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新しい音楽の道

 その一歩が次の一歩に繋がった、というのは今ここから彼女の闘病生活を振り返っての話だ。当時は彼女にさえ、自分がしっかりとその道を進んでいるかどうかさえわからなかった。

 年明けに、彼女は治療法を変えようと決めた。それが次の一歩だった。自分には効果がなかった投薬治療から、鍼治療や整体の専門医の元へ通うようになった。

 その主治医の早川先生は、彼女にこの世でまだ感じていない痛みを治療とともに与えた。須賀ハツミがこれまで知っている痛みは、せいぜい転んで膝やお尻をぶつけたぐらいで一週間もしないうちに痛みは消えた。しかしこの痛みは違っていた。熱が身体中に分散していく痛みであり、その余熱が寒い中でも力を持っていた。その痛みのせいで彼女は、今度は歩きづらさを感じた。その整体治療は、一週間に一度だった。それでもその治療はかなり効いた。その痛みがあればこそとは言いたくなかったが、彼女の発言からそういうしかあるまい。ついで治療費も目がくらむほどかかった。しかし彼女にとって、耳ほど体の重要な位置を占めている部位はなかった。それで治せるなら、身銭を切るくらい彼女にとっては重要ではなかった。音楽ほどは、という意味において。

 須賀ハツミが音楽活動休止を発表したのは、新しい治療を受け出した一月の初めだった。予定していたライブなどをキャンセルしたのは、事務所の判断も大きかった。彼女が難聴を患いながら歌い続けるのはどうあっても無理だったし、そこで休止期間を設ける判断は適切だった。もっと早ければよかったが、彼女はクリスマスの歌を歌うまでは事務所への報告はしなかった。

 その結果、彼女はこっぴどくスタッフからも注意を受けたが、その言葉に対する反論をするほど冷静さを失っていた。つまりそれぐらい彼女は音楽や歌に依存していたし、そうでなければ生きていけないほどに精神的に弱っていた。仕事が空になった彼女は、まず難聴を可能な限り治癒し、精神的な安定を手に入れることを目標とする生活を送った。そしてそのどちらにも彼女が歌おうとしている新しい音楽の道を思い描けないことには、その二つのクライマックスを越えることはなかった。難聴は整体治療と旅行によって、大部分は回復した。検査結果も良好の数値を示し、実感もするほど聴こえは良くなった。

 単純に言えば、奇跡的なほどに治療が上手くいった。それまで聴こえていた、あのつむじ風のような音。ヒュー、ピュー、ヒューという音は春に近づくにつれ、鳴りを潜めていった。毎日だったのが、一週間に四度、三度になり、日を追うごとに月に二回、ほとんど忘れてしまいそうになったときに一度あったぐらいで、一年を回る頃には、その記憶も薄れるほど回復してきていた。とはいえ、完治ではないとも彼女は十分理解していたが、以前ほどは冷静さをもった状態でそのつむじ風を受け入れていた。今まではそのつむじ風が自分を傷つけるものとしてもがいて、自暴自棄になるくらい抵抗した。結果として待っていたのは、より深く傷ついた自分の耳とメンタルだった。しかし次の冬になった時点で彼女はもうそのつむじ風を受け入れていた。絶対ヤバいと思いつつも、その風を厳しい冬の雪を伴った風として受け入れた。冷たく、人の体温と調子を削り取っていくつむじ風を彼女は受け止めた。もちろんただ次の季節の巡りまで放っておく、というわけではない。いつ自分が体調を崩しても対処する準備を入念にして、日々のチェックを怠らないようにしたのだ。体調も精神も落ち込むとあらかじめ想定した上での生活。もし彼女は自分が不調になってもいいように、その日以降の生活を考えた。それは自身が患ったストレス性突発性難聴に陥った際に、とてもよく学んだ。彼女はその一件に関する無理な行動、無駄な考えは可能な限り控え、自分へのダメージを最小限に留める選択を学んだ。そしてそれは彼女自身が歌うべき、新しい音楽の道に続いていた。

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