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彼女をここまで導いてきたソングライン

 須賀ハツミがレスポールのソングラインを歩いている途中で、彼女の耳は聞こえなくなってきていた。音楽家がその耳を失うには、あまりにも早すぎた。まだ彼女は二十六歳だったからだ。それは死を宣告されたに等しかった。歌を歌うための道が音もなく、閉ざされていったのだ。それは去年の冬だった。ずっしりと重くて硬い雪が、彼女の足にまとわりついた。息も凍る寒さの中、彼女は次の街へ歌を届けに行く途中だった。


 彼女をここまで導いてきたソングラインは、気が付くと誰も歩いた形跡のない雪の道中に変わっていた。道は徐々に狭まっていき、やがて行き止まりになった。その寒空の下、かつて須賀ハツミの耳の中で鳴っていた溢れるばかりの歌は一つ一つ煙のように消えていき、最後には不吉な音楽が体内に流れていくようになった。冷気をたっぷりと含んだつむじ風のような、ヒュー、ピュー、ヒュー、という明らかに不自然な音や全く何も聴こえてこない状態、沈黙の音楽が溢れていった。

 彼女がそれまで歩いてきたソングラインは、あらゆる歌が、歌い継がれてきた道だった。須賀ハツミはその道を、自身の音楽生命におけるガイドブックとしていたし、何よりその道は旅の軌跡そのものだった。音楽と旅をしながら、地元の人たちと新しい歌を弾き語った。またその旅は夏に始まった旅で、部屋に戻ってきたらそこはもう冬が始まっていた。部屋に戻るまでの道は、沢山の落ち葉がすでに初雪に染まっていていた。その年、彼女は雪虫には一匹も出くわさなかった。彼女はそこから先に続いている道が、冬の静かな夜に響く音楽の道だと信じきっていたし、周りの人たち誰もがその音楽から生まれる暖かな火のようなハーモニーを求めていた。彼女たちみんなが口ずさめるようなたった一つのフレーズが、クリスマスツリーのイルミネーションのように街に続いていくものと信じていた。

 つまりそれぐらい彼女は音楽から一度も離れなかった。夏フェスで全く自分の音楽を知らない人たちの前で歌うのも好きだが、寒い国の顔の知れた人たちの前で歌うのも好きだった。そこは彼女の故郷だったし、友達やよくお世話になっているラジオ番組のスタッフもいた。とはいえ、ここは寒い土地で、油断すればすぐに風邪やインフルエンザに罹ってしまう土地だった。彼女ももちろん体調管理には、いつも以上に気を配って歌とギターを物語を語りに行く。須賀ハツミは寒い空気の中でに歌うのだってずっと好きだった。ある冬も、ラジオのクリスマスソング特集みたいに、ずうっと彼女はクリスマスソングの一曲一曲をみんなの前で弾き語ったこともあるぐらいの歌好きだ。

 ライブ当日。誰もが体を縮こまらせて、外の寒さから脱出しようとライブハウスに入り、彼女の登場を待っていた。須賀ハツミとバンドメンバーたちがステージに登壇し、歌い始めると彼らは寒さなどなかったかのようにその歌に身を委ね出した。焚火のように、それはぬくぬくして生きている。熾された火のあのオレンジの光のゆらめきを見てその光景を目に焼き付けるように耳を澄ませたり、踊ったり、歌ったりする。

 彼女たちは彼らのそんな景色が好きだったし、そのために何度も冬の国で歌を歌いに行った。だが、ある日のライブが終わった後、彼女はホテルでその左耳に違和感を覚えた。

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