水を待つ
『では、この配置で良いな?』
『おう。皆頼むぞ』
『心得ておるわ』
そう言って、火の玉を迎え撃つのは風の精霊が六人。
フィージアの八人の精霊のうち五人、それにジルージャだ。
『西のはあとどれくらいで着く?』
『仔細までは分からんが、もう間もなくだろうな。あやつ、水の中では我々より早いからな』
西の神殿―――北の神殿に風の精霊が集うように、南の神殿に火の精霊が集うように、西の神殿には水の精霊が集っている。そのなかでもとびきり強力なのが、使命持ちの水の精霊だ。それは、ジルージャや、ウルガと同じもの。精霊王から使命を帯びた者。
ジルージャからすれば、昔馴染みの一人。
『———あの性格だからな。どこぞで道草を食っていないことを祈ろう』
『・・・だな』
その精霊を思い出してジルージャが言えば、イージアは苦笑しながら頷いた。
『では、行ってまいります!』
『頼む!くれぐれも取り込まれぬよう、注意して事に当たれ!』
『はい!姉様!』
そうして飛び去って行ったのは、チェジア。
『ほんに、取り込まれでもしたらあちらの力を増幅してしまうからの』
『そのような注意も出来ない輩が上位精霊なものか。ましてや同じ主に付く精霊としての格を疑うぞ』
『まあまあ。そのような事、いくらガサツなチェジアでもあり得ぬよ』
そう言って次々に精霊達が飛び去り、上空に風の障壁を何重にも張る。
『では、しんがりは任せたぞ』
『任された。行ってこい』
そうしてジルージャが飛び去れば、イージアは兵士たちのいる区画へ飛び去った。
正確には、サージャの下へ。
人の子らの指揮は、人の子に任せればよい。それがイージアの考えだった。
サージャはじっとこちらを見ていた。場所はクロードが最初に立っていた丘の上だ。
精霊達が話し合っている間も、ずっとこちらに意識を向けていた。
『察してもらっておったのかの?』
「いや。ただ、あの火の玉はあの精霊の力であると、私には分かったから。後方から飛び込んだイージアに策があるのかと思って待っていた」
『ふふ・・・賢いお人だ。策を持ってきたぞ』
「聞こう」
『主殿が開戦直前に我を西の神殿に行かせたのでな、水の精霊を呼んできた。もちろん、特別な奴を、な』
「・・・ジルージャと同じ、という事か?」
『おう。迎えを待っていたようだったのだがな、こちらの状況を伝えたら飛び出しおった。あれは水中では我らより早く動く。ただ、移動が水中に限られるから、幾分か遠回りになって居てな。到着には今しばらくかかるだろう。それまで、時間を稼ぐ』
「具体的には、あれか?皆が張っている障壁だな。では、ここの結界も再度起動させるのか」
『結界用に配置してあった精霊石に再び力を入れさせよ。更に我が障壁を張る。神殿までは及ばぬだろうが、どこまで時間が稼げるかが勝負の分かれ目だ。あの火の玉は我々の力を超えているからな。それに風の力が同化したら、速度を増し、炎の力を強めることになるだろう。細心の注意が必要なのだ』
サージャはこくんと頷いた。
「人の指示は任せてもらおう。結界を復活させ次第、町まで退避させる。あと、私と数名はここに残るぞ。事の次第を見届けなければならないから」
『それこそ、他の人に任せればよかろうと思うのだがな・・・ただ、サージャは残った方がよかろうな。南のも、ジルも、西のも、皆お前に連なる精霊だからな』
「ああ。後始末は、きちんとつける」
『任せよう。ではの』
「わかった。行ってくる」
丘の上からサージャは駆け下り、魔法兵団の方へ行った。
『さて、やるか』
その後ろ姿を見届けて、イージアは上空に浮く。
今回、イージアは自分の精霊石が納められる箱に「能力上昇」の文言を付けさせた。
なればこそ、のしんがり役だ。
風の気配に意識を研ぎ澄ませ、気配を溶け込ませ、その力を引き出し、方向を付け・・・
兵士たちの前方上空に、それはとても繊細で美しい障壁を出現させた。
※ ※ ※
サージャの指示も終わり、負傷者から先に町に避難させている中、一枚目の障壁に火の玉が接触した。
チェジアのそれは、繊細さよりも強固さを優先する。
あの熱風吹き荒れる地獄の中でも、彼女一人の力でサージャ達を守り切ったのだから、その実力は八精霊の中でも上位にある。
四角い障壁をいくつも展開し、多面体にて火の玉を受け止めるようなその形は、実に実用的だった。
こちらの力は一切渡さず、相手の力を外に逃がす様に作られた障壁。
しかし、接触した傍から一枚、また一枚と、火花を散らして砕け散る。
それでも、この障壁は一枚でも残れは全く火の玉を進ませなかった。それは称賛に値する力なのだが、チェジアは納得しない。
『これほどか・・・』
確かに、進行は止まった。多数の障壁を破り切るまで、その場に留め置けた。
結果は上々、の筈なのだが。
『この程度で敗れるとは・・・我ももっと精進せねばな・・・』
数分で、全ての障壁が砕かれ、チェジアは苦り切った顔で火の玉の通過を見送った。
『我はチェジア程の力も無いのでな』
そう言ったのは二枚目の障壁を担当したリンジアだ。
彼女は小さな竜巻が入った球体をいくつも、隙間なく空中に浮かべていた。
火の玉に触れるのは一時に一つか二つ。触れた傍から火花を散らして破裂し、竜巻が炎の表面を絡めとり散らす。
少しずつ、ほんの少しずつ、決して取り込まれぬように細心の注意を払った竜巻は、火の玉の表面の力を削っていく。
『焼け石に水、だとは思うがな。やらぬよりはやった方がよい、という程度だがな』
そう自嘲しながらも、リンジアの力は火の玉を二回り小さくさせた。
結果として、その進行速度を鈍らせることに成功した。
風の力で糸を撚り、その糸をさらに撚り、縄にして、網にして。
アルジアとスージアは、空中に巨大な網を作り出した。
『我らの力はチェジアにもリンジアにも劣る』
『だが、知識はそれより上だからの』
『知恵を絞るとしようぞ』
『悪知恵を働かせるとしようぞ』
それはそれは楽しそうに、二人は空中を踊った。
巨大な網の大きな目には、小さな水の球。
これは全て、水を閉じ込めた風の球。
『二人であれば、出来る事だな』
『二人でなければ、出来ぬことだな』
網をアルジアが、球をスージアが、それぞれ作り上げて配置する。
『昔主にいたずらをした知識が役に立つとはな』
『ああ、あのころの主は可愛かった』
水の球は、フィージアが小さな頃にした水遊びの産物。
その頃はまだ、主ではなかったけれど。
『昔の主も、今の主も、いいものだの』
『確かに。今でも可愛いか』
彼女らが持つのは膨大な知識。その使い方。
障壁に接触した火の玉は、大きく網をたわませて進行を停止させると同時に、水蒸気でその姿を見えなくする。
火の力は直接網に触れる前に、先に割れた水が掛かって弱まった。網の縄が切れた傍から二人の力がそれを修復し、その足を長く留め置く。
『おや、出来たようじゃな』
『そうか。こちらもこれ以上は厳しかったからな』
背後に繊細で、強大な障壁が誕生した。
水の球は、そもそも大量の水が確保できなかったので大したことは無い。最初の一手で使い切ってしまっていた。
それでも網の修復でここまで持ちこたえた。
ぶつん、と網の中央を焼き切られ、その網も役目を終える。
『大分稼いだがの・・・』
『まだかの・・・』
二人は心配しながら海の方を見やった。
火の玉は、さらに一回り小さくなっていた。
『来たな』
空中に展開したのは、繊細な柄のある織物のような、巨大な障壁。
その障壁の手前に、もう一枚の障壁。
無数の花が、宙に浮く。
その無数の花を作り上げたのはジルージャ。
その花は、障壁と呼ぶにはちょっと、おかしな動きをした。
花が、噛みつくのだ。火の玉に。
そうして千切り取った火の力を同化させて散らしている。
火の玉に群がる風の花。
千切り取られて散る火花。
イージアの障壁にぶつかる前に、その火の球はさらに小さくなった。
これならば、ここに来るまでに消滅でもしてくれないかと、思っていた矢先。
『———おのれ・・・おのれおのれおのれジル!!!』
火の玉の中心から力が吹き上がる。
大きさは変わらず、しかしその色を赤く、黒く、輝かせた。
『やれやれ・・・火に油を注ぎおったな』
大きさこそ小さくなった火の玉だが、その内包する力は倍に膨れ上がった。
『これは、持たぬな・・・』
少しの焦りがイージアの中に生まれた。
ざっぱーーーん
背後で、波音が聞こえた。
振り返ると、その波音、なんと海から聞こえてくる。
遥か後方の、神殿の向こうの、崖の向こうの、海から。
『そんな、馬鹿な!!!』
驚愕で顔を引きつらせているイージアの頭上に、海からの波が虹の橋の様に伸びあがってきた。
それはそれは、強大な。
海からここへへかかる、海水の橋。
『ウーーーーちゃーーーーん!!!!めーーーーっ!!!』
大きな声と共に、火の玉の上に海水が落ちた。
・・・・
やっときたーーーーー!!!!(涙)
長い!そして遅い!!