彼女たちの十二月二十四日
歌を一つ一つ残すことしか、病名を宣告されたあの冬の夜よりも先に進めないと思った。須賀ハツミはソングライターになって初めて、一人でクリスマスを過ごす日になった。少しでも気分を紛らわせようと大好きなクリスマスの料理を作った。ローストビーフや焼きチーズを載せたじゃがいものソテー、トマトとチキンとオニオンスープ、出来上がったばかりのロールパン、安いけどおいしいワインやジンジャエール。少し作りすぎたが、これから来る友人分と思えばちょうどいいだろう。
彼女の友人、双葉はクリスマスプレゼントの入った包みとケーキを持ってきた。二人で乾杯をした後、料理を食べながら話した。双葉の話を聞いて、須賀ハツミは久しぶりに笑った。
でも本当は彼女にほとんどの話は聴こえていなかった。それはもちろん須賀ハツミも、双葉にもわかっていた。それは二人が決して口にしないと決めた約束のようなものだった。須賀ハツミは自分の病気にはたとえ友人であれ、触れて欲しくはなかったのだ。かつて双葉が仕事上のミスで傷つき泣いた夜に、彼女はある種の傷はたとえ近しい人物でも、触れてはいけないと記憶していたからだ。そのとき彼女が双葉の傷口に触れても、許してくれたが、逆の立場だったなら、果たして自分にはそれが出来ただろうかと思う。しかしそれでも、二人で同じ部屋にいる以上、触れずに話を終わらせるのは難しい。そこで二人は自分たちにしか通じない言葉で会話を始めた。とても小さな声で始まった会話は、私にすら聞こえない秘密の会話だった。世界の深遠さでも話し合っているかのようにその表情は二人とも真剣で、切実だった。
その会話が終わると、双葉はネットラジオを繋ぎ、そこで歌われているたくさんのクリスマスソングを聴こうと言った。須賀には、その歌の全ては聴き取れなかった。だが双葉は歌のリズムやハーモニーを指でとんとんと叩いてそのリズムを彼女に教えた。指でハツミの腿をタップし、その歌がどんなレコードかを教えた。ハツミの耳では聴き取れ切れないクリスマスソングを、双葉がジェスチャーで埋めたのだ。後の足りない部分は、スマホのメモや拍手のタイミングでそれとなくそれがどんな歌かわかった。須賀ハツミは、ギターを手にした。実はもうずっとギターには触れていなかった。正確に言えば、ギターに触れるのが怖かったのだ。歌うのだってもうずっとためらっていた。
須賀ハツミは、大抵のクリスマスソングを知っていた。だから双葉が教えた最初のリズムでおおよその曲は弾けたし、少しずつではあるが歌を歌った。二人で歌えば、歌えなかった歌も怖くなく歌えた。
双葉が部屋を去っていった前に、彼女はクリスマスプレゼントの包みを開けた。中に入っていたのは、マフラーは彼女のお気に入りのブランドのものだった。それはプレゼントにはちょうどよかった。というのは、何日か前に彼女はそのマフラーをなくしていたからだ。
須賀ハツミは、双葉が欲しかったというノルディック柄のニットをプレゼントした。
彼女たちの十二月二十四日の夜は、そのようにして終わった。