もうすぐ姫の誕生日
もうすぐ姫の誕生日。平日なのでボクも姫も仕事なのだけれど、ボクは時間を作って会いに行こうと思う。何かプレゼントを用意して。
『誕生日の日にプレゼントを渡しに行きます』
姫にLINEする。すると、姫から返信があった。
『仕事中だと話も出来ないので、終わってからお茶でもしましょう』
『それは嬉しいです。では、姫が終わる時間にいつもの喫茶店で待っています…』
姫が仕事を終えた後で会うことになった。どうせなら乾杯したい。でも、仕事中にお酒を飲むのはちょっとまずい。だったら…。ボクは思い切って午後から休みを取った。
『午後から休みを取ったのでビールで乾杯しましょう』
そう返信した。
『休みを取ったんですか! でも、私はあまり長くは居られませんよ』
『解っています。ただ、姫の誕生日なので乾杯したいんです』
姫は家族をとても大事にしている。毎年家族で誕生日のお祝いをしていることも知っている。だからプレゼントを渡して乾杯だけしたらボクはもう満足だし、姫の喜ぶ顔が見られるのなら、それだけで幸せだから。
『では、乾杯しましょう』
『はい』
そして、プレゼントは当日の午前中に買いに行くことにした。
姫の誕生日を翌週に控えた週末。姫からLINEが来た。
『誕生日の前日は普通にお仕事ですよね?』
『そうですけど、それがどうかしたんですか?』
『実は急にお休みになったんです。なので、その日に会うのはどうかなと』
『いいですよ。午前中は予定があるので、休みを変更してその日の午後を休みにします』
『いいんですか?』
『はい』
そして、姫も午前中は買いたいものをしたいのだということで、11時半に待ち合わせる約束をした。ボクも午前中の予定を終えてからでも11時半なら何とか間に合うと思った。
当日。予定していた仕事を10時半に終えた。それから移動すれば待ち合わせの時間には十分間に合う。ところが…。
「しまった! プレゼントをまだ用意していない」
元々誕生日当日の午前中に買いに行く予定だったから、まだプレゼントを用意していないことに気が付いた。ボクは待ち合わせ場所へ向かうルートを思い浮かべて、どこで何を買えるかを考えてみた。
「よし! これでいこう」
最短ルートからは外れるけれど、姫が好きなバウムクーヘンを買える店が東京駅にある。その店には珍しいバウムクーヘンの端っこのMIMIというのを販売している。これは珍しいし、美味しいから姫もきっと喜んでくれるはず。
買い物を終えて時間を確認。ちょっと遅れるかもしれない。時刻表を検索すると到着予定時刻が11時32分だった。その旨を姫にLINEした。
『大丈夫ですよ』
待ち合わせ居場所の駅の改札を出る。姫の姿が無い。出口を間違えたのかと不安になっていたところに姫がやって来た。
「ちょっと時間をつぶしていました」
そう言って微笑む姫にボクはドキッとする。こんな風に会うたびにボクは姫に恋をする。
「では、少し早いですけどお昼にしますか?」
「はい」
ボクたちは駅に隣接する建物のレストラン街へ向かった。
「何を食べましょうか?」
「姫が食べたいものなら何でもいいですよ。誕生日なんですから、姫が好きなものを食べましょう」
レストラン街に立ち並ぶいくつもの店をのぞきながら思案する姫。
「どれも美味しそうで決められませんね。どうしましょう?」
「では、天ぷらを食べましょう」
「はい。では、天ぷらにしましょう」
そして、天ぷらの店に入る。カウンター席に二人並んで座る。目の前で天ぷらが揚げられているのを見るのが姫は好きだ。
「ビールも注文しましょう! 乾杯しなければなりません」
「そうですね」
ボクたちはお昼の御膳と生ビールを注文した。そして、ビールが運ばれて来ると、早速グラスを合わせた。
「誕生日おめでとうございます。1日早いですけど」
「ありがとうございます」
「では、乾杯!」
それから、カウンターに置かれている数種類の塩の中から好みのものを選んで揚げたての天ぷらを塩で順番に頂く。
「やっぱり目の前で揚げてもらった天ぷらは美味しいですね」
「はい」
こうして食事を終えると姫は満足そうに微笑んだ。
「では、そろそろ行きましょうか」
「はい」
店を出て時間を確認する。まだお昼過ぎくらい。
「買い物は済んだんですか?」
「まだです」
「では、お付き合いさせてもらってもいいですか?」
「もちろんです。すぐに済みますけどね」
買い物は姫が言った通りすぐに済んだ。
「さてどうしましょう? お茶でもしますか?」
「はい。お茶しましょう」
「その前にドーナツを買って帰りたいのでドーナツ屋さんに寄ってもいいですか?」
「いいですけど、ボク、バウムクーヘンを買ってきましたよ」
「本当ですか! それは嬉しいです。でも、ドーナツは家族へのお土産なので。私はそれを頂きます」
ドーナツ屋さんで姫は家族の人数分のドーナツを買った。それから、ボクたちは姫が以前行ったことがあるというカフェに行った。そして、小一時間二人で他愛のない話をしながらも楽しいひと時を過ごした。
帰りはボクが乗るバスのバス停まで一緒に歩いた。姫はバスが来るまで待っていてくれて、バスが来てボクが乗り込むときに手を振ってくれた。ボクも手を振ってバスに乗り込むと席に着いてから再び窓から外の姫に向かって手を振った。
バスが発車して姫の姿が見えなくなると、急に現実に引き戻されたような気分になった。ついさっきまでのことがまるで夢でも見ていたかのように。
姫と会っている時はいつもそんな気分で居られる。だからボクは何度でも姫に会いたい。