決闘
ゼムの剣も、サージャの技も、先手必勝だ。
どちらも相手より早く動くことを前提としている。
ゼムの突きが放たれる。その時にはサージャはそこに居ない。
サージャの円剣が振り抜かれる。ゼムは剣で弾いて軌道を変える。
お互いに、見えている。
サージャの速さだけは、ギルスにもクロードにも勝つ。
ギルスに勝てるのは、とうとうそれだけになってしまった。
そのサージャの速度に付いて来られるゼムも、万全ならばギルスに勝てたのかもしれない。
サージャはふと思いついて、ゼムの剣を交差させた円剣で受けた。
---剣が軽い。
合わせた剣の感触から、サージャは違和感を覚える。
鍛え抜かれた成人男子の力ではない。
これでは、せいぜいサージャのそれと変わらない。
いや、サージャより、若干弱い。
合わせた円剣を滑らせて、ゼムの剣を弾く。
それだけで、ゼムはよろめいた。
---これでは、ギルスが反対しない筈だ。
崩した体制のまま、突きが来る。
サージャは冷静に、相手の思惑通りに一歩引いてそれを避けた。
瞬時に体勢を立て直し、今度は足場のしっかりとした苛烈な連撃が襲う。
サージャは冷静に、それを全て避け切った。
「くっ・・・!!こんな!こんな筈はないっ!」
奥歯を噛み締めて、ゼムは体力の目減りに耐える。
耐えて、一段階ギアの上がった突きの雨を降らせる。
「むっ・・・」
一撃だけ、サージャは避け切れずに被弾する。
右腕をかすっただけだ。
だが、そこまでだった。
息の上がったゼムは、一歩引いて声をかけてくる。
「自信無くなっちゃうな・・・避けられない筈なんだけど?」
「ふむ。前動作無しの突きは確かに避けにくい。ただ、動いて居れば刺さらん。それだけだ」
明らかにわかる時間稼ぎ。だが、サージャもそれに乗った。
ゼムは一呼吸入れて、左肩から延びるような突きを放った。
前動作は無い。しかし、サージャはそれを一歩下がって避ける。
「ホントに、ちょこまかと!良く動くね!」
「私は小さい頃から鍛えられたのでな。目の良さと速さには自信があるぞ」
「それも、父さんから仕込まれたんだろ!?」
「・・・ああ。カーリアス兄上が私の基礎を作ったのは事実だ」
―――父さん。
ゼムがそう言う時に、彼の動きはわずかにブレる。
そこに介在する感情が、恨みなのか、羨望なのか、まだ判別は出来ないが。
ただ、サージャはそこを攻めなかった。
もう少し、話を聞きたいと思った。
「お前は、父が嫌いなのか?」
「そんな以前の問題だよ!好きとか嫌いとか・・・俺は、会いたかった!会わせたかった!それだけだ!」
「・・・そうか」
ゼムの感情が爆発したように感じた。
堪えていたものが堰を切ってあふれ出るような、そんな言葉。
呼吸も何もかもめちゃくちゃになりながら突き出される剣。
サージャは冷静に、それらを見切った。
「俺達は、帝国でもわりと良い暮らしをしてた!生まれながらに火の精霊が付いてたからな!大切に育てられたって言ってもいいくらいさ!」
「それは・・・良かった、というべきなのか?」
「良いわけ無いだろ!」
苛烈な突きの雨が降った。正面から。
サージャは最初の一撃を避け、バックステップで距離を取り、その雨の範囲からあっさりと抜け出す。
残されたのは、肩で息をするゼム。
体力はギリギリだろうに、その目の戦意は消えない。
その体からは、白い靄になった熱が立ち昇る。
だらりと両腕が下げられ、目だけがこちらを向く。
「・・・実験動物だったよ」
「・・・」
「言う事を聞けば、衣食住は保証された。でも・・・俺の精霊は・・・」
剣を握らぬ手が、胸元を握る。強く握る。
剣を握る手により一層の力を込めて、瞳には怒りが爆発する。
「お前が、行けばよかったんだっ!」
両手を剣に添えて、ゼムは飛び込んだ。
力任せに横なぎにふるう。
「お前が行けば!俺は!妹は!父さんと母さんの傍に居られた!」
---ガンッ
「父さんと母さんに育ててもらえた!」
---キィンッ
「俺たちが苦しむことはなかった!妹にあんな思いをさせなくてもよかった!」
---ギィンッ
「父さんは死ななかった!母さんは操り人形にされなかった!」
---キンッ
「お前が・・・!全部お前が悪いんだ!」
---ガキンッ
サージャは全ての刃を受けた。受けて、防いだ。
ゼムの顔は、悔しさに歪んでゆく。
「何でだ何でだ何でだ!!何で届かないんだよぉ!!」
全力でサージャに向けて振り下ろした剣は、またも受け止められる。
---リィン
今までと違う、澄んだ音がした。
円の双剣によって受けられた細身の剣は、その力を跳ね返させることなく別方向に受け流され、ゼムの体は前のめりに動く。
サージャはゼムの剣の下をくぐり、その傍らに立つ。
「お前が弱いからだ」
そう言って、ゼムの手首を叩く。
もう握力も残っていなかったゼムの手から、あっさりと剣が落ちる。
正面から、叩いた手に持った円剣を、ゼムの首に突きつける。
「ッツ!」
「ここまでだ」
足を踏ん張り、前のめりに動いた体をどうにか止めた時には、僅かに円剣が首元を傷つけていた。
その血が滴って、ゼムの胸元に落ちる。
直後---
-----ヒイィィィィアアアアァァァァァ!!!!!
悲鳴が響き渡った。
それは空気を震わせて、周囲を震わせて---
ゼムを黒い炎が包んだ。
サージャは咄嗟に飛びのいたが、ゼムは動かない。
いや、何か焦ったように胸元を両手で握り締めている。
「・・・駄目だっ!駄目だ!リアっ!!!」
ゼムの手の隙間から、黒い何かが滲み出てくる。
それはやがて小さな人の形になり、ゼムを包んだ黒い炎をまとって空へ飛び出した。
「リアッ!!!」
『あいつ!精霊か!』
焦った声を上げたのはチェジアだった。
右手を黒い炎に向け、止めるための力を放つ。
が、それより黒い炎の方が早かった。
黒い炎は空を一直線に駆け、茶色い膜に突き刺さる。
直後、その場所から蜘蛛の巣のように膜に亀裂が走った。
『まずいっ!!!』
チェジアが結界を張る。
「ゼムっ!!」
呆然と立ち尽くすゼムを、サージャが抱え込む。
「サージャ様!!!」
そのサージャを上からギルスが抱き締めて---
爆風が、辺り一帯を吹き飛ばした。




