拘束
足元にあった気絶した兵士たちの山は、気がついた時には居なくなっていた。
「精霊、か。便利なものだな」
「そっちには居ないんだっけ?」
「ああ。捕まえた奴以外はな」
そう言いながら踏み出し、クグロに袈裟懸けの一太刀振るう。
ギン!と弾かれ、逆にその隙をクグロの剣が横薙ぎに襲う。
その剣を最小限の体捌きで躱す。
「・・・いや、居るんだったか?まあ、俺には見えないから、居ようが居まいが関係ないがな」
踏み込んで突きを放つ。
今度は最低限の動きで相手が避ける。
そのまま切り返さずに、剣を引いた。
一拍置いて相手に動きのない事を確認すると、声を掛けた。
「・・・で?時間稼ぎは済んだかよ?」
「何だ。分かってたのか」
「殺気が無いだろ。まるで鍛錬だぞ」
「ははっ!鍛錬か!」
剣を構えたまま、互いに一歩引く。
「まあ、確かにお前がどれほどの物になったのか試してみたくはあったんだかな」
「どうだった?」
「ああ。強くなったな。俺と同等って所か?」
「だろうな。俺も不思議な気分だよ。アンタの太刀筋が見えるなんてさ」
ギルスはこの立会いで、疑問を持った。
クグロに殺気が無いのは勿論だが、こいつはこんなに弱くなかった筈だと。
「・・・神聖帝国で、何があった?」
「ふん。それは俺達が負けたら、教えてやる」
クグロが剣を構え直す。
ギルスも剣を構え直した。
同時に飛び込む。
クグロの剣はギルスの腹を狙って来た。
ギルスはそれを叩き、方向を変えてから首筋を狙う。
クグロは上体を反らしてその太刀を避け、剣を返してこちらの首を狙って来た。
その剣を、ギルスの剣が止める。
「まだの様だな」
「待ち人来ずってね」
ギルスは剣を押す。クグロはその勢いを使って飛び退いた。
軽い。力も、体も。恐ろしく軽い。
ギルスは眉を寄せた。
やはり変だ。
「あれー?クグロ、まだかかってたのー?」
「やっと来たか。遅いぞ」
クグロの後ろから現れたのは、白いフードを目深に被った人物だ。
背丈は、ギルスの頭半分ほど小さい。
男だ、というのは分かる。
どこかで聞いたことのある声だ。
「もしかして、待ってた?」
「ああ。こいつを俺が抑えないと、お姫様には近づけないだろ?」
「ああ。なーるー。じゃ、俺行って来ちゃってもいい感じ?」
「いや、向こうから来るんじゃないか?戻ってくるような事を言っていたしな」
「あらら。おにーさんそんな重要人物なの?」
「こいつは、例のお姫様の護衛騎士だよ」
お姫様、という単語に引っかかった。
敵国にそう呼ばれる存在は、この場にはただ一人。
サージャだけだ。
「ちょっと待て!お前、ゼム・アムズか!?」
キョトンとした顔で、ゼムはこちらを見た。
いや、表情は見えていないので、その半開きの口でキョトンとしていると判断しただけだ。
「何?おにーさん俺の事知ってるの?」
「うちには優秀な密偵が居てな。敵将の名前を調べてくれただけだ」
「へえぇ。俺あんまり目立たないようにしていたのに・・・その密偵さんはよっぽど優秀なんだね」
にやり、と口元が笑う。
「じゃあ、俺の正体もお見通し?」
「さて・・・どうかな。想定していた人物なら、お見通しと言いたいところだがな」
「そう・・・じゃ、もーいっかな?ね、クグロ」
「・・・その判断はお前に任せる」
「そうなの?じゃあいーやっ!」
言った直後、ゼムは白いフードを取り払った。
露になる、その赤銅色の髪と、赤い目。そして、その容姿。
「初めまして!俺はゼム・アムズ!カーリアスの息子だよ!と言っても俺は父さんに会った事は無いけどね!」
息を呑んだ。
「・・・瓜二つ、かよ」
髪の毛の色が違わなければ、その姿はカーリアスの若い頃の姿だった。
ギルスはカーリアスの若い頃など見たことは無いが、カーリアスは容姿に衰えの無い美男子然とした男性だった。
確かに、ギルスの知っているカーリアスより、若干幼い。
それは言動のせいかもしれないし、カーリアスより細い、その体型の所為かもしれない。
それにしても、だ。
「似すぎだろ・・・」
「おにーさんもやっぱりそう思うんだ?南の神殿の人達なんか大変だったよ~?てんやわんやの大騒ぎでさ」
「お前、もうその姿を晒してるのか!?」
「うん。南の神殿の人だけね~。その上で協力してもらってるんだもん。当然でしょ?」
何てことだ。南の神殿の離反は、全員が操られている訳では無かったらしい。
「父さんには会ってないけど、母さんには会ったよ?まあ操られてる母さんだけどね」
少しだけ、寂しそうにゼムが笑った、様な気がした。
それもほんの一瞬で、彼は、カーリアスが絶対にしない表情をする。
作り物めいた、笑顔。ゼムは笑った。
「じゃあ、お姫様がここに来るなら、僕も加わっちゃおうかな?」
「おいゼム、ウルガはどうした」
「ん?ウルガはね、風の精霊さんと遊んでるよ?」
「・・・ああ、さっきの轟音か」
「そ。見てないの?森の方を見てごらんよ。あそこに居る筈だよ~」
ここから見えるのは、木々の上部だけだ。
それでも、茶色いドームの天辺は見える。
その中の、炎も、風も。
「ジルージャ様、か」
「そそ。ジルージャって言ってた。俺好みの可愛い子だったよ!」
笑いながら、ゼムは腰の剣を抜く。ギルスやクグロの物より、少し細めだ。
「俺、あの子も手に入れることにしたんだ!協力してよね、クグロ!」
「何!?サージャと揃いで手に入れる気か!?・・・ちょっと欲張り過ぎじゃないか?」
クグロは驚きながらも剣先をギルスに向ける。
「だーいじょうぶ!ウルガがやるって言ったんだもん!俺は待ってるだけでいーんだぁ!」
笑顔のまま、ゼムの剣先が走る。突きだ。
「っ!?」
ギルスが油断していた訳ではない。
全く予備動作が無かったのだ。
喰らいこそしなかったが、ギルスの服を一部掠めた。黒い布が宙を舞う。
「ふうん。これ避けちゃうんだ?おにーさん強いんだねっ!」
続けて連続した突きを放って来る。
「うおっ!?」
雨のような猛攻。息を切らせぬ連続技。
ギルスはかろうじてそれを捌き切った。
だが、腕や服の一部が微かに裂ける。
猛攻は続かない。
恐らく、一撃でかなりの体力が削がれるのだろう。
証拠に、ゼムの息が、少しだけ上がったようだ。
ふぅ、と大きく息をついてゼムが構えを戻す。
「致命傷は全部避けちゃったか。強いね、おにーさん」
にかっと笑われた。
こちらも口元に笑みが浮かぶ。
「お前、とんだ隠し玉だな」
「まーねぇ」
楽しい。そう、ギルスは思った。
「おい。俺もいるんだがな?」
「クグロはいーよ。疲れてるみたいだから、チョット休んどけば?この後にお姫様も居るんだし?」
ゼムはチラリともクグロを見なかった。
口元に獰猛な笑みを浮かべ、ギルスだけを見ている。
そんなゼムの様子を見て、「お姫様だけじゃ無さそうなんだかな・・・」と呟いて、クグロは剣を引いた。
「はいはい、分かったよ。ここは譲ってやる」
「ありがとっ!クグロ!」
ゼムは剣を構え直す。
「改めて、神聖帝国七親将が四位。ゼム・アムズ、だよ。おにーさんは?」
名乗りを聞いて、ギルスは姿勢を正して構え直した。
「イルカーシュ女王国王女サージャ様付護衛騎士、ギルス・グラーニ。お前の父さんには散々世話になったよ」
ギルスがそう名乗ると、ゼムの目が剣呑な光を宿した。
「へえ・・・妬ましいね」
「・・・いびられたのが、か?」
「違うよ。俺の知らない父さんを知ってる事さっ」
また、予備動作無しの突きが来る。
何度も繰り返したのだろう。この型を。
だが。
「甘いな」
一度見た動きを、ギルスが捉えられない筈もない。初回と同じ動きならなおさら。
横に避けて、腹に一撃を入れる。
剣の、腹で。
ゼムは吹っ飛ばされて、尻もちをついた。
「・・・ったーい!おにーさん手加減のつもり!?」
「いや。親父さんにやられたことを返してやろうかと思って」
「なにそれ!俺をバカにしてんの!?」
ゼムは低い姿勢から飛び込んで来た。
ギルスは横に避ける。
ゼムも横に飛んで、剣を横に振るう。
ギルスは後ろに避ける。そして、がら空きの脳天に一撃。
ゼムの首は、縦に揺れた。
そのまま突っ伏すように倒れる。
「おいおいおい・・・」
クグロが呆れた声を上げる。
「ぐっ・・・まだまだっ!」
ゼムは飛び上がって構え直す。
ギルスは剣の腹で肩を叩いていた。
「お前、今ので二回死んだからな?」
「だから何だよ!実際には死んでないだろ!?」
「・・・ま、そうだな」
次に突き込んできた時は、真っ直ぐでは無かった。
こちらを撹乱する戦法に切り替えてきた。
ギルスは動かない。
その場で、突きの動きに対応して見せた。
避け、払い、叩き、潰した。
予備動作の無い突きは、初見殺しだ。
所見を見切れれば対応できるのは、それだけギルスが強くなったからだ。
速さは素晴らしい。時々、ギルスの目が追い切れない事がある。
だが、殺気が垂れ流しだ。どこから来るのか、見なくても解る。
乱戦の戦場なら、いくら殺気を垂れ流そうとゼムの技量は死体を量産するだろう。
だが、一対一なら。結果は火を見るよりも明らかだ。
ギルスは一瞬、全力で動いた。
それだけで、容易く背後が取れてしまう。
「はい、ここまで」
「え・・・?」
首筋に、剣を当てた。少し動けば、死ぬ位置。
ぺたん、とゼムが座り込んだ。
「・・・参ったね。おにーさん強いや」
ゼムの息は完全に上がっていた。
「そりゃどうも」
ギルスの剣は、ゼムの首筋を捕らえたままだ。
「クグロ、どうする?」
仲間が降参したというのに、クグロは剣を構えてすらいなかった。
座り込んで、本当に休んでいたのだ。
二人で来れば、ギルスは太刀打ち出来なかったかもしれない。こんなかすり傷では無く、致命的な一撃を食らっていたかもしれない。
それはきっと、クグロも、ゼムですらも解っているだろう。
なのに、来なかった。
「・・・おい、お前ら。神聖帝国で本当に何があった?」
クグロが苦笑した。
「あー・・・それは、お姫様が来るまで待ってくれない?」
「俺達、どうしても確かめなきゃいけないんだ。お姫様って人をさ」
『なら、私が無力化してやろうか』
突然の精霊の声に、ゼムとギルスはギョッとして同じ方を見た。
クグロの頭上に、ショートカットの精霊が居た。
クグロには見えない。ただ、声の出所が分かったので、上を見た。
「チェジア様・・・?」
『おお。大丈夫そうじゃのギル坊』
「ギル坊って・・・」
がっくりと肩を落とすギルス。
『サージャが心配しておったから、先に駆けつけてやったんだが・・・なんだ、おかしな状況の様じゃな』
チェジアは眼下のクグロを見下ろすが、その視線が合うことは無い。
「お、おい。精霊が居るのか?」
クグロは精霊を認識出来ない。よってその視線は彷徨うだけで固定されない。
「ああ、そっか。クグロは見えないんだったね。居るよクグロの頭の上に。ショートカットの綺麗な紫の精霊さんが」
「なんだと!?」
『ほほう。綺麗とな。なかなか見る目があるではないか』
上機嫌に言うと、チェジアの周りに紫の風が発生し、その姿を一時的に隠した。
風が晴れたその場には、実体化したチェジアが浮いている。
やっとクグロの視点が合った。
『ふむ、こんなもんかの。お初お目にかかる。フィージア様の七番目の精霊、チェジアだ』
「はろはろ~。俺、ゼム・アムズ!」
「・・・クグロだ」
敵精霊に挨拶をしている。何とも変な気分だとクグロは思った。
『して、サージャに用があるんじゃったか?一応、拘束してから判断をサージャに委ねたいんじゃがな?』
「ああ。そりゃ当然だろ」
「うん。そうだね。俺も、お姫様次第では切りかかりかねないから、拘束してくれた方が安全かな?」
諦めたクグロに、へらっと笑うゼム。
直後に二人の周囲に風の輪が発生する。締め付ける訳では無い。ただ、動きは完全に阻害された。
『何か不穏な動きがあれば、その風がたちまちお主等を切り裂く。下手な事はするなよ』
緩いともいえる拘束具かと思っていたが、これは高速で動く風の刃の輪だった。
クグロは近くに落ちていた木の小枝を輪に突っ込んで、その枝がズタズタになるのを確認した。
「わりと、えげつないな」
『拘束具だぞ。甘くしてどうする』
「そだよー。これぐらいしてもらわないとね」
ギルスはその輪を確認したにも関わらず、ゼムの首から剣を引こうとしなかった。
気付いたからだ。ゼムの持つ精霊の気配に。
「サージャ様次第ってどういう事だ?今すぐお前の首を飛ばしても良いんだがな?」
「そりゃないよ、おにーさん。情報、欲しいんでしょ?」
「・・・まあな」
そこまで話して、ようやっとギルスは剣を収めた。
『時にお前達。あの火の精霊達の暴走は止められぬのか?』
「それは無理。そんな複雑な指示は出来て無いんだ」
ひらひらと手を振ってゼムが答える。
「お前ら・・・本当に使い捨てのつもりだったのか」
ギルスの目に剣呑な光が宿る。
「だって仕方ないじゃない。そんな指示の出来る術者が居ないんだもん。それに、これは生存率を上げる上では必要な作戦だったんだ」
「は?生存率?」
「・・・あとは、お姫様が来てからにしてくれ」
クグロがため息と共に止めに入った。
「・・・そうだな」
『そうこう言っているうちに、来たぞ。サージャだ』
振り返ると、あと十歩ほどの所に、サージャとクロードが確認出来た。
「ギルス!!」
サージャが、到着した。
当初予定した流れとは違う方に風が吹きました。
もう、このやろう。
あ、ゼムの性格は当初の通りです。




