デェト
明けて翌日、サージャ達はフィージアを先頭にして、裏神殿から表の神殿に向かった。
昨日のうちにフィージアが精霊を出して連絡をしていたおかげで、先日の会議の間に全員が集まっていた。
「間を置かずに会議になってしまってごめんなさいね」
開口一番、フィージアの謝罪から始まる。
それから、報告を行う。
昨日、ジルージャが持ち帰った内容を端的に。
それにより、サージャが東へ赴くことになるという事と、祈祷の延期を伝える。
「それでは、我々の戦場での指揮はクロード殿という事で宜しいのでしょうか?」
巫女兵長が聞けば、クロードは頷いて返事とした。
「混乱をさせてしまって申し訳ない。私は中央軍の先発隊と接触した後、時機を見て東へ向かいます」
「その先発隊は、何時頃到着する予定ですか?」
「昨日の段階で一日程度の距離との事だったので、本日中には到着するかと」
「では出発は?」
「そうですね。現時点では何とも言えませんが、早ければ明日にでも出発したいと思っております」
「それはまた、早いですな」
「ええ。再会のお祝いもできませんのね」
サージャの説明に、巫女兵長が、神官長が、巫女長が少し寂しそうにした。町長も同意とばかりに頷く。
北の神殿はサージャと関わりが深い。
ジルージャを手にした事もあるが、その後、簡単な巫女修行を数週間ほど受けたこともある。
また、サージャの諜報部隊の面々には、北の神殿出身の者が複数居た。アオやオウカは巫女長の預かりになって居た者達なのである。
「それなら、今夜はここで簡単なパーティーをしてはどうかしら?贅沢は出来ないけど、食事をする位なら大丈夫でしょう?」
フィージアの提案に、顔を輝かせるのは、アイル巫女長だ。
「ええ!それは素敵な提案ですわ!是非!」
そうして、簡易的なパーティーは決まった。
※ ※ ※
昼を少し過ぎた頃、町に諜報部隊が到着したとの報告が入った。
準備に各面々が走り回っていた中で、サージャはギルスと町へ降りた。ジルージャに先行させて、アオ達に行くことを伝えてもらう。
サージャとギルスは少し時間を空けて行くことにする。ほんの少しだけ、町を見て回った。
「避難準備の所為ですが、慌ただしく感じますね」
町中を行く人を見ながら、ギルスが言う。
「そうだな。皆急ぎ足で動いているな」
明日には避難を開始すると言う事だが、今はまだ商人は店を開け、広場には露店も出ていた。年間通を通して参拝客の出入りの多い北の神殿区域だが、今は参拝客は殆ど居ない。町民たちがそれぞれやり取りをしている状況だ。
北の町は、広い参道を中央に、左右に分かれている。山側は家々が立ち並び、それを抜けると円形の、広場に出る。そこに出入り口を据えた宿が数件あり、宿の区域が過ぎると様々なお店が立ち並ぶ。八百屋や魚屋、肉屋などの生鮮食品の市場街があり、飲食店があり、ギルドがあり、冒険者向けの武器防具の店、回復薬や軟膏、解毒などの薬を扱う薬屋、まだ精霊の宿っていない精霊石を扱う店もある。さらに外側は、農地や牧草地だ。北の産物は主に米や麦。あとは牛の乳から出来る乳製品だった。
この地は基本、自給自足で賄えるようになっている。むしろ、特産品を求めて商人たちが買い付けに来る場所だった。
サージャとギルスは、宿屋の前を一度通過して、様々な店が並ぶ区画に足を延ばした。
出発前に精霊石を扱う店に行くことは、ギルスと話し合った結果だ。
「あの、サージャ様。こいつなんですが・・・」
「ああ、指輪の。どうした?どこか具合が悪いのか?」
「いえ、そうではないのですが。こいつも保護してやりたいと思って」
「・・・そうか。上位精霊ばかり気にして、すっかり失念していた。確かにそれは必要だ」
「ただ、指輪だと文字が刻めないじゃないですか。それで、少し大きなペンダントヘッドにしたらどうかと思ったんです。それなら俺も身に着けていられますし、材料も余りが使えます」
「そうだな。じゃあ、材料を探しに行くか。切れにくい革紐か、金属のチェーンだな。もし精霊が気に入る石があったらそれも買おうか」
出発前の表神殿内で、そんな打ち合わせをしてから来ていた。
その会話の上で、巫女長や神官長の持つ精霊達にも同じことが出来ないかと思案し、ついでに複数の紐を用意することにしたのだ。
店に入り、精霊石の並ぶ区画の横にある、装飾品のコーナーへ進む。
そこには、精霊石を指輪やペンダントに加工できる材料が揃う一角があった。
「どれがいいかな・・・」
チェーンの太さは三種類。素材別に更に三種類。計九種類が並ぶ。
革紐はもっと多い。ただ細く切っただけの紐から、何本かをより合わせた組紐、革そのものの種類も多岐に渡り、棚を丸々一つ占領していた。
「ギルスには、これだな」
サージャはそのうちの一つを手に取る。物は革の組紐。色は明るい茶に黒っぽい青だった。
「俺?俺は黒のシンプルな奴でいいと思ってましたよ?」
「そうか?じゃあこっちかな」
そう言ってサージャが手に取ったのは、黒い革とやはり黒っぽい青の組紐。
「・・・青は外せませんか?」
「うん。お前の目の色は綺麗だから、好きなんだ。本当はもっと鮮やかな方が良いんだけどな。革じゃそれは難しいから、これくらいかな」
そう言って真剣に悩むサージャの横顔をギルスは見つめる。
「・・・何だ?」
ギルスが見ていることに気が付いたサージャは、少し頬を赤くしながら見返した。
「いえ、嬉しいなと思って」
「・・・何を言ってるんだ。当然だろ」
ふん、とそっぽを向くサージャに愛しさを募らせながら、ギルスもサージャに似合いの革紐を選ぶ。
「じゃあ、サージャ様のはこちらですね」
「え?私のは要らないだろう?」
「ペンダントの紐、古い物なのでついでに付け替えましょう」
「あ・・・」
サージャの首にかかっているのは、ギルスの作ったペンダントだ。
もう何年も紐を換えていなかったので、丁度良い。
ギルスの選んだ紐は、サージャが手に取った品のすぐ横にあった。
黒と、深い緑色の組紐。サージャの髪の色だ。
「何でまた、その色なんだ」
サージャが憮然とする。
サージャは緑があまり好きではない。
「サージャ様の髪の色ですよ。俺は、この色、好きなので」
ギルスがうっとりするような笑顔で、紐を手に取った。
サージャが緑を嫌う理由は簡単だ。自分が差別されてきた色だから。凡そ人には宿らない色で、特殊なそれ。今でこそ呪いではないと分かったが、カーリアスに言われるまでも無く、呪われているのでは?と思ったことが一度や二度では利かないほどある。この色であるが故に、貴族達に馬鹿にされ、兵士達には蔑まれた。王族の捨て子、死んでも問題のない人間、そんな風に陰口を叩かれた事もある。故に、一度髪を根元から切り落としてしまった事もあった。それ位、この髪の色は好きではない。
だが、ギルスの表情を見ていると、心臓が激しく高鳴った。
少しだけ、ほんの少しだけ、この色で良かったと思う自分が居た。
ギルスがこちらを向いて、どうですか?と笑顔で問いかけてくる。
「じゃ、じゃあ交換しよう。私がギルスの色を身に付ける。ギルスは、私の・・・」
色を、身に着ける。そう言いたかったのに、言葉が途中から出なかった。
ギルスが言いたい事に気が付いて、満面の笑みを浮かべる。
サージャの好きな顔。少年のようなその笑顔。
羞恥で頬が赤くなる。
「いいですね。そうしましょう」
「ほ、他の紐は丈夫で量があるやつにしよう。こ、これなんかどうだ?」
サージャは急いで意識を逸らした。そうしてみても、急に動悸が収まるはずもなく、顔の熱が無くなるわけでもない。とりあえず顔ごと逸らしてはみたものの、効果が有ったとは言い難かった。ものの見事に言動に出てしまう。
ぎくしゃくとした動きで、薄い茶の組紐を手に取る。それは他の紐に比べても在庫がまだありそうな量が巻かれていた。
「そうですね。木の色にも近くて、馴染みもよさそうだ。これにしましょうか」
サージャの手の上から、そっとギルスの手が重ねられる。
「ひょわっ!」
「えっ?」
ギルスの手が触れた瞬間、サージャが変な声を上げて手を引いた。
顔が耳まで真っ赤になっている。
「い、い、い、いや!な、な、なんでも、無い!ちょっと外に出てくる!」
サージャが脱兎のごとく店から出て行ってしまう。
お金はギルスが預かっていたから、物も決まったし、支払にも何も問題は無いのだが・・・
「・・・俺、なんかしましたっけ・・・?」
残されたギルスは、暫し呆然と立ち尽くした。
※ ※ ※
店を出たサージャは、入り口の脇に立ち、少しだけ冷たい風に頬を晒して、冷ましていた。
両頬に手を当てて、口をへの字に曲げて、真っ赤な顔で。時々ペチペチと自分の頬を叩く。
目をぎゅっと瞑って、への字口でペチペチペチペチ。
行き過ぎる人が何事かと顔を覗くが、その様子が微笑ましくて、誰もが笑顔で去って行く。
見られているなんて気が付かないサージャは、叩き過ぎて少し痛くなった頬に両手を当てた。
そのまま大きく息を吐く。
「・・・どうしたんだ、私は・・・」
この間から変なのだ。
身体を重ねたあの日から・・・。
奥神殿で過ごしていた時は、意識をしてももっと自然に反応していた様に思うのだが、表神殿に出て来てからと言うもの、体も心も自然ではあり得ない、飛び上がる程の反応をしてしまう。
無理に自然にしようとする事が、正反対の不自然を呼ぶ。
必要以上に親しくしない様にと意識すれば、余計にギルスの一挙手一投足が気になって仕方がない。
「重症ですわね」
「!!!」
急に正面至近距離から声をかけられて、サージャは後ろにのけぞった。もちろん後ろには壁があるわけで、派手な音と共に後頭部を強打する。
「い・・・っつ!」
後頭部を抑えてまた前に戻る。
そのおでこに、ペタンと手のひらが付けられた。
「何をしていらっしゃるのですか、サージャ様」
溜息と共に吐き出される言葉に、聞き覚えがあった。
涙目で顔を上げると、目の前に見知った顔がある。
「お、オウカ」
「はい。オウカです」
陶器で作った人形のような美しい顔の、黒髪の少女が微笑む。
黄色い目が細められていて、いつもの鋭さはない。
「サージャ様!すごい音がしましたけど!」
ギルスが店内から飛び出して来た。
そして、後頭部を抑える涙目のサージャと、サージャの額を抑える笑顔のオウカを発見した。
「あ、オウカか」
「はい。いらっしゃるのが遅かったので、お迎えに上がりましたの」
「そうか。遅くなってしまって、悪かったな」
「いえ。私も用のついでですから」
そう言って額を抑えるのと反対側の手に持つ袋を持ち上げて見せた。
良い匂いがする。香ばしい焼き菓子の匂いだ。
「で、この状況は?」
「ええ。私が来た時には、サージャ様が自分を責めているのか叱咤しているのか分からないくらい頬を叩いていらっしゃって、「ちょ!オウカ!」その後に長い溜息と独り言を言ってらしたので、「そんなこと言わ・・・モガッ!・・・!!」私、重症ですわねとお声掛けをしたんですが。その際にサージャ様が驚かれて、頭を壁に。跳ね返っていらっしゃったので、これは今度は前に頭をぶつけるのかと思いまして、手で押さえさせていただいたところですわ」
途中挟まったのは、サージャの声だ。オウカはしれっとサージャの口を手で封じていたが。
ギルスは思った。確かに、オウカの手を払えないサージャは重症かもしれない、と。
サージャの混乱の度合いが半端ではない。
「あー・・・オウカ」
「なんですの?ギルス様」
「サージャ様を離してくれ・・・多分それ、俺のせいだから」
「何かお心当たりでも?」
「・・・無くはない、と言っておく。まだ特定は出来てないんでな」
「・・・かしこまりました。ここは一旦引きますわ。では、サージャ様の事はお任せ致します」
「ああ」
「但し、皆と会ってからになさって下さいね?」
「・・・わかってるよ」
苦笑して返事をするギルスを見て、オウカはサージャの口から手を離した。
「お、オウカ!お前なんてことするんだ!」
「あら、サージャ様が隙だらけだっただけじゃありませんか。あんな状態では、私と致しましても自分の実力を試してみたくなりますわよ?」
「おまっ!それで口を塞いだんじゃないだろうな!?」
「他に何がありますの?ああ、ギルス様に聞かれたくないことでもありまして?それにしては、手を全然振りほどけないなんて、サージャ様らしくありませんでしたわよ?」
「ぐっ・・・そ、それは混乱していたからでだな・・・」
しどろもどろになるサージャに、オウカは鋭い目を向ける。
冗談ではない、真剣な目だ。
「サージャ様。今のご様子では、神聖帝国軍に殺されますわよ?」
「・・・」
言葉を呑んで何も言えないサージャに対し、オウカの目がすっと細められた。
「腑抜けていらっしゃるなら、ここで降りてくださいましね?」
何からだ?戦いからだ。
オウカの言いたい事は痛い程分かった。
サージャは再び頬に手を添えて、今までとは違う強さで両頬を打つ。
パァンと大きな音がした。
「・・・よし。すまなかったオウカ。行こうか」
強く叩いた為、両頬は赤い。
しかし、その目は戦場で見るサージャの鋭い目に戻っていた。
オウカはその目を見つめてから、少し目を伏せて頭を下げる。
「はい。ご案内いたしますわ」
オウカはくるりと背を向けて、サージャ達の先頭を歩く。
サージャはそれに続いて歩く。
ギルスは店の前で立ち止まったまま、こっそり溜息を吐いた。
「何が任せるだよ。結局自分でやっちまいやがって・・・」
ぼそっと誰にも聞こえないつぶやきを洩らして、後に続いた。
一話に一回、恋愛小説と名を打ったからにはそれらしいシーンを入れたい私。
しかし、ちょっと胃もたれしてきた・・・
オウカ、ありがとう。
ここまで読んでくださってありがとうございます。
ブックマーク、評価、感想お待ちしております。
やる気がもりもりアップ致しますので、宜しくお願いいたします!




