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終わりから始まる恋物語  作者: 梅干 茶子
終わりと始まり
5/60

サージャとギルス1

やっとここまで。。。

 「かっ!はっ!・・・」


 風の力で吹っ飛んだ先は、サージャがさっき駆け上がった柱だった。

 背中から叩き付けられて、足からずり落ちる。


 腹に受けた風の塊は、先に食らったものより強かった。その刃は、身に着けた軽鎧の腹部を砕き、服をずだずたにして、皮膚まで届いた。

 幸いにして切り傷自体は深く無いが、衝撃で内蔵がやられた。おまけに肋骨も折れた。

 無事だった筈の太い柱に、大きなヒビが数本入った。叩きつけられた腰骨も折れた。

 呼吸を整えようとしたが、息ではなく、血が吹き出した。

 立ち上がろうとしたが。下半身の感覚が無い。全く動かない。


 右手を腰の袋に伸ばそうとしたが、右手はどこでやったのか、折れて動かなかった。

 左手は最初から上がらない。


 これはもう、助からない。


 サージャは諦めて、周囲を見回した。

 部屋の最奥、王座の前には、メイディアとガルドが。

 正面にはカーリアスが。

 それぞれ事切れて倒れている。


 ふと足元を見ると、そこに杖が落ちていた。

 杖から緑の風が巻き上がる。

 それは優しくサージャを包み、守り、癒すように踊った。


 「無事で、良かった」


 サージャはなんとかそれだけ伝える。

 緑の風が、優しく頬を撫でた。

 少しだけ、痛みが遠ざかり、呼吸がしやすくなる。


 「守れ、なかった」


 後悔と共に、サージャはメイディアとガルドを見た。

 二人は折り重なるように倒れている。

 ガルドの濃い青の髪と、メイディアの金の輝きの銀髪が、絡まりながら広がっていた。

 もう、メイディアが姉だろうが母だろうが、どちらでも良いと思った。この人を、この家族を愛せたのは本当の事だから。

 それよりも、守りたかった二人を永遠に喪ってしまった事が、悔しい。

 

 「ごめん、ディア姉、ガルド義兄上・・・」


 カーリアスの放った炎が、二人に伸びていた。もうすぐ、炎に飲み込まれるだろう。

 制御を失った炎の精霊は、荒れ狂っていた。

 力は先程の戦いでほとんど失った筈だが、残りの命を燃やすように、既にある炎をより強くした。

 床も、壁も、柱も、石で出来ている。

 なのに、それが燃え始めた。

 勢いを増した炎は、サージャをも包みつつあった。

 今は風が守ってくれているが、それも、弱まり始めている。

 足先が、チリチリ焦げる感覚がした。


 サージャはカーリアスに目を向けた。

 もう、動かない。


 さっき、カーリアスは言った。

 これは卒業試験だと。

 自分を殺せば、教えることは何もないと。


 「卒業、させていただきます。兄上」


 サージャは笑った。口の端を歪める様にして。

 そして、泣いた。


 嬉しく無い。

 自分はただ、兄を殺しただけだ。

 自分を恨み、憎んだ兄を、全力で、力でねじ伏せただけだ。

 自分が産まれただけで、殺し合いになる程家族を不幸にしたというのに。なんと傲慢な結末だろう。


 己が憎い。

 サージャはそう思った。


 メイディアの忘れ形見である子供達は、事前に国外へ逃した。

 カーリアスは殺した。

 彼の企みは道半ばで潰えた。


 もう、死んでも良いだろうか。

 この絶望を抱えたまま、死んでも許されるだろうか。

 これ以上、不幸を振り撒く前に、終わらせてくれないだろうか。


 サージャはそう思って、視線を天井に向けた。


 一つだけ、心残りがある。

 ギルスの気持ちに答えられなかった事。

 でもそれで良かった。

 この身は呪われていたのだから。


 「ギルス・・・」


 脳裏に、金髪碧眼の、背の高い美丈夫の、最も信頼する相方の、笑顔が掠めた。

 笑った顔が、好きだった。

 いつでもそばにいてくれて、支えてくれる、その存在が、大切だった。


 でも、その気持ちに答える事は出来なかった。

 自分は不器用だ。他に役割があるうちは、色恋にうつつを抜かしているゆとりは無かった。

 無いと、思っていた。

 答えてしまえば、溺れそうで、怖かったから。

 サージャの一番は、常に家族だった。

 彼は、それを押し退けて、一番になってしまいそうだったから。


 もし、万が一生き残ったら、答えても良いかも知れない。

 いや、それでは彼に、この『呪い』を移してしまうかも知れない。

 どんな『呪い』だか知らないけれど、大切にした人達が不幸になるような呪いなら、彼は真っ先に不幸になるに違いない。


 それでは、自分で自分が許せなくなる。


 彼に、呪いがかからなくて良かったのだ。

 そう思う事にした。


 咳き込んだ。口から血が吐き出された。


 ああ、もうすぐ、終わる。

 もうすぐ、死ねる。


 サージャは不思議と安心した。

 頭上の天井が、砕けて落ちてきた。

 ゆっくりと目を閉じる。


 これが、神の慈悲か。

 死に切れない自分に、死ぬ手段を与えてくれた。

 口元が、微笑んだ。


 だが―――


 頭上から降ってきたのは、石ではなかった。


 死は何時までも訪れなくて、不思議に思ったサージャは目をうっすら開けた。


 最初に、黒いブーツが見えた。

 

 目を見開く。


 視線を上げると、膝下辺りまでの、ボロボロの、黒のロングコートが見えた。


 その姿は、こちらに背を向けていた。

 視点を上げて、その黒い背中を見る。

 次に見えたのは、鮮やかな金髪。

 襟足で一つに結っただけで、背後に流された、背の半ばまである長い髪。

 見慣れた、その背中。


 ―――ギルスだ。


 彼の足元から、緑の風が巻き上がる。

 伝えられた感情は、歓喜と安堵。


 ―――もう、大丈夫。


 そう言っているようだった。


 巻き上がった風は、ギルスの金髪をなびかせて、唐突に収まった。

 足元に落ちている杖に気が付いて、ギルスがそれを拾う。


 サージャに気付き、振り向いた。

 ギルスの顔を見て、サージャの目から涙が溢れた。

 滲んだ視界で、ギルスの顔がよく見えない。

 でも、ギルスだった。

 間違い無く、彼だった。


 歓喜と後悔、相反する感情が湧き上がった。

 大声を出せたなら、叫んでいただろう。

 体が動くなら、死なせてくれと暴れたかもしれない。

 今のサージャは、そのどちらも出来ない。

 ただ、涙が溢れるだけだ。


 「サージャ様、お迎えに上がりました」


 淡々と、ギルスは言った。

 悔しさが声に滲み出ている。

 サージャはそれを感じ取った。

 隠そうとして、淡々と、なったのだと分かった。


 「ああ」


 嬉しくて、口が綻ぶ。

 声を聞いて、もうどうでも良くなった。

 生きるも死ぬも、どうでも良くなった。


 全て彼に任せてしまおう。

 彼が生きろと言うなら生きよう。

 彼が死ねと言うなら死のう。

 それだけ、信頼に足る相手なのだから。


 「後を、頼む」


 そう呟いて、サージャは意識を手放した。

次はギルスのターンです

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