精霊の戦い
全然更新できず、申し訳ございません…
『久しいの、北の』
『相変わらずだな、南の』
時は遡って、サージャ達がクグロと間見える前の頃、飛び出したジルージャは目的の精霊を見つけ出す事に成功していた。
ソレは、白いフードを目深に被った一人の少年の肩に居た。
「あれぇ?じゃあ彼女が例の精霊さん?ちっちゃくて可愛いねぇ!俺の好みじゃないさ!初めまして!俺の名前はゼム・アムズ!ねえねえ、俺と一緒に来ない?今よりずっと楽しくなるよ~?」
フードの下から覗くのは赤い目。
少しだけこぼれて見えるのは、赤銅色の髪。
ふざけているように見えて、隙のない立ち姿。白いマントの下には、剣を下げている。まだ抜き放ってすら居ない。ここは戦場で、目の前に敵の精霊が居るというのに。
――――これが、カーリアスの息子か。
顔前は見えないが、確かに気配はカーリアスとよく似ていた。
しかし、ジルージャは不快を隠しもせずに冷徹な目で睨みつけた。
『・・・何を言っているのだ、彼奴は』
『ふん。不愉快な話だ。おい。お前北のを仲間にするなら、我は協力しないぞ』
「ええ!それは困るよ〜!」
本当に困っているかのように、両手を振って火の精霊の機嫌を取る。
それから、顎に手を当てて真剣に考え始めた。
「うーん。今ウルガに離れられるのは不味いし・・・でも、風の精霊さんも良いしなあ・・・」
『考えているところ申し訳ないがな、私はサージャ以外に付く気はない』
ふん、と鼻を鳴らしてジルージャは言う。
その言葉を聞いて、ゼムは両手を叩き合わせた。
ぱん、と音がしてジルージャとウルガの目が、彼に注目する。
「そっか。じゃあ、ウルガに勝ってもらって君を先に抑えるでしょ。それからサージャさんを手に入れれば・・・サージャさんごと君が手に入るって寸法だね!」
ぞわり、っとジルージャの気配が変わる。怒りの色に。
『・・・く、くくくっ。随分と、安く見積もってくれたものだな。南のが、私に勝つと言うか』
緑の風が、細かい刃となって周囲に渦巻き始める。
笑った顔のまま、ジルージャの少女の姿が異様な迫力を伴った。
渦巻いた風の中に、雷が発生する。それは、フィージアが怒りを伴った時よりも多く、大きい。
その渦巻いた風は、小さく、小さく縮んでいく。強烈な光を放つ竜巻が、ジルージャの手に乗る。
『よかろう。試してやろうじゃないか。なあ、南の』
口は笑ったまま、まるで耳まで裂けているのではないかと思わせる笑顔。
目は、笑っていなかった。怒りの炎が燃えているかのようだった。
『ふん。良いだろう。幸い、ここにはもう破壊してはいけないものは残っていないからな』
ウルガはゼムの肩から浮き上がり、炎を纏いながらジルージャと同じ位置まで上昇した。
「ちょっと!ここ壊したら皆が帰って来れなくなるよ!?」
『帰って来させる気があるのか?精霊を憑かせておいて』
「戻ってくるかもしれないでしょ?クグロとか、俺とか!それに食料をやられるのは痛いよ!」
『む。食料か。人間は不便な生き物だな・・・』
ジルージャとウルガ。お互いに視線は外さず、睨み合ったまま。だが、ウルガの炎は少しだけ勢いを減じた。
『ならば場所を移すまでよ。幸い、森の精霊達は既に逃げて居る』
『そうか。なら右だな』
『よかろう』
精霊達は、右の森の上に移動することにした。互いに木の上に出る為、上昇する。
サージャから知らされている、偵察部隊が潜む場所とは反対側の森だ。
上昇する精霊に、下から声が掛けられる。
「じゃあ、そっちは頼んだよ~?俺はサージャさんの所に行ってくるから~!」
『はよ去ね!』
「は~い!」
緊張感を削ぐ会話の後、ゼムは走り出した。
白いフードはあっという間に視界から消える。
『・・・行ったか』
『そのようだな。存外、大切にしているのだな?』
『ふん。あくまでも協力者として、だ』
『サージャの元に来る気は無いのか?』
『二番目だ、と言う事で無ければ、考えてやろう』
『ふん・・・変わらぬな』
『なあに。長い年月過ごして、少々凝り固まってしまっているからな。風のように自由に気分は変えられんさ』
口角が引き攣る。ピシリ、と音がしたようだった。実際には雷が周囲に散ったが。
ふ、っと息を吐き、ジルージャは笑顔を元に戻す。
『風が自由なのはそれこそ本能だ。お主こそ、岩でもあるまいに凝り固まるなど可笑しなことよの。炎なぞ、揺らぐが本能じゃろうに』
今度は、ウルガの纏う炎の色が赤から白へ、一瞬変化する。
『・・・言いおったな?』
『先に言ったのはそっちじゃろう?』
二人は会話をしながら移動していた。高い木の上へ。
お互いに十分な距離を開けて停止する。
『言葉より、力比べの方が楽だな』
『確かに。だが、思うままに暴れるわけにもいくまいよ』
『成程。では、これでどうだ』
ウルガが言うと同時に、二人の間の森が一瞬で炎に包まれた。
瞬きの後、その火は消え、そこには焦げた大地だけが残っていた。
『この場所だけ、限定というのは』
『・・・あとはどちらかが力尽きるまで、か?』
『ああ』
『・・・ふん、面白い。良かろう』
焼けて出来上がった戦場を、ジルージャは一瞥した。
ジルージャを、ウルガを含めた一帯の空間に、風の結界が発生する。その結界は外側へ張られたものではない。内側へ、張られたものだ。
『これで、私の力は外に漏れない。お前も早くしろ』
『俺に指図するな!』
ウルガの怒声の後、ジルージャの結界に重ねて、炎の結界が発生する。
緑色と赤色。混ざった結界は薄い茶色の幕になった。
結界を一瞥して、ジルージャは思う。
力が、互角だと。
『お主、やはり増幅の効果を・・・』
『ふん。万能な精霊王様のお力だ。こっちの技術者には大した付与は出来ないがな、増幅程度なら出来たわ』
ウルガは言いながら、両手に炎を発生させ、合わせた。
赤い炎は一つになり、その温度をさらに上げる。赤から、青へ。
『南の巫女を使えば良かったじゃろう?』
言いながら、ジルージャは手に持つ竜巻に、更に風の力を加えた。
真空を生み出し、細かな刃が生じる。それは周囲の空間を切り裂いていく。
『アレは、傀儡だ。複雑な事は出来ん』
普通に会話をしながら、ウルガは手の炎をジルージャに投げつけてきた。
『そうか』
ジルージャも、返事をしながら竜巻を飛ばす。
両者の中央で、力は衝突し、炎は散り、風は炎を切り刻みながら霧散する。
蓄えられた雷は周囲に無秩序に走り、残った真空の刃と共に大地を抉る。
結界内部を余すところなく力が走り、大地を割き、残った木々を塵に変える。
しかし、そんな中でも二人に何ら影響はない。
お互いを傷つけることも、叶わない。
『『話はここまでだ』』
同時に言って、周囲にまた力を産み出す。
ウルガの周りを無数の火の玉がまわる。
ジルージャの周りを風の竜巻が覆う。
轟音と共に、二精霊の戦いは始まった。
※ ※ ※
サージャは逃げていた。ぎりぎり追いつかれない速度で、自分に向けられた兵士達を誘導していた。
ギルスと距離をあける。少しでも邪魔にならない様に。
クロードも同じだ。理由は違うが。クロードは並走することでサージャを守る為に、共に走る。
「サージャ様っ!?」
「レオ!ムク!木札だ!」
「!?」
自陣に向かう道中で、レオとムクと合流を果たす。
レオとムクは取り残された形で自陣に残っていたが、これは当初からの決まり通りだった。
レオとムクには迎撃を指示していたからだ。
今回は敵兵が迫る状況を危惧して、二人共に飛び出して来ていたに過ぎない。
そこに、前方から敵を引き連れてサージャ達が来た。
狙われているのがサージャであるという情報は、後方には届いていなかった。
だが、見れば分かる事もある。
後方の敵は、明らかにサージャを追っていた。
そして、全員の首から下がる木札。先程の精霊の声。これらの情報があれば、いくら情報整理が苦手なレオでも理解出来た。
情報整理が苦手ではないムクは、とっくに理解に至っていたが。
ムクの両手に投げナイフが二本ずつ握られた。ぶぅん、と勢い良く腕を振るい四本のナイフは正確に木札を貫いた。
最前列の四人が、その場で昏倒する。そして、その後ろから踏み越えてくる兵士達。
「意識が無いのかよ!」
剣を構えて、レオが飛び出す。
レオは、飛び道具が苦手だ。サージャの下に付きながら、かろうじて及第点だ。一本ずつなら投げナイフは正確に扱えるが、サージャやアオ、オウからの他のメンバーの様に複数を一度に投げることは出来ない。
彼がギルスに懐いていたことも原因だろうが、得意な獲物は剣だ。性格的なものもある。彼は非常に真っ直ぐで、裏工作に向かない。独り立ちする日が来たら、兵士になるのが良いだろうと誰もが思っていた。
ただ、その素早さだけは、他の者から見ても抜きん出た所があった。
レオが敵兵の間を、右から左へ走り抜ける。
走り抜けた後ろをバタバタと人が倒れていく。
敵兵は誰一人として反応することが出来なかった。
レオは元の位置に戻ってきた。
「あ、やべ。ちょっと切っちゃったか?」
よく見れば、倒れた人の中に血が混ざっている。
「大丈夫。アレぐらいなら死なない」
背後から、ムクが声を掛けてきた。
「だよな。よし、もういっちょ行くか」
「うん」
若い二人組は、戦場の空気にちょっとした高揚感を覚えていた。
そこに、前方右の森から恐ろしい音が轟いた。
雷と爆発と、大きな岩が落ちたような衝突音と、それらが全部混ざったような何とも形容しがたい轟音だ。
ビクッとして森を見れば、薄い茶色い膜がドーム状に覆われていた。
遠目からでは中で何があったのか確認することが出来なかったが、恐ろしい音の大本がその場所であることは推測出来た。
サージャとクロードが、レオとムクの正面に出て、同じくドーム状の結界を見た。
サージャの目には、その中に恐ろしい程の風と炎が揺らめいているのが見えた。いや、感じられた。その風の力は、馴染みの深い気配をしている。
誰に言われなくても分かる。あの緑の風はジルージャだ。
「・・・始まったな」
ぽつりとサージャが呟いた。
その横に、クロードが立つ。
「ギルスから離れて、凡そ二百歩です。ここらで数を減らしますか」
「大軍で追われても困るしな。レオとムクが居る。半数位に減らそう」
「では、サージャ様は遠距離で。私には当てないでくださいよ?レオ!ムク!俺と来い!」
「え、あ、はいっ!」
急に呼ばれて、レオがあたふたと返事をする。
ムクは小刀を両手に持ち、無言で頷いた。
「行くぞっ!」
クロードが飛び出す。レオとムクも飛び出した。
「・・・どうせ、当たらないでしょうに。クロード将軍はっ!」
腰のベルトから引き抜いた投げナイフを両手で投擲する。
一人、二人、三人、四人。
クロード達が走った方向から、かなり離れた位置に居た兵士達の木札を砕く。
直に今度は両方の腰についているポーチから、今投擲したナイフより一回り小さい、ほぼ刃だけの物を投げる。
首を飛ばすなら、相手を傷付け行動不能にするなら、ジルージャの協力があるなら、円剣を投げるのが一番楽だ。不特定多数を行動不能に出来るだろう。
だが、今は『的』があり、不必要に傷つける必要も無い。ならば、サージャは的確に『的』を射抜く。
クロードも、レオも、ムクも、なるべく無傷で敵を減らす。
意識が無くなるのは幸だと思っていたが、意識の途切れた兵士達が仲間の足に踏み抜かれる光景は、余り気分の良い物ではない。
なんとか、この状況を打開できる方法は無いものか。そんなことを考えてしまう。
「やはり、精霊様を借りに行くか・・・」
サージャがそう呟いた頃には、近くに居た敵は半数以上減じていた。
後は射程範囲外の敵が十数名残るのみだ。
「クロード殿!レオ!ムク!一旦引くぞ!」
「「はいっ」」
クロードは無言で戻り、レオとムクは返事を返す。
遠くに見える土埃は、まだ敵兵と揉み合う騎馬隊や歩兵隊のものだろう。彼らもサージャに向かう敵兵を押さえてくれている。
「急ぐか」
サージャはクロードたちと合流して、己の陣に無事引き返した。
投げナイフは遠距離用、刃だけの奴は軽いので近距離用、と思っていただければ・・・
仕事がハードモードに移行しました。
勢いで書けなくなってしまって、更新が遅れてすみません。
ちゃんとこの章のラストも、この物語のラストも決まっています。
なんとか辿り着きたいと思っております…