サージャとギルス3
ここまで戻ってきたぞ~
キルギスが、大きく一歩踏み込み、頭上から戦斧を振り下ろした。
何かが来る。
直感に従ってギルスは後ろに飛んだ。
キルギスの打ち下ろした戦斧が地面を砕き、石の床を複数の石の礫に変える。戦斧が抜かれると、それは指向性を持ってギルスに襲いかかった。
大地の加護。
精霊と契約関係に無くても、銀の髪で無くても、イルカーシュの民は精霊の力を借り受ける事が出来る。程度はそれぞれ違えど、大体皆持ち得る力だ。
キルギスのそれは、小さな石を飛ばすくらいしか出来ない。しかし、それは戦闘において大変役に立った。
「チィッ!」
凄まじい速さで飛来した石。ギルスは空中で、咄嗟の回避行動が出来なかった。舌打ち一つで剣を振り、致命傷と思われる石だけを叩き落とす。残りの石が、腕や足を直撃し鈍い痛みが走る。しかしそれに構っている暇はない。
石の襲撃が終われば、石の陰から距離を詰めたキルギスの戦斧が来る。
「おーらよぉっ!」
球でも打つかの様に、右から戦斧が迫る。
ギルスは咄嗟に剣を盾にして受けたが、遠心力の乗った戦斧は、脇腹に食い込んだ。剣のおかげで内蔵までは達しなかったが、決して浅くない傷を負う。踏み止まることが出来ず、戦斧の勢いに合わせて左へ飛ぶ。そのままふっ飛ばされた。
「ッ!!」
転がって勢いを殺すとすぐに体制を立て直し、飛び出す。脇腹の痛みは構っていられない。キルギスはそこまで迫っていた。
「まだクソ坊主のままかよ!坊っちゃんよぉ!また地べたに這いつくばるかぁ!?オラぁ!」
ギルスは振り下ろされた戦斧を回避して、左へ回り込むと、剣を振り下ろす。
狙うのは腕だ。両手で振り回す戦斧の力を削ぐ。
「その減らず口、すぐ聞けなくしてやるよっ!」
戦斧を引き戻すタイミングを狙って、その腕を斬りつけた。
―――浅い
キルギスは、体を半回転させて回避すると戦斧を右から左へ持ち替えた。
ギルスはさらに踏み込んで、続けざまに下から斬り上げる。
キルギスの右腕が飛んだ。
「がぁっ!」
だが、直後に上から左手一本で戦斧が振り下ろされ、右肩に食い込む。
「っ!」
ギルスは飛び退って、戦斧が振り抜かれる前にその範囲を抜けた。
左肩が浅く切り裂かれた。だが戦斧は骨に当たっていない。鎖骨は砕かれていない。まだ腕は動く。
「くそっ!くそっ!俺の腕!持って行きやがったな!」
血飛沫を撒き散らしながら、キルギスは滅茶苦茶に戦斧を振り回す。
ギルスは冷静に、全て避けきった。
一度距離を置き、構え直す。
キルギスは追撃を仕掛けてきた。さっきまでの挑発する余裕は無いようだ。
「お前、そんなんだからサージャ様に嫌われるんだよ」
「そんなのってなんだ!すかした面しやがって!」
ブゥンと左耳を戦斧が掠める。
「すぐに余裕を失う所だ」
大振りすぎて、がら空きだった。
首に剣が吸い込まれ、キルギスの胴体と切り離された。
※ ※ ※
「ッはあっ、はぁ、はぁ」
服の上から、布をきつく巻いて脇腹の傷を止血する。
取り敢えず、深い傷はこれだけだ。後は放置する。
「・・・なぁ〜にが坊っちゃんだよ。大したことねえじゃねえかクソ野郎」
首のない胴体に悪態をつく。
キルギスが、グラーニ海軍を乗っ取った理由―――それは、サージャに求婚する為だったと言う。
そんなことの為に、父を殺し、母を死に至らしめたのか―――とは、思わないし思えない。
サージャの魅力は一種の麻薬だ。惚れ抜いて十年の自分が言うのだから間違いない。
ある夜会で、初めて見たサージャにキルギスは一目惚れした。
まだ七歳位の幼女に、だ。
奴は求婚出来る地盤を欲し、グラーニ海軍を乗っ取った。
その後、再び再開した夜会で、サージャに求婚。五分で振られたという。
十歳にもなってないサージャに求婚して、一体何がしたかったのか。
そりゃあ、五分で振られるってものだ。
だが、キルギスはしつこかった。
その後も折につけては求婚を繰り返し、振られ続ける。
ギルスが護衛に収まった後も、キルギスの求婚は続いた。
そこに付け込んだのが、カーリアスだ。
キルギスはカーリアスの右腕になることで、その地位を確たるものにした。
それでも、サージャは手に入らなかった。
業を煮やしたキルギスは、今回の反乱に乗った。乗って、サージャを手に入れると言った。
今回の計画が成功したら、サージャに薬を嗅がせてでも俺のものにするとほざきやがった。
その発言だけでも万死に値する。
ギルスより長い間、たった一人、サージャだけを思い続けていたなら純愛だと言いたいところだが、生憎とキルギスは所帯持ちだ。
サージャを愛人に、と欲していたわけだ。
「サージャ様に近づくクソ野郎を、俺が見逃すわけねぇだろ」
立ち上がり、踵を返す。
腹の痛みはまああるが、内臓は損傷してる様子はない。戦えたんだ。動けない事はないだろう。手足の動きも同時に確かめる。
―――問題ない。
「行きますか。お姫様を迎えに」
先程から焦げた匂いがする。
そう簡単にやられる人では無いと分かってはいるが、不安で心臓が煩いくらい脈打っている。
サージャが心配だ。
遺体を放置して、ギルスは走り出した。
※ ※ ※
「何だこりゃ!サージャ様!?」
王の間に到着すると、そこは既に一面炎の壁だった。
そのまま突破出来るか。否。炎の壁は先が見通せない程厚い。
「ックショウ!次の手、次の手・・・!」
壁はどこも登れそうも無い。
王の間は、王宮から渡り廊下で続く離れの建物だ。玉座こそあるが、そもそもそこは、この国の基盤となる、大精霊石を安置する場所である。箱型の、簡素な建物だった。
ぐるりと一周して、ギルスは再び入り口に戻った。裏口も駄目だった。
気配は建物の中にある。サージャが中に居るのは間違い無い。
炎からは、時折赤い精霊がチラリと姿を見せている。ならばこれは、カーリアスの力だ。簡単に突破出来ない。
「何か、何かないか!?」
焦って焦って、はたとその動きを止めると、急に踵を返して元の部屋に引き返した。
首の無い遺体が二つ、出迎える。
「悪いな、ちょっと漁るぞ」
軽く手をあわせて、血に汚れるのも構わず、遺体の荷物を漁り始めた。
「頼む、あってくれよ・・・!」
漁っているのは女の死体。サージャが斃した方だ。
この女、名をクリオラと言う。カーリアスに鍛えられた暗殺者だ。元は南の神殿騎士で、巫女の護衛を務めていた。何度か顔を合わせたことがあり、ギルスも覚えている。
だか、今重要なのはその事ではない。荷物だ。
腰に付いている袋を片っ端から引っくり返す。目的の物は見つからない。
「いいや、ある!あるはずだ!」
クリオラの懐に手を入れ、中を漁る。
冷たい感触の乳の間から、それは出てきた。
「よし!」
合計五本―――緑色の液体の入った透明で小さな管だった。
これは物を溶かす液体だ。
対象に投げて目くらましとして使ったり、住居侵入の際に壁や屋根、窓の鍵などを壊す際に使うものだと、サージャに聞いた。暗殺を生業としている人間が必ず持っている装備品の一つとして、教えてもらったことがある。
ギルスはそれを懐に入れ、クリオラの遺体の胸元を丁寧に元に戻してから離れる。
次にギルスが向かったのはキルギスの遺体だ。ただ、こちらは遺体に触れない。
「ちょっと借りるぞ」
戦斧を肩に担いだ。
そして、炎に包まれた王の間へ駆け戻った。
※ ※ ※
ギルスの唯一付けている指輪には、小さな風の精霊が住んでいる。
契約関係にある訳ではない。風の加護でもない。
この精霊は、サージャと契約を結びたがった数ある精霊のうちの一匹である。
サージャのそばに常にいるギルスの指輪に、なぜか宿った。少しでもサージャの近くに居たかったのだろう。その気持ちは分かる。分かるので、ギルスとは協力関係にある。
「悪い、少し力、貸してくれ」
指輪に軽く口づける。
紫の風が指輪から飛び出し、ギルスにまとわりついた。
こうすると、跳躍力が僅かに上がる。
あとは助走をつけて、勢いよく跳躍。
狙い違わず、ギルスはまだ炎の手が伸びていない屋根に飛び乗った。
箱型の建物の屋根部分は平だ。
「あっちだな」
さっきから、サージャの気配が動かない。
動けないのか、他に理由があるのかは分からない。
重傷を負っている可能性がある。
ぶるりと身を震わせて、ギルスは首を振った。
「大丈夫、大丈夫だ。まだ生きてる。気配はある」
目的地にたどり着いて、早速懐に入れた管を取り出し、慎重に自分の周りに円を描くように撒く。
シュウシュウと音を立てて、石が少し削れる。
更にその上を持ってきた戦斧で叩く。叩く。叩く。
叩いた周囲に大量のひび割れが起こり、どんどんボロボロになっていく。
「こんなもんか」
戦斧を放り投げて、ギルスはひび割れだらけの円の中心に立つ。
剣を抜いて、床に向ける。
「せぇの!」
剣を突き刺し、全体重で、思いっきり床をぶち抜いた。
ギルス、死体でも女の子には優しい。そこに手を入れるのはどうかと思うが。
試験管五本挟める胸ってどんなのかな。。。