思った。しかし、あいつは俺からの〈痛々しいものを見る目〉にもめげずに主張を続けた。

 女の子のスカートの中はどうなっているのか。どんなパンティーなのか。そのパンティーはどのようなパラダイスを包み隠しているのか。そこにある秘密の花園には、どのような花が咲き誇っているのか。その花を、一目でいいから拝みたい。というか、中身も大事だがやっぱりパンティーも重要だ。普通のも捨てがたいが、Tバッグや紐パンも良い。むしろ、紐だ。紐が良い。その紐をそっと解いて、大人の色香に惑わされたい。――そんなことを悶々と考えていたら、この能力に目覚めたのだと言う。うっとりとため息をつきながら恍惚としている鏑木を、俺は適当にあしらった。しかし、鏑木は後日こんなことまで言いだした。



「紐パンを穿きし者のスカートに限り、念力で捲り上げることができるようになった」



 取り合わない俺の手を引っ掴むと、鏑木は俺を繁華街へと無理矢理連れて行った。そして、鏑木は精神統一するかのごとく深くゆっくりと息を吸って吐くと、目を見開いて渾身のガッツポーズを決めた。あいつのガッツポーズに合わせるかのように、道行くお姉様がたのスカートがぶわっと捲れ上がり、方々で悲鳴が上がるさまは壮観だった。ぽかんと口を開けて呆気にとられている俺を見た鏑木は、再び小さくガッツポーズをとった。


 それ以来、鏑木が意図的に起こすラッキースケベに度々遭遇することとなるのだが、これが正直オイシイとは言えないもので。学校でも、ませた女子の一部が紐パンを穿いてきていたのだが、彼女らとすれ違うたびに鏑木はラッキースケベを起こした。そして悲しきかな、被害に遭った女子の全てが俺をスカート捲りの犯人だと思い込んだ。鏑木が犯人だと俺が言ったところで女子どもは「鏑木君がそんなことするわけがない」と聞く耳もたず、俺はエロキングの名を授かるという不名誉を得ることとなった。


 またある日、陰で密かにゴリと揶揄されている柔道部の厳つい女子が紐パンを穿いてきて、それにより俺はさらなる災難に見舞われた。例のごとく、あいつは面白半分にラッキースケベをそのゴリに対しても起こした。俺は見たくもないものを見せられて、正直吐き気すら催した。――名誉のために言っておくが、これは〈相手がゴリだから〉ではない。童貞臭いと言われるかもしれないが、俺は〈気になるあの子〉のものこそ至高と思っているので、それ以外は全く見たいとは思わないのだ。もしくは〈オイシクないラッキースケベ〉で疲れきったから、そう思うようになったのかもしれない。

 まあ、とにもかくにも、鏑木はそんな不憫な俺を見て大いに喜んだ。そして、当然のごとくゴリは俺が犯人だと思い込んだ。阿修羅と見紛う出で立ちで詰め寄ってきたゴリに怯えて目をつぶった俺は、この後とんでもない仕打ちを受けることとなった。――ゴリに唇を奪われたのである。どうやらゴリは俺に惚れていて、自分がスカート捲りのターゲットにされる(つまり、女子として扱われる)日を心待ちにしていたそうなのだ。そしてその日がとうとう訪れたことに舞い上がり、思わず俺のファーストキスを奪ったのだという。その後しばらく、俺はゴリに付き合おうだ何だと言われて散々つけ回された。全力で逃げ回る俺を見て、鏑木は楽しそうに腹を抱えて笑っていた。あの事件は、今でも俺の心に深い傷として残っている。


 こいつと居ると、こういうことが日常茶飯事だ。しかしながら、何だかんだ言って気の良いヤツのため、付き合いを続けている。頭の中がスケベでいっぱいだという残念なところを抜かせば、あの三拍子に見合う王子様のような性格をした良いヤツなのだ。ちなみにどのくらい残念かというと、その隠れスケベが災いして、今まで付き合った女の子の全てに「付き合ってみて分かったけど、そこはかとなく気持ちが悪い。何か、生理的に無理」と言われて、即行で別れを告げられている。

 それでもそれ以外の女子からは変わらず〈理想の王子様〉と思われており、ヤツの真実が拡散されないというのは腹が立つし、彼女すらできたことのない俺からしたら、彼女ができるだけでも羨ましい。だが、ほとばしるむっつり臭が漏れ出過ぎてキスすら未経験な残念王子のことを、実はほんの少しだけざまあみろと思っているのは内緒だ。




   **********




 ―――話を戻そう。事の発端は、鏑木の「ゲームをしよう」という提案だった。昨日、俺は鏑木の家で宿題を見てもらっていた。どうしても授業で分からないことがあり、頭のいい鏑木様に教えを乞うていたのだ。あともう少しで宿題が終わるというところで、俺よりも遥かに早く宿題を終わらせていた鏑木がぽつりと言った。



「なあ、和馬(かずま)、ゲームをしよう」


「んー、あともうちょいで終わるから、それまで待って」


「もう待ち飽きたよ。あとは自力でできるだろうし、帰ってからでもいいだろ? なあ、ゲームをしよう」



 言いながら、鏑木はゲーム機をセッティングし始めていた。拒否権がないことを知ると、俺は諦めて筆記用具を片づけた。

 鏑木が選んだゲームはレーシングゲームだった。配管工やらお姫様やらモンスターやらがゴーカートに乗ってレースを行う、お馴染みのアレだ。鏑木は現在このゲームがマイブームらしく、先日新作が発売された際に初めて購入してプレイしてからこのかた、ずっとやっているらしい。誰かと対戦してみたかったと言いながらいそいそとゲーム機の電源を入れた鏑木は、コントローラーを差し出しながら付け加えた。



「せっかくだから、何か罰ゲームを用意しようぜ」


「罰ゲーム? どんなよ」


「えっと、じゃあ……」



 思考を巡らせて視線を宙に投げた鏑木は、何か思いついたのか、すぐさまニタニタといやらしい笑みを浮かべ始めた。整った顔と良い性格が台無しになるほどのゲスな笑顔だった。これはまたスケベなことを考えているなと思っていたら大当たりで、鏑木はうっとりとした顔でこう言った。



「英語の藤村さあ、紐パンなんだよな」


「は?」


「紐パンマイスターの俺には解ってる。藤村は紐パン。いつでもどこでも毎日紐パン。藤村、紐パンなんだよ……」


「で?」


「捲りたいんだけど、ピッチリとしたスカート穿いてるから、念力では捲れないんだよな。だからさ、負けたやつは藤村に『先生のおパンツ見ぃ~せて』って言いに行き、どんな紐パンか確かめてくるってのはどうだろう?」



 至極真面目な表情で阿呆なことを言ってのけたイケメンを、俺は呆気にとられた顔で見つめた。

 鏑木のような、老若男女問わずが思わず見惚れるようなイケメンだったら、そんな阿呆なお願いをしても許してもらえるだろうし、願いを叶えてもらえるだろう。それ以前に、そんなの、そんなことをしたら、ただの変態じゃないか。何を言っているんだ、こいつは。


 しかも、そんなことをして、仮にそれを受け入れてもらえたとして、でもそんなことをしたとバレた日には学校にいられなくなるじゃないか。それどころじゃなく、社会的にも終わる気がする。本当に、何を言っているんだ、こいつは。

 しかし、こいつの頭はもはや藤村の紐パンでいっぱいになっているらしく、そんな心配事は微塵も浮かばないようだった。きっとレースに違いないだの、色は黒がいいが赤も捨てがたいだの、恍惚の表情でぶつくさ言っている。



「そんなに知りたいんだったら罰ゲームにするんじゃなくて、自分で聞きに行けばいいだろ」



 あんまりな提案に、俺は頭を抱えてそのように言い返した。すると鏑木は、しれっと真顔で即答してきた。



「いや、さすがにそれは俺の社会的何かが終わる。俺はまだ、こんなところでは終われない」


「何かが終わるという理解はあるのか。ていうか、俺なら終わっていいってか。俺だってまだ終わりたくないわ」


「いやいや、お前は終わることないだろ。だって、エロキングの名を欲しいままにしているからな。もうすでに、落ち切っている」


「誰のせいだ、誰の!」



 俺は思わずコントローラーの持ち手の先で鏑木の額を突いた。そして呆れ気味に深い息をひとつ吐くと、ニヤリと笑ってあいつに言ってやった。



「いいぜ、その賭け、乗ってやるよ」

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