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あの日のかくれんぼ

作者: いのそらん

小説投稿サイト小説家になろうが主催する、夏季の期間限定企画の「夏のホラー2021」の参加作品です。


題材は、「かくれんぼ」です。


 東京の中野区、都会のど真ん中にあるにしては田舎臭さが残る、そんな街のはずれに、何棟か公務員宿舎と妙正寺川に挟まれた小さな三角形の公園があった。

 地元の子供達からは『三角公園』と呼ばれている公園である。


 取り立てて変わったところがあるわけではなく、大小2つのブランコと砂場、高中低3つの高さを持っている鉄棒、そしていくつかのベンチ、いつも汚い公衆トイレが設置されている本当になんの変哲もない、ただの公園だ。


 すぐ近くにある小学校の下校時間ともなると、小さい公園ながらも、公園のそばに住んでいる子供達だろうか、いつも10人前後の 子供達で賑わいを見せる。


 今日も男の子5人と女の子3人の二つのグループと、それらのグループに入っていない数人の子供達がワイワイと騒いでいた。

 女の子のグループがふざけた笑い声をあげたとき、男の子のグループの中でも一番体格のいい1人が、


「かくれんぼやろうぜ!」


 そう声を上げた。

 ここ最近、この公園では『かくれんぼ』が流行っているのだ。他の公園でのかくれんぼがどうかは知らないが、この公園でのかくれんぼには2つのルールがあった。


 それはこの公園の立地が多いに関係していた。公園の東側には、太い道路を挟まず、戸数こそ違え、そこそこ大きな公務員宿舎が4棟建っている。

 

 それぞれの宿舎は、物置、駐車場、自転車置き場、ゴミ捨て場、家庭菜園ができそうな住民専用の庭があった。その庭には、柵の代わりにもなるようにと、たくさんの木々が植えられていた。そうそう、それと忘れてはいけないのが 2号棟と4号棟のゴミ捨て場の脇にある焼却炉である。


 今はだいぶ無くなっているとは聞いているが、当時の小学校や大きな団地等には焼却炉のある所が多かった。まだリサイクルという考えが、あまり一般的ではなかったあの頃は、『燃えるものは燃やしてしまえばいいんだ』そんな風潮があったのかもしれない。


 そして公園の西側は、冒頭でも話したが、妙正寺川という、子供達の感覚でいえば、いわゆる『ドブ川』が流れていた。実際にはそこそこの川幅があり、一応一級河川である。水量もそこそこだ。近隣の住民の憩いのためだろうか、川に降りるスロープも用意されており、スロープを降りると、背の高い葦の草むら、下水の流入口、用水路が流れ込んでいる合流口、そしてそれらの流量や水量などを調節するためだろうか、よく海岸などに設置されているテトラポットの小型のものが、規則正しく並べられていた。


 話をこの公園の独自ルールに戻そう。公園そのものには、隠れるところがそんなにあるわけではなかったが、少し範囲を広げてあげると、子供の小さな体であれば、数え切れない隠れ場所があったのだ。だからこの公園で行われるかくれんぼは、公園だけではなく、その周囲の一定範囲をかくれんぼの対象としていた。


 とはいっても、見える範囲全てがかくれんぼの対象エリアというわけではない。公園の東側は公園に一番近い公務員宿舎の4号棟の敷地内まで、西側は川へ降りるスロープとその周辺の3つのテトラポットの辺りまで、と決められていた。もちろん子供達が作ったルールである。そんなに厳密ではなかったが、何度かかくれんぼをして遊んでいるうちに、自然と子供達が『一定時間内に探せる範囲』という曖昧な感覚で決まったものであった。


 具体的な時間で何分ということはできないが、『学校が終わってから公園に集まり、そして辺りが暗くなり始めるまで』そんな感じの時間感覚で決められていた。


 公園の中心寄りの長いポールの一番上に、これも当時の話にはなってしまうが、小学校の建物の校庭側の高いところによく設置されていたような白い文字盤に黒い針の時計、それと見た目同じような時計があった。それは公園の中からであれば、どこからでも視界に入るように備え付けられてはいたが、子供達はこの時計を見て時間を計っているわけではなかったので、当然、このかくれんぼ捜索時間、そう『一定時間』は、冬は短く、夏は長かった。

 今となっては、この夏の長い捜索時間が恨めしい。


 もう1つルールがあった。この公園で遊んでいる子供達は、学年も違えば、グループも違う。時には、いわゆる一見さんの子供もいた。時には10人を超える、そんな大人数で、かくれんぼが遊ばれていたのだ。


 交友関係のある子供達だけでかくれんぼをすれば、誰が見つかっていないのか、すぐわかる。しかし、この公園では誰かが音頭をとれば、知らない子達も混じって一緒にかくれんぼをする。そうすると、最後まで見つけてもらえない可哀想な子が出てきてしまう事になる。


 そこで、この公園では、知らない子が入ったり、参加する人数が9人を超えた場合は、自分の学校章を鬼に預け、見つかった子に鬼がそれを返していく。そうすれば、残っている校章を見て、『まだ見つかってない子がいる』それがわかるという仕組みだ。


 『こんなルール無ければよかった』


 そんな恨み言を再び言いたくなる。

 範囲と校章、とにかくその2つがこの公園のかくれんぼのルールだった。


 その日集まった子供達の数は、なんと13人もいた。最初からいた二つのグループに加え、いつの間にか公園で遊んでいたもう一つ男女混合のグループと、更に一見さんの子供2人が参加を表明したのだ。


 あの夏休みを目前に控えた暑い日、その日の『いいだしっぺ』である男の子、今回のかくれんぼのリーダーは、自分の目の前に集まった多くの子供達を目にし、少し興奮気味だったからであろうか。

 普段は鬼を決める時にはいつもじゃんけんをしていたのに、この時はそのリーダーが、


「最初の鬼は俺がやるよ!」

 そう得意気に、上気した顔で言ったのだった。


 子供達はルール通りに、自分達の校章を、今回のリーダーである鬼に渡すと、鬼は公園北側の入口にある大きなカエデの木の前に移動し、木の幹に頭を付け、百、数を数え始めた。それを確認した子供達は、それぞれ自分の狙う隠れ場所に向かって、一斉に散っていったのだ。


 今回のかくれんぼは、鬼が次々と隠れている子達を見つけることによって、順調に進んでいった。それでも後半になると、何人か、なかなかな強者がおり、見つけるのにちょっと時間を要する場面もあったが、まだまだ陽が傾くには大分余裕がある、そんな展開だった。そして最終的に未だ見つかっていない隠れている子は、あと2人を残すところとなった。


 問題はここからだった。どうしても残りの2人が見つからないのだ。先に見つかった子供達は、なかなか残りの2人が見つからないことに白け、見つかるまでの間、別のことで遊び始めてしまっていた者たちさえいた。

 それでも半刻ほど時間が 経過すると、もともと鬼と同じグループに居た男の子達が、


『今回負けじゃん』


 と言って、あちこちの方角に向かって、


「鬼の負け~」


 そう叫び始めたのだ。


 かくれんぼである以上、鬼が負けることもある。そういった場合は、こうやって未だ隠れている子供達に、鬼が負けたことを告げて自主的に出てきてもらうのだ。しばらくすると、別の遊びに集中しかけていた子供達も合流し、それぞれが散らばって、あちこちで、


『鬼の負けだよ』


 そう叫んでみたが、やはり残りの2人は出てこなかった。

 そのうち、誰かが


「初めてのやつじゃね?」

「ルール知らねえぇんだよ」

「帰るなら帰るっていえよ!」

「もういいじゃね?」


 等と言い始める。

 所詮は子供である。女の子達もそんな男の子達の勝手な言い分に迎合を始めてしまった。


 結局、子供達は、掛けた言葉こそ違うが、要約すると


『後は鬼さんよろしくね』


 そう丸投げして、かくれんぼの参加者はちりじりになってしまい、当然この日のかくれんぼも、お開きになってしまった。


 当たり前であるが、鬼の手の中には、まだ見つかっていない2人分の校章が残っていた。


 幸い、陽が暮れるまでまだ時間がある、いいだしっぺであり、鬼であったその男の子は、諦めたように残りの2人を探し始めた。顔も知らない2人だったし、明日が夏休み前最後の登校日だ。


『今日のうちに返しておいた方がいいだろう』


 そう判断したのだ。

 また、鬼であったその男の子は、他の子供達とは違ったもう1つの判断もしていた。

 確かに見たことはない2人だったが、かくれんぼの最中に勝手に帰ってしまう、そんなことはあり得ないように思えたのだ。


 今から思えば、この時点で残った校章を放り出して帰ってしまえばよかった。そうしたら今とは違った現在があったのだろうか。過去に戻ってやり直すことはできない。だから、それは誰も知らないことではある。でも、そう思わずにはいられない。

 だって、そんな現実が今、目の前にあるのだから。


 鬼の男の子は、右手と左手にそれぞれの校章を握りしめ、


「俺の負けだ。出てきてくれよ」


 そう言いながら、公務員宿舎の4号棟、特に焼却炉の周辺、そして川のスロープを降りたテトラポット付近を重点的に探した。

 結局2人を見つけることができず、諦めかけた頃 右の手のひらと左の手のひらに急に小さいズキンとした痛みを感じた。


 男の子が、左右の手のひらを開いて見てみると、右の手のひらには小さな火傷の跡のような水ぶくれができており、左の手のひらには水にふやけて皮膚が溶けたような、そんな傷が残っていた。


 男の子は、急に寒気を感じて怖くなり、2つの校章を草むらに放り投げると、そのまま家に帰ってしまった。


 男の子の両親は、帰宅した子供の両手のひらを見て、『どうしてこんな怪我をしたんだろう』そう訝しんだが、傷そのものが小さいこともあり、特にそれ以上気にすることなく、簡単な消毒をして薬を塗ると、


「気をつけなさいよ」


 とだけ、注意の言葉を口にした。

 男の子も特に事情を話すでもなく、


「わかったよ」

 とだけ返事を返した。


『もし、この時、居なくなった二人のこと』

『怪我をした原因が、その2人の校章かもしれないこと』


 詳細を話していたら、何か変わっていたのだろうか。

 やはり後悔は尽きない。


 その夏が終わりに近づくにつれて、両の手のひらの傷は回復を見せ、冬になる頃には怪我のことは忘れてしまった。


 翌年、あのかくれんぼ、そう2人を見つけることができなかった、あのかくれんぼ。そして、よくわからない怪我を負ってしまった、あのかくれんぼ。その日が近づくにつれて、両の手のひらにあの時と同じ傷が浮かび上がり、そして最終的にはそれは去年の傷よりも少しだけ大きくなったのだ。この年の傷も、秋になる頃にはすっかり良くなってしまい、冬には去年同様忘れてしまった。


 しかし、その次の年も、またその次の年も、その時期になると傷は少しだけ大きくなって姿を現すのだ。傷が10円玉ぐらいの大きさになるまでには数年掛かったが、その大きさになるとかなり痛いし、生活にも支障が出てきた。両親は、もちろん男の子を病院に連れていったし、原因がわからないと、いくつも病院を変えた。


 奇妙なことは、もう一つあった。

 あのかくれんぼの日、草むらに放り投げたはずの2つの校章。それが何度捨てても、いつのまにか戻って来てしまうのだ。意味がわからないかも知れないが、文字通りの意味である。


 戻ってくる方法も普通じゃない。

 寝ている間に、それぞれ右と左の手のひらの中に戻ってくるのだ。何十回、何百回捨てたことだろうか。今ではもう諦めて、机の中の引き出しの奥に放り込んである。捨てなければ戻ってくることもない。それに手のひらに戻ってきさえしなければ、傷はこれ以上酷くならない、そう信じていた時期もあった。

 だから、今もその2つの校章は、引き出しの中に静かに鎮座していた。

 小さな校章が鎮座しているとは、大袈裟でおかしな表現かもしれないが、捨てることもできず、朽ち果てることもなく、ただ存在感を伴ってそこにある。その姿は、まさに『鎮座』と呼ぶに相応しい。そう感じるのだ。


 そして、その2つの校章は 見た目でも、それぞれはっきりと異様さが窺えた。一つは焼け焦げたように墨にまみれており、もう一つは錆びて湿っており表面にはうっすらと苔が被っているのだ。

 何度拭っても、まるで生きているかのように同じように元に戻ってしまう。だから、今はもう何もせず、放置をしている。


 あの日、あのかくれんぼの日、何を間違ったのだろうか。全てが恨めしく、怨めしい。


 あれから30年が経った。


 その男の子、今はもう初老を迎えているその男性は、左右とも手首から先が無かった。今はもう手のひらは無くなっているというのに、あの夏の時期がくると、今でも傷は手首から上に向かって少しずつ広がっているのだ。いや、むしろ最近広がる速度が速い。


 手のひらが無くなった両手首に視線を落とした男性の耳元で、熱く、湿った声で、


『かくれんぼしようよ』


 そんな囁きが聴こえた。


 男性の両手首から先がなくなった、その数年後にはなるのだが、4号棟のゴミ箱の脇の焼却炉と、川に降りていくスロープ脇のテトラポットのあたりその両方で、『あの日のかくれんぼ』の何年か前に、子供の事故があったのだという話を知った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 普通に怖いです。 子供にかくれんぼ、すすめられない(泣)
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