サージャとギルス1
やっとここまで。。。
「かっ!はっ!・・・」
風の力で吹っ飛んだ先は、サージャがさっき駆け上がった柱だった。
背中から叩き付けられて、足からずり落ちる。
腹に受けた風の塊は、先に食らったものより強かった。その刃は、身に着けた軽鎧の腹部を砕き、服をずだずたにして、皮膚まで届いた。
幸いにして切り傷自体は深く無いが、衝撃で内蔵がやられた。おまけに肋骨も折れた。
無事だった筈の太い柱に、大きなヒビが数本入った。叩きつけられた腰骨も折れた。
呼吸を整えようとしたが、息ではなく、血が吹き出した。
立ち上がろうとしたが。下半身の感覚が無い。全く動かない。
右手を腰の袋に伸ばそうとしたが、右手はどこでやったのか、折れて動かなかった。
左手は最初から上がらない。
これはもう、助からない。
サージャは諦めて、周囲を見回した。
部屋の最奥、王座の前には、メイディアとガルドが。
正面にはカーリアスが。
それぞれ事切れて倒れている。
ふと足元を見ると、そこに杖が落ちていた。
杖から緑の風が巻き上がる。
それは優しくサージャを包み、守り、癒すように踊った。
「無事で、良かった」
サージャはなんとかそれだけ伝える。
緑の風が、優しく頬を撫でた。
少しだけ、痛みが遠ざかり、呼吸がしやすくなる。
「守れ、なかった」
後悔と共に、サージャはメイディアとガルドを見た。
二人は折り重なるように倒れている。
ガルドの濃い青の髪と、メイディアの金の輝きの銀髪が、絡まりながら広がっていた。
もう、メイディアが姉だろうが母だろうが、どちらでも良いと思った。この人を、この家族を愛せたのは本当の事だから。
それよりも、守りたかった二人を永遠に喪ってしまった事が、悔しい。
「ごめん、ディア姉、ガルド義兄上・・・」
カーリアスの放った炎が、二人に伸びていた。もうすぐ、炎に飲み込まれるだろう。
制御を失った炎の精霊は、荒れ狂っていた。
力は先程の戦いでほとんど失った筈だが、残りの命を燃やすように、既にある炎をより強くした。
床も、壁も、柱も、石で出来ている。
なのに、それが燃え始めた。
勢いを増した炎は、サージャをも包みつつあった。
今は風が守ってくれているが、それも、弱まり始めている。
足先が、チリチリ焦げる感覚がした。
サージャはカーリアスに目を向けた。
もう、動かない。
さっき、カーリアスは言った。
これは卒業試験だと。
自分を殺せば、教えることは何もないと。
「卒業、させていただきます。兄上」
サージャは笑った。口の端を歪める様にして。
そして、泣いた。
嬉しく無い。
自分はただ、兄を殺しただけだ。
自分を恨み、憎んだ兄を、全力で、力でねじ伏せただけだ。
自分が産まれただけで、殺し合いになる程家族を不幸にしたというのに。なんと傲慢な結末だろう。
己が憎い。
サージャはそう思った。
メイディアの忘れ形見である子供達は、事前に国外へ逃した。
カーリアスは殺した。
彼の企みは道半ばで潰えた。
もう、死んでも良いだろうか。
この絶望を抱えたまま、死んでも許されるだろうか。
これ以上、不幸を振り撒く前に、終わらせてくれないだろうか。
サージャはそう思って、視線を天井に向けた。
一つだけ、心残りがある。
ギルスの気持ちに答えられなかった事。
でもそれで良かった。
この身は呪われていたのだから。
「ギルス・・・」
脳裏に、金髪碧眼の、背の高い美丈夫の、最も信頼する相方の、笑顔が掠めた。
笑った顔が、好きだった。
いつでもそばにいてくれて、支えてくれる、その存在が、大切だった。
でも、その気持ちに答える事は出来なかった。
自分は不器用だ。他に役割があるうちは、色恋にうつつを抜かしているゆとりは無かった。
無いと、思っていた。
答えてしまえば、溺れそうで、怖かったから。
サージャの一番は、常に家族だった。
彼は、それを押し退けて、一番になってしまいそうだったから。
もし、万が一生き残ったら、答えても良いかも知れない。
いや、それでは彼に、この『呪い』を移してしまうかも知れない。
どんな『呪い』だか知らないけれど、大切にした人達が不幸になるような呪いなら、彼は真っ先に不幸になるに違いない。
それでは、自分で自分が許せなくなる。
彼に、呪いがかからなくて良かったのだ。
そう思う事にした。
咳き込んだ。口から血が吐き出された。
ああ、もうすぐ、終わる。
もうすぐ、死ねる。
サージャは不思議と安心した。
頭上の天井が、砕けて落ちてきた。
ゆっくりと目を閉じる。
これが、神の慈悲か。
死に切れない自分に、死ぬ手段を与えてくれた。
口元が、微笑んだ。
だが―――
頭上から降ってきたのは、石ではなかった。
死は何時までも訪れなくて、不思議に思ったサージャは目をうっすら開けた。
最初に、黒いブーツが見えた。
目を見開く。
視線を上げると、膝下辺りまでの、ボロボロの、黒のロングコートが見えた。
その姿は、こちらに背を向けていた。
視点を上げて、その黒い背中を見る。
次に見えたのは、鮮やかな金髪。
襟足で一つに結っただけで、背後に流された、背の半ばまである長い髪。
見慣れた、その背中。
―――ギルスだ。
彼の足元から、緑の風が巻き上がる。
伝えられた感情は、歓喜と安堵。
―――もう、大丈夫。
そう言っているようだった。
巻き上がった風は、ギルスの金髪をなびかせて、唐突に収まった。
足元に落ちている杖に気が付いて、ギルスがそれを拾う。
サージャに気付き、振り向いた。
ギルスの顔を見て、サージャの目から涙が溢れた。
滲んだ視界で、ギルスの顔がよく見えない。
でも、ギルスだった。
間違い無く、彼だった。
歓喜と後悔、相反する感情が湧き上がった。
大声を出せたなら、叫んでいただろう。
体が動くなら、死なせてくれと暴れたかもしれない。
今のサージャは、そのどちらも出来ない。
ただ、涙が溢れるだけだ。
「サージャ様、お迎えに上がりました」
淡々と、ギルスは言った。
悔しさが声に滲み出ている。
サージャはそれを感じ取った。
隠そうとして、淡々と、なったのだと分かった。
「ああ」
嬉しくて、口が綻ぶ。
声を聞いて、もうどうでも良くなった。
生きるも死ぬも、どうでも良くなった。
全て彼に任せてしまおう。
彼が生きろと言うなら生きよう。
彼が死ねと言うなら死のう。
それだけ、信頼に足る相手なのだから。
「後を、頼む」
そう呟いて、サージャは意識を手放した。
次はギルスのターンです